2012年12月

今年も…



ついこの前まで『暑い~』なんて言っていたのに、あれよあれよという間に秋が過ぎ、冬になってクリスマスも終わり、遂に今日は大晦日…。

今年の自分的鉄チャンネタとしては、2月に内房線を走ったC61+旧客が一番かな~
夏休みのサンライズ瀬戸、琴電の旧型電車も良かったですけれど。

来年の2月、また千葉にC61来て今度は成田線で走るとのことです。
客車がまたまた旧型なので是非見たい!❤
昔は『保存蒸気の見せ物運転なんて…』なんて憎まれ口をきいていたものですが、現在ではそんな贅沢なんて言っていられませんから(笑)
元気に走る姿を見られるだけでも、ありがたいと思わなきゃ(^O^)/

さてさて、ボクは新年早々『鉄チャン旅』に家族で出かけます。
構想三年(笑)、ついに実現する楽しみ~♪ な旅です。
その様子はまた追って…。


さっ、今夜は一杯やりながら紅白観ましょ。
PRINCESS PRINCESS と ももいろクローバーZ が楽しみ~
悲しいかな、明日も出勤ですが…(・_・;)





今年一年、拙ブログをご覧くださいまして本当にありがとうございました。
来年も宜しくお願いいたします。




それでは皆様、良いお年を!




img278j
来る新年が『幸福』に満ち溢れていますように…   1975.3  広尾線・幸福駅にて。











br_decobanner_20100912152839 にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  ← よろしければクリックお願いいたします m(__)m →






インガルシペ

img149
出発する貨物列車。 このD51 943は、遠き静岡県富士市で保存されているようです。
石北本線遠軽駅/1975.3.23 (以下、すべて同日に撮影)



師走に入り、早くも折り返し地点。
北国からは早くも豪雪の便りが届いていますが、今冬は雪が多いのでしょうか…?
鉄チャン的には『冬と言えば北国』ですよねー。
年末年始には何年かぶりに583系が特急運用に復帰し、『あけぼの81/82号』に充当されます。
たった1往復だけですけれど…

583系、昔はよく乗りました。
下段寝台はまあ良いのですが、中断の狭さ、上段の圧迫感は半端じゃなかったし、なにしろ座席状態の居住性が酷くて…
上野~青森間の『はつかり』で8時間以上、よく耐えたものです(笑)
最初に北海道へ行った昭和49年3月、往路は上野16:00発の583系特急『はつかり』~夜行青函連絡船~特急『北海』と乗り継いでゆきました。
二回目は昭和50年3月、この時は復路に583系の特急『みちのく』を利用したことを覚えています。

他でも多く乗ったり撮ったりしましたが、583系と言えば北海道を連想してしまいます。
昭和50年の北海道は大半をネガカラーで撮影しました。
当時、カメラはペンタックスSP-Fを使っていましたが、交換レンズは旧いタクマー135mmだけだったので、渡道にあたって小遣いをはたいて安物のシグマズームを購入。
ところがこれが酷いレンズで…
片ボケ、収差、色バランスの悪さは素人目から見ても一目瞭然。
それが判明したのは、北海道から帰って現像が上がって来た時だったものですから、もうたまったものではありません…(苦笑)
オマケに近年ではラボに出してもマトモなプリントが仕上がらないため、この時のネガは半ば諦めの放置状態にありました。

GT-X820を使うようになって、色々な原版をスキャンして来ましたが、やはりこの時のは怖くて手が出せずにいたのですが…
先日、思い切って着手しちゃいました。


……


???


……


(・_・;)



あれっ?

意外に普通の画像が…

(笑)


さすがに劣悪レンズのボケは治せませんが、まあ見られる画像で少し安心…。

で、この時は道内をあちこち行ったのですが、今回は石北本線の遠軽での写真をご紹介します。
石北本線は常紋、美幌峠、急行大雪崩れなどを撮影しました。
その合間に遠軽に立ち寄ったのでしょう、何枚かの写真が残っています。
詳しいことは記憶していないのですが…(汗)

あ!
表題の『インガルシベ』とは、『遠軽』という地名の由来となったアイヌ語で、『見張りの場所』という意味があるそうです。
この文面を書くにあたり、ウィキって初めて知ったのですが…(笑)
この地でシャッターを切っていたあの頃は、勿論そんなことを知る由もありませんでした。



img146
冒頭の貨物列車が出発する前、機関区から出動して来たD51 943です。





img152
キハ82系の特急『オホーツク』同士が肩を並べました。



遠軽駅は石北本線と名寄本線の分岐駅でした。
石北本線は遠軽でスイッチバックとなりますが、名寄本線側とは方向を変えずに直通できる線路配置になっています。
これはかつて旭川~北見のメインルートが名寄、紋別経由だったため、また後に敷設された大雪山系の峠を越える石北本線ルートに関わる地形上の問題などがあるようです。

この頃の石北本線では蒸気機関車が活躍を続けていたものの、徐々に無煙化の波が押し寄せており、遠軽から北見寄りの常紋越えの補機は9600からDE10になり、旅客は殆どがDL牽引か気動車に、旭川寄りの北見峠はDD51が主力でD51は補機運用くらいになっていたと記憶しています。
鉄チャン的には常紋と北見~網走のC58牽引、急行『大雪(崩れ)』が人気でした。




img147
警戒色に大きな手すりの付いた69620、このタイプのキューロクは多かったなぁ…






img156
ストーブ装備のスハニ62です。




当時、北見峠を越える列車は客車と貨車を連ねた混合列車でした。
機関車と客車の間に貨車が組み込まれると、暖房用の蒸気を送り込めないため、ここを行く客車にはダルマストーブが備えられていました。
話には聞いていましたが、本物のストーブ付き客車を見たのはこの時が初めて。




img157
客車内を観察!ストーブは見たことのない球形でした。



僕の通っていた中学校は、冬場の暖房にダルマストーブを使っていました。
燃料は石炭ではなくコークスでしたが。
なので、この類のストーブ自体は珍しくもないのですが、やはり客車に備えられているというのは面白いですね。
フィルム節約のため(笑)、基本的に蒸気機関車以外は撮らないのですが、この時はスハニ62の外観とストーブを撮影していました。
今となっては蒸気機関車よりも貴重かも知れませんね。




img155
駅のはずれで撮影した名寄本線の貨物列車。



名寄本線は平成元年に全線廃止。
遠軽駅は名寄本線側が行き止まり、本当のスイッチバック式となりました。
近影を見ると遠軽駅舎は昔のままのようです。
しかし、走る列車はどれも短編成で寂しい限りです。
貨物は未だ走っているのでしょうか??
転車台や小さな機関庫って…
もうなくなってしまったのでしょうか…
名物駅弁だった『かにめし』は売っているのかしら…
38年前近くの写真を見つつ、ふと気になってしまいました。

まだまだスキャンしますぞー

(^^)v







br_decobanner_20100912152839
にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村  ← よろしければクリックお願いいたします m(__)m →









記事検索
ギャラリー
  • 2016 みんなでしあわせになるまつり in 夷隅
  • 2016 みんなでしあわせになるまつり in 夷隅
  • 2016 みんなでしあわせになるまつり in 夷隅
  • 2016 みんなでしあわせになるまつり in 夷隅
  • 2016 みんなでしあわせになるまつり in 夷隅
  • 2016 みんなでしあわせになるまつり in 夷隅
プロフィール

つねぴょん

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