tt222のブログ

脳内出血発症からの23年にわたる闘病記録

2018年03月

雑記帳 (305)

 今週のことわざ (252)     「尻から抜ける」
 解説:見聞きしたことをすぐに忘れることや、物事にしまりがないことをいう。 
 感想: 私が脳内出血を発症したとき後遺症がいくつか残ったが、中でも一番悩まされたのが記憶能力が消えたことである。
 本当に発症後の私は何も記憶出来なくなったのだ。
 たとえば先ほど食べた食事の内容だけでなく、食事をしたことさえ全然記憶してないのである。
 リハビリ初期はこんな頭の私だったから、発症によって消失した記憶の時計文字盤の読み方を憶え直すのに数年かかったのも当然だろう。
 しかし私は記憶能力ゼロとなった脳のために一工夫したのである。
 といってもそれはたいしたアイデアではなく、自分が見聞きしたことをメモに残すことにしただけだ。
 たとえば初めての人に会ったときは印象を簡潔にメモしておいたのだ、「ラッキョウ顔にメガネ」とか「ウサギのようにやさしい眼」・「ひどいハゲのデブ」のように具体的に表したのである。
 もちろん極度の方向オンチとなった自分のために駅構内の略図や目的地までの行程図などもすべてメモに残した。
 ところがこの「何でもメモ化」作戦は大成功だったようで、記憶トラブルに一度も遭遇したことがないのが自慢の私である。
 ここで話は変わるが、私は最近どうも物忘れがひどくなったような気がする。
しかしこれは高齢化に伴う自然現象だろうと考えて、私は気にせず毎日せっせとメモをとっているというわけだ。
 
 
 
 

雑記帳 (304)

 今週のことわざ (251)     「知らぬが仏」
 解説: 知れば腹も立つが知らなければ仏のように平穏な境地でいられることから、当人だけが知らずに平気でいるさまをあわれみあざけっていう語 『広辞苑』
 感想: 最近ときどき「若年性認知症」の記事を目にするが、これにはアルツハイマー型だけでなくいろんなタイプがあるらしい。
 もちろん私が長年苦しんだ脳血管性もその一つだが、タイプによって症状は違うと思う。
 ところが31年前に私が脳内出血を発症したときは、まだ「若年性認知症」という言葉もなかったが私たちはその悲惨な症状や回復の可能性などについては何も知らなかったのである、知識ゼロだったのだ。
 しかし結果的にはそれが良かったようで、まさに「知らぬが仏」だったと言えるだろう。
 というのは私が将来をまったく悲観せずにリハビリに集中できたからであり、ネガティブな情報など知らないほうがいいのだ。
 なにしろ当時の私の脳はひどく壊れていて、ゾウの周りを走るイヌの絵を見せられて、「さあゾウとイヌのどちらが大きいの? 」の問いに答えられないほどだったのである。
 しかしこんなひどい脳でもうまく回復出来ることを私は実際に証明したと思うが、結果的に「人の脳は無限の可能性を秘めている」と言えるのではないだろうか。
 

雑記帳 (303)

 今週のことわざ (250)      「白河夜船」
 解説: 白河は京都の地名だが、ぐっすり眠り込んで途中の様子をまったく知らないことをいう。 
 感想: 私が開頭手術を受けたとき、誰もが予想してなかった事態が発生した。
 というのは術後の私の意識がいつまで待っても戻らないからである。
 つまり私は何日間も昏々と眠っていたというわけだ。
 やがて私の体は青アザだらけになるが、これは看護師さんたち全員が私の近くを通るたびに、私の体を思い切り強くつねって行くからである。
 その結果ちょうど一か月が過ぎた頃に私は意識を回復するのだが、その後も眠り続ける日が続いた。
 そんなある日のことだった、私は眠りながらベッドわきの妻に話しかけたのである、「今オレの腰に8匹の「白いネコ」がぶら下がってるぞ」
 そして私と「白いネコ」との不思議な因縁話については8・9年前に詳しくご紹介してるが、あのときは「三途の川」を渡りかけていた私を8匹の「白いネコ」がこちらの岸へ引き戻してくれたのではないかと本気で信じている私である。
 とにかくこのデジタルの時代にも、科学では解明できない不思議な出来事が起きるようだ。

雑記帳 (302)

 今週のことわざ (249)     「初心忘るべからず」
 解説: 学び始めた当時の未熟さや経験を忘れてはならない、常に志した時の意気込みと謙虚さをもって事に当たらねばならないの意 『広辞苑』
 感想: 私は子供の頃からひどいオッチョコチョイであきっぽい性格だった。
 そしてこの傾向は成人後も変わらず、私には面白そうなものを見かけるとすぐ跳びつくクセがあった。
 しかし私の熱が冷めるのも早いので、何をやっても「万年ビギナー」の域を出なかったというのが真相である。
 つまり根性なしの私には何事も長く続けることが出来ないのだ。
 ところがである、31年前に発症した脳内出血は私の性格を大きく変えたようである。
 というのは「熱しやすく冷めやすい」性格だった私が、発症後は地道な努力を惜しまない手堅いタイプに変わっていたからである。
 しかし考えてみると、この性格の大変化は私のバカヅキの一つだったのではないだろうか。
 なぜなら当時の私には復職への道しか残されてなく、それにはこの新しい性格が絶対に必要だったのだ。
 そして私はその一本道を着実に歩いてきたわけだが、その結果が現在の自分につながってると思うと感慨深いものがある。
 とにかく私が長いリハビリ生活に耐えるためには、「あせらず あわてず あきらめず」の覚悟が必要だったのである。
 
   
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