2012年04月

BDMB製作記録/10


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Goetheburg 駅に新設された信号小屋です♪




模型に関しては、何と四ヶ月近く更新をサボってしまいました((+_+))
建設作業は『亀の歩み』でして、特に進行したところはありません。
しかし、地味ではありますが僅かずつ変化はしております。

上の信号小屋は Goetheburg 駅の工場引き込み線付近に「空地」があることに気付き、ストックしていたストラクチャーを掘り返してみたところ、ちょうど良さそうな FALLER のキットがあったので造りました。

また、↓ こちらも空地だったのですが…

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住宅を三軒建てました~(^^)v


Blauwald-Neustadt から Blauwald Südbf への分岐点、信号所建物の正面にはちょっとした空地がありました。
ここは Goetheburg 駅へ向かって180度方向を変えるループ線トンネルの上で、脱線時の救出用扉を設置してある場所です。
完全に造り付けにしてしまうと扉が開けられなくなってしまうので、プラ板で基礎を作って据え置き式にしました。
また、この周辺は寄棟で天井が低い部分があり、地面などの造作作業が非常に困難です。
なので、扉の事情があるこの場所だけではなく、ちょっとした造り込みをする時には、その部分の基礎を0.5mmくらいのプラ板で切り出し、卓上で作業しています。
狭い場所で無理やりな体勢を続けて作業するよりも、格段にスムーズで楽です。



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住宅地の土地はこんな感じ… 



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これも FALLER のキット。
トラバントも塗装しました~!(^^)!


↑ 庭には花を植えました\(^o^)/
これは BUSCH 8109 「ダリア」で、今回初めて作りました。
花の大きさが人の頭くらいあるオーパースケールですが、割と気に入っています。



DSC03312
これが BUSCH 8109 です!


橙、紫、黄、赤、白の輪が「花」です。
二重のランナーに付いた小さな花がわかるでしょうか?
緑のが葉、茎です。
製作過程は次回にでも…




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設置するとこんな感じ。





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ちょっと引くと…


右側手前が Blauwald-Neustadt bf になります。
スリムな信号小屋の手前では、プラットホームの建設準備が進んでいます。
左のカーブした高架線は  Blauwald Südbf へのアクセスルートです。



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角度を変えると…



少しずつでも作業が進むということは喜ばしいものです。
『連休でもとって、数日間みっちりと作業したいなぁ~』というのが本音ですが…(笑)




(つづく)










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あゝ上野駅/4







ホームの時計を見つめていたら 

母の笑顔になってきた

上野は俺らの心の駅だ 

お店の仕事は辛いけど

胸にゃでっかい夢がある









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当時の長距離列車では、荷物、郵便輸送も盛んでした。
上野駅にはこのような台車が多数あり、構内の運搬に活躍しました。
ターレットトラックが台車を連ね、ホームを突進していたっけ…







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国電と並ぶ高架ホーム。
上信越、常磐方面の昼行列車は、こちら発着が多かったようです。
懐かしの181系『とき』、正統派の特急電車っていうスタイルですね。







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サシ581への食材搬入風景です。
食堂車があたりまえだった頃、そんな時代が懐かしい…





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数多の長距離列車が発着していた地平ホーム。
地平ホームは昼でも薄暗く、独特の雰囲気がありました。
機関車が牽引する客車列車も多かったですね…







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ホームを行き来していた移動式の売店です。
車内販売ワゴンを大きくしたようなもの???
良く覚えていませんが、色々な種類の物を売っていますね…






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上野駅…

昔はここに行けば、

手軽に『旅の情緒』を味わえたものです。

何時間もかけて北上する普通列車、

慌ただしく準備をする食堂車、

消毒の匂いが鼻をつく寝台車、

実際には乗らないのに、何故か旅立つ気分になっちまう雰囲気…




自分の旅でも

期待と不安と興奮の出発、

達成感と虚無感の交錯した帰京、

様々な思いを与え、受け止めてくれた駅、

それが上野駅でした。



人波を縫って走るターレット、

ズラリ並んだ出発列車の案内板、

寅さんが居そうな地下食堂、

そして旧い汽車…

懐かしいなぁ~

あの頃に戻って、

あの汽車で旅立ちたいなぁ~










≪いずれも昭和52年撮影≫





 ”あゝ上野駅” ~完~











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あゝ上野駅/3






就職列車にゆられて着いた 

遠いあの夜を思い出す

上野は俺らの心の駅だ 


配達帰りの自転車を

とめて聞いてる国なまり






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青森から8時間半の道のりを走破した24M『はつかり3号』。
583系の座席は決して居住性の良いものではありませんでした。
空いていると下段寝台をセットして寛いだりしましたね~(笑)
それをやっていると、よく車掌に注意されたものです…








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この頃の長距離列車の出発には独特の風情がありました。
現代の列車には何故か「それ」が感じられません…
このような見送りのシーンも妙にキマっています。
乗車口を示す案内板も懐かしいですね~♪








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EF58を操る機関士と鉄チャン。
少年鉄から見ると、機関士さんは憧れの存在でした。
上野駅地平ホームには、機関車牽引の客車列車が似合っていましたね。








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出発を待つ急行電車と立てかけられたサボ。
方向幕やLED表示の発達により、このようなサボは見られなくなりました。
今では往時を懐かしむ鉄チャンのコレクションアイテムでしかありません…










