2012年11月20日

執筆者死去のお知らせ

制作者tsunesawaの息子です。
「点景」読者の方に、父、tsunesawaの死去をお知らせいたします。

父はH24.11.15 PM1:45、自宅にて亡くなりました。
葬儀は行わず、ごく近しい方にお別れのあいさつをいただくにとどめ、
同月17日、火葬となりました。

これまで父の記事を閲覧いただきありがとうございました。
過去の記事については、livedoor Blog 運営より不都合の連絡がない限り、
このままご自由に閲覧いただけるようにしておきたいと思っています。

何かございましたら、コメント欄までどうぞ。

tsunesawa at 10:12|PermalinkComments(5)TrackBack(0)

2012年10月31日

秋の暮

  秋の暮大魚の骨を海が引く         西東三鬼

大魚2

三鬼の代表句のひとつ。物静かな秋の夕暮れ、なにやら大きな魚の骨を引き潮が引っ張っていく。そんなつもりはなかったのかもしれないが、太古の海辺の風景のような印象を与える。恐竜の一部とも思える太い骨が海に引きずり込まれる図。まだ人間は存在もしない。もちろん、これは深読みのしすぎだ。だが、ついそんな深読みをしたくなる句である。

              ***

足湯をしてたら知らぬ間にこっくり居眠りしそうになった。そのまま眠ってしまってもかまわないわけだけど、まだ車椅子に座って眠ったことがないので、眠りの淵に落ちそうになるとびくっと反応してしまう。結果眠れないので、早々に足湯を切り上げて、ベッドに横になる。

これで眠る準備はオッケーなんだが、両脚を伸ばしているだけで、じんじんとした痛みが反響し合うようになる。眠ろうとじっと耐えてみるのだが、いつまで耐えても痛みは消えず逆に大きくなる。眠りはやってこない。どうせ眠れないなら耐えることに意味はない。こんなことならゲームをしようと、もう一度車椅子に移る。ゲームをしていれば意識の及ばないところができて、そこに痛みを隠しておける。

それにしても、肝心のダビスタが行き詰って、もう資金は十分にあり、生産する馬たちもみんなぽんぽんと勝ち進み、ハラハラすることがなくなってしまった。これは楽しくない。持ち馬が強すぎて、また金儲けにもあまり気持ちが入らなくなると、あとは名誉欲しかなくなる。

有馬記念とかジャパンカップとか、大きなレースに勝つことだけが、馬生産の醍醐味ということになり、そうなるためには何代にもわたって小レースを勝ち抜かなければならない。結局、どんなレースでもそこそこの勝ちを収められるようになり、いわば消化レースばかりになって、勝って当たり前のレースに勝ち続けることがけっこうなストレスになってきた。要するにつまらないのだ。

一方夜の眠れなさは極端にまできて、痛み止めの座薬を使っても2時間もしないうちに目が覚めるようになった。目覚めてなおベッドの上で痛みをこらえ続けるのは至難の業で、結局起きだしてダビスタを始める。ちがうゲームを始めたいのだが、前回は息子にすべてやってもらったので、機械のセットの仕方がわからない。ま、仮にわかったとしても自分でセットするのは、屈み仕事のためとうてい不可能なのだが。

ゲーム以外のことでダビスタ並みに意識を集中できるようなモノはというと、これはたぶんない。ないからこそダビスタにここまで没入しているわけだし。脚は相変わらず痛い。ダビスタを中断して両脚の間にクッションを入れ、今シーズン初めての膝かけを巻く。じんじんがずきずきに変わってきたので、窮余の一策、温め作戦である。

映画を借りてきて観るということはまだ試してないが、(作品全体を2時間半かけて観るということに)集中力を向け続けるのはたぶんむずかしい。これは無駄なアクションになる可能性が高いが、いや、ぐずぐず否定的なことを考えるのはやめよう。まずはやってみなくては。そのためにはいままで好んで観てきた無言劇かそれに近いものはこの際避けるべきだ。眠れない夜の時間つぶしだ。ひたすら娯楽に徹しているものがいい。まずは北野たけしの全作品をみてやろう。つたやのレンタルということになるか。ヘルパーさんと相談しよう。


