tt222のブログ

脳内出血発症からの23年にわたる闘病記録

2012年10月

雑記帳   (25)

 怪奇話    この頃毎日のように新聞・テレビのニュースになってるのが「尼崎連続変死事件」である。
 この事件の全容解明には相当長期間かかるだろうと思われるが、私は関係者の人間関係を理解しようとするだけで頭が痛くなってくる。
 これはまさに奇奇怪怪な事件だが、私はこんな話題がとても好きである。
 私が世にも不思議な事件つまり怪奇話に強い興味を持ち始めたのは高校生の頃からで、もう半世紀以上も前のことである。
 その頃から今まで興味を引きそうな本や雑誌をを手当たり次第に読んできた私だが、特に強く興味を持ったのは以下のテーマである。
 「マリー・セレスト号事件」・「シーサーペント」・「ヒマラヤの雪男」・「空飛ぶ円盤(初めはUFOと呼ばなかったと思う)」・「インカ・マヤ・アステカの文明」・「ナスカの地上絵」・「ネッシー」・「バミューダ魔の三角域」・ムー大陸」・「髪の伸びる人形」などなど。
しかしこのての話にはマユツバものが多いようで、たとえば「マリー・セレスト号事件」についてもネット検索で調べてみるとやはりほとんどが作り話であるとあった。
 それに「ネッシー」の広く知られた写真も、今ではインチキ写真だったとされている。
 また私が長い間怪奇話を追い求めてきたせいもあるのか、私はこれまでに3,4回は不思議な現象に遭遇している。
 その一つがUFOを見た体験だが、これについてはすでにここでも紹介している(2010年3月20日のブログ)。

 

雑記帳   (24)

「TT式スクワット」    23年間にわたって私を悩ませてきた右足マヒだが、私はその対策としてまず自分の歩き方を工夫してみた。
 つまり歩幅や歩く速度、それに体重の両足へのかけ方などをいろいろ変えて効果をチェックしてみたのである。
 しかしこれにも限界があると分かり、次に右足の筋力アップを目指した。
 下半身を鍛える運動として広く知られてるのはスクワットだが、その正しいやり方をネット検索で調べてみたら以下のような説明があった。
  1. まず両足を肩幅より少し広めに開いて立つが、このとき指先を外側へ向ける
  2. 息を吸いながら、太ももが床に平行になるようしゃがむ
  3. 息を吐きながらゆっくり体を起こし、ヒザが伸びきる前に停止する
  4.以上の動作を数回続けるが、ヒザに負担をかけぬようゆっくりやること
 
 ところがである、私は筋肉だけでなく腱の強化をもと考えてスクワットを改良し、それを「TT式スクワット」と名づけた。
 さてその改良点だが、一つは曲げたヒザの角度を5段階に変化させることであり、もう一つはヒザの屈伸のとき尻に勢いをつけて上下させることである。
 といってもヒザを痛めるようでは元も子もないから、運動はテキトーに加減することが大切だ。
 私が考案した「TT式スクワット」の効果は抜群で、日に2回のペースで半月ほど続けたところ、古希を過ぎた私の太ももは太くなり、またカチカチに固くなったのである。
 しかしながらマヒは全然改善されなかったのが残念である。
 どうやらマヒとはそんなに甘くはないようだ。
 やはりマヒは脳の神経回路のトラブルが原因だろうから、単純な運動では解消されないのかもしれない。
 そうは言いながら、ひょっとしたらいつかバイパス神経回路が突然生まれて、「悩みの種のマヒが一掃されるかもしれないと考えてる私である。

雑記帳   (23)

右足マヒ    私は子供の頃から人一倍気の長いほうであり、イライラしたりあわてたりすることはめったになかったはずだ。
 特に私が高校生だったときに出会った格言、「バスと女は追いかけるな、次のがすぐ来る」がひどく気に入ってからは、典型的な「徳川家康型人間」になってしまったようだ。
 つまり私はイライラせずに何時間でも待つことが出来るのである。
 この性格は「365連休の身」になってから一段と強まったようで、たとえば病院での診察待ち時間が2,3時間延びたとしても一向に苦にならないのだ。
 ところがである、こんなに気の長い私でも根負けしてしまいそうなことが一つだけある。
 それは平成元年に起きた脳の異常ケイレンによって生じた右足のマヒである。
 26年前に発症した脳内出血の後遺症はすべて克服することが出来たのに、この右足マヒだけはまだ消えずに残っているのが面白くない。
 とはいえこの23年間でマヒの程度もずいぶん軽くなり、今では妻の外出や買い物についていけるほどだからたいしたマヒではない。
 しかし道路で時々つまずくし歩行時に無意識に右足が出ないから、このマヒだけはなんとか無くしたいものだと願っている私である。
 そういえば右手の指にも強いマヒが現れて食事中の箸づかいに苦労した時期もあったが、はんだ付け工作やペーパークラフトなどの細かい作業をしつこく続けていたら、いつの間にかマヒがきれいに消えていたことがあった。
 だから私はひょっとしたら頑固な右足マヒもいつか消えるかもしれないと期待している。
 要するに、ここで大事なのは簡単にあきらめないことだろう。

