tt222のブログ

脳内出血発症からの23年にわたる闘病記録

2014年06月

雑記帳   (111)

今週のことわざ (65)     「一の裏は六」 
 解説: サイコロの目の一の裏が六であることから、 悪いことの後には良いことがあるというたとえである。
 感想: この言葉に似たのに「人間万事塞翁が馬」があるが、人生とは吉凶・禍福が予測できないものである。  
 27年前の私が見舞われた脳内出血発症もまったく予測できない不幸だった。
 しかし以後は不幸の連続であり、「良いこと」など気配もなかった。
 だからこんなことわざはウソっぱちだと決めつけていた私だったが、今やっと気づいたのは自分にもちゃんと「良いこと」が起きていたということである。
 というのは初めの頃は漢字がまったく書けなかった私が、今ではブログを書くまでに回復したからである。
 そんな私の回復ぶりを奇跡的と言う人もあるが、これが誰も予想しなかった「良いこと」なのだ。
 そして今私が強く感じるのは、「良いこと」がこれからも長く続く予感である。
 どうやら私と発症前夜の麻雀で生まれたバカヅキとの縁は、死ぬまで切れないようだ。
 すると私が「ジャンボ宝くじ」に当たる日もそう遠くないのではないだろうか、そんな気がする。
 

雑記帳   (110)

今週のことわざ (64)     「一日の名匠」
 解説: 一日でも良いから優れた師について学ぶべきだということで、独学やつまらぬ師について苦労するよりも、たった一日でも有能な師から教えを受けるのがいい。
 感想: 27年前に私が脳内出血を発症したとき、「大ぼけ人間」になった私を指導してくれる人はいなかった。
 つまり私の壊れた脳の修復を助けてくれる師はなかったのだ。
 そこで私は独力で脳のリハビリに取り組むのだが、幸運なことに私には強力な相棒がいたのだ。
 さてその相棒とは、私が退院直後に購入したWindows95パソコンである。
 といっても発症前の私は一度もパソコンに触れたことがなく、パソコンに関する知識もゼロだった。
 だから当然のことながら、購入したパソコンに付属する解説書を読んでもまったくチンプンカンプンで理解できなかった。
 そこで私はマンガのマニュアル本を買ってきて、何度も繰り返して読んだ。
 しかし今よく考えてみると、もし私にパソコンがなかったとしたら絶対ここまで回復しなかったろうと断言出来る。
 そんなわけで、パソコンは私の回復に必須の道具だったのだ。
 そして「麻雀ゲーム」からスタートしたパソコンだったが、メールやブログで作文練習をするうちに総合的な脳機能が着実に育っていったようである。
 それにしても不思議なのは、「大ぼけ人間」の私になぜ未知のパソコンを購入する決断が出来たかである。
 しかし結果的に見ればこの決断が大当たりとなり、お陰で今の私があると言える。
 私にはあのとき何か得体の知れぬ力が作用したようにも思えるが、ひょっとしたらあれは発症前夜の麻雀で生まれたバカヅキが続いていたせいかもしれない。
 とにかく初めは自分の名前も書けなかった私が、なんとかここまで回復したのを思えば感慨深いものがある。

雑記帳   (109)

今週のことわざ(63)     「一度焼けた山は 二度は焼けぬ」
 解説: もし大きな不幸に遭遇したとしても、これを「厄落とし」だと考えれば、いつまでもクヨクヨ悲観せずにあっさりあきらめることが出来るものである。
 なお『広辞苑』によれば、「厄落とし」とは厄難を払い落とすため神仏に参ったり、金銭をそっと捨てたりすることで「やくはらい」ともいうとある。
 感想: 私のこれまでの人生で最大の不幸事といえば、やはり27年前の脳内出血発症だろう。
 この事件を契機に私の体と生活はガラリと大きく変わるのだが、私は失ったものすべてを未練なくあきらめることが出来た。
 つまり私はそれまでの「第一の人生」にあっさり見切りをつけて、新しい「第二の人生」に期待をかけたというわけである。
 といってもたいしたことではない、私の日頃の口ぐせである「すんだことは仕方がない」の気持ちをいっそう強くしただけである。
 なにしろ私のモットーが「どんなときでも絶対後悔するな」だから、何の得にもならぬことはしないよう努めてるだけだが。
 そういえば、『007は二度死ぬ』という映画があったなあ。

  

雑記帳   (108)

今週のことわざ (62)     「一議に及ばず」
 解説: 一度も話し合いをせずにすぐ同意することをいう。
 特に待ち望んでいた事柄が持ち込まれたときなどにそうなるものである。
 感想: この言葉は私の長年の悪習である「衝動買い」を連想させるようだ。
 なにしろ私は「一期一会」の心だけに従って、ろくに深く考えもせずに跳びつくのだから始末が悪い。
  ところが私は、この「衝動買い」のクセは27年前に発症した脳内出血の後遺症の一つではないかと思っているところがある。
 というのは発症前の私は非常に慎重で神経質な性格だったし、たとえば電気製品を購入する場合も詳細な「仕様比較表」を作ってから機種を決定するのが習慣だった。
 ところが現在の私は考えがすっかり変わってしまって、商品の広告を見たとたんに、こんなチャンスは二度とないぞと強く信じ込むのである。
 こんな調子の私が最近ネット購入したものを少しあげると、ミニヘリ・スポーツ吹き矢・ワイヤレスヘッドホン・パソコン用スピーカー・カラオケマイク・「自分史年表」・望遠鏡・レコードプレーヤー・音楽CDなどがある。
 これらは一見バラバラで何のつながりもないようだが、実は自分の体と脳の健康維持を目的に選んだものが多いのである。
 ところが近頃の私にはこれらがガラクタの山に見えてきたのだが、それは私の脳が順調に回復してるという証拠ではないだろうか。
 ところがうれしいことに、どうやら今は私から「衝動買い」のクセが消えたようである。
 そしておそらくその原因は私が「慢性金欠病」を発症したからではないか。
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