170612 認知症おはようございます。
「まおまお」で~す。
いつもブログを見ていただきありがとうございます。

今回の書籍の紹介はコレです。

三好 春樹『介護のススメ!―希望と創造の老人ケア入門』(筑摩書房,2016)  820円(税別)



この書籍をサクッというと


長年に渡り介護の現場に身を置く著者が、介護の「知恵」を分かりやすく解説した1冊。
認知症などで悩んでいる家族には、介護のヒントになることが多数掲載されています。


目次


はじめに
第一章  パラレルワールドへ突入
第二章  介護に必要なのは二つの「ソーゾーリョク」
第三章  人生と人生がぶつかり、共鳴する場
第四章  人生、やり直しはできる そして、そのほうが面白い
第五章  介護は時代の最先端
第六章  認知症老人の世界
第七章  時間よ 止まれ
第八章  問題児? 問題老人? 問題行動?
第九章  虐待に至らない介護
第十章  介護の魅力3K
あとがき


親が認知症になったときに読んでおくといいかも


「まおまお」の母が2月に突然、認知症になりました。
そこから大変な毎日。

幸いアルツハイマー型ではなく、脳血管性認知症の一種で「まだら認知症」と呼ばれるもののため、ときどき正常になることもあります。
そのため、まだコミュニケーションが普通に取れるときもあるため、家族としては不幸中の幸いという感じ。

正常なときに母が自分の現状を理解して、施設に入居できたのもラッキーでした。
一人暮らしでは火事や徘徊(はいかい)などのリスクがあり、それを放置することはできないため、正常なときに母が決断したことは、家族にとってもありがたかったです。

身内が認知症になって思うのが、日々の接し方をどうしていくかということ。
これは知識ではなく、知恵が必要。
そんなときに手に取ったのが今回紹介する書籍です。

書籍の内容は長年、老人介護の現場に身を置いている著者が、老人介護のことについて分かりやすく解説しているというもの。
その中のエピソードで、認知症の老人介護のことが数多く出てきます。

その介護の知恵はまさに「目から鱗」のことばかり。
ここで紹介されている接し方は、お互い傷つかないということ。
認知症は直近の記憶は定着しませんが、無理に何かをしたという感覚だけは残ることが多いのです。
だからおとなしくさせるために無理やり薬を飲ませたなどの行為は、結果として逆効果になることも。

そのため著者を含めた介護士たちはどのような「知恵」を働かせたのかを中心にピックアップしていきます。

介護の大事なポイント


著者が介護現場で自らも経験し、職場の介護士が実践していた大事なポイントは「老人が嫌がることはしない」というもの。

これを実践することは、実はとても難しいのです。
例えば入浴。
しかし、介護される人は入浴を嫌う傾向にあるといいます。

その理由は人に介護されて入るのが嫌だったり、機械を活用して入る「機械浴」は怖かったりとさまざまな理由が。

しかし、無理やり入浴させれば、基本的な信頼感が失われてしまいます。
そこで「知恵」を使う訳です。
認知症の人たちは、何のために入浴するのか、介護者が何のためにこんなことをしているのかが理解できません。
ただ、「自分が嫌がることをされた」という感情だけが残ります。

そこである小規模デイサービスを運営している人は、白衣を着て訪問するそうです。
家族やヘルパーが誘っても入浴を拒否する人でも、医者のような権威の人になら従うことがあるため、それを利用しているとのこと。

加えてこの人は一緒にお風呂にも入るそうで、医者と勘違いした老人は、医者が背中を流してくれるので、喜んでくれるといいます。

このように介護には無理やり何かを強いるのではなく、その人が嫌がらず、スムーズに介護ができるように知恵を出していくことが大事なのです。
それはマニュアルのようなものではなく、一人ひとり違った答えがあるということでもあります。

介護に大切な2つの「ソーゾーリョク」


著者は介護の現場では2つの「ソーゾーリョク」が大事だと書いています。
2つの「ソーゾーリョク」とは「想像力」と「創造力」のこと。

介護をされる老人がなぜそのようなことをするのかを考える「想像力」。
そして老人が嫌がらないためにどうしたらいいのかを考えだす「創造力」。
この2つが介護の現場では必要であり、著者や他の人の事例はそれを実践しています。

