角さんのBLOG - Final Stage -

2012年10月(59歳)前立腺がん罹患を知り、2014年4月(61歳)離職。
ステージ:D2 (T4N0M1b) G.S.: 8 その5年に及ぶ治療の記録。
2016年6月
大腸がん
手術も。

昨年12月29日「角さん」が家族の見守る中、静かに息を引き取りました。 
角さん本人希望により、地元の病院での手厚い緩和ケアを受け、最期まで自宅で過ごすことができました。SulSup先生を始め「角さんブログ」を応援していただきました皆様、本当にありがとうございました。


ブログを更新しなくなってからの「角さん」の様子を書いていきたいと思います。
11月の初旬頃から、ブログに誤字脱字が出てきたり、一緒に住んでいないはずの娘のことを一緒に住んでいると言ったり、妄想が始まりました。この時は体も動かせ、食欲もありました。家を改装し、自分が最期まで住みやすく、快適に暮らせるようまだまだ模索していました。ゆっくりしていればいいのに、とこちらが思ってもブログを書いたり、家のことをするような角さんでした。 

12月に入ると、骨転移が進んでいるせいか、貧血が進んでいきました。(12月15日のSulSup先生のコメントに詳しく書いてあります。)貧血が進むと、食欲がなくなり、意欲も失われていきます。 緩和ケアの先生から輸血を勧められ、次の日程で輸血をすることになりました。 

1クール目(12月2日、4日、5日 )
2クール目(12月16日、19日、21日)以前ブログで15日輸血と書いてありましたが、16日の間違いです。

12月2日、初めての輸血の後、すごく体調が良くなりました。電話の声も張りがあり、それはそれは喜んでいました。食欲も湧いてきたようで、それまで朝晩の2食(1食が人の半分)だったのが、3食食べられるまでになりました。そのまま4日、5日の輸血の後も体調は良いままでした。そこからまた徐々に、食欲がない元の状態に戻っていき、2クール目の輸血の日程が決まりました。

16日、19日は体調が悪く、なんとか病院に行って輸血ができましたが、21日は動けなくなり、自宅で輸血をすることになりました。そのまま動けなくなり、水分以外のものを受け付けなくなりました。意識はあり、話す時は小さな声で、ゆっくり話すようなりました。頭がはっきりしないのか、パソコンのパスワードも忘れてしまいました。22日からはヘルパーさんや看護師さんに入ってもらうことになりました。

28日までベッドの上の角さんと過ごしました。この日の朝はそれまでとは違いました。「まだ生きてる」と喜び、「昨日緩和ケアの先生にご家族に何か話したいことがあったら、話しておいてくださいって言われたけどまだ俺は死なないよ」と言えるほどでした。忘れていたパスワードも思い出し、今こうしてブログを書くこともできています。角さんから初めてお願い事をされました。後にも先にも、どれだけ考えてもお願い事をされたことはありませんでしたが、「死ぬまで一緒にいてほしい」と言われました。家族でゆっくり1日を過ごしました。

27日から痛み止めの飲み薬「オキノーム75mg」は30分おきに、痛み止めの坐薬「アンヒバ小児用200mg」4〜6時間ごとに1個、それに加え28、29日には「フェントステープ1咫廚1日1枚張り替え、痛みをコントロールしていました。





29日、安らかに息を引き取りました。角さんらしい最期でした。
 





このブログのタイトル、「Final Stage」ほ前立腺癌に罹患したことを知った角さんがつけたものではありません。高校の教師を早期退職した角さんが、第二の人生をどのように過ごしていくのかを記そうと思って付けたタイトルです。大好きな音楽や、Macのこと、英語や東北のこと、そのようなことを 記そうと思っていたと思いますが、前立腺癌のことを細かく、丁寧に取り組むことは、角さんの生きる大きな糧になっていたと思います。ブログで知り合った皆様に感謝いたします。森林公園でいただいたペチュニアの種が寒い中、庭で花を咲かせています。これからも「角さんブログ」が前立腺癌患者の方々やご家族のお役に立つことができれば幸いです。今は生前行きたいと言っていました小樽、三陸、金沢、山陰を自転車で旅していることと思います。


