Professional Hermit Geek アメリカに移住したプロの引きこもり フライフィッシング記録

【リタイア Retired Life】Professional Hermit Geek、人付き合いが苦手でうまく社会に適合できなかったので引退しました。プロ引きこもり、フライフィッシング、クラシック音楽、ショートスリーパー、通信ビッグバン時代に代理店起業、飲食店展開、ベンチャー創業に参画、早期リタイア、『裏原宿・表参道 板付きたい焼き 東京ほおずき』休業、投機投資【個別株・為替・225先物・オプション・不動産・REIT】WEB制作、ペンシルベニア州移住(←今ここ)横浜生まれ、NYC、恵比寿、代官山、中目黒、元町中華街、みなとみらい、小型船舶免許。酒×タバコ× 人付き合いが苦手でうまく社会に適合できなかったけど無理せず好きなことを自由にやればいいのだ。幸い僕らは人生を選択できる。 【Retired Life】Professional Hermit Geek, Short sleeper, Fly fishing, Classic music, Sailing yacht. I founded a company of agency service when telecom liberalization. Developed some restaurant. A founding board member and stockholder of some companies. Board member of Web production office. Early retirement. "Harajuku-Omotesando Taiyaki Hozuki" closed. Speculation & Investment【Stock, Exchange, Nikkei225futures, Options, Real-estate, REIT】Born in Yokohama. Live in Pennsylvania, Tokyo, NYC, Barcelona, Ebisu, Daikanyama, Nakameguro, Minatomirai, Motomachi Chūkagai. I was not able to fit into society well, but we can take it freely without overdoing. Lucky for us, we can choose our own life.

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【フランスでフライフィッシング】フランスのトラウト(鱒)を釣りたい。

鯉
ようやくストリーマー(水中を泳ぐ小魚に似せたフライ)に魚が食いついた。土手の上から川を観察し、いくつかの魚影を確認した後、最初はドライフライ(水面に浮くフライ)を投げ込んだ。周囲には釣り人の足跡もなく、新鮮な水が流れ込むとても条件の良さそうな環境だったからだ。しかし、実は、何より魚が飛沫をあげて顔を出す瞬間を見たいというのが僕の本音であり、そのために「これを食べろ」と強要したわけである。過剰在庫を持ったペンキ屋がピンク色の外壁を勧めるように。ところが魚は水面を意識していないので全く反応を示さない。そこで僕は少々不本意ではあったけれど、フライをストリーマーに交換したのだ。その直後であった。指に振動が伝わった。竿の先に繋がる生命力はとても重い。しかしそこには確固たる拒絶の色はないように思えた。糸はリールから引き出される事なく、相手は少しづつ寄ってきた。約二分間の交渉活動の末、魚は丸々とした金色の腹を見せ、中洲の浅瀬に横たわった。「えっ」興奮から失望へ転落した男の声である。魚体に黒い大きなウロコを目にした時、僕は本当にがっかりした。釣り上げたその魚はトラウトではなく、鯉(コイ)であった。「神楽坂(市ヶ谷フィッシュセンター)に来たわけではない。フランスに来たんだぞ」という言葉が僕の口をついた。


back side



























夕方、ショッピングモールでの買い物を終え駐車場に戻ってきた。パリ郊外の西日を受け、遠くに僕の車の後ろ姿が黒々と輝いている。フランクフルトのレンタカー会社が用意してくれた最新のメルセデスC180ワゴンだ。車まで30mほどの距離に近づいた頃、異変に気が付いた。最初は車内に置いてある釣り道具が水分を含んでいるせいで、窓が曇っているものだと思った。しかし近づいてみるとそうではない。ガラスが割れているのだ。有事の際の衝撃吸収性と飛散防止のために特殊加工されたリヤウインドは、外部からの衝撃を全身で抱え込み、車内が見えないほど真っ白にヒビが入っている。今にも崩れ落ちそうだった。瞬時に「当て逃げか」という思いが巡った。車の右側に回り込んでみると、後部座席のウインドには拳より一回り大きい穴がぽっかりと口を開けている。その穴から車内の様子を窺うと、シート上には黒く乾燥した血痕と、粉々になったガラスの破片が悲しく散らばり、ドアロックが引き上げられているのが見て取れた。「Oh gosh! やられた」僕は呟き、天を仰いだ。この瞬間それが車上荒らしによる損傷であることを確信した。

まさに完璧な空だった。バカンス用の天候としてはこれ以上上質なものには、なかなかお目にかかることはできないだろう。雲ひとつない青空の下、湿り気のない空気の中、思いやりのある風が子守唄のように顔を撫でていた。まさに完璧な空だった。僕のメルセデスC180ワゴンを除いては。


