2010年09月

列車追想/3

先日までのクソ暑さがウソのような陽気ですね。
皆さん体調を崩されていないでしょうか?

夏が暑く、急に涼しくなると紅葉が美しくなる…
と言われていますが、今年は期待できそうですね♪
撮り鉄のみなさんは、そろそろ紅葉撮影計画を練られているのではないでしょうか?


さて、本日は ↓ こちらで~す!





じゃ~ん♪





↓ ↓ ↓ ↓ ↓





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立山砂防軌道です。

これも撮影日が不明ですが…(汗)
鬼ヶ城~樺平間だと思います。
DLが酒井工作所製で、前照灯がひとつですので多分昭和56年ではないかと…。

昭和51年から60年にかけて、ほぼ毎年のように通っていました。
特に昭和56年以降は、天候が安定して紅葉が美しい秋に照準を絞って撮影していました。

立山砂防の紅葉は、当時の感覚ですと10月中旬前後が見ごろでした。
しかし、残念ながら実際にドンピシャのキレイな紅葉に出会ったことはなかったです…(泣)

立山砂防軌道は、正式名を『建設省(現・国土交通省)北陸地方建設局・立山砂防事務所材料運搬軌道』といいまして、610mmゲージ、千寿ヶ原~水谷間の18kmを運行しています。
現在も現役バリバリで走っていますが、沿線への立ち入りが一切禁止されているため撮影不可能となっています。

この頃は全く規制がなく、楽しく撮影出来ていたのですが…。


雨が強くなってきましたね。
今日は一日降り続けるそうです…。

では、また。




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初遠征? 亀山へ! ③

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☆客車を入換するC50 154(亀)です。 C50のラストナンバー! 1971-11-7 ☆



亀山は関西本線東部の主要駅で、紀伊半島へと向かう紀勢本線の起点駅でもあります。

当時は名古屋方面と紀勢本線を結ぶ列車が、亀山駅で方向転換をするため停車時分が設けられたり機関車の付け替えが行われたりで活気がありました。

関西本線名古屋側は既にDL化されていたものの、奈良側と紀勢本線には多数の蒸気機関車が運転されていました。

機種は大半が関西、草津線のD51で、紀勢、参宮線のC57、信楽線のC58もありましたが、何といっても目玉は入換用のC50です。




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☆ラストナンバーは昭和8年、三菱造船所製だそうです。 1971-11-7 ☆ 




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☆転車台に載ったC50 154です。   1971-11-7 ☆




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☆前面警戒色のC50 109(亀)ですが… ネガの劣化が酷すぎる~(泣) 1971-11-7 ☆



 

C50型蒸気機関車は8620型の改良機種として、昭和初期に154両が製造された小型テンダー機。

改良機と言っても結果的には8620型よりも短命で、晩年は入換用として辛うじて残存していただけでした。

亀山には109号機とラストナンバーの154号機が所属している…と、ビギナーなりに何処かしらから情報を得て、恐らく目的を立ててやって来たのでしょう…たぶん…(汗)

 

しかし亀山の印象は薄く、ハッキリとした記憶はありません。

駅の柘植寄りに転車台があり、扇形ではなく直線の機関庫、その先に気動車と客車の留置線があって、更に先に貨物ヤードが広がっていた…、覚えているのはそれくらいでしょうか。

鉄チャンとして初めてカラー写真にチャレンジしたものの、あいにくの曇天でパッとせず…。

更に現在では変退色とカビ汚れの嵐で…(泣)

昔のネガカラーってもともとの解像度も悪いし、オマケにハーフ版だし(苦笑)、スキャンしてて本当にイヤになっちまいます。

贅沢してカラーなど使わずにモノクロ一辺倒で撮れば良かったと後悔しています。

 

亀山機関区を訪れたのはこの日が最初で最後。

後年、DF50を目当てに駅のホームから機関庫を撮影したことがありましたが、それ以外は縁がありませんでした。

 

≪亀山/おわり≫



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☆やっぱりシゴナナはカッコいいですね~! C57 121(亀)  1971-11-7 ☆




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☆ひと仕事終えて機関区に戻ってきました。   1971-11-7 ☆





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☆さっき柘植にいたD51 646(亀)が帰ってきました。  1971-11-7 ☆



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☆貨車より客車の方が似合いますね。   1971-11-7 ☆




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☆何気ないけど、懐かしい光景…。  亀山駅改札口より撮影。      1971-11-7 ☆







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初遠征? 亀山へ! ②

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☆黒煙を上げて出発準備中のD51 614(奈)です。 関駅にて、対向列車から撮影。  1971-11-7 ☆



関西本線に接続する柘植駅では駅弁を売っていて、この頃は行く度に買っていたように記憶しています。

なんのことはない幕の内弁当でしたが、自分にとっては『駅弁初体験』でしたから、その分思い出が深いんだと思います。

柘植駅の駅弁と共に鮮烈な印象を残しているのが『伊賀漬』です。
『伊賀漬』は瓜の中身をくりぬき、生姜、シソ、大根や人参、瓜の細切れなどを詰めてたまり漬?(味噌漬?)にしたものでした。
先日他界した親父が当時これにハマり、二大ブランド?と言われた『養肝漬』と『伊賀越漬』を食べ比べて(笑)前者に軍配が上がった、というエピソードがあります。
その後最近まで取り寄せて愛用していたので、より一層印象深いのでしょうね。
僕も大好きで、忘れた頃に突然食べたくなります(笑)

件の駅弁は、何年か前まで掛け紙を保管していたのですが、既に処分してしまい手元には残っていません。
そこでWeb検索してみたら昭和46年当時の画像を発見しました。
見てみると、懐かしい~!