ありがとうございました。 

 さて、自分は前立腺がんの標準的な、薬剤をほぼ全部治療のために飲みました。その結果と様子は、余すところなくこのブログに書いてきました。
そういう意味で、このブログはなかなかない事例集でにもなっていると思いす。

 今度は、「骨転移」。ネットにたくさん居ますのっていますが、「骨転移」の一般的きな説明はあるのですが、「総論」的です 自分は、この「骨転移」についても、あくまで「自分ケース」とし書き続けることにしました。結構未知の領域です。自分は「骨転移」は始まっていると思います。ただ自分の場合は、病気が複合的なので、よく観察しなければなりません。

「骨転移」は一般的に、「骨が痛む」ことと考えられています。主なものは、 

(1)痛 み
 骨転移の部位に応じて,腰椎→腰痛,胸椎→背中の痛み,大腿骨→股関節や太ももの痛み,骨盤→腰骨のあたりの痛み,上腕骨→腕の痛み,などが現れます。 

(2)骨 折
 体重のかかる部分の骨が弱くなり,骨折する 

 しかし自分の場合は、ヘモグロビンだと思われるのです。
ヘモグロビンの現象を起こす他の要因が考えられないので、「骨転移」からくる赤血球の異常→ヘモグロビンの減少。
 今この線で考えています。この辺、詳しい人がおりましたら、ご教授ください。また、現在の治療は薬剤の他に、「輸血」です。今日も、午後から、予約しています。

shalorm 「緩和ケア 」に自分は、移行した。少なくてもその意識をもって取り組んでいる。 正確には移行していた。つまりがんセンターで治療を受けながら、病院の緩和ケア化にも通っていたのである。今度で10回になるかな?

 ・オキシコンチン10mg  朝 夕
 ・バイアスピリン100mg  朝
  (パリエット10mg 朝 
   (バイアスピリンのための胃薬) 

 ・ロキソニン60mg  朝・昼・夕

 ・オキシコンチン10mg  朝 夕
 ・バイアスピリン100mg  朝
  (パリエット10mg 朝 (バイアスピリンのための胃薬) 
 ・ロキソニン60mg  朝・昼・夕

 今自分には、疼痛はない。でも主治医と相談してこの前の診察で、この2ヶ月、いろいろなことでできなかったので、むしろ、疼痛が出るはずがないところに、痛みを感じている。とりあえず自分のための薬を決め期間を小刻みに決めた。(肺血栓塞栓症の薬は無視。)

 一時、ひどく落ち込んで、何もしなくなり、車いすなども、借りたが、少し元気が出てきたので、杖などを使って歩く練習をしようなどと、大それたことも考えている。体が痛くなければそれなりにできる。ブログもそれなりに書こうと思う。前向きの気持ち!がんのいつにあってもたいへん大切なことだ。

 今さなざまなことがあって、がん性疼痛への対処が一番大事なことなのだが、高血栓薬のこともあり、いろいろ錯綜して整理できていない。その他のことと合間って不安になってくる。
PB272652
・肺血栓塞栓症の薬の問題や在宅酸素療法さらに車椅子を
 レンタルするための
・ソーシャルワーカー・ケアマネジャーさんと打ち合わせ
 がやっとできた。
・今のところ、前立腺からの痛みはないが、朝起きるとき
 の不快感。
・強烈な食欲不振。
・体全体のだるさ・倦怠感。
・今飲んでいる疼痛の薬- オキシコンチン10m (朝・夕)
             オキノーム(朝・夕)

ここはからは薬に関してちゃんと、どういうものがあるか抑えておきたい。
medi
*がん疼痛治療マニュアル -- 
https://www2.khsc.or.jp/gan_center/pdf/gansei_tufutiryo.pdfより

