ナロー・トロッコ

弾丸トワイライト ②

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念願叶う!








雨の新千歳に到着(*^^)v
そそくさと機外へ脱出し、駅を目指します。

飛行機を降りたのは10:00くらい。
到着予定時刻は 9:50 でしたが、少し遅れたようです。

どうも飛行機や空港は苦手、とっとと電車に乗りた~い!






飛行機を降りてからJRの改札口までは約5分。
出発案内板を見ると、10:18発の快速があります。

急げ~!





北海道のICカードは Kitaca ですが、何故か Suica が使えるというので試してみたところ…








…ホントに使えました~♪











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おっ!





快速なのに特急用の785系です。

車内の案内板によると、この列車は新千歳空港~札幌間が快速『エアポート103号』で、札幌~旭川間は特急『スーパーカムイ13号』になるとのこと。

それで特急用車両だという訳ですね。







車両は特急用ですが、途中の乗降客は買い物のオバちゃんなどが多かったです。

空港利用の旅人は半分くらいでしょうか…












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新札幌駅





10:46に新札幌到着。

札幌まで行かないのは、どうしても立ち寄りたい処があったからです。








昨年、ツアー・ザ・ラストの際に行った『北海道開拓の村』。

http://blog.livedoor.jp/tsunechan1959-toritetsu/archives/7764570.html



最初、バッタ物の馬車軌道があるので面白がって行ったのに、なんと積雪により運休~
(;一_一)

まあ、それは良しとして…



問題は開拓の村敷地内に展示されていたモノ。

開拓の村は、その名の通り北海道開拓時代の建物などが保存展示されています。
当時の文化、経済、人々の生活などが建築物を通して現代に伝わってくるという、なかなか見応えのある施設です。

その建築物は殆どが移築復元だというから凄い!
単純にイメージだけを追い求めたテーマパークとは違い、本物に拘っているという点が素晴らしいです。

その建物群を一瞥して帰ったのですが、その後ブログを書き始めた頃、とんでもない『見落とし』が発覚しました。


それは開拓の村敷地内、山村群にある森林鉄道機関庫です。

この建物は置戸町に実在した機関庫をプロトタイプに、当時の写真や図面を参考にし、更に聞き取り調査も重ねて新築再現したそうです。

建物自体はどうでもヨイのですが、格納されているモノが…(・_・;)
野村の5トン、酒井のBB10トンなど、夕張地区の森林鉄道で活躍したという車両たち。
ボクは基本的に保存車両は眼中に無いのですが、ナローに関しては別。
特に見たことのない車両、馴染みのない車両には惹かれるんです。

なので、これらを見落としたことを知った時はショックでした。
下調べをしないで現地に行くのは得意技ですが、こういう時に損するんですね~


今回、再びトワイライトに乗れる、それも札幌発だと決まった瞬間から、『開拓の村DLリベンジ計画』が企画されました(笑)
とにかく、札幌に行くなら絶対見てやる!みたいな…




で、新札幌駅下車となった訳です。

ここからJRバスに乗り、開拓の村を目指します。



バスは10:50発なので接続時間が些少です。
改札を出てから、一瞬バス乗り場が判らずに右往左往。
バス乗り場を見つけ、開拓の村行きは10番から出るということを確認し、時計を見ると10:49でした。
慌てて10番乗り場に駆けつけるとバスの姿は無し…

『乗り遅れたかぁ~?』

と思った瞬間、開拓の村行きのバスが入ってきました。
既にお客が乗っていたので、ここ始発ではなく何処かしらから来たバスのようです。
それが僅かに遅れたのでしょう、助かりました。



外は相変わらず雨が降っています。
雪ではなくて雨です。
真冬の北海道なのに…(+_+)



バスは函館本線の森林公園前駅を経由し、終点の開拓の村へとたどり着きました。










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バス停と旧札幌駅舎














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エントランス




この建物は、旧札幌停車場の駅舎を新築再現したもの。
開拓の村のエントランスとして機能しています。





入場券を購入し、敷地内へと入りました。









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(^◇^)




「かまくら」が造られていました。

白と緑の建物は旧開拓使札幌本庁舎(新築再現)です。















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(*^^)v




子供たちが居たなら、間違いなく遊ぶだろうなぁ…









さて、ここに来た目的はただ一つ。

森林鉄道機関庫だけです。

他には一切用がありません(笑)












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ここは…





左の小さな建物はトイレ。

中央右の雪かきしてあるのが、森林鉄道機関庫への路地です。



前回…

あのトイレで用を足したような覚えが…



な・の・に・気・が・つ・か・な・かっ・た…

((+_+))





ひぇ~っ

なんという失敗…






まあヨイ…

再来したのだから…(・_・;)









雪道を歩くと…










↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 












↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 













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これだぁ~!(^O^)/












正面に回ると…













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(゜o゜)




雪に埋もれてて、何だかよう判らん…














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(?_?)





