おいらつだーるだお。

社会人6年目。赤ちゃんがえりのように、そのスタートに戻っているのではないか。

2012年09月

権田原の坂の上で思い出すは

こうやって秋の虫が騒ぐなか、あの子とわたしは春日の坂にダイブしたこと



「やーめてーしーーぬーーー」



その着地点は、いま住んでるとこのあまりに近くで、やっぱりいまのわたしを造る最後のヒトオシをしたのがあの子だったことを実感する



あのとき手にしていたすべてが壊れ、この時代のすべてが始まった夜。


初めて飲んだあの子と、わたしはそのとき、精神的に心中したんだ。


あの感じたこともない風の中で。






だから本当は、先週飲んだ更なる風を経験させてくれる人も、今日初めて会った人たちも、みんな、わたしのハンマーになる可能性はあるんだと思う。


出逢いを大事にしましょ。




そしておめでとう。

20代女子の就活において「母が働いてるんです」という台詞の効力は絶大

d9bab776.jpgけふ、ニュースにもなってたでっかい事件の訴訟記録を閲覧してきやした

勿論、代理人は原被告とも有名な先生方
なお、某四大の某同期に閲覧室でそーぐー(笑)


すげーな四大って。8人とかで書面書いてるんだ。そして90ページとか書いてるんだな。。


ともすれば目の前のことだらけになってしまって、唯一勉強になるかもしれない相手方代理人の書面も批判の対象となっていた。

第三者の書面を、今さら、客観的に、かつ、自分と同じ立場にあろう作成者の目線に立って、読んでみるのは、なんだかとても刺激になった。
そう、一時期ブームになりかけたセスジノビルとはこのことですね。


背筋が伸びたついでに思い出したのは、ブラブラしてた発表待ち時代に、
「勉強してたころの方がひたむきだったぞ」
とか言われたことwww(2009年初夏のエントリー参照)


足りないよね、ひたむきさ、あれから。。


まあ目の前のことをこなすだけで時間が過ぎてるんですけど。
それでも、とにかく、こういう時間も必要ですな。




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写真は夏休みに鹿児島にいったときのおひやとおひやのような焼酎(200円)@ラーメン屋、です。


(^_^)/□☆□\(^_^)

フシギタビ

6bf543ee.jpgちょっとこないだですけどこっそり宮古島行ってました。単身で不思議で素敵な体験の連続を、いますこし、記憶しておきたくて、書く。




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「那覇には夜中に出没する模様」の津田さんは、見事、金曜日の深夜4時に松尾に到着した。

職業柄遅かろうと見込んで飲みの約束した家主も流石の寝寸(笑)ほんとすいません…

洒落たアジアンな部屋で、灰皿とお茶で迎えてくれた。
「素敵な音楽だね」
「島根の友達が作ってくれたんだ」
広がる彼女のワールドに耐えきれず、その日オープンしたての松尾のローソンパート2(笑)にオリオンビールを買いにいった。オープン当日だからか、沖縄の夜が遅いからか、朝5時のローソンは混んでいた。

子午線のせいで遅い夜明けを待つ空の、星がやっぱりとっても綺麗で、やっぱり感動した。

家主のセンス溢れるスクリーンセーバをひとり眺めてたら1時間経っていた、そんな、不思議時間。




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宮古空港で必死でおニューのカメラのセッティングをしてトランクだだ開きのわたしを迎えに来た新しいカラカラのお兄ちゃん。


宮古ではカラカラ先生というショップしか使ったことがなくて、というわけで宮古島に来た回数と同じ5回目のショップ利用だったんですけど(笑)、いや完全に同行者による予約だったため偶然!
慣れた港で、1回目、2回目、3回目、4回目、なぞっていつもどおり機材のセッティングに戸惑ってる101本目ダイバーには…


いつもの船が見えた!!!



同行者のMてぃTてぃのみ、船の2階にいてこんにちわ!!

ダンディー船長に、「元気?仕事慣れた?」って、笑い飛ばしてもらう。


伊良部の海の色が想像よりやばすぎて、大興奮。
「新鮮な反応や(笑)」と沖縄住民のお二人。いやいやいやはや!!