 9月13日 肺血栓塞栓症 9月29日(退院)wheelchair
◆9月29日在宅酸素療法 
 10月03日さいたまがんセンター治療をやめる
ぁー岼愡劼鬟譽鵐織襪垢襪燭瓩僚猗
ァ11月10日 S病院緩和ケア外来 
Α.宗璽轡礇襯錙璽ー・ケアマネジャーさんと会う
 Аー岼愡劼る 

 とてもつらいこと。
・在宅酸素療法をしているが、とても息苦しくつらい。休み休み動かないと、動けない。
・前立腺がんに関しては、無治療であるが、朝夕、痛み止めとしてオキシコンチン10mg1錠、血栓の薬として、エリキュース1錠。特に強烈な痛みはない。

 また気ずいたこととして、デカドロンを止めようとしていたのだが、緩和ケア科の先生に、今まで長い間飲んできた薬を、続けることも考えてもいいいことではなかと、言われ、朝1錠飲み始めた。麻薬系より効いている気がする。 

 10月24日の今日、妻の誕生日でもあるのですが、前立腺がんステージDの罹患を知ってから5年生存を果たすことができました。この間、前立腺がんそれ自体それよりも、それ以外にいろんな病気が次々に出現する、まさに茨の道でした。
 2015年8月 1回目肝転移RFAによる手術
 2016年4月 1回目肺血栓塞栓症治療
 2016年4月 2回目肝転移RFAによる手術
 2016年6月 大腸がん治癒手術
       ストーマ造設
 2017年9月 2回目肺血栓塞栓症治療 

 (応援してくれ見守っていただいた皆様、ありがとうございます。妻にも感謝です。さらにSulSup先生、おたがい存じ上げているわけではないけど、SulSupという変な医者と、角さんという一介の患者がいて、前立腺がん病気のことをあれこれやり取りしているなんて、「粋」じゃないですか。)

 ストーマ造設によて、「身体障害者」になり、2回目肺血栓塞栓症治療によって「在宅酸素療養」が必要になりました。
 でも、日常生活の動作は、「ストーマと酸素」によって、制限は受けますが、車にも乗れるし、ゆっくりとですが歩くこともできるし、庭いじりなどもできます。
 10月3日に、埼玉県立がんセンターに行って、診察、検査などを、全てキャンセルしてきましたが、実際にはあそこまでが、1巡目の5年生存を達成した時だと思っています。前立腺がんのあらゆる治療をやめ、緩和ケアだけで、肺血栓塞栓症の経過を見ながら、今度は2巡目の5年生存を「安らぎと平穏の中で自然に過ごし」たいと思っています。
 参考に、これまで5年の自分の前立腺がんの記録です。最後の診察の日は、これの一番最後の記録ですが(記していませんが)、PSA:2394.355    ALP:270でした。でも自分には、PSAとかALPをもう気にしてもしようがないので、これから始まるのが新しい生き方なんだと、変な達成感に包まれて妙に納得しています
(グラフをクリックする! 標準治療のまとめです。参考にできれば、してください)
Drug-treatmentAug2017_5

 
  

Thrombosis2 2度も、肺血栓塞栓症になってしまいましたので、前立腺がんの薬剤の「添付文書」を調べ副作用に「血栓症」「血栓塞栓症」の記載があるかどうか調べました。結果は、右の表です。添付文書に書いてある通りに載せてあります。

 簡単にまとめると、「抗アンドロゲン剤」と「骨関連薬」には、記載はありませんでしたが、他の薬剤の添付文書には、パーセンテージは低いもののすべて 「血栓症」「血栓塞栓症」の記載がありました。とはいうもののリュープリンやゴナックスとCAB(MAB)療法するので、「血栓症」のある薬剤は回避できないということになります。

 自分は、「女性ホルモン薬」のエストラサイトやプロセキソール は徹底的にマークして、抗凝固剤を併用しましたが、それ以外の薬剤も「血栓症」の副作用があったのですね。

 イクスタンジそのものには「血栓」の副作用の記述はありませんが、よく併用するデカドロンには「血栓」の副作用の記述があります。同じことはザイティガとプレドニンにも言えることです。
 またなんと、「抗がん剤」にも 「血栓」の副作用の記述があるから驚きです。自分はCRPC(去勢抵抗性前立腺がん)になってから、「抗アンドロゲン剤」のイクスタンジの後、ずっと「血栓」の副作用のある薬を続けていたことになります。それが原因なのかわかりませんが、その間に2度も、肺血栓塞栓症になってしまいました。

