角さんのBLOG - Final Stage -

2012年10月(59歳)前立腺がん罹患を知り、2014年4月(61歳)離職。
ステージ:D2 (T4N0M1b) G.S.: 8 その5年に及ぶ治療の記録。
2016年6月
大腸がん
手術も。

 3月22日、大腸がん手術後の経過観察のためNTT 東日本 関東病院に行ってきました。外科の主治医のK先生の診察を受けるためです。
   大腸がんマーカー CEA : 3.3      (5.0ng/ml以下)
            CA19-9 : 11  (37U/ml以下)
ということで、CT画像と合わせて、術後の経過は良く、心配ないとのことでした。また。ストーマを観察していただき、問題は何もないと言っていただきました。K先生は、自分の子供くらいのお歳ですが、昨年6月、二度にわたる大手術をしていただき、その後も外来の診察で大変お世話になりました。とても信頼のできる、うでききの外科医だと思っています。今、生きていられるのはそんなK先生のおかげでもあります。
 が、K先生は、4月から東大病院の方に転勤になります。そういうことで残念ながら、K先生の診察もそうですが、NTT 東日本 関東病院に外来で通うのもこれで一旦終了となりました。ちょっとなごりおしいですが仕方ありません。
NTThospital waitingroom
 先生の方からは、がんセンターの自分の主治医に宛てた手紙を、書いていただきました。がんセンターでやってほしいことを、書いてあるようです。
 最後の診察ということで、自分の方からお願いし、肝臓の転移の画像と前立腺そのものの画像を見せていただきました。
meat prostate
 肝転移は、RFAで施術しましたが、再発や新しい転移がんは見られないとのこと。また、前立腺は、収縮しているとおっしゃっていました。外科の先生ですので、「収縮している」ということがどんな意味を持つのかは、聞けませんでした。来月がんセンターで泌尿器科の主治医に聞いてみようと思っています。

 診察室を出る前に、こみ上げてくるものがありましたが、とにかく何度もありがとうございました、を言い、「先生! 立派な外科医になってください!お世話になりました」と言って後にしました。

 本日は、春のお彼岸の中日。お墓まいりに行ってきました。お墓は、埼玉県ときがわ町の霊山院という臨済宗のお寺にあります。坂東三十三所観音霊場第九番札所 慈光寺をさらに登った山の上にあります。
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 車でくねくねした急な山道を登るのですが、よく整備されて気持ちがいいです。そんな山の谷間の一つに何という木かわからなのですが、濃いピンク、薄いピンクの花が咲いているのを見つけて見晴台からパチリ。 そしてさらに登っていくとお寺が見えてきます。
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 妻とゆっくりと掃除をし、墓石に水かけをし、花をお供えし、線香をあげて、静寂の中で深く礼拝しました。義理の父と母がこの墓に眠っています。
 昨年の秋の彼岸には、何かの事情で墓まいりに来れなかったのですが、お寺側の配慮で、小綺麗に整備されています。

 日の当たる高台に、お墓が建てられているので、春の穏やかな陽光を浴びるとても気持ちの良い環境です。
 周りのお墓にも、花が手向けられていて、皆さん、きちっとなされているなと、感じます。

 お寺の建物と山門です。奥に、結構広い坐禅堂があります。山門の左側には、黒板があり、宮澤賢治の「羅須地人協会」の「下ノ畑ニ居リマス」のように、そこに「三月の言葉」が書いてありました。
  ------「三月の言葉」「言葉をもって 教うるよりは 実行をもって 示せ」------
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 本日、ゾーフィゴ2回目投与のためがんセンターへ行きました。
    PSA : 91.814    ALP : 154    白血球数 : 3280 
 (下のグラフをクリックすると、別画面でもう少し大きい見やすいグラフがご覧になれます。
  また、4年5ヶ月に渡る薬物療法とPSAの記録はこちらです。)
Zofigo
 骨髄抑制は、それなりにきているなといった感じです。また副作用については、「2017年02月22日 ゾーフィゴの副作用 --- 悪心・食欲減退・下痢など」に書きましたので、ご覧ください。
 
