2013年01月20日

唐突に語尾をゴビ砂漠、つまりは最後のデスマス句

やっと思い出した!
何か!色々と!思い!出した!

そう、当ブログのパスワードとか、あと何か色々と!

……と、そんなワケでして、お久しぶりでございマス。
ローレンツカでございマス。

日記のタイトルの方は、いつも通り気にしないで下さい。お願いしマス。

いやー、なんかもう某掲示板群にも書き込んでないデスし(トリップ忘れちゃってコテつけらんないので)最早この語尾の片仮名表記にも意味などないのデスが、かといって唐突にやめると過去の記事も語尾を直したくなるというジレンマがあってなんともはやデス。

まいっか。
今からやめるもん!

ところで自分の周辺では数年前から結婚とかいうのをする人が沢山いたワケで、若者のローレンツカ離れ……みたいなのが深刻化しているのです。
平たく言えば、友達がどんどんいなくなる怪奇現象に襲われているのですね。

これがまた、たまらなく恐ろしい。
びっくりするぐらい構ってくれなくなります。
兎は寂しいと死ぬとかいうのはデマですけど、メンタル面ならば兎なんかよりもぶっちぎりで弱い自分みたいなのは、淘汰される寸前にまで落ち込みます。

実際淘汰されてるんですけどね。

それと近頃はFacebookです。
mixiの本名バージョンみたいなアレも、実際に知り合った人達とネットで話したりできるのは面白いと思いました。
多分、mixiとかもそういう使い方をしたら良かっただけなのでしょうが、卑屈な精神で育ったネット弁慶としては目から鱗でした。

友達、一桁しかいませんけど。

最近ようやく気がついたのですが、どうやら自分は友達を作るのが苦手なのかもしれません。
これじゃあんまりにも寂しいので、今年は友達を増やせるといいなと思ったりしております。

あ。

あと最近はアヴァベルっていうゲームが面白いです。
張り切って弱小ギルドも作ったんですけど、三人しかいません。
自分と、弟と、自分のサブです。
実質二人ですね。

楽しいです(小声)

他には別段これといって変わった事はありません。
ありませんが、額が少し広くなりました。

2012年07月10日

「手応えと歯応え」

手応えと、歯応え。

どちらも人体の各部分にかかる感触という意味もあるんだけど、やり応えみたいな意味でも使われますね。

で、コレは個人的な意見なんですけど、こういうやり応え云々の際の発言として「歯応えがある、ない」というのに、自分は些か抵抗があるわけです。

歯応えという名称から察するに、訓練の賜物により相手を打ち倒し、そこで得た経験を咀嚼して我が血肉に変える……みたいなところでしょうか。
決して間違ってはいないでしょうし、歯応えという言葉を使っての説明として何もおかしくはありません。

しかし、どうにも得心しかねる部分もあるのです。

実際、勝負事なり何なりで成果を上げるべく行動して、やり応えを感じる段に至った時の事を考えてみて下さい。
その時、手と歯、どちらがより意識されるのでしょうか?

緊張は手の力みや震えとしても現れますし、口内では舌がもつれる事もあるでしょう。
しかし「歯がもつれる」だとか「歯が震える」とは言いませんし、後者に至っては恐怖を感じた際の「歯の根が合わない」といった意味に近くなります。

決してそれが勝負事に一切関係ないとは思えませんし、事実、勝負には恐怖が伴う事もあります。

しかし、歯応え。

勝負の渦中、恐怖で鳴った歯を以ってして「これは凄まじい歯応えであった」と為すのは、少し違うのではないかと思います。
勝負事についての歯応え云々については「恐怖による歯の根の震え」は不適当ではないでしょうか?

少し違いますが武者震いなどもそうですよね。
震えるという行動自体にはら勝負事に対するやり応えなどは含まれないし、それが有効な経験であったとして咀嚼される事も無いのです。

だから歯応えと言って考えられるのは恐らく内容の咀嚼、経験の消化に関わる事なのでしょう。
歯というのは比喩です。

では次に、勝負事に手応えは無かったのか?という部分について考えてみます。

試験など勉学に関わる勝負事ならば、頭で考えて手で書き記したりするはずです。
スポーツなども、歯よりも手を意識する事の方が多いかと思います。
歯はせいぜい噛み合わせ程度の問題で、力の伝達に関係がある程度でしょう。

ですから勉学にしろスポーツにしろ、他の様々な勝負事にしろ、そのほとんどのものは感触としては歯応えよりも手応えを感じるのは間違いありません。

勝利の感触を手に……とは言っても、勝利の感触が歯に……と言わないのは知っての通りかと思います。
そして勝利の際、手を振り上げて喜ぶ事はあっても、歯を剥き出して喜ぶ事はありません。
また、噛み合わせて喜びを体言するという慣習も一般的であるとは思えません。

