花彫風月−塗ったり・彫ったり・縫ったり

化学物質過敏症を発症した根付師が再起をかけて再修業。30年前の修業のこと、病気のこと、心身共にひくひくしながらの日々の塗ったり彫ったり。果たして、復活なるか?!気力維持のために書いています。 【このブログに掲載されている記事、画像及び作品等のデザインの著作権は朋、月代に帰属しています。無断使用は禁止します。】

只今迷走中

しばらくブログの更新は休みます

松の芽

百花を作らなくてはならないが、構想が湧かない。とにかく植物の観察を、と、気が付けば10年以上経っていた。

注文を請けたのが、化学物質過敏症の顕著な症状が出る少し前。多分、その頃、既に発症していたのだろう。当時も、かなり体がきつかった。顕著な症状が出てからは、身の回りに溢れる化学物質に反応してしまい、誇張ではなく文字通りまともに吸える空気がなくなり、想像を絶する世界に身を置いた。どこに居ても空気の中に身を脅かす化学物質があるというのは、世界中の全てから自分の存在が拒否されているような孤独の中に身を置くことになる。説明をすると理解に努めてくれる知人、友人は居ても、発症者が感じる異常な世界を共感してくれる人は発症者のみ。しかし、身近にそのような人は居ない。

そんな中、植物たちは私の心の支えだった。車の排気ガスで咳き込み、頭痛やめまいが起きる。店へ入れば新品の製品から揮発する何らかの化学物質で苦しくなる。道を歩いていても家の換気口から室内用の芳香剤がが慣れ出てくる。外出が恐い。しかし、生活する上で外出しないわけには行かない。外出中に倒れないかと常に恐怖心を抱えて歩く中、道端の植物に意識を向ける。踏みつけられてぺしゃんこになりながらも茎を起き上がらせ花をつける雑草、かなり過酷な場所に芽吹いてしまった雑草も逞しく花をつけている。切られてしまった木も根元から新芽を出し、どんな状況でも生きようとしている。植物の逞しい生命力を目にすると、自分も頑張ろうと思えた。

190512_0944~0001時に、植物たちは、くすっと笑わせてくれる姿を見せてくれることもある。そういう姿を見つけると、緊張がふと緩む。すると、一瞬だが抱えている苦痛が消えてなくなる。

今日、見つけたのは松の新芽。新芽の出るこの時期、普段は見せてくれない姿を見ることが出来る。まだ伸びきらない葉の新芽を付けた枝先にあるのは何だろう。他の枝先には3つ付いていたりもする。これが伸びて何になるのかなと、観察しながら、この松の脇を通るたびに見るのも楽しい。

もし、百花の御題をいただいていなければ、発症後の状況の中で植物に目を向けるこなどなかったろう。

出来ることなら百花を作って、この仕事を終わりにしたい。でも、出来るのだろうか。あまり自信はない。ちょっと弱気。

縫い物の話

唐突ですが、縫い物の話。

化学物質過敏症の発症後、化学繊維の服が着られなくなりました。着ると、赤くなって肌がかゆくなってしまったり、チクチク痛みを感じたり、体が緊張して筋肉が硬直して苦しくなってきてしまったり。天然素材でも染料や加工のための化学物質によって着られない服も多く、安心して(普通に)着られる服を探すのに大変苦労をしました。おまけに少々、規格外の体型をしていることもあり着られる服を探すのにかなりの時間と労力を費やすことになってしまいました。ならば、いっそのこと自分で作ってしまえ、と、学校の家庭科でやった他には、服など作ったこともなかったのに本を頼りに服を作り始めました。

1501 5de0a002-s最初に和裁もどきを作ったのが2015年のこと。五十肩で腕が上がらなくなり、腕を後ろに回すのもきつくて、それまで着ていた割烹着を着るのが困難になってしまいました。後ろに手を回さずに着られて肩周りが楽なものということで作務衣を作ろうと思い立ちましたが、この時は、洋裁の作務衣の型紙を使って洋服の生地で作りました。いろいろと不満のある出来上がりでしたが、家できている分にはなんとか着られるものにはなりました。

この作務衣を作ったときは、まさかきちんと和裁の本を買って和裁の方法で和服の類を作ろうと思うようになるとは思っていませんでしたが、少々、訳あって、洋裁だけでなく和裁にまで縫い物の領域を広げてしまうことになりました。その訳については後ほど。

