75e74f73.jpg今朝、主人から電話がありました。
とは、いえ、毎日の電話なので、
普通に話すのかと思いきや、
『訃報』でした。

ウイルハムさん。
ドイツ人の男性で、主人は息子のように
かわいがられていました。
年の差を気にしない友人のような関係でした。
年齢ははっきり知りませんが、
70歳は過ぎておられました。

数年前に鳥取へ移住し持ち別荘で夫婦水入らず
老後の生活をエンジョイされていましたが、
数日前から体調が悪かった様です。

神戸にいらっしゃった時は、
彼の自宅でBBQをしたり、
奥さんの手料理をご馳走してくださったり。

働き者で、定年を過ぎても10年近く
会社に貢献されていたと思います。

たまに、うちの主人を呼んで庭の手入れや
家のリフォームをされていましたが、
ドイツ人は几帳面でコンクリートを混ぜるのも
分量は量ったかのようにきっちりされている彼と
うちの主人のように逆の感覚の人間とでは
とうてい合いそうもないですよね。
最初は討論です。。。ごちゃごちゃ喧嘩に!
でもね、
ビールを片手に最終的には笑ってるんですよ。

そんな二人を微笑ましく見ていました。

皆さん、知っての通りユダヤ人とドイツ人の
間には見えない壁というか何かあります。

これは、口ではうまく説明出来ませんが、
客観的に見ても何かあるんだろうって思っています。
それは、人によって分厚かったり、薄かったり。
とても、繊細な内容なので文章化するのも
私の文章力ではおぼつかないので
書くのも控えますね。

でも、このウイルハムさんや奥さんからは
そんな感覚を一切受けなかったんです。
そう、最初から・・・。
逆に彼らは主人を快く受け入れてくれていました。

死を通じて改めて彼の事を思います。

バックグラウンドではなく、
地位ではなく、
宗教ではなく、
外見、年齢ではなく、
心で、魂で、
彼は主人の友人だったと思います。

もう直ぐ、
私の父の命日です。
私の父は死にましたが
いつも心にいます。

誰かが言っていました。
人は2度死ぬ・・・と。

一度目は肉体が。
二度目は記憶からなくなる時。

ウイルハムは2度死なない。
私や主人の記憶の中に生き続けるのです。

今日は飲めないビールを一口飲んでみます。
ウイルハムに乾杯の意味を込めて・・・。

ご冥福をお祈り致します。

死に直面すると
いつも思うこと。
予測していなかった死は受け入れるのに
時間がかかる・・・。