2014年08月

2014年08月31日

アンダルシア十景手彩色版画「カエル遊び」

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もう今は無きカフェバルでの賭け事遊びです。台の上に鋳物のカエルが口を開けていて、そこにお金が入ると入らずに貯まっていたお金がもらえるのです。単純な遊びなのですが、小さな村のカフェバルにはかならずありました。スペイン人の友人にこの遊びの名前を聞いたのですが「良く知っているな、いまでは見ないからね、カエル遊びといってたよ」と答えてくれました。今はどこでもスロットマシンが置かれています、時代は変わってゆきますね。
Click:2006年米国で上映され、フォックス映画社が制作費以上の金額で配給権を買い、売り上げはその十倍以上になった作品です。7歳の少女が地方のミスコンで優勝者が辞退したことにより選ばれ、本選のためアルバカーキからロスのレドンドビーチまでぼろ車で一家で向かうお話です。離婚、破産、自殺の危機を乗り越えての家族の絆を描いています。アメリカンドリームを得るものは1%、99%はルーザー、その者たちの挽歌なのです。余談ですが、レドンドビーチではプライベートビーチまで持っていた知人の家に一ヶ月ほど、わけ合って滞在したことがありました。懐かしい海岸のショットが映し出され感慨深いものがありました。さて、シラアパ主催8月の映写会は今日でお仕舞い、どんな映画が最後に見れるか楽しみです、多田さんには感謝のひとことです。

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2014年08月30日

アンダルシア十景手彩色版画「アントニオの家」

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渡西して足掛け10年、セビリア郊外のオリーブ畑にあった元ベンタ<街から離れた居酒屋>に住んでいました。子供3人はここで生まれ育ち、毎日のように3人を連れて遊びに行ったのがアントニオの田舎家でした。荘園というか、昔は広大な農地を季節労働者で賄っていたので、その宿泊棟や作業スペースなどを含む大きな家が必要だったのです。彼の家族はここに住み、小作人として働いていたのでした。この思い出深い地を十景に加えました。
Click:1999年上映、その年にアカデミー賞外国語映画部門賞を得た名作「オールアバウトマイマザー」を見ました。ペドロ・アルモドバル監督・脚本、スペインならではの女性の世界を描いています。出演者のほとんどが女性、男はゲイと認知症の老人ぐらいでした。実はスペインは母系家族、政治家のほぼ半分は女性の国、歴史的にもスペインの誕生もイサベルとフェルナンド両王で成し得ました。そんな国情だから生まれた作品ですが、それを男が描いたところに意義があります。なかなかの傑作、それを見つけ出した多田さんは素晴らしい、感謝です。もう残り2作になりました、楽しみですね。

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2014年08月29日

アンダルシア十景手彩色版画「村の情景」

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アンダルシアでも南西部に位置するウエルバ県の山側にあった村です。今は栗の産地であり、イベリコ豚の放牧地でもありました。このあたり山合いの平地には小さな村が点在しています。山の上から描いた作品ですが、集落の模様が良くわかります。教会の鐘楼、広場にはカフェバルがあります。男たちはここに集い、子供は駄菓子を買いに、奥様たちは卵やオリーブ油を買いに、旅行者は宿の場所を聞きに、空家情報もここで賄われます。祈りと祭り、日常生活のすべてがこの絵のなかに詰まっています。
Click:アルジェリア生まれでフランス人の作家、アルベール・カミュの自伝的映画です。貧しく苦労した幼少期、それでも奨学金でリセを卒業、大学まで進学し、あの「異邦人」などの作品で1956年、ノーベル文学賞を得るまでになった生涯、その故郷を訪れ、昔を回想しながら物語は進んでゆきます。「運命とは不条理である」のテーマがしっかりと描かれていました。これでヨーロッパ圏内、スペイン。フランス、ドイツ、イタリア、イギリスの映画をみました、多田さんの作品選択に脱帽、ありがとうございました。