大魚大魚3

tsunesawa at 13:16|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2012年10月21日

鰯雲

  鰯雲人に告ぐべきことならず         加藤楸邨

鰯雲

思い悩んで誰かに相談したいなと思ってきたが、あの鰯雲を見ていたら、やはりこれは他人に話すべきことじゃないという気になった。自分の胸のうちに秘めておこう。秋の雲には人を反省的にするところがある。よく晴れた空をじっと見ていると、ささいなことにこだわって暗くなっていた自分が情けなくなる。

              ***


勢古浩爾『最後の吉本隆明』を一応読了。一応というのは、ページを追って読むのはこれで一段落とするという意味である。本を閉じてしばし余韻に浸る。気持ちがいい。この著者は臆することなく吉本さんに真向かって立つ。多少はにかみながらも決して目をそらさない。

そして、肝心なのはここなのだが、最初から最後まで、吉本隆明大好きという姿勢を崩さない。本物の男として惚れぬいている。吉本さんの周りには若い時からずっと、吉本主義者と呼ばれる一団が常に存在したが、彼らとは全然違う。

彼らは、大好きと公言する面々からマスコミが勝手に主義者と名付けただけの面々までじつに幅広い。だが、彼らの多くは、吉本さんの論理をていねいに追うことなく、結局は、自分の主張を少し「権威」づけ、寄りかかる大樹を求めるだけなのだ。

勢古の人間理解は鋭い。『暗いがゆえに明るく、静かなゆえに目立ち、弱いがゆえに強く、小さいがゆえに巨大で、存在は矛盾のかたまりのように見えた。吉本隆明が自分の性格に与えた言葉は「戦闘的受動性」だったが、その日常的な姿勢は<開放的非社交性の>ように見える』と。

非社交的であるのに開放的である。受動的だけど戦闘的である。つまり、話しかけられれば応じるけれども、自分からしゃしゃり出て積極的に関わりを求めることはしない。きっと照れくさいのだ。恥ずかしいのだ。瀬古は吉本さんを含羞の人と表現している。論戦という喧嘩を挑まれれば例外なく買ったけれども、自分のほうから仕掛けるということはついぞなかった。瀬古はそこを強調する。いい寄り添い方だ。
      
                   ***

散歩をしてきた。春の桜以来だろうか、実に久しぶりで、家の鍵が置いてある場所も忘れていたが、机の小引き出しだろうとすぐに気づいて事なきを得た。外に出ると圧倒的な光の量にたじたじとなる。緑の葉があるとその光がぴちぴち跳ねている。秋の薔薇がもう終わりかけていてちょっとだらしなく、カメラを向ける気にならない。

坂道を登る。かなり急だが、ヘルパーさんの手は借りない。やや苦しかったが、自力走行で切り抜ける。オレンジ以外のコスモスをみるのは去年の秋以来。やっぱり、白とピンクのコスモスがいい。見た目ほどか弱くなく、なかなか旺盛な繁殖力で、オレンジコスモスや他の外来種の来襲にも立派に耐えている。

目指すは花ミズキで、真っ赤な葉をまぶしく光らせているはずだった。ところが、花ミズキの紅葉の季節はもう終わりということなのだろうか、黒っぽく沈んでまるで艶がない。何だかなあと心につぶやき、木の根元を走らせる車椅子に深く座り直す。気持ちの底にストント穴があいたようだ。

これで散歩の目的を失い、さっさと引き上げることにした。かつて萩の花を見かけたことのあるお宅の前を通るが、それらしき影さえない。何かをすることもないとはいえ、車椅子での1周には結構な時間がかかる。日差しは痛いほど強く、帽子をかぶって出て正解。それにしても、もう十月が終えそうなところまできた。倒れた時はどうなるかと思ったものだが、いまの状態からはどうやら無事な1年ということになりそう。




tsunesawa at 16:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年10月14日

  柿くふも今年ばかりと思ひけり         正岡子規

柿


明治34年の作。翌、35年に子規逝去。死の年に柿を食べたかどうかはわからない。ただ、ふと手を止めて、食べかけの柿をじっと眺めて、来年の秋にはもうこの世にいないだろうなとの感慨にふける。死期を予感した覚悟の一句。なお有名な、柿くへば鐘がなるなり法隆寺はこれの6年前の句で、やはり、柿に格別の想いを込めている。