運材車だと思いますが、雪埋木にしか見えん…(+_+)















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\(^o^)/




おーっ!

これこれ~っ!








開け放たれた扉の中には運材台車!(^^)!

その奥に愛しのDLちゃんの姿がチラリと…❤














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きゃ~~~っ!
















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❤~♪





出ました!

野村組工作所製5トンDLです。


掲示されていた説明板によると、大夕張営林署管轄の下夕張森林鉄道と夕張岳森林鉄道で走っていたそうです。
野村プリモス型と紹介されていますから、米国プリマス社製DLのコピー機でしょうか?


ググってみたところ、諸元が入手できたので記しておきます。
(路線名が若干異なりますが…)




所属=大夕張営林署 
運行路線=主夕張森林鉄道・下夕張森林鉄道
番号=9
車軸配列=B
機関形式=いすずDA-43
変速機=機械式
動輪径=490mm
固定軸距=980mm
運転整備重量=5t
制動機種類=手用
製造所=㈱野村組工作所
製造年月(または購入年月)=1951年 3月











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手前の弾み車は蒸気機関です




キャブの屋根にある平たい箱は水タンク。
急曲線の抵抗緩和や、下り勾配でのブレーキ加熱抑止などを目的に散水するためのものだそうです。













DSCF4450_R
軸受






野村組といえば、四国の魚梁瀬森林鉄道が有名ですよね。
動態保存されているし。

野村組は高知の会社なので、活躍したのは四国だけなのかと思っていましたが、はるばる北海道に渡ったDLも居たんですね。
昔のリストを見ると、北見営林局にも何両かが配属されていました。











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後ろ姿もステキ~❤















そして…
















↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 
















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(@^^)/~~~❤





これまた出たぁ~(^O^)/

酒井工作所製のF型DLです。
木曽の保存車両として、同型を見たことがあります。


昭和31年製で、当初は上芦別営林署に配属され、昭和36年に大夕張営林署に移動したとのこと。











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(*^^)v





所属=上芦別営林署(1961~ 大夕張営林署) 
運行路線=芦別森林鉄道(1961~ 下夕張森林鉄道等)
番号=27
車軸配列=B-B
機関形式=民生デイゼルUD-6
変速機=液圧式
動輪径=610mm
固定軸距=1000mm
台車中心間距離=3250mm
運転整備重量=10t
制動機種類=空気および手用
製造所=㈱酒井工作所
製造年月(または購入年月)=1956年 9月

(旧い資料をアレンジしました)







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可愛い台車~♪



ブレーキシューが外れていますが…(・_・;)














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台車もういっちょ!














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運転台





F42型は森林鉄道用機関車の高性能化を目指し、酒井工作所が開発した究極のナローDLです。

箱型のボディに大排気量エンジンを搭載してパワーアップ、ボギー構造で急曲線にも対応し、なお且つ軸重軽減も図れるという設計で、主に木曽森林鉄道などで活躍しました。

しかし、この機関車が開発された頃には、林野庁が林道を整備して軌道からトラック輸送に転換を図っており、そのせいか広く普及せずに終わった、という経緯があります。

それでも北海道では、協三工業製を含めると16両程のB-BタイプDLが在籍したという記録があり、往時の活躍ぶりが窺えます。











あと、もう1両、

酒井にピッタリ寄り添うように停まっている…

















↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 















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オープンモーターカー!




かつては幌が付いていたはずですが、現在は幌枠だけの上回り。
また、前面ガラスやメーター類も失われています。
カバー下のエンジンは如何なる状態なのか…(?_?)


