2011年03月

災害お見舞い申し上げます

10-2-2010_005



東北地方太平洋沖地震により被害を受けられました皆様に心からお見舞い申し上げます。


3月11日(金)に発生した三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます。

このような状況ですので、当ブログは暫くの間更新を休止させていただきます。

写真は東北本線・大河原~船岡間、昭和54年撮影のED71型牽引旅客列車です。
写真のような穏やかな春が訪れますよう、重ねてお祈り申し上げます。



九州鉄旅☆2010年夏…/10

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☆娘撮☆ 吉松駅に到着する『はやとの風』です。





吉松駅で『いさぶろう3号』を降り、次は特急『はやとの風3号』に乗ります。
『いさぶろう』は大半が指定席ながら種別は普通列車、しかし今度乗る『はやとの風』は指定/自由が半々、しかも車両には大差がないのに特急列車です。
今回は自由席狙い!
自由席とは言え、当然特急料金がかかりますが…

僕らが今回使用している切符は『周遊きっぷ』です。
かつては周遊券の種類が多く、鉄道での旅には欠かせない存在でしたが、いつの間にか姿を消してしまい… 
と言うか、鉄道の旅がどんどんしづらい状況になってしまい、割安で使い勝手の良い切符も絶滅しかけております。((+_+))

今回の行程をいくつかの方法で計算した結果、『周遊きっぷ』なるものが一番『得』であることが判明しました。

周遊きっぷは目的地の『ゾーン券』と『ゆき&かえり』各切符がセットで発券され、往路復路ともに経路は自由に選択できます。
ゾーン内では特急の自由席に乗り放題…
『鹿児島ゾーン』はまさに吉松駅からですので、指定席でなければ料金がかからない! なので自由席狙いなんです!(笑)

『はやとの風』の車両はキハ47/147型で、『いさぶろう』と同様に近郊型車両からの改造です。
そのためデッキが無く、ドアと客室が筒抜けで特急車両らしくはありません。
強いて言えば『私鉄の特急?』みたいな感じかな。(笑)
内装はJR九州お得意のウッディな造作。
『SL人吉』~『いさぶろう』~『はやとの風』と乗り継いでくると、コンセプトの統一性を感じ取れます。
「特急らしくない」と書きましたが、決して安っぽくはなく、とても居心地の良い車両でした。



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☆娘撮☆ 途中、雨が降ってきました。 車窓の緑に室内灯がキレイ…




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☆娘撮☆ 大隅横川駅で対向の列車と交換しました。 元は同じ車両とは思えない…(笑)



座席は転換リクライニングなので、その点では「特急らしい」ですかね…
しかし、もともと近郊車両だったものに転換クロスを設置したものですから、座席と窓の位置が合っていない箇所があります…(・_・;)

最も特徴的なのが車両中央の展望席。
ここは足元から天井までの窓があり、テーブル付で窓向きのベンチが用意された『特等席』になっています。
この日の自由席は空いていたので、僕らは1ボックスと進行方向左側の展望席を占拠し、充分に楽しむことが出来ました。

カミさんと娘らが大ウケしていたのはフリースペースで配られていた『へ』!
『桜島の へ』 = 『桜島の灰』の土産小袋!(笑)
車内で無料配布しており、結構人気があるようです。

鹿児島では灰のことを『へ』
虫のハエのことも『へ』
おならも『へ』
と言います(笑)



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★ここが特等席で~す!





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★明治36年に建てられたという嘉例川駅舎。 娘たちはスタンプ押し!(笑)



『はやとの風3号』は隼人から日豊本線に入り、錦江湾に沿って進みます。
そして鹿児島の象徴である桜島が車窓に迫ってくると、間もなく終点の鹿児島中央となり…

う~む…
未だ『鹿児島中央』という名に馴染まないんだよなぁ~
やっぱ『西鹿児島』でしょ、地元の人だって今も『西駅』って呼んでいるしね。



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☆娘撮☆ 錦江湾にそびえる桜島。 見る度に『鹿児島』を実感しますなぁ(^^)v



西鹿児島駅(鹿児島中央)に16:39到着。
楽しかった列車の旅は、往路を終えて暫しお休みとなります。
カミさんの実家でのお盆日程をこなし、次は復路の旅が始まりますよ~\(^o^)/



(つづく)







☆娘撮☆=鉄娘。が撮影


使用機材/僕=SONY HDR-UX7
                       SONY  DSC-WX1

                 娘=SONY DSC-W110







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九州鉄旅☆2010年夏…/9


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★人吉駅発車の際、駅弁やまぐちの菖蒲さんが見送ってくれました~♪






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☆娘撮☆ 人吉駅の「栗めし」です。




九州を縦断する鉄道は明治42年、人吉~吉松間の開通によって門司と鹿児島が結ばれました。
当時、門司~鹿児島間のルートは門司~八代~人吉~吉松~隼人~鹿児島で、『鹿児島本線』と称されていました。

その後、昭和2年に海沿いの八代~川内~鹿児島間が開通すると、そちらのルートが鹿児島本線となり、残された八代~隼人~鹿児島間は『肥後』と『薩摩』を結ぶ路線であることから『肥薩線』と名付けられます。

昭和7年、隼人~鹿児島間は日豊本線の一部となり、肥薩線は現在と同じ八代~隼人間の路線になりました。
隼人は『大隅』で、『薩摩』ではありません…(笑)
なので、当時は大肥線とか肥隅線に改名する?なんてハナシはあったのカナ…?
(・_・;)



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★車窓から見下ろした大畑駅です。





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★雄大な景色を撮影する鉄娘。(笑)  がんばれ~!




そんな肥薩線の最後の開通区間が『いさぶろう』の走る人吉~吉松間でした。
途中にはループ線やスイッチバックがある国内屈指の山岳路線。
中でも矢岳第一トンネルは難工事だったと伝えられています。
このトンネルの貫通によって、北は青森から南は鹿児島までが関門海峡をはさんで繋がれたそうですから、鉄道史上でも重要な出来事だったのでしょう。
矢岳第一トンネル北側には、当時の逓信大臣、山縣伊三郎氏の書体によって『天險若夷』が、南側には鉄道院総裁、後藤新平の『引重致遠』の
書体が、それぞれトンネルポータル上部の石額に印字されています。

『天險若夷引重致遠』の意味は、『天下の難所を平地のようにしたおかげで、重い荷物を遠くへ運ぶことが出来る』ということらしいです。

書体の主が『いさぶろう』と『しんぺい』の列車名だったんですね。




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☆娘撮☆ 明治44年開設の真幸駅です。 旧い駅舎が素晴らしい!





『いさぶろう3号』は人吉を13:15に出て、大畑、矢岳、真幸各駅で数分ずつ停車。
そして14:47に終点吉松に到着しました。


吉松には昭和48年に来て以来、なんと37年ぶり!

その時の写真が ↓ こちらで~す !(^^)!


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★C57 154牽引の貨物列車、吉都線でしょうか…?





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★入換用で辛うじて残存していたC55 57です。 スポーク動輪が美しい!





この後は『はやとの風』に乗り換え、鹿児島を目指します。



(つづく)







☆娘撮☆=鉄娘。が撮影


使用機材/僕=SONY HDR-UX7
                       SONY  DSC-WX1

                 娘=SONY DSC-W110







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