1607 d52fb13b-s和裁の本を買っての第1作は、「大塚末子の新・ふだん着着」という本に載っていた「新しい感覚のねまき」をつくりました。本のタイトルにもあるように、和裁の方法を元に今風にアレンジした新しい普段着ということで、本には反物を使って作る浴衣等の他、反物ではなく洋裁の布を裁断して作る新しい和風の着るものも載っています。この寝間着も洋裁の生地で作りました。和裁で作りましたというのとはちょっと違いましたが、縫い方は和裁の縫い方で手縫いです。

170227_1409~00012作目は、同じく「大塚末子の新・ふだん着」の「もじり袖の上っぱり」。これは新感覚のものではなく昔から作られていたもので、反物から作る方法で載っていました。予算の関係で反物が手に入らなかったので、私は洋裁の生地を反物幅に切って作ったなんちゃって反物で作りました。じわじわと和裁に近づいてきています。

しかし、この上っ張り、本に載っている通りのサイズで作ったら私には小さくて、知人に譲ってしまいました。洋服よりはサイズに縛られない和服ですが、やはり、和裁でもサイズの問題はあるのだなと、痛感しました。

171026_2159~0001そして3作目は、「きものの仕立て方 職人に学ぶ、一つ身じんべえ、浴衣から、ひとえ長着まで」というかなり本格的な和裁の本を見て作った子供用の甚平。今は、和裁の本でもセンチで表記されているものが多いですが、この本は尺貫法でサイズが記されています。使った生地も今回は洋裁の生地ではなく木綿紬の反物。縫い方もそれまでの本より丁寧に記されていました。
近くにすむ知人のお子さんに差し上げました。

そして、今回、浴衣の反物を使って、自分用の作務衣に挑戦。さて、どうなるか。

覚書

知り合いのサイトで目にした言葉。

 「作家でも、職人でもなく、真っ直ぐに作る人。」

とても気になる言葉でしたが、その感想を言葉で表すことは、今の私には無理そうです。

何かが終わり、何かが始まるということ

元号が変わり、今日から令和。

午前中、外出をしてきました。門に国旗を掲げている家がありました。私が小さかった頃は、古い造りの家などには門や玄関に国旗を掲げる金具が付けられていて、祝祭日になると国旗を玄関先や門に掲げる家が見受けられました。とはいえ、ごく一部の家でしたが、祝祭日には国旗を掲げるものなのだなと子供心に漠然と思ったのを覚えています。近年では、ほとんど見られなくなった一般家庭での国旗掲揚。道を歩いていて、突然目に入っていた日の丸に、今日は新天皇陛下が即位される日であることを、改めて感じました。

何かが改まるというのは、同時に何かが終わったということでもあります。平成が終わったのですね。


10年

アマゾンのアソシエイト・プログラムアカウントの閉鎖の件で病気のことを書いていたブログの過去記事からアマゾンのリンクを削除する作業をしています。

自分が過去に書いた記事を読み返すというのは、なかなか感慨深い作業です。2008年11月に化学物質過敏症と思われる症状を発症し、不都合の多い日々が始まりました。この特殊な病気を抱えて生活する中で考えたことや思ったことをブログには書いていました。思うように外出も出来ない体調で、人と会うのも事情をよく理解してくれているほんの数人のみという生活の中で、やり場のない気持ちをひとりで抱えて溜め込んでしまいがちでした。書くことによって救われていた気がします。しかし、そのブログには仕事のことについては、あまり積極的に書いては来ませんでした。というより、あえてあまり書かないようにしていました。この病気を発症し、職を失う人も少なくありません。場合によって、そういった方が読みに来るブログで仕事のことで苦しい等とは、とても書けませんでした。

発症と時をほぼ同じくして、病気以外のことでも生活が大きく変わる事件がいくつも起きていました。ブログの過去記事を読み返していると、直接、それらのことについて触れていなくても、その時期に書いたものを読むと、それらの記憶が甦ってきます。自分の中に未消化な感情を抱えたまま、それらの感情に蓋をして見ないようにしようとしていても、こういった感情はずっと未消化なまま心の奥に残っているものなのですね。そして未消化な感情を抱えたまま生きるということは、必要以上にエネルギーを消耗することことだったように感じます。

私にとって、発症後のこの10年は、ただ無為に時間だけが過ぎ去っていったような、まるで中身のない空ろな時間だったような気がします。10年と言えば、かなり長い時間であるにもかかわらず、今、振り返ると自分はその時間を生きていなかったかのように感じます。10年の間には、苦しい中でもいくつかは作品を作ってきました。しかし、振り返っても作ったという実感を感じられません。不思議なものですね。中身のない時間が過ぎていったとはいえ、肉体の老化という現象だけは確実に進行しているのを実感します。