この車両、ここでは『自動トロリー』と説明されています。
ナロー鉄としても馴染みのない呼び方…(・_・;)
形式は T3-4N で、昭和31年富士重工製とのことです。











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完璧に復元して欲しいなぁ…















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レストアのネタとしては良い状態ですね…









最後に…











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運材車(^.^)


 



説明板によると…


札幌営林局S2型
中山機械㈱ 昭和28年製

上芦別営林署で使われた後、昭和34年に大夕張営林署に移動したと記されていました。



運材車の形式とか気にしたことがなかった…(汗)











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\(^o^)/






約40分間、この機関庫でDLたちを観察しました。

貸し切り状態で…(笑)

ボク以外、だ~れも居ませんでした(*^^)v






前回見損ねたリベンジ果たしたの巻でした~







≪弾丸トワイライト つづく≫


◆使用機材
SONY HDR-CX900
FUJIFILM X20 (S)
FUJIFILM XF1 (R)








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THEトロッコ2013/13


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昔馴染みの 55-10-45 が活躍を続けていました\(^o^)/






現在、立山砂防軌道に在籍する動力車は以下の通りです。





【ディーゼル機関車】

55-10-45
56-10-21
57-10-28
60-10-14
62-10-94
2-10-190
6-10-15
12-10-8

全車北陸重機製



【モーターカー】

55-10-64
3-10-101
4-10-45
12-10-2

全車北陸重機製




DL8両のうち半数の4両が、かつて撮影に通っていた頃に製造されたもの。
とてつもなく長い間来ていなかったものの、当時活躍していた車両が今なお頑張っているということは、とても嬉しいものです。

車体更新によって見た目は変わりましたが…(・_・;)








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白い建物は滑り止め砂の保管場所だとか…




他の利用目的もあるのか…?
砂置き場にしちゃあ立派過ぎますよねぇ…( 一一)

この建物の場所には、昔木造車庫がありました。
正確にはもう少し手前だったかも知れません???
そこには休車になった加藤と堀川が仕舞ってありました。
人車の格納庫としても使われていたのかな…?


以前は好き勝手に探索出来たのですが、なにせ構内立ち入り禁止なもんで、柵外から覗いて観察しなければなりません。
自由が利かないのが一番しんどいです…((+_+))







IMGP2373_R
ところでDLの背面にあるのって…(・・?





シートカバーのようなオレンジ色の物体は何でしょう?
もの凄~く目障りなんですけれど…(ー_ー)!!











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貨車は基本的に変化が無いようです。
















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工事作業員用列車が下りてきました。














IMGP2396_R
スイッチバックを繰り返して高度を下げて来ます。





上に見えるのが、前回説明した『立入禁止』の看板です。
あんな場所に立てられているというコトは…

そこまで行くヒトが居るから???

(?_?)












IMGP2401_R
ズームを引くと、こんな感じです。












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この人車、屋根が透明?!






すげー!
今の立山にはパノラマ車両もあるのかー?!

観光車両かよ?



(?_?)



現在の立山砂防軌道は…

見せない・乗せない

…のはずなのに、何故に『乗る人を楽しませるような設備を持った車両』があるのでしょうか?



立山砂防は工事用軌道であり、車両は頑丈な造りであれば事足りる訳だし、『乗る人の視界確保』などを考慮したものなんて不必要なはず。
作業員さんの輸送なら『乗れればオッケー』な感じの、ごく平凡な人車で充分じゃないですか?

だいたい屋根に透明な素材(ポリカー? アクリル?)を使うって、強度とか大丈夫なのでしょうか?
二言目には『安全第一』って言葉が出てきますが、パノラマ車両はそれと逆行していませんか?
ヘルメット着用の前に屋根素材に問題はないのでしょうか?


だいたいこの車両、誰が乗って何を見るために設計されたのか…

日常的に利用する作業員?
体験学習の参加者?
たまに来る有識者?
学者? 研究者?

気軽に便乗させてもらえるようなシチュエーションなら理解しますが、一般人に対して門戸を閉ざしていながら観光客車まがいのものを造るなんて経費の無駄遣い=税金の無駄遣いじゃないでしょうか?

体験学習にしろ有識者の視察にしろ、メインメニューはカルデラや砂防ダム事業であり、軌道はタダの移動手段…いや、ちょっと面白い特徴的な乗り物?
まあいずれにせよオマケみたいなモノですが、その軌道からの眺望を楽しむための設備って必要?


それと…






↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓






↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓






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このような観光鉄道並みの駅名板って必要なの?




これって製作費、結構高いはずです。
しつこいようですが観光鉄道ではないのですから不必要です。


その他の連絡所にも同様の駅名板があるようですね。




また、途中の連絡所の建物、すげー立派ですよね…(・o・)
ログハウスみたいなものもあるようですが、副業でペンションでも営んでいるのでしょうか(笑)?









↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓






↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓









kuwatani
某サイトよりお借りしました…






懐かしの桑谷連絡所ですが…



こんな建物です…
どう考えても過剰ではないでしょうか?