≪いずれも昭和52年撮影≫















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青春コレクション ~立山礼讃~ 7

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出発を待つ人車列車です。





≪特筆なき写真は1977.8.11の撮影です≫ 





立山砂防軌道に興味を持ち、あれこれと調べ始めたのは昭和50年頃だったでしょうか…?
国土地理院の五万図や1/25000図を買い求め、軌道の様子を少しでも知ろうとしていました。
当時は現代と違って情報が少なかったですから、すべて自分で調べてゆくしか術がありませんでした…
立山砂防軌道が掲載されている地図には、非常に気になるものがありました。
砂防軌道から南西方向、小口川に沿ってうねうねと蛇行する「資材運搬軌道」。
ナローに興味を持ち始めたビギナーではありましたが、この記載にはただならぬモノを感じとっていました(笑)
が、しかし、とにかく情報が無い…((+_+))
鉄仲間でもナロー系に詳しいのは一人だけ。
その方は木曽森林や遠山森林なども撮っていた大先輩。
昭和48年、中央西線のD51を狙っていた木曽森林鉄道桟ヤードで知り合いました(笑)
酷いコトに、その時の僕は木曽森林鉄道の写真を一枚も撮っていない…((+_+))
蒸気機関車にばかり目が行き、ナローには全く興味が湧かなかったのでしょうが、鉄チャンとして少しくらいは撮れよ~!と、言ってやりたいくらい(笑)
で、その方に「資材運搬軌道」について尋ねてみました。
その大先輩は軌道の存在を知っていたものの、やはり詳しいことは???で…
しかし、どうやら昔は馬力で運行していたらしい…ということだけは解りました。
現存するか否かも、この時点では不明でした。

「ならば現地へ行くしかない!」というトロ鉄魂?が既に宿っていた僕は、無謀にも「資材運搬軌道突撃計画」を立てたのでした。
計画と言っても、とりあえず現場に行くだけですが…(笑)

という訳で、前回の「朝の人車~北アルプスを撮ってから…」からの続きです。
砂防軌道を一旦後にして富山地鉄の電車に乗り、有峰口駅に降り立ちました。
地図によると、駅から資材運搬軌道の起点までは4~5キロはあります。
予想通り(笑)バスなども無かったため、歩いてゆくしかありません。
覚悟は決めていたので、さほど落胆はしませんでした。

どのくらい時間を要したのかは覚えていませんが、地図をたどりながら軌道の起点麓に到着。
そこは水須という部落のはずれでした。
麓と言ったのは、軌道はそこから上方約200mの山中にある(はずだ)から…
1/25000図に記載された山道を登って登って、ようやく「それらしい場所」に出ました。




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????????



この小屋の近くには麓とを結ぶ索道がありました。
地図にも記載があり、軌道はこのあたりから延びているはず…



な・の・で・す・がっ…


(・_・;)




((+_+))





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????????



えっ?
これって、もしかして…

廃線跡???


軌道跡らしき道を少し歩きました。
確かに軌道敷の気配はありました。
しかし、数100m進んだところで急に怖くなり、引き返しました。
「資材運搬軌道は廃止になっていた…」※
という事実を自分の目で確かめ、ガックリ肩を落として山を降りました。
帰りは水須から駅近くまで軽トラに乗せてもらい、楽々戻れたのですが、期待に胸を膨らませていただけに結構ショックでした。((+_+))

※実は廃線跡の先に軌道は現存していた…という事実を後に知ることとなるのですが…(・_・;)



立山駅に戻ると、既に夕方近く…。
ちょうど午後の資材列車が戻って来る頃でした。




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運材台車のような平トロに作業員が乗っています(笑)






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材木の積み込みと入換作業が行われていました。





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材木の上には旗振りのおじさんが。





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構内の片隅。




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積み上げられた貨車群。




昭和52年の立山訪問は以上のような結果でした。
当時の気持ちは覚えていませんが、恐らく不完全燃焼ではなかったかと…((+_+))
この後、徐々に立山砂防をモノにしてゆくのですが、その頃はそんなことを知る由もなかったのでしょう。
『青春コレクション ~立山礼讃~』はまだまだ続きま~す。
後年のことはまた改めて。




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千寿ヶ原~中小屋間にて。




(つづく)











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あゝ上野駅/2









『父ちゃん僕がいなくなったんで 

母ちゃんの畑仕事も大変だろうなあ、

今度の休みには必ずかえるから、 

そのときは父ちゃんの肩も

母ちゃんの肩も、もういやだって 

いうまでたたいてやるぞ、

それまで元気で待っていてくれよな』









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出発を待つ福島行き普通列車。
当時は旧型客車の長距離列車なんて珍しくはなかったけど…
缶ビール開けて、駅弁広げて、こんな列車に乗りたいなぁ~





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仙台からの特急『ひばり』が到着しました。
ホームでは清掃用員が、線路下には給水係?が待機していますね。
この頃の特急列車は風格があり、子供たちにとって憧れの的でした。








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『はつかり』、『ゆうづる』などで活躍していた583系電車。
昼は座席で、夜行では寝台として使える効率的な車両でした。
折り返しの寝台準備でしょうか、寝具を積み込んでいます。
このような作業もあちこちで見られ、本当に活気がありました。







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また一本、特急列車が出発してゆきます。









≪いずれも昭和52年撮影≫















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