失われた10年を諦めるべきなのか、それとも、取り戻すべきなのかを考えるために、この10年の間に起きた仕事に関することを書いてみようかと思い始めています。

タンポポ

190425_1554~0001タンポポもそろそろ花が終わり綿毛になって飛び始めています。

この時期、黄色の花が多いせいか、花が咲いていた時には、「ただ花が咲いている」という認識で、タンポポとは気付かずにいました。地べたにへばり付くようにして咲いているタンポポの脇を気付かずに通り過ぎていました。タンポポは、綿毛になる時、茎の丈をぐんと伸ばすせいもありますが、白くほわほわした綿毛になると、「あぁ、ここにもタンポポが咲いていたのか」と気付かされます。そして、そういうタンポポは、総じて綿毛と茎の大きさに比して、葉が小さいように感じます。そのバランスの悪さは、可愛らしくもあり、滑稽でもるように見えます。

190425_1556~0001伸びた茎だけが残り綿毛が全て飛ばした後のタンポポの姿は、なんだか怪獣のようにも見えて笑ってしまいます。

タンポポを作ろうと思って見る(観察する)と、葉と茎の大きさのバランスが難しいと感じます。実物を見た通りに作ればよいかというと、必ずしもそうではありません。見た人がそのものに見えるよに作る必要があると、私は思っています。実際に、いかにもタンポポに見えるタンポポを探そうと思うと、なかなか見つかりません。葉と茎のバランス。茎の伸び方広がり方。私たちが漠然と「これがタンポポ」と思い描くタンポポは、どのようにして頭の中に作り上げられてゆくのでしょう。人それぞれによって、微妙に違うタンポポ像があることでしょう。

190425_1608~0001公園からの帰り道、道端にタンポポの行列を見つけました。少し傾き始めた陽の光を受けて綿毛が白く輝いている様子がなんとも美しかったです。携帯の画像では全然表現できていませんが、ただ単に「きれい」というだけではなく、そこだけ平和で穏やかな特別な時間が流れるような、あるいは時間が止まってしまった異次元のような特別な空間がタンポポの周りにはあったように感じました。

光を受けて輝く様子は、絵や写真では表現できても、彫刻では難しいと感じます。それぞれの表現方法により、得意とする表現とあらわすことが難しい表現とがあると思います。私は彫るという表現方法を通して何が表現したいのだろうと、改めて自問してしまいました。


牡丹

昨日の朝、庭の植物に水遣りをした時に、牡丹の蕾が開き始めているのを目にし、そろそろだなと思っていました。

昨日はかなり気温が上がったために積乱雲が生じたのか、夕方から夜にかけて激しい雨と雷に見舞われました。今日は朝のうちは止んでいたものの、昼前から再び降り始めた。

190424_1550~0001昼頃、牡丹の様子を見に、雨の中庭に出てみると、見事に咲いていました。とはいえ、雨に打たれて花弁は雫を溜めて重さで下を向きなんとも痛々しい様子。雨が降って来たから途中で咲くのを止めようなどということは牡丹には出来ません。

190424_1549~00013本あるうちの2本は、雨が降っていなければ、今日が一番、花の盛りだったろうに。どちらも上を向いて咲いているはずの花が首を傾げたり、うつむいてしまっています。その姿はなんとも悲しげに見えてしまいます。よりによってこんな日に咲いてしまうとは。

190424_1549~0002残る1本はまだ蕾。天気のいい日に咲けるといいね。

*
昔は牡丹はさほど関心はありませんでした。私には豪華すぎてなんだか気後れしてしまう花だったので、あえてよく見みようとは思いませんでした。

化学物質過敏症を発症する直前頃に請けた注文なので、もう10年以上経過してしまっている注文があります。恐らく、ほぼ無効となっていると思われますが、象牙の仕事を止めるに当たり、今までの自分の集大成として出来ることなら作りたいと思っているものがあります。

その注文が百花なのです。著名な根付師の作で百花をモチーフにしたものがあります。根付の世界で「百花」と言えば、暗黙の内にその作品を意味することになります。そうでなくてもハードルが高すぎる注文だったのに、病気を発症したことで、体力的にも気力的にも仕事自体を続けることが難しくなってしまいました。そして、長らく保留としてしまいました。