ちなみに33年前の桑谷連絡所は…








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↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓









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ちょっと判りづらいですが…

(DLは北陸の量産初期型 55-10-60)




差は歴然。


雪の重みがかかるでしょうから、冬の運休期間を考えると屋根の傾斜が急で頑丈な建物が良いのでしょうけれど、何もログハウスにしなくても…(ー_ー)!!





とにかく現在の立山砂防軌道はヘンです(-_-メ)

昔が全て良かったとは言いませんが、何だかねぇ…

ボヤきたくもなるってもんですよ…

((+_+))









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役所の人車列車が下りてきました。












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本日の作業もそろそろ終わりです。








役所の人車列車が到着するのを見届け、軌道とはお別れです。

来て良かったのか悪かったのか、何だかサッパリ判らないくらい変てこな気分です。










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立山駅…












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懐かしい電車に乗り、立山を去ります…(T_T)/~~~







【THEトロッコ2013/つづく】









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THEトロッコ2013/12


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立山カルデラ砂防博物館に展示してあるDLです。





博物館にDLが保存展示してあるということは知っていました。
それが酒井工作所製だというコトも…



現物は確かに酒井工作所製でした。
かつて立山砂防軌道の主力だった5tディーゼル機関車で、ボクらにとっても最も馴染み深い車両です。



前面は末期の姿。

前照灯がラジエーターグリル上に2灯並んで設置されています。
原型はボンネット上に1灯。
その後2灯化され、ボンネット上に飛び出た前照灯はカニ目のようでした。


新車として入線した北陸製DLでは、当初はカニ目タイプでしたが、昭和55年製ではラジエーターグリル上に埋め込まれた形状が採用されました。
以降の北陸はカニ目が続いたものの、結果的には埋め込みタイプが現在に継承されています。
恐らくキャブからの視界に前照灯が入ることによる死角の発生などが問題となったのではないでしょうか?








展示されている酒井ですが…
ナンバーが『5-Tld-251』になっています。
なんだか聞き覚えのある番号です。

(?_?)






立山砂防軌道のDLは建設機械として扱われており、いわゆる通常の機関車みたいなナンバーはありません。
その代わりに、他の重機とも関連した記号&番号が付けられています。


かつて、酒井工作所製のDLが活躍していた頃は『Tld●●』というナンバーが多く見られました。
堀川工機製はTld-3とTld-4で、酒井の最古参がTld-5だったと思います。
堀川は既に休車でしたが…(・_・;)


同じ休車仲間だった加藤製は5-tg-5でした。
現在も保存されて残っている、あの加藤です。

昔聞いた話ですが、あの機関車は晩年はディーゼルでしたが、もともとはガソリン機関車だったということです。
ひょっとして『d』が付くとディーゼルで、『g』はガソリン?


モーターカーはTm-●●というナンバーでした。
『T』は立山???

(・・?

この辺は定かではありません…




その後Tld652とかTld753という大きい番号になってゆき、昭和54年からは 54-10-60 という、納車年月が反映されたものに変更されて現在に至っています。

現在活躍する現役DLたちは、みんなこういったナンバーですよね。
モーターカーも同様の付け方です。
今回の訪問では、貨車にもこのナンバーが付いているのを見ました。








さてさて、件の 5-Tld-251 ですが…
(・_・;)




このナンバーは、かつて在籍していた昭和47年北陸重機製のDLが付けていたものです。
どうして展示されている酒井にこのナンバーが付いているのかは不明です。




北陸重機製の 5-Tld-251 は異色の存在でした。

酒井工作所のDLが導入されたのは昭和44年からですので、それと並行して発注した機関車で、当時はナロー機関車メーカーとしてかけだしだった北陸重機が試作したようなものでした。

形態は堀川工機製に酷似しており、ボクらは『堀川コピーの北陸』と呼んでいました。

運行に就いている姿は見ることが出来ず、辛うじて入換作業と天鳥断崖の補修工事に駆り出されている姿を撮影出来ただけです。











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この機関車です…














コピー ~ TA55_359_R
サイドはこんな感じ…






撮影したのは昭和55年です。
天鳥の断崖補修工事は、確か昭和60年だったと思います。



5-Tld-251 というナンバーがご確認出来るでしょうか?


そして昭和60年には Tld-251 に変わっていました。
『5-』はどうした???


その時の写真は ↓ こちら
http://blog.livedoor.jp/tsunechan1959-toritetsu/archives/5526772.html


グランビー鉱車を従えた妙な姿…(・_・;)





この機関車はトルコンではなく、マニュアルでした。
スイッチバックの多い立山砂防には不向きなのかもしれません。




従って砂防博物館に展示してある酒井DLはナンバー違いではないかと。
5-Tld-251 に初代&二代目とかがあれば話は別ですが…(・_・;)








YO4_8644b
本当のナンバーは何なの?