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2014年08月28日

アンダルシア十景手彩色版画「葡萄の収穫」

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スペインといえばワインやシェリー酒、というわけでどこでも葡萄畑が広がります。ベンデミア、収穫となればすべて手作業になり、沢山の男女が一列に並んで葡萄を摘みます。派手な色のシャツが並びよても賑やか、そしてワイン作りが佳境に入ります。乾燥した気候、弱アルカリ土壌、太陽輝くアンダルシアはローマ帝国時代からワインの産地でした。豊穣の大地、安食堂の定食にまでワインがサービスされる土地柄を支えるのがこのエンデミアなのです。
Click:なんと1978年、イタリアではバザリア法が施行され、精神障害者の病棟がすべて閉鎖になりました。患者たちは突然実社会に投げ出されたのです。そのとき、ひとりの男が労組から資本家寄りな意見を持つと追放状態で、患者たちが切手貼りなどをしている協同組合に送り込まれのです。ところがモザイク模様の床張りで大成功、そこでの喜怒哀楽を描いた実話を基にした映画です。イタリアで2008年公開、40万人の観客を動員したヒット作、日本では2011年、ミニシタターで発表されました。障害者を実社会に受け入れる姿勢はスペインも同じ、目に障害がある人はクジ売りの専売、体が不自由な人は駐車場の管理をしています。やはりラテン的な「我ら皆家族なり」の思想が流れているようです。素晴らしい作品の紹介、多田さんに感謝です。

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2014年08月27日

アンダルシア十景手彩色版画「路の守護神」

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日本でいうならば、街角のお稲荷さんといったところ、今は少なくなりましたが、昔は街のあちこちにあり、ご燈明がついていました。ご存知のように住所は通りの名前と数字で表示されます。路にはそれらのイメージが色濃く感じられます。ちなみに私のところは村の教会の脇にありcruz bajo、十字架下とでも訳しますか、やはりお隣さんには小さな十字架が祭られていました。
Click:昨年ミニシアターで公開されたスペイン映画「朝食、昼飯、そして夕食」を見ました。ケルト民族の文化が残るガリシア地方、その中心地、巡礼地として有名なサンチャゴ・デ・コンポステーラの街をロケ地にして食を通しての物語を描いています。そういえばスペインには吉野家やガストのようなチェーン店はありませんし、マックもほとんど見当たりません。これでスペイン人の食に対する拘りがわかるというもの、それに友人、恋人を自宅でもてなすのが普通、食事にはそれぞれの物語ができるのです。これらを紡ぐように食事場面で描いた作品なのです。朝、昼、晩と好きな女性をもてなそう自宅で料理して待つ男、すべて来てもらえず失意のなか、最後にチャイムが鳴って映画が終わりました。スペイン人の日常を理解するにはうってつけの作品です。よくぞ見つけてきた多田さんに今日も感謝です。


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2014年08月26日

アンダルシア十景手彩色版画「広場」

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さて、これから10回に渡って手彩色版画をご紹介します。アンダルシアならではの日常をテーマに作品を描きました。手彩色版画とは輪郭線を版画で摺り、色は一枚ずつ付けていく手法です。エディションサイズは各90枚です。始めに紹介するのは「広場」です。スペインの街、村にしろその中心には広場があります。広場はそのコミュニティの象徴でもあります。その広場をみると、住人の感性までわかります。中心には泉や噴水があり、街路樹で囲まれています。この絵はセビリア近郊の村、オレンジの木が植えられています。春には花の香り、冬には美しいオレンジ色が広がります。そしてマーマレイドに加工されたりもします。
Click:昨夜は1987年、ドイツをかわきりに上映されたインディーズ映画、日本公開はミニシアターでマイナーに公開されましたが、その後、人気が沸き、有名になった「バグダッドカフェ」をみました。ラスベガスに程近い寂れたカフェにやってきたババリア出身の女性を中心に、人種や世代も雑多な殺伐とした環境のなか、それぞれが僅かな、慈つしみを分け合い、共有し、友情が芽生え、無償の愛に昇華し、モーテル兼ガソリンスタンド兼カフェが繁盛してゆく模様を描いていました。秀逸な作品、何回みても心温まる内容、映画の素晴らしさを実感しました。いつもながら多田さんには感謝です。

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2014年08月25日

主を待つ暖炉の薪。

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そろそろフェレイローラ村からのご紹介は終わりにします。次は冬、ゆっくりと滞在するつもりですが、まず必要になるのがオリーブの薪です。古木は立派なまな板や台所用品になったりもしますが、ほとんどが薪になり売られています。館山の家でも薪ストーブを使っているのでやはり薪が必要です。ほとんど材木屋さんで入手するのですが松材、これが問題、煤が大量にでて、煙突を詰まらせるのです。ところがオリーブの薪はそんなこともなく、暖炉のお掃除も一度としてやったことはありません。良い具合に燃焼するのです、暖炉のある生活、この冬の楽しみが待っています。
Click:昨夜は3度目のウエス・アンダーソン監督の作品、なんと彼が大学生のとき、友人と作り上げた脚本です。それも初めて作った短編映画をリメイクして発表したものです。米国では興行収入は大赤字、日本では劇場公演はされず、2011年にDVDとして発売された作品です。内容は落ちこぼれの若者が泥棒稼業をするのですが、上手くゆくはずも無く失敗、仲間が監獄にゆくところで終わるのですが、こんな映画のなかにも友情、愛、絆がしっかりと描かれていました。さすがウエス・アンダーソン監督、その後、沢山の名作を作っていますが、その出発点、原点としての評価は大いにあるようです。