  ゾーフィゴの治療では、何もしないとPSAが上昇すると言われていたので、自分は主治医にイクスタンジをお願いしました。主治医はなんとプラスして、デカドロンもと言ってくれました。
 
 1月16日から、薬の標準的な投薬・イクスタンジ4カプセル+デカドロン2錠を続けたのですけれど、「息切れ」が普段と違うと感じ、この服薬の副作用もありうるかもと思い、2月6日より休薬しました。2月9日から、強烈な「息切れ」で、原因は何か、別の病院を訪れ診断してもらった経緯は、これまで書いた通りです。

 2月23日から「息切れ」がちょっと弱くなったと感じたので、服薬を開始しましたが、「息切れ」と「メタボ」の両方を考慮して、SulSup先生の助言もあり試行錯誤の結果、イクスタンジ2カプセル+デカドロン1錠にすることにして、それを続けています。本日、主治医にその服薬方法をお話ししたら、それで良いのでは、ということでした。

 PSAが グラフのように 76.7→ 99.4 (ちょと急に上がった)→ 91.8 ですので、経過的にも自分は納得です。というのは、1年間抗がん剤治療をしてきたので、ひょっとしたらアンドロゲン依存性のがん細胞が、少しずつではあるけど増えているのでは?と思ったからです。転移した肝臓や骨は、増悪していないのにPSAが上昇しているので、その原因が、そういうことではないかな?と、思ったわけです。でも1回だけではわかりませんので、次の血液検査に向けて、きちっと服薬して結果を見たいと思います。

 パン工房ブロンジェリー”風の杜”については、以前に書かせていただきましたが、その後リフォームをされ、とっても居心地のいい、癒しの空間になりました。
kazenomori inside
 日曜日と水曜日に行って、自然酵母のパンを買い求めます。今日は、妻と二人で行って、リフォームしたばかりのカフェでずっと音楽を聴きながら、ルイボス茶?を飲んで過ごしていました。
 お店の入り口のところに、ミモザの木があり、今鮮やかな黄色の花をつけています。何本か枝が欲しいと所望したところ、快く切っていただき、奥様にはミモザのリースまでいただきました。
_mimosa wreath
 昨年の9月から、懇意にしていただいて、カフェの中で半ば勝手に過ごさせていただいています。ご主人は、会津出身。パン作りへのこだわりは、半端ではありません。自分も東北人なので、気があうのか話がいろいろ。また音楽特にフランスのDjango Reinhardt(ジャンゴ・ラインハルト) とか Stephane Grappelli(シュテファン・グラッペリ) が好きだとか、自分も音楽はジャンルにこだわらず好きなので、さらに話がいろいろ。

 奥様には、いろいろなオーガニック素材のお店や有機野菜の売っているところなどを教わったりします。またがんに関する本などを紹介されたりします。先週、奥様は、杉浦貴之さんの「命はそんなにやわじゃない」という本を貸してくださいました。自分が、がんであることはご両人に話してあるので、とても気遣っていただいています。

  杉浦貴之さんの本で一番気に入った言葉、「がんは愛に弱い」をもじって、「がんは癒しにも弱い」というような気持ちで、このカフェでのひと時を満喫しています。

 2月9日から本当にひどい「息切れ」の症状が出て、立って歩くことさえやっとの状態になりました。昨年4月肺血栓塞栓症で11日間入院しましたので、まずその病気が頭をよぎりました。その診断の顛末は、「2017年03月01日 息切れの顛末 ---- ひょっとしたら原因は、、、」に書きましたので省略です。

 考えてみれば、4年5ヶ月も、ホルモン剤や抗がん剤の治療を続けてきたので、基本的にメタボになりやすい体質になっていたと思います。事実、顔なども「がん顔」というのでしょうか、丸くふっくらしてきます。食事などには気をつけていたのですが、息切れになる前は、手術の傷も癒え、胃腸の調子も良くなり知らず知らず特に昼食が、炭水化物の多い食事になっていたと思います。スパゲッティ・ラーメン・うどん・焼きそばなど。