ビックリしたこと…

それは 5-Tld-251 のコトだけではありません。













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営林署の松岡…





富山営林署が所有していた松岡産業製のDLの末路…
(T_T)/~~~


この写真、恐らく『風土記の丘』で撮影されたものではないかと思います。
(上の写真のことですよ~)




このDLは砂防事務所敷地内にあった富山営林署常願寺治山事業所の所属。
昭和52年訪問の際、存在に気付いて撮影しました。


その翌々年に訪れた際には、DLたちが格納されていた木造車庫は取り壊されていました。
車両たちも行方不明…(+o+)


次に松岡を見たのは昭和57年、砂防事務所の方から
『風土記の丘に古いDLを保存する…』
と聞き、その地へ駆けつけた時でした。


松岡製DLとモーターカーが、造成中だった風土記の丘という施設に保存されることとなり、その場所に搬入されていたのですが…


これから修復するのだろうけど、随分車体が傷んでいました。
その後めでたく安住の地となったようですが、結局は処分されてしまったようです。
展示写真はボンネットが凸凹になっており、一説によると積雪の重みが原因だとか…
もう少し考えてもらいたかったですね…
(--〆)




この松岡、『ガソリン機関車』と表示されていますが、昭和52年に実車を観察したところ、エンジンは三菱製4気筒ディーゼルでした。

実は松岡はもう1両あり、そちらは本当にガソリンだったようです。



これらに関しましては、いずれホームページでまとめたいと思っています。
とりあえず当ブログに昨年春アップした記事がありますので…


↓ こちらを参考にしてください。

http://blog.livedoor.jp/tsunechan1959-toritetsu/archives/5311328.html



ヘボいスキャナを使っていたので、画像が超キタナイ…(T_T)/~~~








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(・o・)







更にビックリしたコトがあったのですが…






(?_?)






その件に関しましては、いつの日か改めて…?






(-_-メ)











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なんだか消化不良のまま砂防事務所を去ることに…






消化不良なのですが、昼メシまだで、もう14時…(・_・;)
なので腹ペコです。


駅前ロータリーの食堂にて腹ごしらえをすることにしました。









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やっちゃん=ラーメン&カレーライス




よう食うのう…









S0204068_R
ボクはチャンポンメンを





現況に対する不満の表情?(笑)









で、荷物を預かっていただいていた宿泊先の千寿荘さんに戻り、早めに富山に向かおうかと立山駅に行きました。


次の電車まで時間があったので、閉鎖されたレストランの待合室?にて休憩。
しかし、まだ陽も高いし、もうすぐトロッコが下りてくる時間帯だし、もう少し見て行こうかというコトになりました。

な~んとも未練がましい!(苦笑)











IMGP2343_R
\(^o^)/








構内外れの柵外から、スイッチバック最上部がよく見えます。
午後は光線もバッチリ。
望遠で狙うと、なかなかいい感じです…が…


ちょうどDLで隠れている向こう側の石垣に、どデカい『立入禁止』の看板があるのです。
なのでDLで隠れる一瞬がシャッターチャンス!

三両目の貨車の後ろにも中くらいの看板があります…
これらもまた複数言語によって掲示されています。

近年、某国観光客の訪問先でのマナー違反があちこちで取り沙汰されていますが、立山砂防軌道にまで波及しているとは…
恐るべし●●人…( 一一)








IMGP2357_R
構内に戻ると、入換作業に励みます。






動き回るDLを眺めていると、時間を忘れてしまいそうです…(*^^)v







【THEトロッコ2013/つづく】









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THEトロッコ2013/11

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車歴31年の 57-10-28 ですが、古さを全く感じません。






一般的なナロー軌道で使われる機関車って大抵がポンコツ、ガタガタ、錆々みたいな感じで、またそれが『味』になったりするのですが…

立山砂防軌道のDLたちは、相当ハイレベルなメンテナンスを受けているようです。
車体は新旧に関わらず新車のようにピカピカ。
モーターカーも同様です。

人車にしろ貨車にしろ、くたびれて汚い車両が全く見当たりません。
恐らく費用もそれなりにかかっているのでしょうね。


昔もキレイにしていましたが、今ほどではありませんでした。
軌道敷や施設も『高級』です。
『トロッコ』と言って侮ってはイケナイ(ー_ー)!!
その辺の地方私鉄よりも保線が行き届いています。

正直、経費かけ過ぎのような気がするのですが…(・・?