 着圧(弾圧)のソックスをはいたり、ふくらはぎのマーサージをしたり、ウォーキングをしたり、下肢に血栓ができてないかエコー検査をしたりもしましたが、このような結果です。
 よく看護師さんなどが言っているように、「がんの治療のための薬剤は、血栓を作りやすいのよ。」というのは、あながち間違っていないかもしれません。
 むやみに恐れる必要はないと思いますが、「肺血栓塞栓症」について、心配な方は、いろいろ確度の高いサイトもありますので調べてみてください。 結構危ない病気です。

CancerCenter1 携帯用酸素ボンベを使えば、まだ自分の足で歩けるので、本日(10月3日)埼玉がんセンターに診察のため妻と一緒に行ってきました。
 これで最後の診察にしようと決心して行きました。 というのは、前立腺がんも気になるものの、今回の肺血栓塞栓症は同じくらい予後が見通せないものだからです。前立腺がんと肺血栓塞栓症を含めて、今後は、緩和ケアだけで行こうと思っています。

 診察室へ入って、KY先生と話し始めた時の言葉が、強烈でした。(でもこれは自分も感じていたことです。)
 自 分: 肺血栓塞栓症で、入院していました。
 KY先生:(埼玉県立循環器・呼吸器病センターの資料や画像データを渡していたので、
      それをご覧になって。また自分を上から下まで見て、)
      よく生きていたという感じです。
 自 分: こうなった以上、前立腺がんの治療はGive Upです。先生がこの間おっしゃったよう
      に、緩和ケアに通いながら、「自然に過ごすこと」を大事に考えたいと思います。
 KY先生:  女性ホルモンに限らず、前立腺がんの薬物は、血栓を作るものが多いんだよね。
 
 この後、デカドロンの服薬のやめ方(デカドロンは急にはやめられないのです)を教わり、2年4ヶ月、前立腺がんが難しい局面になった時から転院してきて、お世話になったことにお礼を言い、転勤されたF先生も含め、自分の治療に関するわがままをよく聞いていただき、最善を尽くしてもらったことに感謝を述べました。
 
 KY先生は、2〜3回前の診察から「ここまできたら、もう加療はいいんじゃないの。」というようなオーラを出されていましたので、今回の自分が到達した境地を待っていたというか、穏やかに受け入れてくれて、聞き入ってくれた感じがしました。
 自分もそのKY先生の醸し出す雰囲気に、重大なことなのにごく自然に自分の心境を淡々と語ることができました。とてもサバサバした、小気味のいい診察でした。

 診察室を出た後、改めて今回の肺血栓塞栓症で命を落とさず、命を繋いだことが奇跡に近いことであったのだと、再認識しました。
 一回生き切って、またもらった命。なんに使ってもいいようなご褒美のような
 PSA:2394.355    ALP:270 でしたが、もうそういうのは、横に置いて生きようと思っています。(いい子は真似しないでください。)
P.S.
このようになっても、今後も前立腺がんについて、このブログで書き続けたいと思っております。 よろしくお願いします。