その日、僕たちはパリから車を走らせ、約400km東にあるルクセンブルグという国に移動しようとしていた。おおよそ4時間。その程度のドライブは日常的に行っていたし、国境越えにパスポートを提示するような大掛かりな入国審査があるわけでもないので、行列に並ぶ心配もない。気持ちには随分と余裕があった。そこで、道すがら、パリ郊外にある大型ショッピングモールに寄ることにしたのだ。高速道路を降りてすぐ、ショッピングセンターの私道に入り、案内標識に従って駐車場を目指す。とても大きな駐車場だ。広大な土地を見ると「東京ドーム何個分だろう?」高いものを見ると「東京タワー何本分だろう?」などと考えてしまうのは、僕の悪しき習慣だ。フライフィッシングを始めて数年が経ち、最近は「何センチ?何匹?何ドル?何年で回収?」などと数を競ったり数値化することは、品格を欠く、つまらない人間の思考なのではあるまいか、と考えるようになったし、生活の中でそう言った類の話を聞かされると貧しい気持ちを覚えるようになった。(思い起こせば、そもそも最新のスカイツリーはもちろん、東京タワーや東京ドーム、富士山にだって行ったことはない)はるか遠くにある施設の末端をあてに目測するとこの駐車場は数千台を収容できるだろう。しかし、さすがは人気のモールだけあり、既に先客で目一杯に埋まってしまっているように見えた。自分のスペースを確保するのは容易ではなさそうだ。「Oh gosh!」僕は決まり台詞を吐いた。あるいは両手の手のひらを仰向けに肩をすくめていたかも知れない。ほとんどエンジンのアイドリングだけで注意深く車体を動かし、柔らかいブレーキワークを織り交ぜた徐行運転で、グルグルと同じような景色を巡った。まるで極端に注意深いトラウトが、生存をかけた確かな場所を求め深淵を回遊するように。ようやく適当なスペースの発見に成功すると、僕はコンクリートの車止めに頭から突入し、エンジンを停止させた。シートから立ち上がりドアを閉める。買い物が終わった後、迷わずここに戻れるよう、割り当てられたブロック番号とモール本尊との位置関係をiPhoneで撮影しておいた。リモコンキーから発せられた「施錠」の指令を受けとると、黒豹は忠実にライトを点滅させ、しとやかにミラーを畳んだ。


ヨーロッパのモールだけあって名だたる一流ブランドが看板を連ねる。しかしむしろラルフローレンなどのアメリカブランドに長い列が伸びていることが印象的だった。パリの中心地でも上陸したばかりのFive Guys(アメリカ東海岸を中心に全国に展開するバーガーショップ)にパリジャン、パリジェンヌが群がっていたことを思い出した。「この近くにはトラウトのいそうな川も無いし、今日はここでのんびりすればいいじゃん」と僕は言い、ウインドショッピングをした後、クロワッサンやクレープをフランス語で注文することに挑戦したり、エスプレッソをすすって、うかうかとした午後を過ごしていた。


side



























リヤウインドは全体が蜘蛛の巣に覆われたように真っ白に曇っていた。衝撃の中心点が見当たらず外部からどのような力が加えられたか想像ができない。あるいは犯人はバールのようなものを使ってガラスとボディの境界線をこじ開けようとしたのかも知れない。後部座席の窓には20cm程の穴が空けられロックが解除されていた。シートとフットスペースにガラスが無残に崩れ落ち、所々黒い血痕が見て取れる。犯人は素手でガラスを割ったせいで拳を痛めたのだろうか。あるいは穴に手を突っ込んだ際に腕を切ったのだろうか。トランクの荷物を隠すためのトノカバーは乱暴に引き剥がされヘッドレストの横に力なくうな垂れていた。運転席のコンソールボックスは完全に空だった。その中に一本だけあった爪楊枝までなくなっていることに驚く。僕が対峙している相手はドイツから国境を越えてフランスにやってきた、高級車に乗った観光客を見逃さない。そして白昼堂々と攻撃をしかける行動力と、どこまでもあくなき貪欲さを持ち合わせたプロなのだ。活力を失った暗い車内ではピンク色の布だけがブリリアントに輝いている。僕が釣りをするときに使うスマートウール社製の防寒ソックスが取り残されていた。片足だけ。


僕は何をするべきか分かっていたので、パニック状態には陥らなかったが、この後の旅程への影響が気になっていた。「長い一日になりそうだ」僕は呟いた。レンタカー会社へ事件を証明するために、警察から書類を発行してもらう必要があるので、すぐに電話をかけた。「誰かが車を壊して中の荷物を盗みました。どなたか英語の話せる人はいませんか」何度か同じ内容の話をしたが全く通じない。僕が一方的な主張を繰り返していると、“セキュリティー”と書かれたショッピングセンターの白い車が近づいてきて、警備服を着た二人のガードマンが降りて来た。「監視カメラを見ていた」「若い男が怪しい行動を取っていた」「異変に気が付き駆けつけたが間に合わなかった」という趣旨のことを話してくれた。僕はiPhoneを彼らに渡し、英語の通じない警察署職員に事情を説明してもらった。破壊された車と途方に暮れるアジア人を目にして、買い物客が眉間に同情のシワを寄せ歩いて行った。「この近くに警察署があるので私達の後に着いて来てください。ここから二分の所です」ガードマンが言った。


