tt222のブログ

脳内出血発症からの23年にわたる闘病記録

2017年07月

雑記帳 (271)

 今週のことわざ (218)     「磁石に針」
 解説: 男女の接近しやすいことのたとえ 『広辞苑』 
 感想: 私たち夫婦は今年の3月に金婚式を迎えたが、これは半世紀前に体験した「お見合い」の成果だと言えるだろう。
 私にとっては最初で最後の「お見合い」だったが、このときの様子は今も記憶にある。
 たとえば席の途中で妻と二人きりになったとき私はこう宣言したのだ、「僕はあんたに決めたぞ」
 しかしこのときは、まさかこの一言が20年後に自分の命を助けることになるとは夢にも思ってなかったのだ。
 詳しく説明すると、私が45歳で脳内出血を発症したときに近くの総合病院へ運ばれたが、担当医は妻に撮ったばかりの「頭部CT写真」を見せて言った、「すでに5センチの血種が出来ていて片目の瞳孔も開いてるので、もうダメでしょう」
 ところが妻は彼との口論の末に言った、「私には納得できません、どうか病院を替えさせてください」
 お陰で私は命拾いするのだが、このクソ度胸のある女を選んだのは自分なのだと気づいたとき私は「運命論」の信奉者になったというわけだ。
 つまりすべての出来事は、あらかじめ決められているのでなるようにしかならず、人間がどんなに努力しても変えることは不可能と信じていた私である。
 しかしながらである、私は30年に及ぶリハビリ生活を経験してからこの考えを変えた。
 つまり人の努力には運命を変える力があるのではないかと思えてきたのである、きっと少しは変わるはずだ。

 

雑記帳 (270)

 今週のことわざ (217)     「死しての千年より 生きての一日」
 解説: 死んで「あの世」にいる千年よりも、「この世」に生きる一日を大事にすべきであるということ。
 感想: 私は昔から「あの世」の存在をまったく信じていなかった。
 つまり「あの世」から戻ってきた人がいないのにデタラメな話が信じられるかというわけだ。
 ところが若い頃に読んだ一冊の本が、そんな私の考えをガラリと変えたのである。
 というのは私が「あの世」の存在を確信したからだ。 
 その本の著者は外国人だったが、「あの世」との交信記録など例証が多くて、内容にとても説得力があった。
 そして本の結論は、人は死んでも「あの世」に移って生き続けるから決して死なないのだということだった。
 ところが30年前に私が脳内出血を発症したとき、私は「臨死体験」つまり「あの世」と「この世」との境をさまよう体験をしたようである。
 詳しく説明すると、開頭手術を受けた私がベッドで寝ていたとき、眠ってるはずの私が顔を引きつらせて叫んだ、「今俺の腰に8匹の白ネコがぶら下がっている」
 そこで私の推理だが、このときの私は「三途の川」にかかる橋をまさに渡りつつあり、8匹の白ネコはそんな私にブレーキをかけていたのではないだろうか。
 しかし何といっても不思議なのは、退院後の私が現実の世界で5匹の白ネコに遭遇したことだろう。
 とはいえ大阪の街に全身真っ白のネコがそうやたらにいるはずがないと思うし、また5匹の白ネコの発見者はいつも妻だから、この話が私の妄想の産物でないことは明らかだろう。
 だから私はおそらく残り3匹の白ネコにも遠からず会うはずである、そう「あの世」でだ。

雑記帳 (269)