そして本数3桁になってようやく初のカメラダイブ(笑)※しかも昨年80本でようやく導入したダイコンすら紛失※60本で導入したグローブも併せて紛失
∴とても原始的な身なり


水はぬるくて、光のシャワーと淡水まじりのゆらゆらなドームと、ハナダイとハナゴイとバブルリングに迎えてもらった。




昼休憩、カラカラ先生では初めての海上ご飯!!
海の色は写真のとおり。ネ申ですか。伊良部島付近の遠浅な場所で、食べて飛び込んで一服してウミナカ見て。
嘘っぽい景色しか広がってなかった。
新しいカメラは加工もできるけど、加工とかしてないのに、そもそもわたしの眼球に直接映る景色が、いじったみたいな迫力だった。


ニホンメで見つけたカツオのお刺身がおやつに出た。


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送迎場所は思い付きでパイナガマビーチまで。

アイスと、タバコと、シャボン玉と、オリオンと、もよおしたら堂々と海と、海の中で出逢う地元の家族と。

うまくいかないシャボン玉と、パイナガマの夕陽と。

七色のたくさんのまんまるの向こうの、パイナガマの夕焼けと。。。




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どうしてもわからない場所にある宿ファミリアにタクシーのうんちゃんに宿の人の電話繋ぎながらひとり着いた。

今年の5月にオープンしたすげーキレイなドミトリー。
お兄さんの絶妙な雰囲気に、呑まれていた。



ら、Iさんとの飲み会にやや遅れた(笑)
そう、ユイイツの宮古にいる1班の同期!!
おふくろ亭、10分かけてひろったタクシー乗ったら40秒で着いた。

Iさんおちゃめなパパだった。Iさん宮古島限定のボトルくれた。Iさんわたしたちが2時間前に食べたアイス屋の上に住んでたらしい。Iさんみたいな人とわたしは結婚するのが理想です、と、常々言い続けている。




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タクシーで宿近くまで送ってもらってから、夜の星を見に出た。


沖縄を想う人と電話しながら、実況しながら、流れ星をたくさん見て、どこなのかわからないすこし広い砂利の高台に、寝た。

寒くなって帰るまでに、ゴキブリは出なかった。




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夜いなかった同室の人は、朝もいなかった。個室で8時なんて早朝に、快眠の末目覚めた。


「レンタバイク屋どこですか」から始まる朝トークで、「マンゴー食べたいっすね」との台詞の勢いが良すぎたか、宿のお兄さんに旬のなんとかマンゴーもらった。たぶん、お兄さんが食べるつもりでラップしてあった半分のやつ。
すんげ〜〜〜〜〜、うまかった。

宿泊者カードの職業欄に書いた会社員との記載が引っ込みつかず、わたしは何故か小規模の人材派遣会社勤務のOLさんになっていた。はあ。


教えてもらったレンタバイク屋とは真逆に進んでいたようで、なぜか小一時間も歩いて宮古市内でだだ迷って辿り着いたお店から新城ビーチに向かう最中、熱帯植物園でどーのこーのって言われたからそのとおりにしたら、一週回ってまたお店についてた。狐につままれたとはこのこと…

スマホを解約した今、他人の教えより自分の感覚で動こうと思った。
太陽を見ていたら、新城に着いていた。




*****


ビーチの人が引くほど小さくなるまで沖に出たのに、バイクに戻ったときに駐車場の人には「はやいですね」って言われた。
ホースでシャワー浴びて、着の身着のままでまたメット被って、カメラ下げる。


遠浅の新城は水深がずっと同じで、景色もずっと同じだった。二年前は、ここまで来なかったんだろうな。
二年前をなぞる旅はもう嫌だ。




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フェリーの時間もろもろで、バイクぶっ飛ばしてもMてぃTてぃのいる伊良部に滞在できる時間が二時間くらいだったから、慌ててバイク返しにいった。

「12時半のフェリーに間に合うように」お店の送迎を急かす最低なお客は、Iさんからたまたまもらってたフェリーの回数券を使って乗った。


たった10分のフェリーの甲板で10歳くらいの少年が隣にやってきた。
「こないだあすこで飲酒運転して海に転落した車がいたんだよ」
「今から伊良部のおばあちゃんちに行くんだ、親は下にいるよ」
「あの橋は2006年から作り始めてるんだけど、まだ作り終わらないんだ」
「サメがいるかを見分ける方法はね、上から見て小さな魚がいるかどうかなんだ。魚がいなければ、サメがいる。」
「島の子供はね、港から桟橋まで500円で船渡しがあるんだけどそれがもったいないから荷物をビニール袋に入れて泳いで渡るんだ」
わたしが発した質問は、二つ目の台詞を産み出した「ひとりで伊良部に何しにいくの?」だけだったんですが、つぎつぎ話しかけられる豆知識の数々。

