2012年05月

The First Kyushu /1

鉄ちゃんとは『不治の病』…(笑)
そして、その症状は成長と共にどんどん進行してゆくのです。
当然行動範囲は広がってゆき…

!(^^)!

昭和48年3月、中学一年から二年になろうという春休み。
僕にとって初めてとなる『本格長距離鉄旅』にトライしました。
行先は九州!
中坊鉄にしては少々ゼイタクな感じですが、お小遣いの貯金+新聞配達のバイトで稼いだお金に加え、父親の代役として法事に出席するという条件付きで広島までの往復旅費を親に出してもらったということもあり、なんとか実現の運びとなったのです。

せっかく九州まで行くのに、当時の機材がショボイこと…((+_+))
その頃、僕は親父からもらったレオタックスfを使っていました。
そう、ライカのコピー機ですね。
底蓋からフィルムを入れるやつ、これがやりにくかった(泣)
持っていったのは、そのレオタックスとCanonの8mmカメラだけ。
とてつもなくもったいない感じがしませんか???

まぁ、行けるだけでもラッキーなんですけれどね(笑)
さてさて、九州周遊券を持って出発~♪
以下、撮影ノートに記録されている行程です。
実際の行動とは少し違うところがありますが…(・_・)



1973年3月24日(土曜日)
東京23:35 →(143M)→

1973年3月25日(日曜日)
大垣7:10  7:14 →(749M)→ 京都 9:20  10:08 →(755M)→
高槻 10:24  10:26 →(東海道緩行線)→ 摂津富田 10:31  18:40 →(東海道緩行線)→
茨木 18:45  19:04 →(845M)→ 新大阪 19:19  20:04 →(851M)→ 大阪20:09

????????

摂津富田は第二の故郷ですから、友達に会うため立ち寄ったのは解るのですが、茨木から大阪にかけての行動が理解できません…。
モチロン記憶もないし(笑)

でも、九州へ行くのに最初から寄り道し過ぎですよね(笑)
いきなり鈍行でスタートだし、もうちょっと効率的に動けばいいのに…(自分のコトなんですけどね・笑)

で、夜行の143Mはグリーン車利用とメモしてあります。
当時の普通列車グリーン券は確か300円。
ちょっとした出費で快適な座席を利用できるとあって、出発前の東京駅ではグリーン車乗り場から行列が発生するという現象が起きていました。
グリーン席を確保するには、なかなか競争率が高かったと記憶しております。

京都での48分は全く違い、実際には友人と合流して市電に乗り、梅小路蒸気機関車館を訪れています。


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京都駅前の市電。





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この頃は風情がありましたね。





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梅小路のデモ走行は、なんとデゴマル!




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D50は初めて見た形式でした。 しかしギャラリーが多いですねぇ…




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D51ファーストナンバー登場!




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クラへ入ってゆきます。



この頃の梅小路は火の入った機関車が多く、お客さんもたくさんで活気がありました。
つい一年前、ここで最後のC57を見送ったのですが、なんか同じ場所とは思えへん…(笑)

http://blog.livedoor.jp/tsunechan1959-toritetsu/archives/730428.html


梅小路の次は第二の故郷、摂津富田の友人宅で過ごし、その後大久保の知人宅に泊まったようです。
この辺の記憶が全くないのですが…((+_+))


(つづく)











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列車追想/33


かつて共にナロー軌道を追い求めた友人のYちゃん(O君とも言う)と、たまに話をすると必ず出るのが『Sさん(Gさんとも言う)に会いに行こうよ…』という話題です。
Sさんとは立山砂防軌道で大変お世話になった方。
Sさんは当時の建設省職員で、そもそも僕が軌道の撮影、便乗などを熱望する手紙を出していた昭和53年頃からのお付き合いです。
特に昭和54年から60年にかけては僕らにとって立山参戦の最盛期で、現場で色々と便宜を図っていただき、結果として思い出深い写真を多数残すことが出来ました。
立山へ行かなくなってからも年賀状のやり取りは続いていたものの、Sさんの事情によって数年前に途絶えてしまいました。
それ以降、Yちゃんと毎年のように『来年こそは、今年こそは行こうよ!』と話しているのにもかかわらず、未だ実現していません。
今年も1月にYちゃんと会った時、『よ~し!今年こそは絶対にねっ!』と、固い約束(?)をしたのですが、どうやら実現は難しそうです…((+_+))


Yちゃんはプロ写真家として多方面で活躍していることもあって超多忙、僕は貧乏ヒマなしで多忙、休日も合わないし、なかなかの難題なのです…。
しかし、僕らも気がつけばイイ歳になり(笑)、失礼ながらSさんも定年退職されてから10年くらい(?)経過するのでご高齢です。
なのでホントに近いうちに行きたいんですよぉ…(・_・;)

ねー!ねー!Yちゃん!
今年も無理そうな空気になっちまったけどさー
来年こそは行こうよねー
今年の秋でもいいかな~?



…ってな訳で、今日の一枚は…







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じゃ~ん!