誠にスミマセンが、画像拝借させていただきます。

問題があるようでしたらご一報ください。



柘植駅弁
☆懐かしい駅弁の掛け紙。 土産には伊賀漬を買いました。 ☆



 

柘植駅からは関西本線の普通列車に乗りました。

やって来たのはキハ35編成の『柳生号』!

ちょうどNHK大河ドラマの『春の坂道』が放送されていた頃で、主役である柳生宗矩にちなんで大和の国柳生が話題となっていました。

国鉄もそれに便乗し、『柳生号』のヘッドマークを付けていたようです。

全列車だったのか?…、詳しくは不明ですが。

週末には後述のD51牽引『汽車ポッポ柳生号』が天王寺~伊賀上野間に運転されていました。

 

そんなキハ35『柳生号』に乗り、柘植から中在家、加太を過ぎてゆきました。

中在家信号所はスイッチバックで、停車したのかどうかは覚えていませんが、上の方にある腕木式信号機が写っていたカットがありました。

 

関駅でD51の貨物列車と交換、例によって車窓から撮影し、そして亀山駅に到着しました。

住まいのあった摂津富田から亀山までは100km余り…、小学六年生のビギナー鉄チャンにしては長旅だったかな?

 

≪亀山/つづく≫




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☆マヤ34を従えたD51 646(亀)が停車していました。  柘植駅  1971-11-7 ☆






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☆柘植駅に進入するキハ35『柳生号』です。  1971-11-7 ☆






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☆加太の大築堤をゆくキハ35『柳生号』。 関西随一の名撮影地ですね。 1971-11-7 ☆




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☆後部補機を従えた貨物列車。 加太越えでは定番の編成でした。 1971-11-7 ☆




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☆亀山到着寸前に見かけたC50 109(亀)です。  1971-11-7 ☆



 


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初遠征? 亀山へ! ①

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☆草津駅、草津線ホームから撮影したD51です。 入換中でしょうか…?   1971-11-7 ☆



昭和46年の関西地区では、他の地域と同様に無煙化が急速に進んでいました。

3月に城東貨物線、4月に山陰本線から蒸気機関車が引退し、都市部からはケムリが途絶えたものの、少し外れた関西本線などではまだまだ主力としての活躍が見られました。

9月に奈良を訪問し、その片鱗を垣間見た僕はターゲットを関西本線に絞ったようで、11月に集中して4回も訪れています。

 

第一回目は亀山機関区訪問でした。

今思えば、『あの加太を通り越して…? で?亀山… 機関区かよ?』

という感じですが、当時はC50もいたし、まだまだ近くで見たかったのかなぁ…と、まあ理解出来ないこともないですが…(苦笑)

 

摂津富田から高槻へ、快速に乗り換えて草津駅に降りたところから撮影開始しています。

この頃は草津線を走る貨物列車は全て蒸気機関車の牽引で、確か朝夕には旅客列車もあったように覚えています。

運用の多さを物語るように、草津駅構内では2両のD51を遠目に撮影していました。

 

草津線の気動車に乗りましたが、どんな列車だったかは全く覚えていません。

途中の貴生川で近江鉄道の電車を見かけ、何度かD51の列車と行き合ったようで、この模様がネガに残っていました。

蒸気機関車のダイヤを知らずに移動していますので、鉄ビギナー時代は車窓から慌てて撮影したものが本当に多いです(笑)

もっと計画的に動いて走りや出発などを撮っていれば…と思いますが、もはや手遅れ(笑)

逆に『いい思い出』と考えればヨイんですけどね~

 

≪亀山/つづく≫



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☆年代物の駅名板。 下に置いてあるナップザックと水筒は自分のかも(笑)  1971-11-7 ☆




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☆ヘッドマークを付けた113系電車です。 新快速ではないようですし、何者???  1971-11-7 ☆




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☆貴生川駅にて。 近江鉄道のモユニ10だと思います。 なかなか時代を感じるカットですね。 1971-11-7 ☆





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☆どこの駅でしょうか…??? C58の貨物列車を見かけました。
     こうして見ると、乗っているのはキハ20かな? キハ35も混結されていますね。  1971-11-7 ☆
 


欧州”鉄”紀行/1 チューリヒ(スイス)


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☆朝のビュルクリプラッツをゆくトラム。 チューリヒ湖からのそよ風が心地よかったです…。  1991-6-2 ☆