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2014年08月24日

主が留守中のスタジオ。

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フェレイローラ村のスタジオは贅沢に一軒まるごと、それも元村役場だった建物でした。昔は500人ほどの集落、小学校までありました。そこを買取り仕事場にしていたのです。とても見晴らしが良く、ほとんどテラスでお絵描きをしています。テレピン油の匂いが強く、大量に使うことからが主なる理由なのですが、遥か彼方の山並みを見ながらの仕事は気分最高なのです。館山のスタジオでは畑を見下ろしながら仕事、これもまた楽しい、どちらも贅沢というより、こんな環境があってこそ大地からのエネルギーが得られているのです。
Click:昨夜の映画は英国国王ジョージ六世の伝記的お話、「英国王のスピーチ」でした。第二次世界大戦が勃発した頃、即位した吃舌の問題を抱えた国王が、それを克服すべく手助けをしたオーストラリア人との友情と葛藤を描いた作品です。さすが2011年、アカデミー賞4部門受賞作、内容も良いし、なにより気品ある映画でした。久し振りに解りにくいキングスイングリッシュを聴きながらの鑑賞、いつものように多田さんの選択に感謝です。

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2014年08月23日

主のいないゲストハウス。

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元水車小屋だった大きな家には数人が住んでいました。それぞれが登記簿のうえでは権利者、それをすべて買い上げ作ったのが写真のゲストハウスでした。ところがその合筆が権利者がどこに行ったか判らななかったりで上手くいかず、登記簿が不備で問題をかかえていたのでした。ふたりの弁護士が足掛け10年の歳月をかけて、ようやく6月に正規の登記簿ができたのでした。早速不動産屋さんにきてもらい販売の手続きをし、まあ、売りにだしているのです。このゲストハウスを作るには4年かかりました。楽しい思い出が沢山詰まっているのですが、さすがに手放す時期がきたようです、時代はこうして変遷してゆくようです。
Click:昨夜は友人たちとの飲み会というか男子会、千倉のお寿司屋さん、大徳家さんで飲んで食べて、久し振りにワインバル「リブロス」で飲み直し、そしてもう2軒、梯子酒をしました。ということでシラアパでの映画鑑賞はできませんでした。そこで映画考をひとつ、今は手軽にDVDを借りれば、安価にそれこそ無限にある映画がみることができます。それぞれの制作費は億の単位で作られていますから、なんともいえない贅沢なのですが、それでも映画産業は斜陽だといわれて久しい、世の中ゲーム流行り、それもスマホで瞬時に楽しめます。日常の娯楽が安易に、手軽に時間を過ごすようになってきているようです。ITによる革新はこんなところにも変化をもたらしているようです、10年後はどうなっているのでしょうか?

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2014年08月22日

我が家のご紹介、ピザ窯とBBQセット。

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フェレイローラ村のスタジオ一階部分は、半分が吹き抜けのテラスになっています。そしてイタリア製のピザ窯とBBQ用セットが設えてあります。特徴は簡単な調理台があることです。100人ほどのパーティをしたこともありました。まあ、さすがに滞在の比重は、館山にスタジオができたおかげで日本になり、こんな施設も今では使われていません。でも、楽しい思い出が沢山詰まった、大好きな場所です。
Click:テレビの番組から生まれたノンフィクション作品です。長野から上京、紆余曲折があり、東池袋にラーメン屋大勝軒を始めてから50年の道程を描いています。まさしく行列が絶えない繁盛店でしたが、従妹で同年代の幼友達の奥様との絆の強さがひとつのテーマともいえます。52歳で他界してしまった奥様への思いは、思い出を封印することで仕事に邁進していたようです。ふたつめは誰にでも惜しげもなくラーメンの作り方を伝授していたことです。それに暖簾分けも条件無しで渡していたこと、これは凄いことです。そのおかげで弟子たちの大勝軒の名を冠したお店が日本国中にあります。それにつけ麺の元祖といわれた人、あの大好きな六厘舎も弟子筋にあたるようです。2007年、区画整理で消滅してしまった幻の大勝軒、でも店主、山岸一雄さんの精神性は永遠に残ることでしょう。良い映画でした、多田さんに感謝多謝です。

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