警察署は頑丈に施錠されていた。ショッピングモールのガードマンが扉横のインターホンを鳴らし、二言三言の説明の後にブザーとともに自動ロックが解除された。アルミフレームの扉をくぐると人の気配は無く、空っぽに静寂している。銃弾や火災に強そうな無機質なグレー色の空間だった。奥から三十歳前後の、後頭部の形の良い、短い金髪の男性警察官が出てきて、特に歓迎とも拒絶とも取れない中立的な表情で僕たちの前に立った。「誰も彼も本当に素敵だなぁ」というのが僕の第一声であった。ガードマンも警察官も新作の春夏制服コレクションのためにランウェイを歩くモデルのようで、僕との対比がものすごい。もしこのシーンに観客がいたなら、メインストーリーである車上荒らし以上の悲劇に心を打たれるに違いない。彼らがフランス語でやり取りをする内容は全く理解できなかったけれど警察官が首を何度か横に振り、ガードマンが気の毒そうな表情をしていることは察知することができた。五分間ほどの立ち話の末「この後のことは警察が対応します。担当者が不在らしいのでここで待っていてください」とガードマンは僕たちに言った。特に異論は思い浮かばなかったので、念のためガードマンの名前と彼のオフィスの電話番号をメモして別れることにした。彼らガードマンが事件現場に駆けつけた当初、僕には「ガードマンとしての職務をしっかりと全うすべきだった」という不満の気持ちが多少なりともあったけど、今は彼らの尽力に対する賞賛の気持ちと、あるいは警察官より英語が堪能なことに対する有り難さを感じていたせいだろうか、その別れを少し寂しく思った。「あなたたちのおかげで助かりました。協力に感謝します」僕は丁寧に伝え握手をしてから彼らを見送った。「今回の件はとても気の毒ですが。それでは失礼します」二人のガードマンはそう言い残し警察署を後にした。そして僕は窓のそばに近寄り、ガードマンが出庫する様子と、傷口を露わに弱々しく横たわった黒豹を観察した。警察署の駐車場と言えども、午後の陽はまだ高く、無防備な獲物はとても目立つ。被害の重ね塗りに合わないよう注意深くそれを見張る必要があったからだ。


警察官は事件の証明書を発行するための申込用紙を事務机の中から引っ張り出した。「ここに必要事項を記入して担当者が来るまで待っていてください」「わかりました」僕は返答した。それから彼は僕の作業を見届けもせず、待機もせず、すっと奥の方へ消えてしまった。それは一時的か永続的か判断のつかない不在であった。人々は去り、テーブルの上の申込書と転がるボールペンだけがその場に残された。僕はボールペンをおもむろに拾い上げた。スペイサイド地域の釣り師が水面からゆっくりと糸を引き剥がすように。僕は今、途方もない足止めの淵に立ったのだった。


再び訪れたグレー色の静寂の中で、右手はボールペンを走らせた。申込用紙の作成は難しいものではなく、名前や事件現場の住所など簡単な情報を記入すれば良かったのですぐに書き上げることができた。「遅いな。何やってるのかな」待ちくたびれた僕は呟いた。このままこの場で待機していれば良いのだろうか。いやそんなはずはない。ここは日本ではないのだ。週に三十五時間以上働くことを禁止されているフランスであり、ましてやここは営利企業ではない警察署であり、さらに加えて僕たちは言葉の通じない外国人観光客である。どの職員だって可能であれば先送りにしたいと考えるし、可能であれば他の誰かに任せたい案件であるに違いない。自ら手を挙げ、存在と催促を主張すべきだ。時折、奥の方でガチャンとドアノブが静寂を破り、バターンと金属音が署内に反響する。警察官が早足に出てくるが、僕が声をかけようとすると、あるいは書類完成の旨を告げると、それまで以上に足早になって通り過ぎていったように見えた。何人かに依頼を繰り返すと、英語を理解できる職員だけがちらちらとこちらに意識を集中してくれる。しかし彼らは総じて精力的な対応をしなかった。「今は担当者が不在だ」「管轄内で事件が起きて逮捕者が出たから車上荒らしは優先されない」「ディズニーランドでイベントがあり多くの職員が借り出されている」「あと三十分で担当者がくる」「君たちができる唯一のことは待つことだ」といった内容を完結に告げ去っていった。僕たちはもう五時間以上待っている。


事件直後、警察署に到着した時に、警察官が首を横に振り、ガードマンが憐れな視線を向けていた理由がようやく分かってきた。僕たちはこの日、フランスからルクセンブルグ(日本ではあまり馴染みがないがフランスの隣にある小国である)に入国して一泊する予定で、朝食の美味しいことで有名な悪くないホテルを取ってあった。そのホテルまでは最低でも四時間はドライブをする必要があったので、既に深夜に差しかかった時計を見て、ロマンチックな予定は壊滅的であることを知った。もちろん支払い済みの代金だって戻ってこない。その後、僕は懸命に事情を説明し、同じ地域にある他の警察署で手続きができないものかと交渉し住所を教えてもらった。しかし、そこに行ってみても状況と結果は同じであった。結局「もとの警察署に翌朝八時に行け」ということになり、やむなく近くのホテルに飛び込みで宿泊することとした。