その名人の彫った根付の中央に鎮座しているのが牡丹の花(だと思います)です。毎年、 庭の牡丹が咲くと、あぁ、百花を作らなくては・・・と、保留にしてあることを切実に感じます。

植物たち

近くの寺の境内では、山野草展の準備が進んでいます。山野草展が終われば、次はさつき祭り。この時期、追い立てられるように季節が進んでいくのを感じさせられます。

190423_1220~0001山野草展の展示小屋が設営された境内の桜は青々と葉を茂らせています。「ああ、もうソメイヨシノは完全に終わったな」と、思って歩いていると、緑の葉の茂る中、薄っすらと白く霞んでいる部分がある木があるのに気付きました。近づいて見ると、その木だけ一部の枝にまだ花が咲いていました。それぞれの枝に花が疎らに残っているのではなく、一部の枝だけ全部花。ちょっと不思議な光景でした。

咲き始めるのが早い木、咲き終わるのが遅い木、木によって咲く時期が微妙にずれているのを見るたびに、人もそれぞれ咲く時期が違っていいんだよと、木に言ってもらっているように感じていました。別に人に例えなくてよいのでしょうが、植物を見ていると人や人生に例えて見てしまう癖が付いてしまっているようです。ひとつの木で枝によってこれほど開花時期に差があるのを見て何を思うか。強いて例えるなら、人間、晩年になって開花する才能もあるとでも思うことにしておきましょう。

190423_1223~0002寺からの帰り道、途中で「もしや?」と思い、道を引き返し道端を確認すると、やはり出ていました、カラスビシャク。雑草が茂りすぎると寺の人が刈り取ります。それでもまた生えて来ます。刈られても刈られても、生えて来ます。刈られなくても時期になれば蝶の幼虫が全て食い尽くしてくれます。それでも、毎年、同じ場所に生えて来ます。塊茎で増えるのは承知しているので、枯れずに翌年も生えてくるのは当然と分かっていても、このしぶとさが私は好きです。

190423_1225~0002カラスビシャクが出てきているということは・・・と、ドクダミの芽を確認しに行きます。やはり出てきています。日陰もアスファルトも何のその、もう少しすれば、アスファルトの縁一面にドクダミが茂ることでしょう。

この時期、気温差が激しく、体調管理が難しいです。体調が降下すると気持ちも弱くなってきます。頑張ろうと思っても、その思う気持ちを維持するのが難しくなってきます。そんな時、カラスビシャクやドクダミを見ると、私も植物たちのようにしぶとく生きなくてはと、ちょっと気持ちを持ち上げることが出来る気がします。

どちらも嫌われ者の植物ではありますが、私は彼らに元気をもらっている気がします。

覚書

「本日より7日以内に、Amazonは下記の運営規約に基づき、お客様のアソシエイト・プログラムアカウントを閉鎖させていただきます。」というメールが届きました。「お客様のアソシエイト・プログラムアカウントは365日以上売り上げがないためです。」というのが閉鎖の理由。

以前、病気のことを書いていたブログでアマゾンの商品にリンクを張るのに使っていました。発症直後からブログを始め、発症後10年が経過したのを機にほぼ休止状態にしてあるブログですので当然でしょう。

アマゾンからは、「お客様のサイトより、Amazonの商標、特別リンクを含むすべてのAmazonコンテンツを削除し、使用を中止してください。」との指示がありました。久しぶりに病気のブログの管理ページに行ってきました。アマゾンにリンクを張ってある記事を探しつつ、過去に書いた記事を確認していて少しだけ仕事について書いた記事を発掘ました。

こちらのブログでも、仕事について、好きであることや適性といったことについて書こうと思っていたところでした。発掘した過去記事を読んで、10年前から同じことをずっと考えていたのだなと思いました。

以下、発掘した過去記事です。
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机に座っての作業ではあるが、ノコを片手に粗取りをしていると、あごや肘を伝い汗がぽたぽたと落ちてくる。額の汗は目に入りしみる。木製のノコギリの柄は汗で色が変わってくる。自分の体から汗が蒸れたニオイがもわもわと漂っているのを感じる。これって、デスクワークとは言わないな・・・と、一人で苦笑する。