 体重は、95.5kgまで増えました。確かにこの時点で、ひどい息切れになったと思います。そこで2月16日より、ダイエットを開始。タイミングよくと言ったらいいのか、災い転じて福と言ったらいいのか、ゾーフィゴの副作用である「悪心=ムカムカする」も一役かってくれて、あまり食が進まなくなりました。ですので腹八分目どころか、五分目ぐらいでもOKでした。

 朝食は、例の自然酵母で作った食パン8枚切りの1枚で、サンドウィッチにしたり、単に手作りの柚子ジャムをぬって、牛乳1杯を飲んで済ませます。そしてちょと間をおいて4年以上続けてきた、りんごにんじんジュースを飲みます。
 昼食は、自分で軽いものを作ったりもしますが、外食の場合ご飯を2/3にしてもらうようにしています。
 夕食は、ほとんど朝食と同ようにサンドウィッチにして、サラダをプラス。あるいは小さなおにぎり二つに、漬物、しじみやワカメの味噌汁にしています。

 このダイエットと毎日着圧ソックスを履くことと毎日体重計で測ることで、3週間で6kg体重が減りました。今日の体重は、89.4kgです。ここから減らすのが、難しくなるところですが、美味しい蕎麦をたくさんいただいたので、昼食は蕎麦を多くし、暖かくなってきたので、風のない日には軽くWalking などをしようと思います。
 目標は、元の通常の体重86.5kg(身長が183.5cm、骨太なので)です。あと3kg!。

Palliative 緩和ケアに関しては、さまざまな考えがあると思いますが、自分はもう近隣の中規模のS病院の緩和ケア科で、今は月に一回、外来で診察していただいております。この診察は、今後のライフ・プランに関わることなので必ず妻も同伴してくれています。
 がんセンターでの現在の治療=ゾーフィゴが6回 が終わったら、軸足はこちらの病院に移すつもりです。つまり「標準治療」が終わりをむかえつつあるので、ちょっと早いですが「緩和ケア・対症療法」へという道筋です。

shalorm その流れをスムーズにするために、まだQOLが良いうちに、緩和ケア科を受診し、担当の先生と、コミニュケーションをとっておくことはとても大事なことだと考えました。がんセンターの主治医にも納得の上、紹介状を書いていただきました。直近のCT・骨シンチのデータやこれまでの4年を超える薬物治療の資料などもすでに渡してあります。

 緩和ケア科のK先生とは、二回目なのでだいぶうち解けてきました。K先生はホスピスに関わって13年と言ってらっしゃいました。
「骨転移があるのですが、集積部位が大きいと痛みがひどいのですか?」とか、「がん細胞をいままで薬物で、いじめてきたので、倍返しされるのですか?」とか 、そんなことはないのですが少し冗談めいたことも話しに出せるようになり、K先生にも笑いがこぼれるようになりました。一番いいのは、診察時間を長く取ってもらえ、いろいろ話せることです。ですのでなんでも話せるような良い関係を作ること、そういう努力をしたいと思います。
 今のところは、この一ヶ月で変わったことがあるかや痛みなどがある かなどの問診を受け、その後触診を受けます。
 4月からの病院通いは、月一回のがんセンター泌尿器科診察とこのS病院の緩和ケア科診察に集約し、穏やかに過ごしたいと思っております。 

 2月9日(木)から、強烈な息切れに襲われました。寝ているとき・座っているときはいいのですが、立ち上がるだけで息切れ。一歩踏み出すだけで息切れ。そんな状態が続きましたが、今はおさまりつつあります。思い出せる限りの経過を表にしてみました。
shortness
 昨年の12月19日が抗がん剤ドセタキセルの最後の投与となりました。そして、今年1月16日、ゾーフィゴ投与までの1か月間、イクスタンジとデカドロンを処方していただきました。2月から何らかの予兆はあったと思うのですが、今思えば2月の5日辺りから、弱い「息切れ」を感じ出したと思います。2月14日以降の一週間は、ゾーフィゴの副作用と相まって本当に苦しい日々でした。