              ***

深夜2時に訪看を呼んだ。
車椅子でぽつんと、ベッドから離れて座っている。どのくらいそうしていただろうか。しばらく独りで考え込んでいた。どうやってベッドから離れたんだろうか?ここはどこだ?高崎駅東口の1階?テレビがつけっぱなしになっているな。だいたい、おれは何をしてるんだ?何の情報もない。実際に声をあげてみるが何の返答もない。そうだ、ケータイで訪看に連絡しよう。

連絡すると、また30分ほどして、訪看さんが来てくれた。二言三言、全然噛みあわない話をする。とにかく、なぜ自分がこんな風にひとりっきりでベッドから離れているのかわからないんだ、と話す。頭がおかしくなったんだろうか?こちらの言うことを測っているような間合いがあって、おかしい?そう、孤立感がすごいんだ。何か取り残されたようで。

身体の内側から苦しくなる。世界から切り離される。どこかにつかまりたいのだが、どこにもつかまれない。うおーと獣じみた声が出る。喉がからからに干上がっている。手を伸ばしてサイドテーブルの麦茶を取る。

こんな風に午前2時を経験して、気がつけば4時になっていた。やった。あとはこのまま夜のあけるのを待つだけだ。安心したら途端に眠くなった。また気がつけば、今度は7時10分前。あの苦しさも孤立感も消えうせている。10分でヘルパーが来る。

窓のカーテンを開ける。玄関のカギを開ける。洗面所で歯磨きをして顔を洗う。うん、これでいつもどおりだ。「おはようございま〜す」ヘルパーさんが洗面所に顔をのぞかせて明るい声で言う。ああ、もう今日は苦しまなくていいんだ。おれは孤立していない。でも、もちろん明日はわからない。
                    *
増やした薬たちがうまく作用してくれて、いま現在、痛みや痺れは我慢しやすいレヴェルまで威力を抑えた。こうして車椅子に座っていても、絶え間なく続く痛みに顔をしかめるということがない。いちばんの功労者はギャバロンだろう。次いで増量したアモキサンか。ただ、メチコバールはどうやら「気のせい」薬で、効果があるような感じがしても、単独ではどうも怪しい。次の減薬作戦で消えることになるだろう。

薬が有効に作用しているのに、にも関わらず昨夜はうまく眠れなかった。前日のように寝ぼけることを心配しすぎて、神経が高ぶっていたのだろう。眠るにはボリュームを下げたテレビがあったほうがいいと判断したのも間違いだった気がする。

口の中と鼻が乾いて息をするにも苦しくなった。どうやら今日布団を冬物に替えたことが直接の原因らしい。暖房を入れ始めたからか、暑くて思わず布団をはいで、何もかけずに寝転がっていた。その時間が長すぎたのだろう。今度は肩や背が冷たくなった。途端に口元に靄がかかったようになり、口をぽかんと開けてないと呼吸がしずらい。眠れるわけがない。布団をしっかりかけてみてももはや無駄。

えいやっと起きだして、車椅子に移り、パソコンに向かう。起きていれば呼吸の苦しさはない。ちょっとしたら寝ようと思い決めてたのに、結局、徹夜。できるもんだね徹夜なんて、いい歳をして。一体いつ以来だろ?おまけに昨日息子が待望のゲーム、ダビスタを持ってきてくれた。当分、昼寝もなしになるな。

危なっかしくとも何とか自分でベッドに移乗することができるようになったから、たとえば今のように、これまでヘルパーが引き上げる9時半過ぎにはベッドに乗っていたのを、思い切って止めることができた。つまり、がちがちに組まれた介護スケジュールの合間を縫って、生活の一部を自然の流れにすることができたわけで、これで少しは自分仕様の時間割に替えたことになる。この調子でこれからいろんなところに自分仕様を作り出すぞ。

