tt222のブログ

脳内出血発症からの23年にわたる闘病記録

2012年09月

雑記帳   (20)

「第二の誕生日」   この20日は私の「第二の誕生日」だった。
 というのは26年前の9月20日に私は脳内出血を発症して、それまでとはまったく違う人間に生まれ変わったからだ。
 つまり発症によって脳のリセットボタンが押され、私はひどいピンボケ人間になったのである。
 詳しく説明すると、リセット後の私の脳は漢字の書き方についての記憶がほとんど消去されて、自分の名前すら書くことが出来なくなっていた。
 さらに悪いことに、私は平がなも満足に書けなくなっていたのである。
 だから入院中の私は毎日毎日ベッドの上でひたすら漢字や平がなの書き取り練習をしていたが、こんな生活は6ヶ月も続いた。
 しかしお世話になった主治医や看護士・理学療法士の誰一人として「壊れた脳はいつか必ず元通りになります」とは言ってくれなかった。
 長い人生の途中で突然の不幸に見舞われて、絶望のどん底に突き落とされることは誰にもあるかもしれない。
 しかし今の私を客観的に眺めると、挫折した自分に「前へ、前へ」とかけ声をかけて進めば、そこから這い上がることが出来ると言えるのではないだろうか。
 ところで私は26年前の脳内出血発症で実に多くのものを失ったが、逆に得るものもいくつかあった。  
 その一つが作文能力である。
 つまり研究レポートしか書いたことのない私は長い間作文能力ゼロだったが、今ではブログを書いているのである。
 私の好きな言葉に「人間、万事塞翁が馬」があるが、人生における本当の幸・不幸は棺桶に入るまでわからないはずだと考えている。
 そんなわけで私は何でも簡単にあきらめないことが大切だと思う。
 
 

雑記帳   (19)

ドラセナ (4)   幸運にもドラセナの花の蜜を味わう機会に恵まれた私だが、何かちょっと変だなという思いも浮かんできた。
 というのはネット検索で知ったようにドラセナは本当に水だけで育つのだろうかと疑わしく思えてきたからだ。
 たしかに熱帯植物のドラセナが水だけで成長するのはなんとなく理解できる。
 しかしあんなに甘い蜜がたくさんの花からあふれ出てくるのはとても不思議である。
 私には水だけの原料できわめて糖度の高い蜜が生産されるのが信じられなかったのだ。
 ある日私がこの疑問を妻にぶつけてみたら、「あら、私が時々肥料をやってたのよ」とアッサリした返事が戻ってきた。
 なんだそうだったのか、これで私は合点がいった。
 私の目が届かぬ時に妻が液肥を与えていたので、ドラセナの茎の成長があんなに早かったようだ。
 だからドラセナがジャングルに生えてるときは、周囲の木からの落ち葉が腐って良い肥料になっていたに違いない。
 妻が液肥を使ってるとは知らない私が水をやりすぎたので、ドラセナの「根腐れ」を起こしたことも何度かある。
 しかし考えてみると、観葉植物の世話はどこか育児に似てるような気がする。
 なぜなら夫婦の息が合わないと健全な成長が望めないからだ。
 しかしながら、部屋に緑があるというのはなかなか良いものである。
 というのは無意識に視線が移るたびに、心がやさしく癒される気がするからだ。

 
 
 

雑記帳   (18)

ドラセナ (3)    我が家のドラセナは成長すると高さが2メートルを超えることがあり、直径2センチほどの薄茶色の茎の先には幅広の葉が重なって茂ってるから、まるでヤシの木のようだ。
 こんな可愛げのない植物に花など咲くはずがないと思ったことのある私だが、妻が言うにはこの26年間に3回開花したそうだ。
 最後の一回は私もよく覚えているが、簡単に言うとこんな様子の開花だった。
 ドラセナの葉の先端が私の腰ぐらいの高さになったときのことだ、葉の根元から小さな枝が顔を出してグングン伸び始めたのである。
 そして間もなく小枝の先にはたくさんの花が咲いた。
 しかし花といっても格好の良いものではなく、白いタケぼうきのミニチュアを逆さにしたような貧相な花だ。
 ところが毎晩6時になると、このタケぼうきがいっぱいに開いて強烈な芳香を放ち始めるのである。
 よく観察するとタケぼうきの先には無数の小さな花が付いており、濃厚な甘い香りはそこから発散されるようだ。
 やがて1時間ほどでタケぼうきは閉じるが、翌日・翌々日も同じ時刻になると一斉に開くから本当に不思議である。
 数日間ドラセナの花はこんな動きを繰り返していたが、やがてタケぼうきの先から透明で粘り気の強い液が滴り落ち始めた、蜜である。
 妻は毎朝不機嫌な顔でフローリングの床に落ちた多数の蜜のしずくを雑巾でふき取っていたが、あるとき私は床に落ちた蜜を少しだけ小指の先につけて舌の上にのせてみた。
 このとき得体の知れぬものを口に入れるのは危険ではないかとの懸念もあったが、ジャングルの昆虫を誘い込むために作る蜜に有毒成分が含まれるはずがないと判断して実行した。
 その結果ドラセナの花の蜜はとても甘かった、私の知る最高の甘さである。
 とにかく強烈な甘さだが、すっきりした感じの甘さだ。
 つまり人口甘味料などとは違ってさわやかな甘さだから後味は良いと言えるだろう。
 それにしても26年に3度しか開かないドラセナの花の蜜をなめた者が私の他にもいるのだろうか。
 どうやら私は珍しい体験をしたようだ。 
 

雑記帳   (17)

ドラセナ(2)    先日私は妻に「今リビングにあるドラセナはいったい何代目に当たるのかなあ」ときいてみた。
 すると「よく覚えてはないけど、たしか5,6代目じゃないの」との返事だった。
 思い出してみれば初代のドラセナはこのマンションを購入したときに知人から「お祝い」にもらったもので、もう26年も前のことだ。
 それ以来「根腐れ」や伸びすぎのため根っこから引き抜いて廃棄することが何度かあったが、そのたびに茎の部分を20センチほど切り取って土に挿すことにより命をつないできた。
 というのはこうすればすぐに新しい芽と根が出てグングン伸び始めるからだ。
 熱帯植物の生命力の強さには驚かされるが、南米のうっそうとしたジャングルが広がるのも分かるような気がする。
 一方我が家のドラセナも植木鉢から2.4メートル離れた天井に葉の先端が届くことが2,3度あったぐらいだから、本当にたいした生命力ではある。
 どうやらドラセナはきわめて単純で原始的な植物の部類に入るのではないだろうか。
 なにしろ水さえやればグングン成長するドラセナなのだ。
 また私は人間にも似たようなところがあると思う。
 というのは単純な者ほどよく伸びるような気がするからだ。
 だから何事も複雑に考え込むことはしないで、より単純化していけば前向きのアイデアも浮かんでくるのではないだろうか。
 
 
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