2009年01月
2009年01月31日
久し振りに外出
朝、微熱があったのですが、地中海の街アルムニェカールに食事にいくことにしました。本当はイカスミのパエージャが美味しいレストラン「ウルティマオーラ」にいきたかったのですが、オフシーズンは閉まっているので、海岸に面したお店にいくことにしました。いつものように魚介料理などを食べたのですが、そのことより、3週間も家でくすぶっていたら、季節が変わってしまったことに驚きました。まず、ちらほら咲き始めていたアーモンドの花があちこちで満開になっていたことです。家の梅の木も春を感じさせてくれましたが、山に咲くアーモンドの花はそれ以上でした。1月の末、まだ冬なのですが地中海地方の山は確実に春爛漫でした。やはり外出ができることはよいですね。Click:アーモンドの花はそれこそ一本一本、色合いがちがいます。真っ白から桃色まであります。かといって実付きは同じだし、味は同じようです。といっても苦くて食べられない自然木から、今流行のマルコーナ種までそれこそ色々あります。やはりよくみれば違うのかもしれませんが、私には区別がつけられません。
2009年01月30日
バンキー吸だま療法
皆さんはお聞きしたことがあるでしょうか?黒岩東五先生が開発した吸いだま療法、詳しくは健康医学社の発行している「真空浄血療法」をお読みになると解ると思いますが、要は経絡に沿ってガラス玉をあて、空気を抜くことにより刺激を与え治療をするのです。実は風邪を治すべく医者の処方に従って薬を飲んでいたのですが、なかなかよくなりません。そこで治療師として免許を持つアシスタントに手当てをお願いしています。ときどきお灸をしながら4日目ですが、すこぶる調子がよくなってきました。次の日に活力がみなぎってくるのです。西洋医学だけが治療でないことがよくわかってきた今日この頃です。Click:このところ急に日差しが強く感じてきました。日も長くなってきたし、大地にエネルギーを感じてきます。畑の右側に常緑樹がありますが、枇杷の樹です。木の葉をウオッカにつけて1年も経つと濃褐色の液体になり、火傷や切り傷なんでも使える万能薬になります。こんなことをしながら健康を保つべく努力しています。これもひとつの生き方なのでしょう。
2009年01月29日
春はきぬ
日本への帰国もとうとう二週間をきってしまいました。月日の経つのは本当に早いものです。もう2月、秋から冬を経てフェレイローラ村も春めいてきました、3ヶ月が過ぎてしまったのです。11月草刈をし、12月果樹の剪定を終え、1月には元肥をとおもっていましたが、風邪をひいてしまいできませんでした。他にバラとブドウの剪定が残っています。今回は色々と仕事を残して帰ることになりそうです。それに絵も思ったほど描けず残念でした。こんなに長い間風邪に苦しんだことは過去にありません、まあ、少し休めということと信じ、時々ベッドによこになり、外にはでないようにしています。まだ朝方、微熱が続いているのです、困ったもんです。Click:今年も春が訪れ、アーモンドや梅の花が咲き始めました。ようやく新しい年が始まった実感がします。自然は真実の時を刻みます。
2009年01月28日
モンゴウイカの姿フライ
スペインならではの食材にモンゴウイカがあります。日本でもみないわけでもありませんが、珍しい食材にはいるでしょう。南スペインでは馴染みのイカであり、よくフライにして食べます。でも美味しいのはフライアーで丸ごと半生に揚げ、フォークで切りながら食べるのが良い。でも、海岸地方でないとなかなかメニューにあがらないのが残念。これはフィノの産地チクラナのホテルの食堂で食べたときの一枚です。Click:シェリー酒とはヘレスの街で醸造されたものだけに決められています。他の産地ではフィノと呼ばれます。この海岸近くの街チクラナはフィノの産地、わざわざ醸造所を訪れたとき、たまたま入った食堂でメニューにあり頼みました。ちょっと小ぶりでしたが味は申し分ありませんでした。それに地元のフィノ、「チクラネーロ」ともよくあい、おいしゅうございました、すみません。
2009年01月27日
永川玲二氏を偲ぶ
まだアルカラデグアダイラに住んでいたころ、セビリアに住む梁山泊、永川先生の家に良く遊びにゆきました。70年代初頭の大学紛争のため、教師をやめ、イギリスを経てセビリアにきた英文学者でした。ジョイスのユリシーズ3巻を訳し、集英社より発刊し、しばらくして他界してしまいました。とてつもない無頼派、酒をこよなく愛し、生涯独身、テキヤ業をしていた私までも迎え入れ、トリアナにあった彼の家はいつも客人で溢れ、歴史を紀行し、国を憂い、気が付けば朝がきたこともしばしばでした。彼のおかげで本が出版され今があるのです。生涯を通して恩師と呼べる先生でした。セビリアを訪れたとき、なんとはなしに彼の住んでいた横丁を訪れました。Click:古いセビリアのなかでも昔ながらの横丁<callejon>があり、その奥に家がありました。大工仕事が大好きでいつも工事中、彼の作ったベッドに横になった瞬間壊れたことを思い出します。横丁はいつもその住人によって花が飾られて
2009年01月26日
2009年01月25日
2009年01月24日
とうとう村の診療所へ
体の調子がいまいちなので、ピトレス村の診療所にいってきました。当然ながらスペインの健康保険には入っていないので、あとで請求がきますが、日本よりは安いはずです。何番目かに先生にみてもらいましたが、まず驚いたのは私服のまま、聴診器をあてるのも立ったままでした。「問題はないようですね、喉のお薬を処方しましょう」ということで、水飴状の飲み薬を帰りに薬屋さんで買い一件落着、問題ないのならとマリッサのバルに寄りビールを2杯、でも夕方には7度6分の熱がありました。困ったもんです。そこで豚の三枚肉2キロの塊をかってきて焼き豚をつくることにしました。そのお話は明日します。Click:風邪ということでマスクをしながらの準備でした。
2009年01月23日
2009年01月22日
風邪をこじらせてしまいました。
スコットランド人のジョンがオルヒバの街にインド料理屋が開店したと教えてくれました。早速風邪ぎみだったのに食い気には勝てずいってきました。お客はだれひとりいなく、なんだか怪しげで、コーランの教えが額装してあったり、メッカの絵が飾ってあったり、パキスタンの地図があったり、まあ許されるのが美女の写真とともに、「you are wellcome]とポスターがはってあったことかな?要はパキスタン人によるインド料理屋だったのでした。おそろしかったのはこの寒さのなか暖房がいっさいなかったことでした。料理はまあまあ、寒い思いをして風邪がぶりかえし、熱がでて、再びベッドに逆戻り、またまたこんこんやっています。Click:なんとも悩ましいポスターの下でカレーをたべていましたが、本人はみることができませんでした。この写真をみて、こんな状況で食べていたことが後になって判明したのです。