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施設も立派なのばかりだし…






かつての車庫は、この写真の左手、構内の段差が見えますが、その奥にありました。

現在の車庫がある場所には事務所が建っていました。
この写真を撮っている地点は、一時期加藤製DLが保存されていた場所付近だと思われます。
昔と現在の平面図を並べて比較してみたいですね。







構内の覗き見に飽きてきたので、10時発の人車は常願寺川の対岸を歩き、何処か見通しの良さそうな処を探して撮ろうということになりました。


ただ、対岸の道から軌道が見える場所は少なかったと思います。
昭和52年、未だ千寿ヶ原だけで撮影していた頃に対岸の道を2kmくらい歩いたことがありますが、いい感じで捉えられる場所は見つかりませんでした。











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常願寺川を渡って…







昔から変わらぬ鉄橋は『千寿橋』という名で、昭和6年製。

道路橋ですが、その中途半端な幅から推測すると、かつては軌道が通っていたのではないかな…と、思いたくなるような代物です。

対岸の道は、少し上流の小さな発電所へと通じており、橋の袂からは冬期歩道トンネルが並行しています。
道幅は昔より広くなっていたように感じました。





なんてコトを話しながら歩いていると、北電?のクルマが停まり…

『この道、関係者以外は通行禁止なんですよ~』

とのこと。
(T_T)/~~~




仕方なく戻ることにしました。
大した距離を歩いていなかったのですが、どっと疲れが出ました<(`^´)>











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確かに通行禁止になっていますが…





向こうに見えるのは道路橋の真川大橋と富山地鉄の鉄橋です。











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レトロな鉄橋です。









今度は訓練軌道沿いに上流へ向かいます。
軌道に並行した道は公道なので大丈夫…( 一一)


しかし、対岸の道まで歩かせてもらえないとは…
次回は知恵を絞った対策が必要かもしれません。


訓練軌道のスイッチバックを過ぎ、公道がどん詰まりになるあたりに公園のような場所がありました。
朝、やっちゃんがこの辺まで探索をして、この場所から軌道が見えるということを確認済み。
10時の人車は、無難にここで狙うことにしました。


てゆーか、他に撮影可能な場所が無い…(--〆)
















S0713299_R
まぁ、なんとか…















昔は常願寺川に沿った道が天鳥堰堤付近まで延びていました。

途中、津之浦鉄橋を見上げる場所などもあり、天鳥スイッチバックの軌道脇までクルマが入れたので、桑谷界隈へのアクセスが超便利でした。


河原の道は通るクルマは皆無に近く、モチロン通行規制もなくて自由気まま。
撮影、移動の合間に自炊して、食事しながら撮ったりもしました。

そんなことを思い出すと、今はあまりにも面白くない!(ー_ー)!!

















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続行でもう一本来ました(^^)v












『昔と比較するのはやめよう』


『そーだね、情けなくなる…』







やっちゃんとそんな話をしながら、この場所を後にしました。
















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おっ!








車庫横に戻り、飽きもせずにDLたちを観察していると、モーターカーがスイッチバックを下りてきました。


朝一番に登って行ったモーターカーでしょうか?
水谷まで行って、すぐ折り返せば戻って来れる時刻です。











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(^O^)/















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(^◇^)















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無線機持ってますね~















S0753320_R
(^.^)/~~~

















IMGP2312_R
構内から車庫へと戻って来ます…







モーターカーの追っかけをしていたら、今度は人車が下りてきました。

一時間くらい前に登ったばかりですが…

何処で折り返して来たんでしょう?
それとも、朝知らないうちに登っていた??














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推進時の安全確保か、人車にもライトが付いています。








スイッチバックの数に比例して、列車は推進運転になることが多くなります。

暗くなった場合、やはりライトがあった方が良いのでしょうね。
そう言えば、阿里山森林鉄路の客車後部にもライトが付いていました。














S0773334_R
人が乗っていないので、回送のようです。






人車最後尾の作業員は安全確認?











S0783350_R
DL運転士はシートベルト着用(・_・;)






衝突時、と言うよりも側方への落下防止かも知れませんね。
こんな感じで身を乗り出し、バランス崩せば落ちちゃうかも。
鉄橋上や崖沿いだったら…(゜o゜)












IMGP2322_R
最後尾に乗っていた作業員が下車し、誘導していました。









お昼の時間帯になり、恐らくトロッコの動きは止まるだろうということで、一旦現場を離れることにしました。


とは言っても別の場所に行くのではなく、気になっていた『立山カルデラ砂防博物館』に入ってみようかと…(・_・;)

砂防事務所が大きく変貌した原因の一つに、この砂防博物館があります。
大きな建物が事務所敷地内外にあり、構内側の一階は軌道の車庫になっているという妙な構造です。

砂防事務所と関わりがあるのは確かでしょうが、
『見せるための博物館』の建物が、『見せたくない軌道構内』
に位置している点が何とも皮肉。
(--〆)



そして館内ではビックリするコトがありました…



(・_・;)




(?_?)