遠い昔の記憶の底で何かが動く。ノコギリを持つ手を規則的に動かしつつ、記憶の底を覗き込む。

あぁ、学生の時、夏休みに石を彫っていたときの感覚だ。石を彫るときは削った(はつった)石の破片で怪我をしないように重装備である。長袖のつなぎを着て、頭にはタオル、手に軍手、防塵メガネに防塵マスク。肌の見えている場所はほとんどない。このいでたちで、数キロある石彫用のハンマーを振り上げ、夏休み、炎天下に、石を彫っていたのだ。今思うと、よく熱中症にならなかったものだと感心する。あの時の汗とニオイ。

あの頃、大きいものにぶつかってゆくのが好きだった。石は大きく硬かった。石を彫るのは楽しかった。大きなノミを使い大きな木を彫るのも好きだった。汗と木っ端が飛び散り、樟の香りに包まれるのも好きだった。

今、小さいものを彫っている。それなりにきれいに作ることは出来る。

しかし、と、考える。

きれいに作れることと、それが好きであることは、同じではないと。きれいに作ることが出来るから、それを作ることに適しているとは限らないと。

2008 8 10

先月の末、一度、気温が上がった後の急激な気温の変化にやられてしまった。しばらく寝込んでしまい、先週1週間はほぼずっとパジャマのまま過ごしていた。寝込み始めたのが、ちょうど桜が咲き始めた頃だったので、今年は満開の桜を見るのは無理だろうなと思っていた。

そして、昨日の雨。もう桜の花も終わりだろうなと思っていたが、意外に桜は頑張っている。今日、久しぶりに外出。郵便局まで、川沿いの桜並木の道を通って行った。満開は過ぎているが、今日の強風でもまだ花吹雪にはならない。もうしばらくは楽しめそう。

さほどきれいな川ではないが、それでも流れてゆく水の水面に光が反射してキラキラ光る様子と桜の枝が風にそよぐ様子を見ていると、なんだか時間が止まってしまったような不思議な感覚に襲われる。止まってしまっただけではなく、過去の時間とも交錯して来る。中学、高校の頃、この道を通って学校に通った。満開の桜の頃は、新学期が始まったばかりで不安と期待の日々だったことだろう。遠い昔のことなのに、この川の桜を見ていると記憶の倉庫の底に沈んでいた何かがむずむずとうごめき始める。他の花ではこういう感覚はあまり起きない気がする。

190411_0948~0001青い空に霞がかかったように咲き誇る桜、そしてその下を流れる川。どう撮っても絵になりそうなのに、私ではどう撮ってもこんなもの。未だ携帯を使っているせいもあると思う。

使っている携帯が壊れたわけでもないし、どうしてもスマホが必要という状況にもなっていなかったので、そのままずっと携帯を使い続けてきた。しかし、そろそろ携帯が使えなくなるようだ。

自分も人生の過渡期にあり、この後、生活スタイルがどういったものになっていくかまだ検討が付かない。なのでネット環境やモバイルをどうするか決められずにいる。

人生の年度替りというものがあるとすれば、還暦ということになるのだろうか。まだそれはもう少しだけ先だが、来年の桜の頃までには、新たな気分で人生を歩み始めていたいものだ。

センペルビューム

しばらく前、100円ショップで多肉植物を買ってきた。店の入り口で見かけ、かわいいなと思ったものの、自分の体の世話で精一杯だし、と、横目に見ただけで通り過ぎた。

若い頃、友人の家に遊びに行って彼女の部屋にあったサボテンをいいなぁと思って以来、多肉植物が気になる。月下美人のような花が咲く棘のあるサボテンを庭で育てていたが、体調を崩して植物の世話もままならなくなり、花も咲かなくなってしまった。

レジを済ませて出口を一旦出たものの、入り口で見た植物が気になり、店にUターン。迷ったものの、結局、買ってしまった。ほぼ引きこもり状態の生活なので、部屋に話し相手(にはならないが・苦笑)が欲しかったのかもしれない。

比較的育てやすく、耐寒性もあり生育温度は25℃〜15℃ということなので、なんとか世話はできるだろう。買ってきたときの鉢(容器)では小さくなったので、少し大きな鉢に植え替えた。毎日見ていると、成長しているのかいないのかよく分からないが、なんだが様子が「これでいいのか?」という感じになってきた。枯れてきたとか言うのとは違うが、一体、この植物はどんな形に成長するんだ?という疑問。

190406_1502~0001葉が幾重にも重なりまるで花のような端正な姿に惹かれて買ってきたのだが・・・(買ってきたときの姿はこちら

重なり合っていた葉はどんどん開いて長さも長くなってきている。端正というより、自由奔放に葉を伸ばし始めている感じ。窓際に置いてあるせいなのだろう、気をつけて鉢を回してはいるが、シンメトリーは崩れている。