1991年、僕は初めてヨーロッパへと旅立ちました。

名目は『新婚旅行』。

こういう時に何処へ行ったらいいもんなのか…と、悩みましたが、せっかくなので以前から興味を抱いていたヨーロッパを選択、モチロン鉄道に乗りまくり!(笑)

 

かつて世話になった写真家の先生に相談したところ、『一泊目のホテルだけ日本から予約、あとはユーレイルパスを使って移動し、宿は駅の案内所でOK!』というアドバイスをいただき、多少無謀だとは思いましたが(汗)その通りにしました。

 

当時の僕は海外経験は台湾とフィリピンの2度だけ。

それもツアーと、助手としての同行でしたから、海外フリー旅なんて初体験ですし、英語だって全然ダメだし、増してやカミさんを引き連れての新婚旅行なので不安だらけでした。

 

とか言いつつも持ち前の『まあ何とかなるさ~』的なノリで出発。

ダンピングの大韓航空でソウル乗換、更にモスクワ経由便という試練を乗り越えて(笑)
夜のチューリヒ空港に到着したのでした。

 

チューリヒ空港駅に着き、いきなり遭遇したのが両替所クローズド…(汗)

飛行機の中で知り合った英語の堪能な日本人にくっついて聞き回り(笑)、なんとか仕入れた情報は『中央駅なら両替所が開いている』というものでした。

こんなんで先行き大丈夫なのでしょうか…(焦)

 

チューリヒ空港の地下にはSBB(スイス国鉄)の駅があり、中央駅までは15分くらいで行けます。

が、お金が無いので切符がっ…買えないっ…(唖々)

しか~し! ここで機能を発揮したのがユーレイルパス!

空港駅の出札所で有効日付のスタンプを押してもらい、中央駅へと向かいました。

 

いきなり現れた列車は、昔からカッコいいなぁ~と思っていたRe4/4型電気機関車が牽引するIC(国内特急)でした。

これにはゾクゾクと鳥肌が…。

僕たちのユーレイルパスは一等でしたので、ヨーロッパ最初の列車は一等車の超ゆったりシートでゴキゲン!

空港駅を出発し、地下から地上に出ると夜の街々が車窓を飾り、これには本当に感動しました。

まるで洋画のワンシーンみたいな感じで、カミさんと『うわ~!』などと騒いでいるうちに、アッという間にチューリヒ中央駅へ到着。

無事にスイスフランを手にすることも出来ました。

日本から予約したホテルは『グロッケンホフ』という名で、地図を頼りに中央駅前から市電通りと路地をたどり、難なく到着したのでした。





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☆チューリヒ中央駅に停車中のSバーン。ヨーロッパで初めて撮影した鉄道写真です。 1991-6-1 ☆



 

翌日、ホテルをチェックアウトした後、駅に向かう前に少し散策をしようかということとなり、大きなリュックを担いだまま街に出向きました。

ご存知の方も多いかと思いますが、ヨーロッパの街並みというのは非常に古くて渋い、尚且つ美しい建物が林立しており、見る者を飽きさせません。

欧州ビギナーの僕たちにとっては発見の連続で、首からカメラをぶら下げてキョロキョロし、まるでコントで演じられる典型的な日本人?みたいな感じでした(笑)



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☆リマト川越しに眺めた大聖堂とヴァッサー教会です。   1991-6-2 ☆




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☆クウァイ橋にて。 スゴイ荷物ですね~(笑)     1991-6-2 ☆


 

なんて…、のんびりと散策しているうちに昼近くになってしまいました。

チューリヒ湖から市電に乗ろうと思いますが、どうも勝手がわかりません。

そこで停留所を掃除していた職員さんに何とか尋ね、無事に切符も買って乗車できました。

 

チューリッヒは市電やトロリーバスが非常に発達していて、特に市電は狭い路地にまで線路が乗り入れており、地元の人たちの欠かせない足となっているようです。

バーンホフシュトラーセの停留所で降り、街をゆくトラムの姿を撮影してから中央駅へ行きました。

 

行程中、必要となる寝台券や指定券をここで一気に予約しようと窓口に赴きましたが、なんと!2日前にダイヤ大改正があったそうで、僕の持っているトーマスクックは殆ど通用しなくなっていました(汗)

窓口の係員と新旧時刻表を照合しつつ、大まかに組んでいた行程を調整しながら切符を買ううちに、気がつくと一時間半も経過…。

波乱のスタートと相成りましたが、初めての『ヨーロッパ鉄道の旅』はまだ始まったばかり。

これからどんな出来事が待っているのでしょうか…。

 

≪1/おわり≫

 

 


 

『欧州紀行』では、ヨーロッパで体験した様々なことを順不同で紹介してゆきたいと思います。

モチロン鉄道がらみのネタ中心ですが、時には別モノも…。

ご意見、ご感想など、どうぞ宜しくお願いいたします。





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☆金色の古典トラム。 乗る方も見る方も楽しそう!     1991-6-2 ☆




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☆バーンホフシュトラーセの屋外カフェ。 なんともイイ感じですね。     1991-6-2 ☆



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☆Re4/4型電気機関車が牽引するスイスエクスプレス。 振り子式の客車でした。  1991-6-2 ☆







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