【THEトロッコ2013/つづく】







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THEトロッコ2013/10

S0743309_R
車庫から出て来た 57-10-28 です。








28年ぶりの再会を果たした立山砂防軌道ですが…


予め承知していたとはいえ、その変化に気持ちが追いつけません。

以前は気軽に往来していた軌道構内は立入禁止。
仕方なく公道から覗き見るしかないのです…(-_-メ)


かつて立山砂防軌道を最初に訪れた時、色々と要領が分からなかったり、術を知らずにくすぶっていたのとは訳が違います。
現況のままでは展望が一切ありません。
便乗するには『体験学習会』という企画に応募するというテがありますが、この方法ではマトモな撮影は不可能です。
水谷に通じる林道も一般車が規制されているため、そちらルートでのアクセスも出来ないし、完全に隔離されているような状態です。
唯一の希望は千寿ヶ原から常願寺川の対岸にある道を使うことくらい。
あの道は結構奥まで行けるんじゃなかったかな?
ただ、昔歩いてみたところ、列車の姿を見られるポイントは非常に少なかったと思います。
木々の生育もあるでしょうから、更に条件は厳しいかも知れません。




冒頭の 57-10-28 には、ちょっとした思い出があります。

昭和57年10月29日金曜日、立山砂防軌道の撮影を開始して一週間ほどが経過した雨あがりの朝、千寿ヶ原事務所に一台の大型トラックが到着しました。
新潟ナンバー、UD平ボディの荷台には真新しいDLの姿。
それが 57-10-28 でした。




前日だったか、29日朝に新車が納入される…
という話は聞いていました。
前夜は千寿ヶ原駐車場で泊まっていたので、朝起きてトラックの到着を待っていました。






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TA57_519_R
\(^o^)/












TA57_521_R
!(^^)!





DLは北陸重機製。
新潟にある工場で製造され、新潟の運送業者によって運ばれて来たんですね。

後方には保存された加藤が見えます。
トラックが停まっている少し後ろあたりは、現在の車庫がある位置だと思います。




この日は天鳥、桑谷で撮影し、夕方千寿ヶ原に戻って来ました。
新車は既に車庫の中に格納されていましたが、
『撮りたい~❤』
と、お願して出していただきました\(^o^)/









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TA57_610_R
(^O^)



酒井工作所製のTld-752 と並んでいますね~(^_-)-☆

当時は北陸重機製が増備されていましたが、主力は未だ酒井でした。
この 57-10-28 が入る前の北陸は三種類ありました。

ひとつは堀川工機製をコピーしたといわれる Tld-251。
昭和47年、初めて導入された北陸でしたが、これは試作機的な機関車でした。
マニュアルミッションで使い勝手が悪かったこともあり、晩年は出番がほとんどありませんでした。

量産機の先駆けとなったのは、昭和54年の 54-10-59 でした。
これは北陸量産型とは一線を画す、酒井に似たタイプ。
前照灯がラジエーターグリルと一体になったようなマスクをしていました。
印象とすると、現在あるDLたちの顔に近いでしょうか?
このタイプはもう1両ありましたが、番号が不明です(T_T)/~~~

同じ昭和54年製の 54-10-60 は上記の2両とは異なり、量産型に近い恰好をしていました。
やや異なるのはボンネット全部が僅かに傾斜していたこと、ラジエーターグリルが大型だったことでした。

ボクは見たことはありませんが、トロ鉄仲間のやっちゃんは『屋久島の北陸に似ている』と言っていました。

次は昭和55年に入った 55-10-45 です。
このDLからが量産型になります。
そして 54-10-45 以降のDLは現在も活躍を続けております。

次に入ったのは昭和56年の 56-10-21 でした。
翌年入ったのが件の 57-10-28 です。

この後はほぼ同じスタイルの新車が増備されてゆき、旧型も車体更新されて量産型と変わらない姿になりました。










IMGP2207_R
これは平成2年製の 2-10-190 です。







どの時点で変更があったのかは不明ですが、当初の北陸製DLと比べてみるとキャブ前面窓が大型化されています。
ワイパーユニットを屋根上に移動し、中央の窓は限界まで拡大され、更に前面の左右にある縦長の窓も屋根ギリギリまで広げました。
可能な限りの視界確保を目指したのでしょうね。

それ以前から在籍していたDLも、これに合わせて改造されたようです。
以前は年代ごとに特徴があって面白かったのですが、現在では全部同じような仕様になってしまいました。
唯一、最も新しい 12-10-8 だけがキャブの屋根自体を高くした形状をしています。
機器類を内部に格納しているので、屋根上もスッキリしています。
今後はこの仕様になるのでしょうか…?