 みなさん、大変ご心配をおかけしました。なんとか持ちこたえ生還できました。またたくさんの励ましのコメントありがとうございました。

 9月13日、息苦しさが襲い、通院しているS病院に駆け込みました。自分の様子を見た当直医は、「肺血栓塞栓症」の疑いと判断。 
  すぐ救急車を呼んでくれました、が、受け入れてくれる病院が、すぐに決まらず迷っていると、妻の機転で、かつて義理の父がお世話になった「埼玉県立循環器・呼吸器病センター」を指名してみました。病院に連絡を取り、受け入りが決まりました。
 「埼玉県立循環器・呼吸器病センター」に着くと、すぐCTやレントゲンやエコーによる検査。それらを見て主治医は、「この五日がやまです。」そして、妻と一緒に説明を受けました。
aparatus「心臓に16mlくらいの血栓がひらひらしています。この血栓がちぎれて、肺を塞ぐと死に至ります。血栓を溶かす治療に入りますが、元のようにに動ける確率は20%です。
 さらに「もし植物人間状態や人工呼吸器などの機器をつけても生きるという状態になったら、延命の処置をどうするか」聞かれたので、それは望まない旨伝えました。

 このあと集中治療室で、いろんな機器のコードや尿道カテーテルや点滴につながれ、13日から19日まで絶対安静・絶食で過ごしました。主治医も楽観的なことは決して言わず、16、17日には、自分も、心理的に本当にきつい状態になり、自分はもうこのまま死ぬのではないかと、無念な気持ちがふつふつと湧いてきました。「切迫した死の感覚」というものはどういうものか、よくわかりました。

 台風が過ぎ去った頃(18日?)だったでしょうか、体の何かが変わったような気がしました。そしてそして食事もおかゆがだされるようになり、さらに21日からは一般病棟に移りました。快方に向かっている感じがしました。 それから今日まで、ずっと一般病棟で、安静状態で過ごしました。そして今日退院の運びとなりました。

HOT が、ふくらはぎのところににも血栓はあるし、新しくできた骨盤内腫瘤もおそらく血栓の原因になっているし、何と言っても決定的なのは「肺(血流)シンチグラフィー」の結果でした。ここ何ヶ月でできたものではない古い血栓もたくさん見つかったのです。こちらも前立腺がんに負けず劣らず予後があなどれないということです。そして「在宅酸素療法」の対象者ということになりました。
 以上、今回の肺血栓塞栓症の経過です。

 一方前立腺がんはどうするのか、今回のファクターもふくめて、考え直したいと思っています。
 今日のところは、おやすみなさい。
P.S.
 コメントではいろんなことがあったようですが、一旦リセットして気持ちよく投稿してください。

  S病院緩和ケア科8回目の外来。
pelvis2 関節痛は緩和してきましたが、他の部位が痛くなってきました、明らかに骨転移の疼痛です。主治医にっ触診してもらうと、「仙腸関節(左)」の痛みだということです、確かに骨シンチの画像をレトロスペクティブに見ても、直近のを見ても骨盤の左側は、前も後ろも集積が強い部位です。そのほかにも胸骨の一部、ここは、BONENAVIで見ても特にHs(ホットスポット)は見当たらないのですが。
 S病院緩和ケア科では、看護師さんが前もって聞き取りを行い、その情報を主治医が整理した上で診察となります。とても丁寧です。がんセンターでのCTや骨シンチのデータ、自分が作成した、各種のデータやグラフなどをいつも持ち込みます。画像もちゃんと見てくれ、先生なりの見解を言っていただきます。いつも30分ぐらいの診察です。今日はたくさんの薬が処方されました。「オキシコンチン5mg」「オキノーム5mg」「ロキソニン60mg」「リリカ75mg」あとは付随した、胃薬とか、便秘薬です。これを服薬して、自分の痛みがどうなるか観察したいと思います。
 
 今日は思いもよらないことがありました。なんと患者の誕生日月の診察では、緩和ケア科のスタッフが診察が終わると、診察室にみんな集まり、簡単な誕生会をやってくださるのです。皆さんで「Happy birthday to you ♪、、、」を歌い祝ってくれて、、スタッフ皆さんで書いた寄せ書きをいただき、主治医を含めて皆さんとともに集合写真を撮りました。
 もうこれ自体が、緩和ケアになっています。自分は涙しました。この病院の緩和ケアの質の高さを実感しました。
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yosegako