医療と介護の違い


著者は医療と介護の違いについて、シンプルな表現をしています。
医療は「人体」に関わる仕事であり、介護は「人生」に関わる仕事。

例えば脳卒中になって医療により、一命を取り留めたとします。
しかし、そこには重度の後遺症が。
医療は命を救うことが仕事ですが、その後の人生までは面倒は見ません。

その領域は介護の仕事。
当事者が重度の後遺症で悩み、生きている自分を後悔してしまうこともあります。
そのようなときに介護では「こんな身体になってしまったけれど、生きててよかった」と思えるような経験をしてもらうことが介護の仕事だというのです。

徘徊(はいかい)をする老人への対処法


当書籍では徘徊(はいかい)をしようとする老人のケースが2つ紹介されています。
1人は「ロシアに行ってくる」と施設から出ようとしている老人。
もう1人は「役場の会議に出かける」と自宅から外出しようとする老人。

この2つのケースで共通しているのは「時間稼ぎ」と「その場しのぎ」がうまくハマったこと。

両人とも認知症。
この場合、まずさまざまなことをいって「時間稼ぎ」をすること。
例えば「ロシアに行ってくる」という老人には、「先に様子を見てきてあげる」といって時間稼ぎを、「役場の会議」ではネクタイを締めなきゃとか、靴を磨かないとかいってとにかく時間を稼ぐ訳です。

その上で「ロシアに行ってくる」という老人には「ロシアに行ってみたら、今日は留守だった」といい、「役場の会議」では靴を履いた瞬間に「お帰りなさい」という「その場しのぎ」をすること。

「留守」や「帰宅」したということで、老人は納得し、外出をしなくなるといいます。
認知症は直近の記憶が定着しないため、状況に沿いながらも、最終的に相手が嫌がらないような言葉で納得させる訳です。

これを読んで自分の母もいつかはこうなる日が来て、そのときに無理やり外出しようとするのを止めるのではなく、こういう対処法があるということを知れたのは大きな収穫でした。

認知症の老人は瞬間、瞬間を生きており、時系列を認識しません。
そのため認知症の老人を説得することは無理なのです。
だからこそ「想像力」と「創造力」が必要なのです。

介護で絶望する瞬間


よく介護に疲れ、親を殺してしまうという事件が起こります。
そのときの引き金となる2つの事象を著者は挙げています。

1つは「弄便(ろうべん)」と呼ばれる行為。
これは便を手で触って、それを壁や寝具、衣類になすりつけること。

もう1つは「異食(いしょく)」と呼ばれる行為。
食べ物ではないものを食べてしまう、あるいは食べようとする行為です。

そして、この2つが重なってしまうことも。
このシーンを家族が見たら大きなショックを受けます。

しかし、著者はまず冷静になることが大事であるといいます。
便は食べても消化に悪いものではないので、老人の身体には何の害もないといいます。

介護する側からすると、便のついた衣服や手の後始末は大変です。
さらに自分たちの「常識」が覆されてしまったことに対してのさまざまな感情で混乱するのです。

ただ、著者はこのような異食の事例は幼児期に誰もが経験していることであり、老人はそこに回帰しただけといいます。

つまり自分たちと違う「世界」を生きていることを「異常」と思うのではなく、「異文化」として捉えるコミュニケーションが必要であると強調しています。
それが介護の基本となるのです。


まとめ


当書籍から分かったことは以下のようなことです。
 1.介護に必要なのは相手が嫌がることはしない姿勢。
  そのために必要なのは「想像力」と「創造力」という2つの「ソーゾーリョク」。
 2.認知症の介護に必要な知恵は、「時間稼ぎ」と「その場しのぎ」を
  うまく活用すること。
 3.自分の「常識」を覆される行為を見てしまったときには、冷静に
  対応することや、「異文化」として捉えるようにすることが、
  悲惨な事件を引き起こさないために必要。


認知症の家族を持つ側からすると、さまざまな事例は冷静に対処するための基本となる知恵でした。

やはりそれまでは「どうして?」という気持ちが先に出てしまい、悲しさと怒りのような感情をぶつけることもありましたが、当書籍を読んで「異文化」なんだというくだりは随分、心が楽になるきっかけに。

認知症で大変な思いをされている人たちにとっては、何かの役に立つ内容となっていますので、読んでみてはいかがでしょうか?


ランキング評価
読みやすさ  4
情報量    3
情報質    5
価格     4
と言うことで「★★★★」です。


次回も見に来てくれると嬉しいです。


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