モーターカーはよく観察していないので不明です。
昭和50年代半ば、立山砂防のモーターカーは堀川工機製から北陸重機製に転換する時期でした。
少し丸みを帯びた堀川に対し、北陸のは角ばった感じで形的にあまり好みではありませんでした。
当時の北陸モーターカーと比較し、パッと見に特段変化は無いようです。







IMGP2257_R
これが 12-10-8 です。



キャブ上部が他のDLとは異なっていますね。










IMGP2219_R
こちらは9年差があるのに区別が…(・・?



左=平成2年製
右=昭和57年製


もともとは違うスタイルだったはずなのですが…(・・?






いつからかは知りませんが、DLとモーターカーにはヘッドマークが付けられています。
『見せない軌道』のくせに、何故に外観を意識するのでしょうか?

装飾品を付けることは、現場の方々にとって車両に対する敬意や愛情の表現かも知れません。
一般的に考えれば、鉄道車両にマークを付けるのは主に『見た目』の強調であり、ひとつのサービスでもあるでしょう。
しかし、立山の場合は軌道は一般社会から隔離された状態であり、外からの『見た目』とか、増してや鉄チャン相手のサービスだとは到底考えられません。

これは推測ですが、車両番号での分別が煩雑なため、愛称を付けることによって判りやすくしているのではないでしょうか?
立山砂防軌道の車両は規格化されている面もあり、目立った外観的特徴がありません。
番号も『12-10-8』のようにコード番号みたいなものですから、これで判別するのは面倒だしので愛称で呼び分けているのではないでしょうか。

『○○さん、本日の乗務はゴーナナ、じゅう、ニーハチ…』
と言うよりも
『○○さん、本日の乗務は"立山"で』
の方がスッキリしていると思いませんか?

ホンマかいな (?_?)












S0663284_R
人車は随分変わりましたねぇ…





昔あった人車は至って簡素な造りでした。
貨車と変わらぬ足まわりにベンチと屋根を付けただけのような。
側面は僅かな鉄柵と鎖だけ、なので高い鉄橋などではスリルがありました。

晴れた日には大変気分が良いのですが、雨が降るとモー大変。
屋根はあるものの、側面はほぼオープンなので悲惨でした。
もっともその頃、現場作業に出る方々などは貨車に積んだ荷物の上に乗っており、雨降りの日には雨合羽を着るくらいでしたから、人車などは快適そのものだったのかも知れません。

昭和56年頃から、人車の側面にはアコーディオンカーテンが付けられました。
雨、寒さ対策ですね。
乗っている方は改善されたでしょうが、撮影する立場から言わせていただくと、アレは最悪でした(笑)
DLが蛇腹を連ねているようにしか見えないんですもん(;一_一)








TA56_073_R
これが当時のアコーディオンカーテン付き人車(+o+)





ねっ、なんかヘンでしょ?(笑)

















TA56_218_R
雨の日の貨車はタイヘンでした…(・_・)




当時は特別な思いもなかったけれど、今見ると面白いですね~
こういう様子、もっと撮っておけばよかった…(T_T)/~~~



















TA56_224_R
時にはワンちゃんも乗ります\(^o^)/




この犬、樺平の宿舎で飼われていたメリーちゃん。
知る人ぞ知る?トロッコ犬です。
放し飼いなので自由。
誰に言われることもなく、自らトロッコに乗ってあちこちを行き来していました。

最もビックリしたのは水谷の小屋で泊まっていた時でした。
夕食の鍋をいただきつつ清酒立山で超いい気分(^O^)/
と、そこにメリーちゃん登場(笑)
貴重な食料をお裾分けし、しばらく滞在の後に暗闇に消えてゆきました。
翌日はまたトロッコに乗っているのを目撃(・o・)

トロ友のやっちゃんと
『樺平から18段登って来たんだろね…』
『そこをまた降りて帰ったんだろ…』
という会話を現場でした覚えがあります。

なんか、ジ~ンとくる思い出だなぁ~
(^_-)-☆









【THEトロッコ2013/つづく】







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