フランスを出国した後「フランスが嫌いになったでしょ?」と方々で聞かれた。すると僕は首を横に振る。嫌いではないという意味だ。応急処置的に宿泊したホテルのフロントの青年は、大の日本贔屓で漫画や北野映画についての知識は僕が舌を巻くほどだったし、翌日、証明書の作成を担当してくれた女性警察官は、とても熱心で正義感に溢れ、まるでジャンヌダルクを思わせる人物であった。(実際、僕は彼女との別れ際にそのことを伝えたが、彼女は微妙な表情をしていた)


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今、僕は、魚を“フックする行為”はフライフィッシングを形作るほんの一部の要素であって、旅先の地理を知ること、トラウトのいる川を調べること、ライセンスを獲得すること、入渓ポイントを調査すること、駐車スペースを探すこと、トレッキングをすること、宿を手配すること、地元のチーズや酒を嗜むこと、その土地ゆかりの作家の世界を探求すること、これらの準備を含めた総体を“フライフィッシング”と呼ぶものだと感じている。したがって、例え糸の結び方が少しばかり下手であっても、フライが遠くに飛ばなくても、あるいは魚が怖くて触ることができなくても、一連の過程に対する忍耐と知性、冒険心を持ってすれば、日焼けした熟練のマッチョマンフィッシャーを出し抜くことができるし、かつての文豪たちが描いた世界に見え隠れする、豊かなフィッシング人生に寄り添うこともできる。そして、事の成り行きによって蓋然的に生まれる人との出会い、また地球の歩き方やことりっぷでは抜け落ちてしまうような小さな町の発見と寄り道も、フライフィッシングの喜びを構成する楽音の一部であり、状況次第では(全く魚が釣れない状況や、運命の出会いがあった状況)それが主旋律となりうる。だから、このような厄介な仕事を抱え込み、疲弊しながらようやく消化した今でも、またフランスで釣りをしたいと強く思うのだ。


今回の旅行ではゼブラトラウトと呼ばれるブラウントラウトの変異種を釣ることが目的であった。結果、鯉だけしか釣れなかったけれど、ここには書ききれないほどの驚きと、iPhoneのストレージが一杯になるほどの感動を得、刺激的で思い出深い時間を過ごすことができた。このフライフィッシングを計画、立案、同行してくれた偉大なフライフィッシャー、僕のワイフにこの場を借りて礼を言いたい。

メルシー。


Sonos Wireless Speakers PLAY:1 取得のお知らせ

Sonos Wireless Speakers PLAY:1 (ソノス ワイヤレス ストリーミング ワイファイ スピーカー)について株式会社シンクメディアのジャーナルに、より詳しい写真あり。

「Sonos」社のワイヤレススピーカーについて、
PLAY:1、PLAY:3、PLAY:5、PLAYBARといくつかの製品が用意されている中で、もっともコンパクトなPLAY:1を購入した。
Sonos社は今年7月にニューヨークのSOHOエリアに初となるリテールストアを開店し、そのクールな店舗デザインまでもが話題になっているワイヤレススピーカーとサウンドシステムのブランドだ。
現在、日本未上陸であるが、9月に音楽ストリーミングサービスの巨人「Spotify」が日本公開されたこともあり、それと強い親和性を持つSonosの日本進出も遠くないのではないだろうか。また、より音楽ストリーミングサービスの競争が激化し、ひいては家庭内の音楽再生環境にも変化が訪れるだろう。
このプロダクトを知った当初、僕にはいくつかの疑問点があり、むしろ懐疑的な眼差しで眺めていた。
それらの疑問点、使ってみて分かったこと、気づいたことを、僕の素人目線で以下にあげてみたいと思う。

.錺ぅ筌譽好好圈璽ーって?
ケーブルを必要としないスピーカーである。今までもワイヤレススピーカーは存在した。パソコンやスマートフォンで音楽データを再生し、無線でスピーカーに飛ばすので部屋は配線のむさ苦しさから解放される。

SonosのスピーカーはBluetoothで接続するんでしょ?
Bluetooth接続ではない。自宅にあるMacやiPhoneのように家庭内LANにSonosのスピーカーが直接、Wi-Fi接続される。言い換えれば“インターネットに繋がった高性能スピーカー”ということだ。
今までのワイヤレススピーカー、ワイヤレスヘッドホン、ワイヤレスイヤホンはBluetooth接続が主流であった。しかし、Sonosのスピーカーは家庭内LANに繋がりWi-Fiでデータ受信するので、より大容量のデータを受信できる。つまり高音質のデータを再生できる。

2纂舛詫線に劣るでしょ?
その通り。ハイレゾ音源の再生等、超高音質を求めるマニアは、恐らくSonos社のターゲットになっていないだろう。僕も今までに高価なケーブル、アンプ、ノイズを軽減するためのDACなどを買い揃え、またレコードの音が柔らかくて良いなどとマニアを気取っていた(音の違いなど僕の耳ではジャッジできないくせに)。Sonosの場合、そういった音楽との関わり方、楽しみ方、こだわりとは切り離して使うべきだ。

