171102 旧日本兵おはようございます。
「まおまお」で~す。
いつもブログを見ていただきありがとうございます。

今回の書籍の紹介はコレです。

相原 秀起『一九四五 占守(しゅむしゅ)島の真実―少年戦車兵が見た最後の戦場』(PHP研究所,2017)  880円(税別)



この書籍をサクッというと


1945年8月15日以降も戦闘を続けている旧日本軍がいました。
それが北方領土の先の千島列島に存在する小さな占守島。
ここでの激戦が最終的に北海道をソ連からの占領から防ぎました。
その激戦に参加した兵士を中心としたルポルタージュです。


目次


はじめに
第一章 最前線
第二章 終戦三日後の激戦
第三章 停戦
第四章 抑留
第五章 戦後
第六章 時が止まった島
おわりに
参考文献、放送番組


占守島(しゅむしゅとう)の戦いとはどのようなものだったのか?


1945年8月15日、日本は無条件降伏をし、旧日本軍の武装解除が進められました。
しかし、日本各地では降伏に納得できない一部の部隊や将校などがおり、自分のプライドのためだけに他の兵士を道連れにし特攻機で出撃した宇垣中将などもおり、無用の命が失われた事実も。

この辺りは古川愛哲さんの『「八月十五」は終戦記念日ではなかった』に書かれているので、参考にしてみてください。

さて、そのような中8月15日以降もソ連軍と戦わざるを得ず、その激戦により日本の領土が守られた事実をご存じでしょうか?

もしこの戦闘で旧日本軍が負けていたら、もしかしたら現代の日本地図は北海道北半分がロシア領(旧ソ連領)になっていたかもしれませんでした。
それを防いだのは北方領土の先にある千島列島の1つ占守島(しゅむしゅとう)での戦闘でした。

今回紹介する書籍では占守島(しゅむしゅとう)の戦闘に17歳で参加した旧陸軍元少年戦車兵の小田英孝さんを中心に歴史をたどっていったルポルタージュです。

8月15日以降、本来は戦わなくても済むはずの戦いを強いられた原因は、スターリンによる野望。
スターリンは当時の日本領であった千島列島と南樺太(サハリン南部)を支配下に置いた上、さらに北海道北半分の分割占領をもくろんでいました。
そのために8月15日以降、ソ連軍は占守島(しゅむしゅとう)に上陸したのです。

8月15日にいったんは武装解除した旧日本軍でしたが、ソ連軍の侵攻により戦闘に突入。
多くの犠牲者を出しながらも、占守島(しゅむしゅとう)や南樺太(サハリン南部)の旧日本軍の激しい抵抗と、アメリカのトルーマン大統領のソ連の占領拒絶により、スターリンは北海道北部の占領を断念。
この戦いは北海道をソ連から守ったのです。

このとき占守島(しゅむしゅとう)には魚の缶詰工場で働く女性工員たちがいましたが、戦闘が始まると同時に島から脱出させ、性的暴力を受けずに済みました。

占守島(しゅむしゅとう)での戦闘が終了し、小田さんら生き残った旧日本軍の兵士は日本に帰ることを許されず、シベリアに抑留され、強制労働を強いられます。
ここで死んでいく兵士たちも多くいたことが生々しく報告されています。

とくに驚いたのが、ノモンハン事件で捕虜になった旧日本兵がロシア兵になっていた事実や、共産党の洗脳をするための旧日本兵が存在していたこと。

当書籍では占守島(しゅむしゅとう)の戦闘だけでなく、シベリア抑留や戦後70年経っても引きずる戦闘での陰など、本来、戦わずに済んだはずの人々のことが克明に描かれています。


まとめ


当書籍から分かったことは以下のようなこと。
 1.スターリンの野望がなければ、占守島(しゅむしゅとう)の戦闘は
  ありませんでした。
 2.占守島(しゅむしゅとう)戦いは北海道北半分をソ連から守りました。
 3.戦闘で生き残った兵士もシベリア抑留で多くが亡くなるなど
  悲惨な状態を送りました。


この戦闘に関係した他の書籍として以下のような書籍があります。
興味があれば読んでみてはいかがでしょうか?
上原 卓『北海道を守った占守島の戦い』(祥伝社,2013)
早坂 隆『指揮官の決断―満州とアッツの将軍 樋口季一郎』(文藝春秋,2010)

占守島(しゅむしゅとう)の戦闘は意外に知られていませんが、日本の歴史にとっても大きな意味があったものです。
その意味を知る上でもおススメの1冊です。


ランキング評価
読みやすさ  4
情報量    4
情報質    4
価格     3
と言うことで「★★★★」です。


次回も見に来てくれると嬉しいです。


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