 今週のことわざ (216)     「事実は小説よりも奇なり」
 解説: これは英国の詩人バイロンの言葉であり、世の中の実際の出来事は、虚構の小説よりもかえって奇妙不可思議であるということ(『広辞苑』)
 感想: 私は子供のころから怪奇現象や未確認生物などの不思議な話が大好きで、たくさんの関連記事を読みあさったものだ。
 そして30年前の私が脳内出血を発症したときに多くの記憶や感覚が頭から消えたが、不思議なことに子供時代の記憶は完全な形で残っていたようだ。
 今では私も高齢者になったが、子供の頃に読んだ不思議な話はよく覚えてるので少しピックアップしてみると、「マリー・セレスト号事件」やムー大陸・「バミューダ・トライアングル」・シーサーペント・「ヒマラヤの雪男」・ビッグ・フット・ネッシー・UFOなどがある。
 ところが私がこんな性格のせいだろうか、しばしば不思議な現象に遭遇するようである。
 たとえば朝の洗顔直後にリビングで甲冑姿の戦国武将の霊と鉢合わせしたり、洗面所の鏡の中に野球少年の姿を見たことがあった。
 そういえば名古屋に住んでいたときに私は大きなUFOを目撃している。
 そのUFOは帰宅直前の私の目の前を音もなく横切っていったが、機体の横一列に並んだ明るい窓の形状が意外だったので、よく記憶している。
 しかし何といっても一番不思議なのは、私が脳内出血を発症したときの状況だろう。
 あのときの私は間違いなく「あの世」へ続く道を歩いていたのだが、何かの力が働いたらしく私の命が助かったのである。
 だから私は小説を超えた不思議な体験をしたのではないだろうか。
 

雑記帳 (268)

 今週のことわざ (215)       「自業自得」

 解説: 『広辞苑』によれば、自らつくった善悪の業の報いを自分自身で受けることで、一般に悪い報いを受けることにいうとある。
 感想: ここで自分の個人情報をばらすのはあまり気乗りがしないが、私の氏名の名前の文字は「正」である。 
 つまりたった5画のきわめて単純な文字が私の名前なのだ。
 だから私の正直な気持ちとしては、もっとマシな名前はなかったのかと「あの世」の父に文句の一つも言いたいところだが、こればかりはどうにもならないだろう。
 そして「正」という名前が大嫌いだった私だが、この文字が私の成長に大きな影響を与えたことだけは確かだろう。
 というのは私が意識の底にいつも「正」があるために、間違ったことのできない人間に育ったからである。
 つまり私は子供の頃から他人に迷惑をかけるような行為が一切出来ないのである。
 だから私が営業職についていた頃のモットーが「誠心誠意」だったのも当然だろう。
 とはいえ当時の私を「はったりの月さん」と呼ぶ者もいたから、私は正しさの基準をどこに置いていたのだろうか。
 そして時が流れ、正しい道を歩いてきたはずの私も今や文句なしの高齢者になった。
 そこで自分の人生を振り返ってみた私は大きな忘れ物に気が付いたのである。
 つまり私の人生には欠けているものがあり、まだ少し未練が残っているのだ。
 もちろんその忘れ物とは悪事の楽しさを味わうことであり、今頃それに気づいても手遅れでもう遅いのだ。
 
 

雑記帳 (267)

 今週のことわざ (214)   「鹿を指して 馬となす」
 解説: 馬鹿(バカ)という言葉の始まりで、人をバカにしたり白を黒と言い張ることをいう。 
 感想: 私はバカという言葉は嫌いだが、『広辞苑』には「おろかなことや社会的常識に欠けること、またその人」とある。
 感想: 30年前に私が脳内出血を発症したとき、多くの後遺症が体に残ったが、私がもっとも悩まされたのは「大ぼけ頭(認知症)」である。
 というのは発症後の私の頭には社会的常識がかけらも残っていなかったからだ。
 そのために私は、ゾウのまわりを走り回る子イヌの絵を見ても、ゾウとイヌのどちらが大きいかを判断することが出来なかったのである。
 だから46歳の私が「二歳児用テスト」に一問も答えられなかったのも当然だろう。
 ところが「バカに付ける薬は無い」とはよく言われる言葉だが、私は長いリハビリ生活の経験からその特効薬を発見したのではないかと思っている、きわめて有効なはずだ。
 さてその特効薬とは二人以上で行う会話のことであり、誰にでも積極的に話すという姿勢を保つことが好ましいと思う。
 つまり人は話すことによって脳機能を活性化させるだけでなく、脳から消えた社会的常識が再生する効果を期待できるのである。
 そんなわけで、私の今後の目標は完璧な「おしゃべり人間」になることに決めた。
 
 
 

 
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