げ擦藁匹い痢
どんな場面でも十分耐え得るクオリティとパワーだ。現にニューヨークでは多くのお洒落なカフェやショップでこれ見よがしに設置されており、デザイン性と利便性を兼ね備えたプロダクトと評価されている。音のバランスや耳触りの良し悪しは個人の好みによるところが大きい。しかし素人がダメ出しをするのははっきり言って恥ずかしいレベルと言っていい。

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一台でも使える。二台一組でステレオにすることもできる。とにかくリビングルーム、ダイニングルーム、ベッドルーム、部屋という部屋、全てにSonosスピーカーを設置してしまおう。そうすることで部屋毎にプレイヤーが置いてある状態になる(一昔前であれば、部屋毎にラジカセやコンポが置いてあったように)。ちなみにSonosスピーカーは同時に32台まで家庭内LANに接続できるので、かなりの豪邸までカヴァーできるはずだ。

Δ修陵便性って?結局どんな事ができるの?
一言で表現すると“世界中に存在する音楽データを手元で集中管理できるようになる”。
iPhoneにSonosアプリをダウンロードすると、iPhoneがSonosのコントローラーとなる。
このコントローラーが優れもので、「Spotify」「Pandora」「Apple Music」「Amazon Music」「Google Play Music」他、数十種類の音楽ストリーミングサービスやインターネットラジオ、iPhoneの中の音楽を自由に操ることができる。家中に設置されたSonosスピーカーは全て直接Wi-Fiに繋がっているので、空間毎に独立して、好きな部屋で、好きな時間に、好きな曲、好きなプレイリスト、好きなアルバム、世界中の音源にアクセスできるのだ。
繰り返しになるが、それぞれのSonosスピーカーは独立して、Wi-Fiを通し、直接音楽ストリーミングサービスに繋がっているので、スピーカーにiPhoneの着信音が紛れる事はないし、通話により音楽が途切れる事もない。もう一度言う、Sonosは“インターネットに繋がった高性能スピーカー”であり、iPhoneはコントローラーに過ぎない。

Д錺鵐襦璽爛泪鵐轡腑鵑濃箸Σ礎佑ある?
東京の小さな部屋でも使う価値は十分にある。
多くの部屋を持つ大きな家で、シームレスに音楽に触れる事ができるという点はSonosの魅力の一つではあるが、Sonosの真価はその他にあると考えるからだ。
ワイヤレスですっきり。デザイン性が高い。Wi-Fi接続で高音質データを受信できる。スピーカー自体のクオリティが高い。多くのストリーミングサービスを網羅している。コントローラーの操作性が良い。以上の理由から、小さな部屋に一台からでも設置する意味は十分にある。もし、あなたが「Spotify」に代表される月額定額制の音楽ストリーミングサービスに加入したならば、もう音楽を購入することはなくなるだろう。

┐覆Sonos社などという若いベンチャー企業が注目されるの?
正直、よく分からない。音質の観点からすれば、先を行く音響大企業がゴロゴロとあるだろうし、インターネットにスピーカーを接続する技術の観点から考えても特段難しいこととは思えない。むしろ音響大企業はいつでも参入できるマーケットと考え、権利等ややこしい問題が山積みのうちは様子を見ていたのだろうか。
コンサートチケットの転売を許さない歌手、ストリーミング配信をしたくない歌手、アーティストによって様々な考え方が存在するだろうが、資本主義の世界に生き、その恩恵を受けている以上、好むと好まざるとに関わらず、需要があれば供給も生まれてしまうことは避ける事ができない。僕たちはその事実を知っておかなくてはならない。

そんな矢先、この記事を書く二日前のことだった。2016年11月1日、音響の巨人「BOSE」が「Bose SoundTouch wireless music systems」に音楽ストリーミングサービス「Spotify」の連携機能を追加したことを発表した。
満を持してSonosを購入した自分にとっては、いくばくかの狼狽も無いと言えば嘘になるが、ここでもまた企業の自由競争とは素晴らしいシステムであると言うより他ない。
この業界で先行しているSonosの優位性、ポジションにどのような変化が起きるのか楽しみであるのと同時に、より選択肢の広がったWi-Fiオーディオシステムと音楽ストリーミングサービスの世界を、是非、皆にも体験してもらいたいという気持ちで一杯だ。

シンクメディア初、無酸素でのマチュピチュ山、登頂成功のお知らせ

シンクメディア初、無酸素でのマチュピチュ山登頂成功のお知らせ】(シンクメディアページにより鮮明な画像あり)