ていうかわたしこそひとりで水着着て伊良部に何しにいくのですよね。(笑)




*****


時間なさすぎて伊良部の港から渡口の浜までタクシー。
タクシーのパンフには、伊良部観光協会的なところの人による「渡口の浜は世界で五本の指に入るほど美しいと確信している」との記載あり。
確信て。(笑)



はじめて来たのは2010年3月。
まだ陽射しの強くないその広い白い柔らかい浜は、わたしたちの落書きでかき回された。



2012年8月、その浜の美しさは、
たぶん沖縄で一番かもしれないと思うほど、作り物のようで、眩しくて、熱くて、白くて眩しくて嘘のようでした。


世界で五番目には、入るのかもしれませんね。



あのとき一緒に叫び飛んだ仲間は、いまも脈々と。
わたしの血となり肉となり、脈々と延長線上でできた新しい仲間と食べるコーレーグースたっぷりのそばはまた、わたしの血となり肉となる。

だから生きている。




*****


伊良部の滞在時間が2時間だけであることがバレたくなくて、名刺までもらった行きのタクシーとは別のタクシーに乗った。


うんちゃんは不思議すぎる語り口で、「じゃあ昔話をしようね」と切り出した。

むかしむかし、農業をやっていた夫婦の間にそれはそれは美しい娘が生まれて、夫婦は大変可愛がっていたとのこと。
娘が年頃になったころ、島に大きな飢饉が来て、お父さんが農作物のたくさんできる秘伝の方法を習いに、沖縄本島に船で行ったんだって。
何年も経って、お父さんがようやく伊良部に戻れるとの知らせを聞いて、娘はお父さんのために豆腐を作ろうと水をくみにいったまま、帰ってこなかったんだって。
お父さんは戻ってきたけど、目に入れても痛くない娘が消えて悲しみに暮れた夫婦は二人で床に付して絶望し続けてたらしい。
するとある夜、娘が眩しい着物を身に纏いながら、自分は神の子であると話して、二人にお礼を言って消えたらしい。
その神を祀った神社が、伊良部にあるとか、なんとか。




理解力足らなかったけど、最後は、勇敢な人の意である豊見親というIさんからもらった宮古泡盛の名前になっているとぅみぃや〜付近の話にゆきついていた。

なんだか不思議な空間に自分がいる気がしていた。


ながいながい昔話が終わると、港の近くで行きのタクシーのうんちゃんとすれ違って目が合った。




*****




やりきった感でぽやぽやして乗るフェリー。
手の中にはTてぃMてぃにもらったオリオンあり。


そんな行きの船の2時間後だった帰りの船で、さっきの少年に再び遭遇した。

船から降りた少年はわたしに見つからないようにか顔を隠しながら車の影を歩いていたけど、タクシーから顔だしてわたしは手を振った。


少年、なにをしてたんだろう。


*****



那覇に着いて指導担当の先生と待ち合わせ。


「いろいろ考えたけど、ドライブしましょう。」


先生の、おしゃれな、素敵な、提案。




美栄橋から、古波蔵から、どんどん南下して、東風平、ひめゆり、豊見城からの空港トンネル経由で空港まで送っていただく形になり。



本島に行っても南部にはいかないのよ。
だからまじでそれは、わたしが沖縄を出る前、二年ぶりのコースで。


二年ぶりのコースで、二年分話題が前に進んだ気がした。なんとなく。本人としては。



「すっごく楽しかったです!」

「俺も、楽しかった。」




わたしはあの事務所の人にお別れを告げるとどうして毎回涙ぐむんだろう。



修習のおしりの冬の国際通りに、事務員さん二人の後ろ姿が滲んだことを思い出した。




*****


二年前を思い出す旅は、もう嫌だ。


今年の沖縄旅行シリーズは毎回そう思うと共に、思い出してるだけじゃなくなってる自分にも気づく。

だけど、貪欲さの減った自分にも気づく。


眼球の焼けそうなあの景色は、いつまであるんでしょか。。
わたしの真ん中に。

不思議な出逢いはいつまで続くんでしょかね。
沖縄にある限り。



今年の沖縄は使い果たしてしまったかな、と。
わたしは冬眠の準備に入るわけです。




*****




この備忘録にオチをつけるとすれば、わたしはいま北軽井沢にいるということです。




まさかの、寒い!
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