柿2柿3

tsunesawa at 11:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年10月07日

百舌鳥

  百舌鳥に顔切られて今日が始まるか         西東三鬼

百舌鳥2

                
百舌鳥が目の前でキチキチキチと鋭く鳴く。まるで顔面をスパッと切りつけられるかのようだ。一瞬で身が引き締まる。さあ、今日も始まるぞ。百舌鳥は一年中鳴くが、その鳴き声が秋の澄んだ空には余計に響き渡るように感じられる。百舌鳥、鵙は秋の季語。三鬼は一時期無季俳句を詠んだが、また季語にもどった。顔を切られるというショッキングな描写がいかにも三鬼。


               ***

血尿になってしまった。久々だが、やはりショックだ。土曜日の午後、訪問入浴がすんで、車椅子でほっと一息ついたところで、下をみると、チューブにどろっとしたぶどう色が。あ〜あ。もう血尿とは完全におさらばしたような気分でいたのに。

もちろん、そんなことはありえないことだけれど、このままあらゆる炎症と縁が切れて、腎機能はぐんぐんよくなると、半ば本気で思っていた。甘ちゃんである。一か月も血尿がなく過ごしてみると、知らず知らずのうちに心の奥底に、このまま何もかもが無事に推移するような期待が膨らんでいたことになる。

隣室のいくつかの紙袋のなかに、バルーン交換の準備ができてることが何やら滑稽なことに思えてきたりしてた。もう要らないんだよ、そんな準備、と。そんなことこそありえなかった。すぐにこの準備が役に立つ。ちぇ、仕方ない。うっとうしいがまた血尿とのつきあいが始まるわけだ。

ただ、今回も救いはある。血の色がぶどう色といえるほど濃く、これが鮮血でないことを示している。コアグラ混じりの古い血である。いつのものかはわからないし、どこが出血個所なのかも依然としてわからないが、コアグラの存在が、少なくともいま出血してるものではないことを証明している。この血尿はすぐに止まるはずである。

案の定、尿廃棄後の袋にたまる新しい尿はもう血尿ではなくなった。注意して水分をたくさん取るようにしていただけあって、早速普通尿の色である。大丈夫。

と、一安心したところに、孫の一歳の写真が届いた。わお、かわいい!お姉ちゃんたちに似ているけれど、立派に新しい人格だ。このまま腎機能が長持ちして、いつの日か生身に会えることを期待しよう。がっくりきて、ホッと持ち直したところに、最高のプレゼントが舞い込んでくれた。感謝。



百舌鳥3百舌鳥

tsunesawa at 11:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年09月30日

白樺を幽かに霧のゆく音か           水原秋桜子
  (しらかばを かすかにきりのゆくおとか)  (みずはらしゅうおうし)


霧

かすかな気配のように、白樺林を霧が動く音がする。見えない姿を追い、聞こえない気配に耳を澄ます。鮮やかな描写だ。さすが、『ホトトギス』の四S(阿波野青畝、高野素十、山口誓子とともに)。また、自然描写の中に主観的抒情をしのばせる句風で、『馬酔木(あしび)』を主宰する。石田波郷、加藤楸邨らが集結し、『ホトトギス』と競い合う一大勢力となる。霧が秋の季語。

              ***


夜の9時半という時間。こういう時間に起きだすというのは、いつ以来だろうか。なつかしいような、うれしいような。10時のドラマを観て、やっとふつーの大人の生活を生きている気になる。今までが無理のしすぎだったのだ。

いまの介護体制ができあがって、7時半から8時の間にはベッドに上がってきた。ヘルパーさんが引き上げるので、それ以前に移してもらうわけだ。この時間のテレビは各局ともお子様用に番組が作られている。大人が観るに耐えるドラマなどあるはずもない。そのまま眠ってるから、10時には完全に熟睡モードになる。