2016年8月半ば、僕は南米ペルーのマチュピチュ遺跡に行った。マチュピチュといえば、「空中都市」「失われたインカの都市」「映画モーターサイクルダイアリーズ」のロケ地などの異名で呼ばれ、非常に人気の観光地であるが、そこは日本のほぼ対蹠地(地球の真裏)に位置し、距離にすると約15000劼曚鼻∧かりやすく東京タワーで例えると45000本分の彼方にある。しかし、現在、僕はアメリカ東海岸に住んでいることもあり、その負担は日本に住んでいた頃の約三分の一に軽減されるので、なんと東京からハワイに行くより近いのだ。この地の利を活かさない手はないと、バックパッカー時代より、予てから憧れを持っていたペルーへのチケットを手配した。
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ニューアーク空港→リマ
ニュージャージー州のニューアーク空港から飛行機に乗り、ペルー共和国の首都リマにあるホルヘ・チャベス空港に降り立つ。リマはペルーの政治・経済の中心でありながら、サーフィンに適した安定した波の打ち寄せる海岸が多く存在し、サーファーの間では「世界一長い波」に乗ることのできる憧れの地である。しかし、僕は頑固なまでにフライフィッシャーである。


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リマ→クスコ
リマから国内線を乗り継ぎ一時間半、クスコという高山都市に着く。この時期、南半球にあるペルーは時間帯によっては氷点下近くまで冷え込むので、冬服の準備をしていくべきだ。僕はバッゲージクレームでバックパックを受け取ると、トップリッドをこじ開け最上部に詰め込んでおいたアークテリクスのジャケットを取り出した。海抜0mのリマから、海抜3500mのクスコに到着すると、すぐさま大気中の酸素量が減少したことに気づくだろう。運動部時代に理不尽なシゴキを受けている時のような、脳内の酸素が著しく欠乏し、軽くホワイトアウトするあの懐かしい感覚がやってくる。大気中の酸素濃度が低いため、通常の呼吸数では、酸素消費量に摂取量が追いつかないので、息が乱れていなくとも、意識的に呼吸数を増やすことをお勧めする。ここで手を抜くと肉体の高度順化が旅程に間に合わず、旅の記憶は高山病の悲劇に染まることになる。
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クスコ→マチュピチュ村
クスコから一時間半、ペルーレイル社の運行する鉄道に揺られ、マチュピチュ村へ向かう。列車内は中央の通路を挟み片側二席ずつ、広々としたシートが設けられている。天井まで這い上がる大きな窓は、全方位から流れ込む岩肌や空の表情、山岳地帯からアマゾンの熱帯雨林地域へと、生態系の変化する様を見逃さないための設計である。近くの山肌は落石の危うさを孕み、遠くの山肌は残雪の優雅さを帯びていた。エメラルドグリーンに湾曲する川の流れが幾度となく近づいてきては離れを繰り返し、フライフィッシャーである僕の使命感に問うているようだった。しかし、そこには降車できる駅もなく、僕には車で再び訪れる時間的猶予もない。僕は大石の陰をうかがい、流心を眺め、淀みを点検し続けた。断念を前に想像力の欠いた人間になりたくなかったし、今、この状況で示せるあらゆる誠意を以って川に接したかったからだ。「ダディー、ここで釣りできる?」「ああマイク、トラウトがいるかもしれないぞ」遠くのシートで親子が話しているのが聞こえたので、僕は顔を向け、親しみと同意の笑みを送った。

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それぞれのシートには木製のテーブルが備え付けてあり、やがて乗務員により純白のクロスが敷かれると軽食と飲み物が運ばれてきた。加えて、静かに漂う伝統音楽、のんびり走り続ける列車、不足などあるまい。僕が旅行番組のナレーターであればどれほど素敵にやってのけられるだろうか。ナイフとフォークを手に、無意識のうちに口笛を吹いていることに気づくと、やはりその曲は小学生の頃に習った「コンドルは飛んで行く」であった。


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マチュピチュ村→マチュピチュ遺跡
マチュピチュ村からバスに乗りマチュピチュ遺跡へ。そして翌日、マチュピチュ山も制覇する。マチュピチュ村へ着いた。温泉が湧き、坂があり、渓流が走る。その風情はまさに温泉街であり、日本人にとって馴染み深いものであった。この村からバスに乗り、待望のマチュピチュ遺跡に向かう。時々下山してくるバスとすれ違いながら急勾配、急カーブを登り続ける。決して乗り心地の良い車両ではなかったし、尻に親切な道路でもなかったが、その揺れが僕を束の間の眠りへさらい、次に目を開いた時には既に遺跡の玄関口へ到着していた。長い列に並んだ後、関所の係員にパスポートと事前に手配しておいたチケットを見せた。世界的に信用のある赤いパスポートに目をやった彼女は、つたない日本語で「コンニチハ」と微笑んだ。その人懐っこい瞳と白い歯は、僕が引きずってきた錆びた鎖のような眠気をばっさりと断ち切った。僕がマントヴァ公爵であったら、この風の中で歌を捧げ、彼女を放って置かなかっただろう。

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家屋、耕作地であった場所、食料貯蔵庫であった場所、便所であった場所が次々と目の前に現れ、いつか見たことのあるマチュピチュの遠景写真とはまた異なる味わいである。かつての労働者がどのように石を切り出し、どういった順序で石を当て込んだのかを思い描き、何度となく独りよがりに頷く。眼下に滑空するコンドルがいる。ここはずっと昔から空中都市であった。空中都市の在り方、空中都市で在り続けること、空中都市で在るということはどういうものなのかを、世界中の人々にきっちりと理解させること、そこまでがマチュピチュ遺跡の運命であるかのように思えた。