売っていた時に容器に刺さっていた札には「センペルビューム 多肉植物」と書いてあった。ネットで調べてみたら、センペルビュームにはいろいろな品種があるようなのだが、NHKのみんなの園芸のサイトでは、名前だけで画像はNo Imageの表示。

うちの子の品種は何なのだろう。

多肉植物のサイトを見つけて見てみたところ、品種一覧の表示に 全2,940種。ちょっと多すぎ!調べる気力が失せました。
とはいえ、多肉植物たちをぼーっと見ているとなんだか楽しい。
好きが見つかる多肉植物図鑑PUKUBOOK Sempervivum


PUKUBOOKのトップページはこちら

サボテンは増えるものは物凄く増えるし、予想外に大きくなるものもあるのは経験から知っている。
さて、うちの子、この先、どうなるのか・・・

"冬でも浴衣"の観光客を歓迎する京都の罪

この記事に100%共感するというわけではないが、気になったのでメモとして。
プレジデントオンラインより引用

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"冬でも浴衣"の観光客を歓迎する京都の罪

歯止めがきかない「文化の稚拙化」
   
2019年4月1日 9時15分 プレジデントオンライン    
 

京都では冬なのに浴衣を着て歩く観光客が目につく。なぜこんなことになってしまったのか。京都在住の東洋文化研究者アレックス・カー氏とジャーナリストの清野由美氏は「観光客向けに安っぽいものをつくる『稚拙化』は、やり始めると歯止めがきかなくなる」と警鐘を鳴らす――。

※本稿は、アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


■「ゾンビ化」「フランケンシュタイン化」する文化

伝統文化を守っていくには、とるべき選択肢が二つあります。

一つは、昔の様式やしきたりを、そのまま守っていくやり方を選ぶことです。たとえば能楽は、この方法によって、数百年前の芸術様式を現代に息づかせています。

ただ、能楽の場合は成功しましたが、昔のままに伝えていくやり方は、時に文化を化石化させ、今を生きる人たちにとって無意味なものにしてしまう恐れがあります。それは、生きているようで実は生きていない、文化の「ゾンビ化」だといえます。

もう一つが、核心をしっかりと押さえながら、時代に合わせて姿・形を柔軟に変化させていく方法です。これは文化の健全な継承の形ですが、核心への理解がなければ、本質とは異なるモンスターを生む方向へと進んでしまう恐れがあります。

そのため、前段の「ゾンビ化」に対し、こちらは「フランケンシュタイン化」といえそうです。

中国の観光開発では、古い町並みを破壊し、そこに映画セットのような「新しくて古い町」を建設する手法がよく見られます。一見すると歴史的な雰囲気がありますが、素材や形、作り方などは本物の中国文化とは、かけ離れたものです。

テーマパークのような「新しくて古い町」を見慣れた観光客は、自国文化であってさえ、本物とまがい物の区別がつかなくなります。これがフランケンシュタイン化の持つ脅威です。

■「冬に浴衣」を着て街を歩き回る外国人

京都でもこの数年、町にフランケンシュタイン化が目立つようになりました。その一つが、外国人観光客を相手にした、安価な着物を扱う小売店やレンタルショップの流行です。

そこで扱っている着物は、本来の着物に比べて色や柄が不自然に明るく、派手なものばかり。生地もポリエステル製などの安っぽいもので、日本の伝統を継承して作られたものではありません。

装いにしても、冬に浴衣を着たり、浴衣なのにボリューム感のある華やかな帯と合わせたりと、奇妙で陳腐なケースが多く見られます。本当の着物文化を知らない外国人は、このようなまがい物でも日本の伝統的な衣装だと錯覚し、喜んで着てはそのまま街を歩き回っています。

ホテルや簡易宿所の建設ラッシュの中、京都の建物空間にも、そのようなフランケンシュタイン化が忍びこんでいます。

ある新設のホテルでは、レストランの照明シェードに、逆さにした和傘を取り付けていました。デザイナー目線で見た“和風”の新しい解釈なのかもしれませんが、この光景を見て、知り合いの京都人はぞっとしたそうです。なぜなら京都の一部の地域には、家の中で傘を開くことを不吉な印として忌み嫌う文化が今も伝えられているからです。