明け方までそのまま眠れたときは、別段不自由も感じなかったが、この間の不眠騒動で、すっかり眠る時間が狂ってしまった。夜中に目が冴えてしまう。そのままベッドの上でじっとしているのが苦痛で、起きだして車椅子にトランスする。

パソコンに向かっていつものとおりブログ散歩などするが、「お気に入り」はすぐに終わってしまい、ゲームに手を出してみても、うまく進まずに、結局手持無沙汰に耐えきれず、またベッドにトランスする。移り損ねないように真剣になるから、ますます目が冴える。そのうち、おれは夜中に一体何をやってるんだろう、と自己嫌悪に近い気分になる。これはよくない。

数日考えて決めた。夕方わっとやってくる眠気に対しては、素直にそのまま眠って、勢いで2時間ほど眠り、夜中に起きだすのを当り前のこととする。これで身体にしみ込んだ眠気は飛ばせる。そして、10時のテレビを観てそのまま起き続ける。とにかく、眠ることを焦らない。睡眠不足の時間は昼間に埋めればいい。スケジュールはあるものの、年中日曜日の身だ。どうにでもなる。

と、そう考えたのだが現実は簡単じゃない。身体にずっしりと疲労感がたまって、ちょっとした記事を書くのも大儀でならない。ダメだ、こりゃ。書けなくなったらどんな計画も意味がない。それに、人間の体はやはり夜を寝るようにできてるらしい。昼間の仮眠じゃ疲れが取れない。すべて、一から出直しだ。あ〜あ。でも焦る必要はない。ゆっくり試行錯誤するさ。

霧2霧4

tsunesawa at 15:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年09月17日

秋めく

大阪に曳き来し影も秋めきぬ         加藤楸邨       
  (おおさかにひききしかげも あきめきぬ)

秋めく

大阪まではるばると引っ張るように連れてきた自分の影も、濃く長くなってすっかり秋めいてきた。自分の影をことさらに他者のように意識するときがある。その他者がどこか物寂しく感じられて、しみじみと秋めいてきたなぁと感じ入る。

               ***

眠れない状態が約3日間続き、くらくらっと来て、車椅子への移乗が危険な風になる。で、睡眠剤を処方してもらったら、それが効きすぎたようになって、丸一日以上寝てまだひどく眠い。薬の影響で泥酔状態になっているのだ。訪問看護に連絡。訪問看護からドクターに連絡がいき、ドクターが弱い「みんざい」を持参する。

とにかく眠かった。いくらでも眠れる感じで、食事以外はずっと寝たきりでいた。ジプレキサという「睡眠薬」は、いま落ち着いてからネットで調べてみたら、抗精神薬で、興奮状態をなだめるのに使われるらしい。ま、3日間眠れない興奮状態にあったわけで、薬は順当に使われたとみなすべきなのだろう。効きすぎたわけではなさそう。

眠り込んでいるときに友人が、吉本隆明『宮沢賢治の世界』を持参して、郵便受けに入れておいてくれた。電話をくれたらしいが、泥酔状態のため、よく覚えていない。本は夕方のヘルパーさんが持ち込んでくれた。

表紙に著者の写真を載せることは、現在では当り前に行われていることなのかどうかは知らない。本屋に出かけるということがありえなくなったからで、店頭に何が並んでいるかを全く知らない。それでなくても、あの人ごみの中に車椅子を進めるのはもうたくさんなのだ。したがって、ま、その流行とは関係なく、表紙に笑顔という設定はすごくうれしい。

それにしてもいい写真を選んだ。生前の、僕のよく知っている居間での物で、気取らない普段の笑顔そのものなのだが、世にこれ以上の優しい笑顔はないといった風に撮れている。会いにいって玄関にこの笑顔が出てくれた時は、自分の中でうれしさが飛び跳ねるのがわかった。今はもうこの世に吉本さんはいない。みんなが独りで立つべき時だ。吉本さんを愛しつつ自立せよ、我ら。