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マチュピチュ遺跡を囲むようにワイナピチュ山とマチュピチュ山が屹立する。双方とも一日の入山人数に制限が設けられており、数週間前から予約をする必要があるが、マチュピチュ遺跡全景を見下ろすために是非挑戦したい。

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昨日と同じように長い列を経てマチュピチュ遺跡に入ると、僕は新宿地下街を歩く税理士のように、計算高く群衆をすり抜け入山口に向かった。急いだせいもあり所々足元が滑ったので「もう少しマシな靴を持って来れば良かったな」と少し後悔した。爽やかな風が僕の傷んだ長髪を撫でる。門には一人の係員がいて台帳に名前や入山時刻を書かされた。ついに立った入山口の先には静寂と樹林が織りなす暗がりが横たわっていた。人影はめっきり減り、すぐに道の傾斜は厳格な態度になるので、まるでトップガンに選抜された時のような優越感と緊張感がこみ上げてきた。僕はこの日、マーベリックが使っていたティアドロップ式のサングラスではなく、偏光レンズを備えたウェイファーラーを着用していたが、既にその頃には大粒の涙のような汗が頬を伝っていた。

時折、視界の開ける谷側を覗くと遺跡が小さく、雲が低く見えた。山道はさらに細く険しくなってきて、下山者とすれ違う時は、どちらかが片一方に寄り、道を譲り合う必要があった。道理で少し前に起きたセルフィー青年の転落事故にも合点がいく。深く呼吸をしながら顔を上げると30mほど前方で、岩に腰を掛けて休憩している女性が見えた。「やあ」と声を投げた。ブロンドの髪は短く刈られ、ダークグレーのタンクトップから焼けた肩が覗いている。装備を見るところ、かなり熟練したハイカーに思えた。彼女に追いついたところで、僕はジャケットのピットジッパーを全開にし、ペットボトルの水を口に運んだ。「コカの葉、欲しい?」上気した頬で彼女は言う。瞳は空を映したように青く、真っ直ぐに僕を見つめていた。張りのある筋肉と女性特有の弛みが不注意に彼女の輪郭を縁取っていた。その体躯はアンデス山脈と見誤り、登頂しかねない豊かな起伏を備えていることに気づいた。「悪くないね」僕は返した。

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見渡すと大分高いところまでやってきたようだ。風は高木に邪魔されることなく自由に岩肌を這い、ピンクや紫のランを揺らした。下山してくる先行者が口を揃えて「もうすぐそこさ」と言う。「人は騙され続けることで擦れてゆくのだな」と一人呟いた。トラウトも偽の餌で騙され続けることで次第に擦れていくことをフライフィッシャーである僕は知っている。「そうさ、普段の行いさ」声を漏らした。僕はどこまでも受動と能動の具現者であり、体を張って両側面を学ぶ尊い研究生なのだ。見上げると混じり気なく青い空がすぐそこに迫り、目指す稜線にもはや手が届きそうだった。猫の額ほどの砂利道を踏み外さぬよう歩き、肩幅ほどの切通しを注意深く踏み超え、あるいは欧米人用に設計された無茶な階段を上がり、とうとう僕はやってきたのだ。
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マチュピチュ山3061mの登頂に成功した。
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頂に立つ人々は一様に疲労しているはずだったが、その顔は達成感に溢れ、声は艶を帯び、肉体からは生気がほとばしっていた。時間と金を使ったにもかかわらず、フライフィッシャーは釣った魚を逃す。登山家は登った山を下りる。ゴルファーは打ったボールを追いかける。ランナーはただひたすら走る。酒飲みは、酒を飲み、記憶すらなくす。コレクターは集めるだけ集め、ただひたすら愛でる。これらにいったいどんな意味があるのだろうか。

西陽はインカの山々に影を作り始め、清々しい山風は僕たちの勇姿に似た雄叫びを遺跡に吹き下ろしていた。

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淵に座るコカの娘の背中が見えた。ノートに何やら書き綴っている。遠くで待つ誰かを想いながら目を細めているのだろう。彼女に歩み寄り「やあ、バディー。君のおかげで楽しい登山ができたよ」と伝えた。

マチュピチュ遺跡を眺めるのであれば、ワイナピチュ山かマチュピチュ山に登るべきである。いずれも入場制限があるが、穴場は競争の少ないマチュピチュ山だ。 

ペルー旅行、リマ、クスコ、マチュピチュの動画

ペンシルベニア州ベスレヘムのミュージックフェスト2016動画

ペンシルベニア州ピッツバーグ、フランク・ロイド・ライトによる「落水荘」

ペンシルベニア州ピッツバーグ、フランク・ロイド・ライトによる「落水荘」の動画。
 

カナダ、ナイアガラの滝の動画

カナダ、ナイアガラの滝の動画
Niagara Falls from Canada side ナイアガラの滝をカナダ側から。
 

メリーランド州アナポリス【海軍兵学校!まるでトップガンの世界】


メリーランド州アナポリス【海軍兵学校!トップガンの世界】United States Naval Academy, Annapolis, Maryland 

【アメリカでフライフィッシング】2016 early spring fly fishing at Big bush kill

 