■日本人は「着物」や「町家」の継承を放棄した

これらの現象は、日本の文化や伝統に対する観光客や事業主の無知、という表面的な問題だけではなく、根本に別の要因があります。それはすなわち、当の日本人が自分たちの伝統の着物や、町家のような空間の継承を放棄したということです。

まがい物の着物や逆さの傘は、単純に「デザイン目線」から生まれたものではなくて、「観光客を喜ばせるために、無理に創造した日本」として、ほかならぬ日本人が作ったものなのです。

日常に本物が息づいていれば、まがい物はすぐに見破られ、安っぽいコピーが氾濫することはありません。たとえば着物のレンタルも、京都で長い歴史を持つ呉服店が手がけているものだったなら、着物文化の伝承にきちんとつながったのかもしれません。

しかし、残念ながら現在の日本では、いたるところに「文化の空白」が生じてしまっています。そして空白が広がった結果、それを喜ぶフランケンシュタインが入り込んでしまった、ということなのでしょう。

歴史的な文化や文化財を扱う人たちが、本来の意味合いを忘れて、観光客向けに安っぽいものを提供する流れを英語で「dumbing down」、つまり「稚拙化」と呼びます。

■神社の鳥居の前に「ゆるキャラ」がいていいのか

なお日本で稚拙化が引き起こされる原因は、インバウンドの増加だけではありません。

たとえば国や地方自治体、公共機関などが作る「マスコットキャラ」や「ゆるキャラ」。熊本県の「くまモン」の大成功が典型例ですが、今や日本全国どこへ行っても、キャラクターの笑顔に迎えられます。これはインバウンド向けというより、日本人を対象にした観光業の副産物といえるでしょう。

「ゆるキャラ」は駅前や商店街、遊園地といった繁華街で出会えれば、にぎやかで楽しいし、効果もあると思います。しかし歴史的寺院の山門や神聖な神社の鳥居の前、境内、美術品の横にまで「ゆるキャラ」を持ってくるとなれば、稚拙化に歯止めがきかなくなります。

日本での文化の稚拙化は、世界遺産に登録された場所でも、見受けられるようになっています。

京都の二条城ではオリジナルの襖絵を劣化から守るために、複製したものに差し替えて展示・公開しています。京都市のHPによると、襖絵の復元・保存は1972年から「二の丸御殿」で取り組まれています。

室町と江戸時代の襖絵はくすんだ紙の色、金箔に表れた「箔足(継ぎ目を重ねた部分)」、そして岩絵の具と墨の深い色合いによって、神秘的で瞑想的な雰囲気をまとっていることが特徴です。その雰囲気があるからこそ、鑑賞者は美術品が伝えられてきた年月に思いをはせ、深い感興を味わうことができるのです。

■「大きな土産物屋さんのよう」と言われた二条城の襖絵

しかし近年、二の丸御殿で差し替えられた複製の襖絵は、岩絵の具の繊細な色合いが単調なものに、独特のくすんだ金色はキラキラ輝く派手なものへ置き換わっていて、それらが強烈なライトで明るく照らされています。外国から訪れた私の友人を二条城に案内したとき、彼から「ここは大きな土産物屋さんのようですね」といわれました。まさに二条城の「稚拙化」がもたらした感想です。


維持管理のためにオリジナルをはずし、複製に入れ替えるのは仕方ないことでしょう。ただ、今の時代は幸いなことに複製技術が非常に発達していて、近くで見てもオリジナルかコピーか、見極められないほどすばらしいものができるようになっています。

たとえば大覚寺の宸殿にある襖絵も複製ですが、「箔足」が上手に復元されているので、にわかには複製とは分かりません。二条城でも二の丸御殿の廊下にある菊の襖絵は、やはり「箔足」をうまく復元しており、この建物が持つ重みと調和しています。

そのような技術力があるにもかかわらず、近年展示された二の丸御殿の襖絵や壁画は、金色のラッピングペーパーのような質感でした。

■文化財を管理する人の「真髄を伝える義務」

稚拙化を防ぐには、管理者側の信念がまず問われることになります。二条城でも、「ここは将軍と大名が謁見した格式高い場所である」という認識が管理者側にしっかり根付いていれば、このような複製のクオリティにはならなかったのではないでしょうか。

文化財を管理している人たちには、「保存」と「維持」だけではなく、次世代の日本人と訪日外国人に、日本文化の真髄を伝える義務があります。予備知識のない観光客だからこそ、質の高いものを見てもらい、その「目」を底上げする努力が必要です。

