tt222のブログ

脳内出血発症からの23年にわたる闘病記録

2019年07月

雑記帳(375)

今週のことわざ(322)     「たまに出る子は風に逢う」
 解説: たまに外出すると運悪く大風が吹くということで、いつもと違ってたまに何かをすると偶然不運なことにあうたとえ。
 感想: 若い頃に私は営業マンだった時期があるが、かなり真面目な勤務ぶりだったと思う。
 しかしあるとき私は積極的に仕事をサボったことがあるが、結果的にはこの決断が自分の命を救うから、人生とは不思議なものである。
 詳しく説明すると、当時45歳だった私はある朝目覚めたときに軽い疲労感を覚えた。
おそらく前日の徹夜麻雀の疲れが現れたのだろうが、他にも何かの赤信号を感じ取っていたのかもしれない。
そこで私は急いで当日の出社予定を有給休暇へと切り替えたというわけだ。
 しかしこのとき私がもし予定通り出社していたなら、間違いなく私は出勤途上で脳内出血を発症してあの世へ直行していたはずである。
というのは発症から開頭手術までに要する時間が生死を分かつからだ。
現に、自宅のトイレ前で発症した私は手術直前には両眼の瞳孔が開いていたではないか。
 本当に私はギリギリのタイミングで命を拾ったのである。
 とにかく自分の体に何かの異変を感じたときは、責任感などは迷わず捨てて、まずは身の安全を計るべきではないだろうか。

 

雑記帳(374)

 今週のことわざ(321)     「旅の恥は掻き捨て」
 解説: 旅では、知っている人がいないから、どんなことをしても恥辱にならないの意。『広辞苑』
 感想: 私は若い頃から好奇心旺盛なタイプだったらしく、勤務先の仲間4人と共に「日本温泉振興会」を作って各地の温泉を巡り歩いた覚えがある。
 しかし一方では気楽な単独旅行も好きで、行先やスケジュールを決めない無計画な旅を楽しんだこともある。
きっと旅先での淡いロマンス話などを期待していたのだろうが、そんなのが起こるはずがない。
 ところがある日のことだ、紀伊半島南端にある潮岬の灯台付近を一人で歩いていた私は、生涯忘れられぬハプニングに遭遇するのである。
というのはきれいに腫れ上がった青空に突然小型のセスナ機が飛んできて、大量のビラをまいたからである。
そのビラを拾って読んだ私は腰が抜けるほど驚いた、ケネディ大統領の暗殺を報じていたからだ。
 当時の私は積極的で実行力のある彼の大ファンだったから、このときのショックは大きかった。
 ところが私が45歳で脳内出血を発症してからは、まったく旅行が出来なくなったのである。
なぜなら後遺症の右足マヒのせいで、私は体を動かすのがおっくうになったからだ。
しかし妻はそんな私の尻を叩いて、近畿のあちこちの観光地へ連れ出してくれた。
 どうやら強制的にバスや電車を利用すると、かなり良いリハビリ効果を生むようだ。
 とにかく足にマヒがあっても、両手が使えれば私はなんとか移動できるようである。






 


雑記帳(373)

 今週のことわざ(320)    「タヌキ寝入り」
 解説: 眠ったふりをすることで、タヌキが驚いたときに仮死状態になることから出た言葉。
 感想: 若い頃から私は自分の睡眠時間は4時間で十分だと信じてきたが、45歳で脳内出血を発症したとき考えを改めた。
というのは後遺症のために私の体質が「てんかん発作」を起こしやすく変わったからである。
 だからそのために私は3回の発作を経験するが、お陰で貴重な情報を得ることが出来たと思う、
   1)発作を起こす必須要件は睡眠不足である
   2)発作の引き金は過度の飲酒・入浴・思索などである
 これらの学習効果がきわめて有効だったらしく、この30年間に私は一度も発作を起こしていない。
 とはいえ今でもたまに私は「睡眠導入剤」を使ってでも十分な睡眠時間を確保するよう努めている。

雑記帳(372)

 今週のことわざ(319)    「他人の正目(まさめ)」
 解説: 利害関係のない者の判断は公平で正確であることをいう。
 感想: 私が45歳で脳内出血を発症したときに、もっとも困ったのが判断能力ゼロの大ぼけ頭になったことである。
だから長い間にわたって私は自分の判断を禁じて、常に誰かの意見に従うようにしてきた。
 ここで何度も同じ話をして恐縮だが、当時の私はゾウとイヌの絵を見てどっちが大きいかを判断できぬひどい大ぼけ頭だったのだ。
 ところがである、そんな私が失われた判断能力を取り戻す絶好のチャンスに遭遇するのだから、人生は面白い。
 当時はWindows95が普及し始めた頃だが、ある日私の目に留まったのがパソコンの広告である。
そのとき私はこの未知の電子機器が自分の壊れた脳の回復に役立つのではないかと直感した。
大ぼけ頭の私にどうしてこんな発想が浮かんだのか不思議だが、やはり頭が狂ってたせいだろう。
 しかしあやしげな私の話を真に受けて、高価なパソコンを購入してくれた妻には大いに感謝したいところである。
またパソコンの基本的な操作方法は、マンガのマニュアル本を何度も読んで覚えた。
このとき奇跡的にも麻雀の知識や感覚が発症によって脳から消失していないことを発見した私は、「パソコンの麻雀ゲーム」を買ってきて、本当に寸暇を惜しんで熱中したものだ。
このゲームは常に判断の正しさとスピードが要求されるが、時間の経過とともに私の壊れた脳に正しい判断能力が育っていくのを感じていたのも事実である。
 そして現在に至るわけだが、最近の私はこのゲームに手を出していない、もう不要なのだ。

 
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