本を机に置く。しばし写真を見つめてから本を開く。開いた最初から吉本さんの匂いがする。吉本さんの文はむずかしいけど、これは講演を起こしたものなので、言葉づかいはやさしい。今少しずつ読んでいる本が『マチウ書試論』で、初期の作品だけに硬質な文体だから、むずかしさはこれよりも上で、抽象度も高い。しかし、この本もすいすいと読み飛ばせる代物ではない。いや、むしろむずかしさは上かもしれない。

いい。時間だけは存分にある。講演に出かけたつもりでじっくりと読もう。マチウ書をいったん閉じて、宮沢賢治ワールドを読み説いてみよう。あちこちのブログを見て回ったり、ゲームをやるようには進まないぞ。覚悟をしろ。本質的な言葉たちは、説明しようとするとどんどん抽象度を増してしまう。ついていけるか?本はたぶんさわちゃんからのもので、何とか読んでみろとのお達しだろう。ありがたい。やってみる。

DSC_0317_816_813秋めく2

tsunesawa at 16:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年09月09日

さゞなみ

  さゞなみをたゝみて水の澄みにけり       久保田万太郎


秋の海1


幾重にもさざなみが寄せている。たたみかけるように小波が寄せることによって濁りは消える。足もとまできた水の、何とも美しく澄んでいたことよ。きらきらと光りながら小波が引いてゆくさまを、じっと見つめる作者の心は、きっと去っていった夏の海といま目の前に広がる秋の海の両方に注がれている。「たたみて」が、まるで作者の静かな動作のように感じられる。水澄むが秋の季語。「ゞ、ゝ」が、小波を感じさせて見事。

                 ***


うまく眠りに落ちることができずに、ここのところずっと翌日にひどい寝不足な感じを持ちこんでいる。夜中の1時2時に目が覚めて、やたらと意識がはっきりし、したがって気分まで活性化してしまう。で、そのまま朝まで目覚めている事が多く、どうにも気持ちが悪い。喉元がさっぱりしない。抗鬱剤を増量したせいとしか思えない。

抗鬱剤といっても、別に鬱に陥ってるわけではない。うつ病という診断を受けたこともない。かつて抗鬱剤のアモキサンが強度の痺れ痛みを抑えてくれたから服用してるのだが、そもそもなぜ使おうとしたかはわからない。ペインクリニックのドクターがこの薬が痺れに効くという症例をみつけて、僕の痺れに対処しようとしたものなのか、痺れのきつさを訴える僕を鬱であるに違いないとして処方したものなのか、そこは定かでない。

あるいはただ僕は、「鬱ではない」という診断を受けてないだけなのかもしれない。確かに、当時の自分が置かれた情況を考えれば、鬱じゃなかったと言いはるつもりはない。そんなことはどうでもよかった。どうであろうが、要は痺れに効きさえすればよかったのである。そして、今回は痺れのきつさに合わせてこれを倍量に増やしてみた。

しかし、どうやら無駄だった。痺れは相変わらずきつく、何より問題なのは眠れないというおまけまでついたことだ。脳は、どうやら痛くないよという波動を出すことに失敗して、目覚めよという指令を出してしまったらしい。それでもカプセルを一つだけ飲んでいるうちは、他の薬の副作用もあって、どんな時間でもすぐにぐっすり眠り込むことができた。だが、倍量に増えた薬はどうやら目覚めよ、目覚めよと意識に働きかけてしまうようだ。

やめよう。この試みは中止しよう。どうにもならない痛みというものはある。何でも薬で治せると思うほうがおかしいのだ。もともと痺れは治らないものとされてきた。そのとおりなのだろう、きついけれどそう覚悟すればいい。治らない痺れに加えて、眠れないという副作用が出てしまった以上、薬は前に戻す。アモキサンは朝夕一つ。

もともと、この痺れは1999年の脊髄手術の後遺症で、両脚が今後一切動かないものと、しかも両脚の付け根から脚先までの痺れは終生治らないものと決め付けられたものだ。その事実は十年以上たった今でも何も変わらない。これは現実なんだと苦しく認識し続けてきたことじゃないか。

痺れは治すものじゃなく、ごまかすもの。ごまかしきれない分は引き受けるしかない。


秋の海2秋の海3

tsunesawa at 10:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)