雑記帳   (22)

秋の虫 (続き)  
  一ヶ月あまりの間毎晩のように段ボール箱のサツマイモの山に水をスプレーしてきた私だったが、中に深く潜んでる虫はチラリとも姿を見せることはなかった。
 だから私は長い間虫の正体を知らなかったのだが、ついに悲しい「ご対面」の日が来た。
 その夜もリビングにいる私の耳に「ギ・ギ・ギ…」とうるさい虫の声が聞こえてきた。
 そしていつものように寝る前に玄関のサツマイモにたっぷり水をスプレーした私は、消灯しようとしたときサツマイモの山のてっぺんで何かが動いてるように感じた。
 しかしそれはモヤモヤとした動きであり、はっきりとは見えない。
 そこで私はもっと観ようと顔を近づけたが、もうそこには何の姿も見えなかった。
 そして翌日から虫の声はまったく聞こえなくなったのである。
 2,3日過ぎても虫の声が全然聞こえないので、ついに私は朝の光の中でサツマイモの山を少しずつ崩していった。
 すると段ボール箱の隅に一匹の茶色の虫がひっくり返っているのを見つけた。
 それは体長1センチ足らずの羽根のない小さな虫だが、ルーペでよく観察すると短い脚に無数の鋭いトゲがあるのが認められた。
 どうやらコオロギやスズムシとは違ってこの虫は脚のトゲをこすり合わせることによって音を出していたようだ。
 しかしこんな小さな虫の声が10メートル先のリビングにうるさく聞こえてくるとは驚きである。
 ところであの晩に限ってなぜ虫が私に見えるように現れたのだろうか、不思議である。
 そこで私の推理結果の結論を述べると、死期を悟った虫が最後の力を振り絞って私に会いに出て来たのではないだろうか。
 その目的は自分の姿を私に見せて毎晩の水スプレーに対するお礼を言うことである。
 いや絶対そうに違いない、虫は私に心からの挨拶がしたかったのだ。
私は「一寸の虫にも五分の魂」の真髄を見た思いがした。
 そして私は虫の死骸をデジカメで撮ったあとで植木鉢の土に丁重に埋めてやった、「今度生まれるときは、必ず人間に生まれてくるんだぞ」と念じながら。
 

 

雑記帳   (21)

秋の虫     先日のテレビ番組で秋に鳴く虫について解説していた。
 それを夕食のテーブルで観ていた私と妻は、期せずしてあるエピソードが頭に浮かんできた。
 実は秋の虫について私たちは忘れられない思い出を持っているのである。
 あれは10年ほど前の秋のことだったろう、ある日私に三重県の親戚から大きな段ボール箱が届いた。
 さっそく箱を開くとそこには自分の畑で収穫したというサツマイモがぎっしり詰まっていた。
 私たちはそれを少量ずつ取り出して食べていくことにしたので、とりあえず箱を玄関の隅に放置しておくことに決めた。
 ところがその夜遅くに、リビングにいる私たちの耳に奇妙な音が聞こえてきたのである。
 それは「ギ・ギ・ギ…」という固い連続音で、まるでヘタクソなバイオリンだ。
 そこで私は奇妙な音の正体を見極めるために廊下をそっと歩いて行くと、玄関の隅の段ボール箱の中からその音が出ているのを発見した。
 そのとき私はピンときた、どうやら箱に入ってるサツマイモの山に一匹の虫が紛れ込んでるようだ。
 間違いなく三重県に生きてた秋の虫が大阪まで宅急便で運ばれて来たのである。
 そこで子供の頃からクモや虫が大好きだった私は、毎晩寝る前にサツマイモの山にたっぷり水をスプレーしてやることに決めた。
 というのは虫のエサであるサツマイモが乾燥して干からびては、虫が大いに困るだろうと考えたからだ。
 翌日からも毎晩のように虫の声は聞こえてきたが、玄関から10メートルほど離れたリビングでうるさく感じるほどだから、相当に大きな音量だったと思う。
 毎晩のサツマイモへの水スプレーは一ヶ月以上続けたはずだが、その間に私が虫の姿を見たことは一度もない、本当にまったくないのである。
 おそらく玄関のライトを点灯した瞬間に、虫は素早く箱の底へ身を隠すのだろう。
 やがて私たちは次第にこのウルサイ虫の声になれてしまい、ついには待ち遠しく思うまでになってしまった。
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