 がんセンターで撮ったCT画像(1/31撮影)をめぐって、三つの病院で「肺血栓塞栓症」の有無の診断が二転三転しました。が、北里大学メディカルセンターのS先生の診断を信じることにしました。間質性肺炎前立腺がんの肺転移の可能性は一度も言われませんでした。ヘモグロビンの値も、この症状を引き起こすほど低くはありませんでした。
 ですので、自分的には、1月16日からのイクスタンジ4錠とデカドロン0.5mg2錠の併用の副作用で、デカドロンに原因があるのではないかと推測したのです。というのは
  ドセタキセルとの併用では、1年間飲み続けても息切れはなかった。
  2014年6月〜15年1月までイクスタンジ4錠の単独服用では、息切れはなかった。

追記:3月2日
   SulSup先生より重要なコメントをいただきましたのでそのまま書き添えます。
 以前にも書きましたがドセタキセルによって体質が変わって、イクスタンジ4カプセルによる副作用が出ていると推測しています。デカドロンは関係ないと思います。

 2月14日、1回目のゾーフィゴの投与をしました。副作用が次の日から発現しこの9日間、QOLが下がっています。抗がん剤ドセタキセルの二週ごと半量投与では、1年間続けましたが、QOLを下げるほどの副作用を感じませんでした。(抗がん剤治療にシフトして1週間目 --- まずは順調!

xofigo ですが、ゾーフィゴの場合は、初回ということもあるのでしょうか、かなり副作用に、悩まされています。 「骨髄抑制」も重大な副作用の一つですが、自覚はないので次の診察の時に採血して、値を見てみないとわかりません。今感じているのは「嘔吐」を除く上図のような副作用と時折ピリっとくる尾骶骨の痛みです。

 特に悪心・食欲減退・下痢はかなり顕著です。
 絶えずムカムカ感があり匂いにも敏感になっているので、 普通の日本食は食べられず、例の自然酵母のパン+レタス+ハム+卵焼き等でサンドイッチにして食べ、バナナ・ヨーグルト・フルーツゼリー・牛乳・自家製りんごにんじんジュースなどを補います。1日2食です。
 塩化ラジウム223Ra 半減期は11.43日なので、2月24日から25日にかけて、少し緩和されるかもしれないので様子をみてみようと思っています。
 お父様が、先行してゾーフィゴを投与され、6回を終えられた「ひまわり」さんのコメントも参考になりますので、こちらもご覧ください。

 ここからは余談なのですが、自分は冬になってから、かなりメタボになってなっていました。それが「息切れ」の一因と診断されたので、悪心・食欲減退は、体重を減らすという意味ではプラスに作用しています。実際、毎日体重計にのって測っているのですが、この一週間でけっこう減りました。かなり変な、ダイエットになっています。

追記:2月27日 
 「半減期」と関係あるのかどうかわかりませんが、この2、3日だいぶ副作用が軽減されてきました。悪心・食欲減退・下痢のうち下痢はなくなりつつあります。悪心・食欲減退は少しだけ軽減された感じがしますが、食欲はわかず、体重は4.5kgも落ちました。(これはメタボになったので、今は望むところですが)

 ふと投与後心配になってきたのは、 「ゾーフィゴによる被曝?」が大きな副作用ではないのか、という点です。自分はこの辺についての詳しい知識は持ってませんが、常識的に考えてゾーフィゴは放射性医薬品=放射性物質ですから、塩化ラジウム223Ra が崩壊を繰り返し「娘核種」を作りながら体内にとどまるだけではなく、排泄物に混って体外・外界に遺棄されると思うのです。

 自分自身は、数え切れないほどのCT、骨シンチ 、X線撮影によって、相当程度の放射線を浴びてきたので、さらにゾーフィゴによって内部から放射線を浴びても、前立腺がんの末期患者ですから一向に構わないのですが、気になるのは排泄物です。そういうことについて書かれた学術的・科学的な文書・論文があったら、読みたいと思っています。
 が、今はなんともどうしていいか、わからない悩ましい問題です。考えすぎでしょうか。