 今日は、泌尿器科の定期検診。  PSA:641.859      ALP:203
 ALPはかなりいい位の値だと思いますが、PSAは「もう、どうにも止まらない ♪」です。1月からの推移です。
PSA9_5
  今日は大事な日なので、妻と一緒に診察を受けました。
まず自分の方は、
‖面楔気如▲┘好肇薀汽ぅ箸鬚願いしました。肺血栓塞栓症の既往症があるので、毎日1カプセル、バイアスピリンと併用するように言われました。デカドロンは、急に止めることはできないのでとりあえず、毎日1錠のみつづけてくださとのことです。

骨盤内にできた、内部壊死をともなった、軟部濃度結節骨盤内腫瘤:転移ということです。様子を見るしかないとのこと。直近の大きさは、3.9cm×3.4cm=うずらの卵大だとわかりました。
 また、膀胱からちょっと離れた上、骨転移が一番ひどい左骨盤の内側の筋肉のすぐそばです。主治医は、これ以上大きくなっても手術等は考えていない、いうことです。

次の骨シンチとCTの予約を10月にとっていただきました。ゾメタはやらないということです。

ここで、すかさず妻の質問、
Qes:エストラサイトを服用するにあたり、 抗血小板薬(バイアスピリン)を服薬するのですが、
     日常生活の中で気をつけることはありますか。
Ans:ありません。
Qes:この先、治療の「手立て」はありますか、あれば教えてください。
Ans:(微笑んで、う〜んと考えてらっしゃいました。)自然に過ごすことかな。
  (カバジタキセルなどまだ使える薬剤はのこっているのに、それをスルーして「自然に過ごす」
   とおっしゃったことは、自分の今後の治療の方向性を示唆する、さりげなくも重大ななこと
   だとと思いました。)
 そして、結論的には、がんセンターの泌尿器科の定期検診・消化器外科の大腸癌の術後観察はできるだけ受診し、モニタリングは続けるが、処置は何もしないので重心を 、S病院緩和ケアに徐々に置いていこうと思っています。

 患者の家族Kさんという方から、2017年08月31日にに関するコメントがありました。(「2017年08月31日 5年生存を前にして --- 今後の病状の見通しを考える」のコメント1です)
42 自分も少し気になっていましたので、まずは確実な情報である「オプジーボの添付文書」を見てみました。添付文書は改定されていて、「用法・容量」の欄に「再発又は遠隔転移を有する頭頸部癌」というのが追加されていました。
events-10062-m また、参考までに、「オプジーボを使用される方へ非小細胞肺がんと がん免疫療法について」と題した冊子が小野薬品から出ています。そこにはオプジーボの特性:「がん免疫療法とは」と題して6P〜13Pまで、非常にわかりやすい説明が載っています。

 患者の家族Kさんはオプジーボに大変期待される内容の投稿をされていたのですが、この点について、日本の現場ではどうなっているのか、SulSup先生に聞いてみました。
 コメントが返ってきました。このコメントは、前立腺がん特にCRPC(去勢抵抗性前立腺がん)の患者にとって、とても重要であると思えましたので、転載いたします。 
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SulSup 2017年09月01日 08:26

 残念ながら、前立腺癌、CRPCに対してオプジーボは保険適応ではありません。 つまり、オプジーボは使用することはできません。
 もし、使用するとなると、オプジーボ使用期間は検査料も含めてすべて自費(検査代も含めて1ヶ月200万円くらい)になるでしょう。

 なぜ保険適応ではないのか、オプジーボを含めた免疫チェックポイント阻害剤というものは、前立腺癌に対する有効性はあまり期待できないからです。 免疫チェックポイント阻害剤は、遺伝子の変異(異常)の多い癌に比較的有効とされています。 CRPCはもちろん通常の前立腺癌よりも遺伝子変異が多いとは思いますが、泌尿器科領域での膀胱癌や腎癌よりも変異が少ないと言われています。

 ですから、残念ながら、今後もなかなかそれらの系統の薬剤は前立腺癌では厳しいと思います。 CRPCに対する免疫療法の一つであるワクチン療法の臨床試験が日本でもありましたが、この結果が公表されるのはまだ少し先ではないかと思います。
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