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立山砂防軌道の北陸重工製DLです。
撮影したのは、たぶん昭和60年、中小屋~桑谷間での工事に駆り出されていた姿です。
この北陸、当時増備されていたタイプとは異なる初期型で、一説には古くから立山にあった堀川工機製のDLをコピーしたものではないか…とも言われていました。
確かに堀川と比較すると形態は似ています。
マニュアルミッションで、晩年は構内入換で使われるくらいのようでしたが、この時は本線に出て稼動していました。
後ろのグランビー鉱車が不釣り合いですね(笑)
キャブ内とかも撮った覚えがありますので、いつか機会がありましたら改めて。

では、また。











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BDMB製作記録/11

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中央のデルタ地帯に民宿を建設します(^^)v



前回同様、点在する空地の処理です。
以前よりGoetheburg駅の下、枝分かれした本線と保存私鉄Felsentalbahnの間にある三角地帯をどうしようかと考えていました。
牧場?丘陵??
現段階では先送りしておいても良いのですが、組み立てていながら設置場所が決まっていないKibriのロッヂ?を眺めているうち、「これをここに使おう」というコトになりまして…




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建物を設置する土台を作りました。




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建物を置いて別角度で見ると、こんな感じ…




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手前の小さな建物はコテージです。



この施設はBauernhof=バウエルンホフにすることにしました。
バウエルンホフとは農家民宿とでも言いますか、ドイツやオーストリアに見られる安宿で、酪農や農業との兼業、子供たちが体験宿泊するのに利用されているそうです。
僕は一度だけ、オーストリアのチロル地方、Zell am Ziller=ツェル・アム・ツィラー でバウエルンホフに泊まったことがあります。
花がたくさん飾ってある木造山小屋風の建物で、周りは牧場と山ばかりの静かな場所にありました。
その時のイメージを膨らませて…



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窓の下に花を飾りたいので、プラ板で花台を造りました。





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色を塗って…





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花がいっぱいになりました~ \(^o^)/





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前回も登場したBUSCHのダリア…




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この花の作り方です。





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先ず、ランナーに付いたままの花に葉+茎を接着します。
葉+茎は右の状態から切り離し、葉の部分をねじっておきます。





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5本を一組にして土台にまとめて接着します。
土台は設置後にパウダーで地面に同化させれば違和感がありません。





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いい雰囲気になりました!(^^)!






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三本の木はKATOの樹木キット、広葉樹(小)です。
鉄娘。が初トライで製作しました\(^o^)/




鉄娘。は幼少の頃から工作が大好きで、僕の作業に興味津津のようです(笑)
今度は針葉樹、そして地面を作りたい…と、言っていました。



(つづく)










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ぶらり青梅線/2

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軍畑鉄橋をゆくED16牽引の石灰空列車です。






≪写真はすべて昭和50年11月4日撮影です≫






軍畑鉄橋は多摩川の支流に架かる鋼製トレッスル橋です。
その堂々たる姿は青梅線随一で、当時から鉄チャンには有名な場所だったようです。
ちょっと観に餘部鉄橋が短くなったみたい…?
軍畑駅からも近く、ぶらり訪ねた僕らも手軽に立ち寄れた撮影地でした。






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西陽を正面に浴びた72系電車。





軍畑鉄橋では3本の石灰列車と4本の電車を撮影しています。
どのくらい滞在したのかは定かではありませんが、その後日没した頃には青梅駅へと移動していました。





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青梅駅に留置されていた半流タイプのクモハ40です。





この頃、青梅線の電車は全て72系でした。
そして朝夕のラッシュ時には、立川~青梅間でクモハ40が増結されていました。
旧き善き時代… ですね。





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この2両ユニットはどのような運用をしていたのでしょうか…???





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すっかり暗くなってしまいました… (・_・;)






東京都とは思えない風光明美な青梅線。
古豪ED16が活躍し、鉄チャン的には非常にオイシイ路線でした。
この後、徐々に撮影の『ツボ』を心得て来たボクは、一時青梅線に凝った時期がありました。
その頃の様子は改めて…。



≪ぶらり青梅線・おわり≫










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ぶらり青梅線/1


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木製の駅名板も今や懐かしい…




≪写真はすべて昭和50年11月4日撮影です≫




青梅線は、中央本線の立川から東京の秘境奥多摩までを結ぶ路線です。
今でこそ東京直通の快速がバンバン走っていますが、その昔はハイキングにでも行く時に乗るようなローカル線でした。
僕が初めて青梅線に乗ったのは、記憶が正しければ昭和47年のこと。
大阪で鉄チャンに開眼して東京に戻り(笑)、青梅鉄道公園を訪ねた時でした。
確か写真を撮影したのですが、ネガが無い…((+_+))
で、次に乗ったのが、今回紹介する昭和50年11月のようです。
(自分自身の記憶が定かではありませんので…失礼~)



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出発を待つED16 3牽引の石灰列車です。



何故か奥多摩駅の写真からスタートするネガ…
過去のカレンダーによると、この昭和50年11月4日は火曜日。
何故ド平日に、いきなり青梅線に行ったのか、まったく不明です。
仲間と三人で行ったようですが、学校はどうしたのでしょうか…(笑)

初めて目の当たりにしたED16型電気機関車。
厳つい風貌ながら小柄で、結構カッコいいスタイルです。
この後、幾度か青梅線に通っていますので、恐らくED16を気に入ったのでしょうね。
奥多摩駅で停車していたED16 3(だったかな?)を見物していると、機関士さんが運転室に招いてくれました。
この時の記憶はうっすらと残っています。
そして、制服と制帽まで貸してくれて…






!(^^)!









\(^o^)/











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じゃ~ん! 16歳のボク!(笑)




この頃の鉄道は長閑で良かったですね~
側線に停車している機関車へはホームを飛び降りて行くのですから…
何のお咎めもなく、楽しい時間を過ごしました。





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二俣尾~軍畑間にて、奥多摩行き72系電車です。



帰りには軍畑で下車し、「走り」を撮影していました。
写真を見ると、既に西陽が傾いています。
時間の経過を推測すると、午前中に
「ん?青梅線にでも行ってみる?」
みたいなノリで出発したのかもしれません。
ぶらりと行って旧型電機とゲタ電を見られるなんて、今思えばなんとも贅沢な時代でしたね。



≪つづく≫










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