アメリカ、ペンシルベニア州、ポコノ山地にある、ビッグブッシュキルという川。

カンザスシティ旅行で【Kansas Jayhawks】Big 12 Basketball 2016 final



カンザスシティ旅行に行った。偶然にも貴重な試合に立ち会うことができた。
(カンザスシティはカンザス州とミズーリ州の境目にある)

 そこからさらに車を走らせネブラスカ州オマハに行った。
目的は、そう、「ウォーレン・バフェットの家」に行くことだ。

アメリカで毎年行われているフライフィッシングショー2016の様子



The Fly Fishing Show 2016 - Somerset, NJ フライフィッシングショー2016 ニュージャージーの動画。

今年はニュージャージー州のサマセットという街で行われた回に参加した。 

【スコットランドでフライフィッシング】スペイ川の近くでレインボーが釣れた!



2015年末から新年にかけて旅行した時の動画。
ロンドンから北に580マイル、ここはスコットランドの「スペイサイド」と呼ばれるエリアで、世界一のウィスキー生産地として知られている。スペイ川の周辺に名高い蒸留所が集中しており、まさにウィスキーの聖地と言えよう。
洪水で氾濫するスペイ川の近くに良い場所を見つけたので、日没前に二時間だけ釣りをした。ワイフはドライフライで二匹釣り、僕は何も無かった。二人の間には歪な空気が横たわっていた事を覚えている。
 

【イギリス旅行】ハワースでエミリー・ブロンテ「嵐ヶ丘」を感じる



【イギリス】エミリー・ブロンテ「嵐ヶ丘」 "Wuthering Heights" by Emily Bronte in Top withens, U.K.

ロンドンから北に213マイル、ハワースはブロンテ姉妹が過ごした場所だ。荒野にはエミリー・ブロンテが描いた「嵐ヶ丘」の悲しい風が吹き、そして僕の髪を梳かした。傷んだ長髪はまるでヒースクリフのようだった。 

【トロントでフライフィッシング】若者がサーモンを!Toronto, Canada Flyfishing Young guy caught a salmon




2015年秋、トロントの動画。

【トロントでフライフィッシング】若者がサーモンを!Toronto, Canada Flyfishing Young guy caught a salmon

カナダのトロントから車で30分、クレジットリバーでフライフィッシングをした。オンタリオ湖から上がってくるスティールヘッドやサーモンを狙える。僕はクリークチャブとワイルドレインボーを釣り、近くに立つ若者はサーモンを釣った! 

【リチャードソン・チェスト・フライボックス】Richardson Chest Fly Box

歴代の大統領も愛用した歴史あるフライボックス「Richardson Chest Fly Box」をプレゼントしてもらった。この金属製の箱はペンシルベニアの小さな工場にて、手作業で組み立てられており、現在、注文から手元に届くまで何と一年半ほどかかる貴重なものである。
シンクメディアサイトにより鮮明な画像あり)














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フライフィッシングと呼ばれる釣りの手法があって、 これは糸の先端に「フライ」と呼ばれる、虫に似せた毛鉤を結わいて釣るものだ。

僕の場合、渓流や湖で主にトラウト(鱒)と呼ばれる魚を狙っているわけだが、 この魚がとても口にする餌の好みにうるさく、目にする餌が気に入らなければ全く興味を示さない。

例えば真冬の雪の降る日に、大きなバッタを投げ込んだとしても、彼らの直感は、あるいはゆっくり思考を巡らせた後でも、その影にさっぱり反応しないのだ。 まるで真冬に誘われた夜空の下のかき氷デートに見向きもしない丸の内OLのように。 僕らはよくこんな魚に向かって「とてもピッキーな魚だな」と言ったりする。

上手にトラウトを釣り上げるために、そこで僕たちはフライを交換する。 少しでも興味を持ってもらうために、少しでもYesと言ってもらえる確率を高めるために、 地域や季節によって変化する、餌となっている虫を的確に見定め、 その場所、その瞬間に相応しいフライを用いてトラウトに問うのだ。 時々、僕らに対し「過敏になり過ぎだ」と、心ない言葉を投げかける現実主義者(多くの場合、配偶者や恋人)に出くわすが、 少なくとも我々は、このトラウトの知性を信じ、期待し、楽しんでいる。

故にフライフィッシャーは様々な種類のフライを持ち運ぶ必要があり、 僕はこの「リチャードソン・チェスト・フライボックス」を使うことになったのだ。 たとえ野山や沢で前のめりに転倒した際、金属の角が肋骨や胸骨に致命的なダメージを与える危険性をはらんでいようとも、 僕はこれを胸にぶら下げ、箱の中身に目を細め、フライを取り出す。

アメリカの小川で「リチャードソン・チェスト・フライボックス」をぶら下げている孤独なアジア人を見つけたら
それはきっと僕だ。


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