access 朝方、ブログのアクセス数が100万回を超えました。
 始めたばかりの頃は、ただブログというものに興味を持って、たわいもないことを書いて、日記風に綴っていたと思います。日常起こったことや、自転車でポタリングしたこととか、趣味のこととか、こんな音楽がいいねとか。
 一変したのは、前立腺がんに罹患したのを知ってからです。ここから、自分のブログの内容は自分にとって「記録」になりました。それは、
2012年11月11日
わき腹の痛み → 予想もしなかった展開へ?! 
の記事からです。
 ここから、前立腺がんに対してどう向き合っているかを、書くようになりました。そして前立腺がんについての記述が、多くなるにつれ、経時的な記録として意識して書くようになっていきました。
 というのは、前立腺がんのステージDについて書いてあるリアルな情報がなかったからです。もちろん前立腺がんのステージDって、こうですよ、ああですよ、というような解説はいっぱいありますが、では自分の場合はどうすればいいのか、ということで、自分の経過と同時にそういう情報も集めブログに書き込むようになりました。

 きっと、自分と同じような患者さんは、多いはずだ、そういう人たちに、自分の場合を引き合いに出して書けば、「生きた」情報になるのではないか、と使命感にも似た何かに突き動かされて書き続けました。

 そんなに簡単ではない、しかも前立腺がんそれもステージDに特化した文章なのに、どんどんアクセス数は増えました。あぁ、こんなに同じような患者さんさんがいるんだと思いました。

「継続は力なり!」 コメントもいろんな方からいただくようになりました。そして、画期的なことに、現役の泌尿器科の医師の方からも。
 これらのコメントをまとめると、自分の前立腺がんについての記述にもまして、いろいろな実際の「事例集」といったものになってきています。(なので、まとめました、左のバナーをクリックすると、今までのすべてのコメントが見られます。)

 100万回は通過点に過ぎないので、自分が生きている限り、もうあまり「頑張らないで淡々と」 書き綴っていきたいと思います。今後もよろしくお願いいたします。

xofigo 本日(2月14日)、ゾーフィゴ投与のためがんセンターへ。
しかし、歩くと息切れがするので、移動は全て車椅子で、妻に押してもらいました。

  ゾーフィゴ投与の投与はいたって簡単でした。点滴ではなく静脈注射になります。
 でもラジウム223という放射性物質が入っているので、扱いはかなり厳密です。隔離された部屋で、注射を受け、その後規定に従って、メジャーで自分からの距離を測り、放射線を測る機器で測定するのです。その値がおそらく基準値以下ならOKとなり、部屋から出ていいということになるようです。

 そのようにしてゾーフィゴ投与は、あまり時間をかけずに終了し、1時間ちょっと待って泌尿器科の主治医の診察がありました。 主治医は、「息苦しさ」のことを3日前に電話をしたので知っていたので、CTの画像をよく見てくださっていて、「肺の細い動脈に塞栓症がある」と診断していただきました。3枚つまり3か所の塞栓症の画像を見せていただきました、太い気管支の分岐の動脈でなくてよかったと、内心思いました。
 がんセンターには、循環器科がないので、紹介状とCTの画像のCDデータを持って、また再び北里メディカルセンターに行くことになりました。とりあえずということで、主治医は「抗血小板剤」のバイアスピリン1週間分を処方してくれました。
 採血の値は、ゾーフィゴ投与のためのもので、今回はPSAの値はありません。
明日からはまた、肺血栓塞栓症をなんとかしなくてはいけないので、また病院通いです。

追記:2月15日
  がんセンターの主治医の紹介状とCTの画像のCDデータを持って、また再び北里メディカルセンターに行きました。
 CDをメディカルセンター の仕様に取り込む作業があるということでしたが、待ち時間がそれほど長くなく診察室に通されました。
 こちらの病院での、診断は、やはり「肺血栓塞栓症」はないとのこと。担当のS先生にはよれば、昨年入院して治療した「残骸」みたいなものはあるけれども、「肺血栓塞栓症」として治療を要する塞栓は全然見られないとのこと。昨年4月肺塞栓になった時の肺の画像と直近(1/31)の肺の画像を比較しながら、説明していただきました。
こういう時の患者って、何を信じていいのか本当にわからなくなりますね。