幸い、オリジナルの襖絵は敷地内にある「二条城障壁画展示収蔵館」に保管されています。二条城を訪れる人は、二の丸御殿を回った後に、こちらで本物を見ることをおすすめします。

観光には教育的な側面も含まれます。分からない人たちに合わせて稚拙化を行うのではなく、最高のものを親切な形で提供してこそ、文化のレベルアップは果たされるのです。

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アレックス・カー
東洋文化研究者
1952年、米国生まれ。NPO法人「篪庵(ちいおり)トラスト」理事長。イェール大学日本学部卒、オックスフォード大学にて中国学学士号、修士号取得。64年、父の赴任に伴い初来日。72年に慶應義塾大学へ留学し、73年に徳島県祖谷(いや)で約300年前の茅葺き屋根の古民家を購入。「篪庵」と名付ける。77年から京都府亀岡市に居を構え、90年代半ばからバンコクと京都を拠点に、講演、地域再生コンサル、執筆活動を行う。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『犬と鬼』(講談社)、『ニッポン景観論』(集英社)など。

清野由美(きよの・ゆみ)
ジャーナリスト
東京女子大学卒、慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、92年よりフリーランスに。国内外の都市開発、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する一方、時代の先端を行く各界の人物記事を執筆。著書に『住む場所を選べば、生き方が変わる』(講談社)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論TOKYO』(いずれも隈研吾氏との共著、集英社新書)など。
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(東洋文化研究者 アレックス・カー、ジャーナリスト 清野 由美 写真=iStock.com)
 
プレジデントオンライン 

隣町は遠い

隣の市のギャラリーの企画展を見に行こうと思っていた。この時期、体調管理が難しいのだが、見に行けるよう頑張って体調を整えていた。

そして、今日、「行くぞ!」と意を決して出かけた。徒歩で駅まで。ここまでは順調。駅で五分くらい待つ。まだ、なんとか大丈夫。そして、電車が来た。

暮れに一度、隣の市のギャラリーまで行くことができた。その時の電車は空いていた。土日は避け、その時と同じ時間の電車を選んで乗ったのだが、暮れに乗った時より人が多い。座れないほどではないが、車両内の人口密度は暮れの2倍以上。いろいろなニオイ(物質)が車内に充満している。マクスをしているので、それらのニオイは強烈に感じて、速攻で反応が出るほどではないが、ちょっと不安。乗るか止めるか迷う。何とかなるだろうと乗った・・・が、次の駅までの間、悩む。あと3駅、駅に着いた後、ギャラリーまで徒歩。展示を見て用事を済ませて・・・これからの予定をシュミレーションする。具合が悪くなったとしても、自力で帰れるだけの余力を残しておかなくてはいけないことを考えると、これ以上は止めておいた方がいいか・・・

次の駅で降りて引き返す電車が来るのを待つ。頑張れば行けたのか?頑張れば行けただろう。行くだけは行けても、帰りはどうする?それに、具合が悪い状態で展示を見たりギャラリーの人と話をすることが有益なことかと考えると悩む。自分で自分の体の反応や状態が予想不能な部分が多くて「頑張る」「無理をする」その程度を探るのが難しい。

駅に到着し、乗っていた人が降りる中に混ざって歩いていると、子供が多いことに気が付いた。そうか、春休みだから人が多かったのか。納得。

普通の人が普通にできることが普通に出来なくなって久しい。


丸い綿毛

190325_1358~0001このところ、一気にいろいろな花が咲き始めている。

歩いていると、道端や公園、道沿いの家の庭など、様々な花の色が目に入る。葉のない枝に咲く花も、葉の茂みの中に咲く花も白や黄色、赤や青、花の存在を示す色によって遠くから見ても咲いているのが見て取れる。

植物にとっては、花は受粉するために虫達を呼び寄せるためのものであることを思うと遠目に見ても目に付くものなのであることは納得がいくが、色の持つ力を改めて考えさせてくれる。

百花百草というテーマでの制作を頼まれていることもあり、道々の植物達が気になる。あまりきょろきょろしていると不審者と思われかねないので、気を付けつつも歩きながら花たちの姿を目で追っている。

190326_1211~0001すると、見慣れない植物発見。

近づいてよく見ると、正体はタンポポの綿毛だったのだが・・・
普通じゃないよね?この状態。

190326_1211~0003近くを見回すと、少し離れたところに、綿毛の部分がなくなった茎があるのに気付いた。この茎から飛んだの?でも、どうして、この形のままここまで移動したのだろう。気になる。





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