2011年10月23日

廃校になった都心の小学校を卒業して。

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JR新橋駅烏森口から200メートルのところに桜田小学校がありました。当時、お隣りにはキャバレーがあり、まさしく歓楽街の中心、それにまだ駅前ビルはなく、戦後の焼け跡はバラック建てのホルモン焼き屋さんがすらりと並び、煙がもうもう、胸を露わにした女性たちが歩道で客引き、酔っ払いはあちこちで寝込んでいたような環境でした。銀座はまだ屋台が並び、アメリカ兵が可愛い日本女性を引き連れて闊歩、ガード下や校内にもホームレスがいっぱい、まだまだ戦争の爪跡が残っていました。そんななかで育った私は稀有な体験をさせていただいたと感じています。同級生の親たちはほとんどがここ新橋で商売をされていました。商いが日常のなかにあり、それが当然として育った同級生たちは、今でもスマートな生き方をしています。それにクラス会も毎年おこなわれ、会えば小学校のころと寸部たがわず、賑やかにお話がすすみます。古希を迎える年齢は誰も納得していない元気さが漂っていました。写真は新橋亭の後二次会で一休み、スタバでカフェ、三次会は85歳のママのお店「洋酒コダマ」にゆき、カラオケでした、本当に皆さん若いですよね。
Click:東京大丸の11階、ワインとチーズの祭典が開催されていますが、そのフィーバー振りは異常でした。歩くこともままならないほどの混みよう、30代の若者たちが赤い顔をしながら試飲を繰り返しています、時代は変わりましたね。スペインワインを輸入販売している株キムラの社長さんに挨拶し、個展のときのシェリー酒とワインをお頼みし、イタリア産マスカルポーネとゴルゴンゾーラをミルフィーユした大好きなチーズを買い、この場を離れました。それにしても日本は関税や酒税のおかげで値段が高くなり過ぎますね。

tsurezure_nikki at 08:51│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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