 S先生は、むしろメタボになっているので、食事は野菜と魚を多くし運動は弾圧ソックスをはいて20分くらい歩くと良いと強い調子で忠告されました。
 それはやろうと思っているし実際やっていたのですが、この一週間の座っている時と寝ている時はなんともないのに、立って動き出すと息切れがするという症状は、何なのだろうという疑問は払拭できませんでした。 でも、まず体重をできるだけこの1ヶ月間で落とそうと決意しました。

 本日、確定申告の「医療費控除」に向けて平成28年にかかった純粋な(交通費を含めない)医療費の計算が終わりました。非常に個人的なことですけれど、あえて書かせていただきます。(同時に「国民健康保険」について熟知しておきたいと思われる部分=「高額療養費制度」について、あわせて書いておきます。がんの患者さんにとっては、とても大切なことだと思いますので。) 
 平成28年の医療費  \1,302,580
 年金生活者にとって、相当厳しい額です。
 でも自分の場合は、52歳で早期退職する時に、それまでかけ続けてきた生命保険と医療保険をそれぞれ65歳と75歳まで延長しておいた方が良いと、保険の外交員さんにしつこく言われました。渋々、75歳までの保険金を退職金から、全額一括で支払いました。何もなければ捨て金になってしまうのですが、かなりの額だったと思います。
 しかし今、その外交員さんに本当に感謝しています。入院と手術の費用が、約款に応じてですが何度でも支給されるのです。今年は、肺血栓塞栓症やRFAや大腸癌で入院・手術が多かったので、ありがたさを切実に感じました。

 一方、「高額療養費制度」ですが。自分は、再々々就職した職場を離職してから3年経ち、かつ年金生活をしているので「国民健康保険」です。以外と知られてない面もあるのではないかと思い、自分が住んでいる自治体の「国保ガイドブック」の「医療費が高額になったとき」というページを掲載します。
(下記の図をクリックすると、もう少し大きい見やすい画面が、別画面で開きます。自分は63歳なので「70歳未満の人の場合」だけ掲載します。)
MedicalBills
 このページに書いてあることが、わかれば全然問題はありませんが、自分は最初「左の下」に書いてあることがわかりませんでした。
 病院や薬局で支払うときはもちろん「国民健康保険限度額認定証」を提示していますが、その他に「左の下」に書いてあるような支給があるのです。実際には自分が住んでいる自治体では、自分が申請しなくても自治体がやってくれて通知が来るようになっています。その通知と身分証明書と印鑑と領収書を持っていくと、支給が受けられます。これにも結構助けられました。
(共済組合の健康保険に入っていた時は、最終的に25000円以上の医療費はペイバックされますが、国保は、それに比べるとちょっと厳しいですね。)

 今日、起きがけから息切れがするので、2月8日 NTT 東日本 関東病院のK先生の「右肺に肺血栓塞栓症が見られる」という言葉がすごく気になり、まずがんセンターに他の病院で見てもらう旨の電話をしました。
 がんセンターの泌尿器科の看護師さんは、昨日も電話したのを知っていたので、心配なら早急に診てもらってくださいとのこと。
 すぐに、こんどは、昨年4月に肺血栓塞栓症で入院した北里大学メディカルセンターに電話して、現在の症状をいい、緊急なので紹介状はないがなんとか診てもらえないか、懇願しました。
 
 OKが出たので、すぐ妻と直行しました。看護師さんが待ち受けてくれていて、循環器科の診察を受けられることになりました。しかも運のいいことに、本日金曜日の診察は昨年入院した時お世話になったS先生でした。
 心臓の超音波検査と下肢静脈超音波検査とX線撮影を行いました。
 待つこと30分。診察室に通され、結果を説明していただきました。 X線画像を見ながらいろいろお話をしていただいたのですが、結論は、「肺血栓塞栓症ではありません。」ということです。深部静脈血栓もないし(データもいただきました)、X線画像から判断しても肺塞栓はないとのことです。では何が、息切れの原因か、そこまでは特定できないとのことでした。まぁ、ひとまず安心しました。

 足の血栓が流れ込んで肺血栓塞栓症になるリスクはないとの診断で、憂鬱だった心が軽くなったような気がします。でも息切れの症状はあるので、2月14日のがんセンターでの診察で、直近のCT画像をつぶさに見ていただき原因を究明してもらおうと思っています。

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