そんな考えから、自分は歯応えよりも手応えという言葉の方がしっくり来るのですが、世の中では歯応えが優勢なようで、そうした表現をする時に手応えと表記される事はほとんどありません。

これは単純に、手応えという言葉だと物理的な感覚にのみ意識が行ってしまう為なのかもしれません。
だからそこで精神的な感覚でのやり応えを強調する為に、わざわざ馴染みの少ない「歯の応え」に例えているのかもしれないですね。

実際には辞書で調べても、歯応えと手応えはどちらも同じ意味ですし、これはきっと「きのこの山派か、たけのこの里派か」というネット上で交わされる冗談半分の論争と同じく、根底にあるのは好みの問題かと思われます。

ただ「自分は手応え派だぞ!」と言ってみたかっただけなんですね。
こんなオチで本当に申し訳ありません。

今回はそんな話でした



法治による放置ブログであることを放知します

さて、ぶっちぎりの放置デシタ。


6月は一切更新ナシ。


もう無敵デス。


そしてその間に、我がブログもめでたく6周年も迎えマシタ。


む、迎えたはずデス。


すっかり忘れてマシタが、6月9日が記念日的な日だったと思いマス。


おめでとうございマス。


ありがとうございマス。


さて。


最早ブログブームもすっかり終わって、自分がとある掲示板群での活動時に同期でやってらした方々のブログも、そのほとんどが機能していなかったり消去されていたりしマス。


むしろ未だに続けているのお前ぐらいだよお馬鹿さん……みたいな目で見られてないか心配になったりもしマスが、どうやらほとんどの方の記憶から消え失せているようで、若干の安堵と物寂しさを感じ入る次第デス。


まぁ、ほぼ放置しといて言う台詞でもありませんが。


そしてそれから来たケータイ小説ブームも終わって、グリーモバゲーもおとなしくなってきて、ツイッターやフェイスブックはよくわかりマセン。


長年……という程やってきたわけでもありマセンが、ずっとハンドルネームでやってきた身としてはフェイスブックにて本名で始めるには抵抗があるのデス。


もし仮にネットでも本名が当たり前になってしまったら、これまで培ってきたローレンツカというワケのわからない存在はどうなるのやら。


本名でやると味気無くなる事というのも、あるんじゃないかと思いマス。


ハンドルネームと本名でのアカウントを別でやるにしても、中の人は一人なワケですから、ブログにグリモバ、mixiにフェイスブックとどんだけ同じ事を書いて回る気だって話デスよね。


超めんどうで死ぬかもしれマセン。


こういうのは趣味でしかないので、流行り廃りに左右される事なく好きなのを好きな時にやれば良いデスよね。


うん。



2012年05月26日

ゲームやってました

いきなり間が開きマシタ。


五日縛りが無いとローレンツカはこんなものデス。
ちょろいもんデスよね。


さてと、近頃はオーダー&カオスっていうスマホのゲームにハマってマシタ。


三日で飽きるぜ〜、ワイルドだろう〜?
……とか思ってたんデスが、とりあえず昨日で四日目。まだ飽きてませんデシタ。


三ヶ月分無料なんで、飽きるまでやってみようかと思いマス。


三ヶ月は絶対もたないと思うのでそれまでせいぜい楽しみマスってなもんデスよ。


ええ



2012年05月06日

衝動買い

7186a46c.jpg久方振りの普通の日記でございマス。


さて、ゴールデンウイークも終了とあって
人生が嫌になって参りマシタ。


画像は全国の民話が載ってる本デス。


全部で37巻+別巻1冊。


本棚のキャパシティを考えずに衝動買いしてしまいマシタ。


思えば3日前、本屋さんで2万円ぐらいのお買い物をした際に

「金銭的にも本棚的にも今月はもう本は買わないでおこう」

……と思ったのデスが、この信念が三日間しか続かなんだ。


もう一冊も入らないかもしれない所へ、まさかの三十八連殺。


こういう奴が国のトップだったらすぐに滅びそう。


もうちょっと後先を考えるべきだと学んだローレンツカなのデシタ。


2012年04月21日

萍始めて生ず

うきくさ はじめて しょうず 。


穀雨の初候デス。


萍(うきくさ)が芽を出し始める時節デス。


穀雨は二十四節気、春の最後になってマス。


ご覧のように雨の多い時期で、尚且つ気温は上がっておりマスから百穀を潤す春雨の時期という事で穀雨、となっているのデスね。


本日、友人が唐突に

「今年の夏は短かそうだ」

と言ったので、てっきり女性のスカートの流行に関する話かと思いきや、気温の話デシタ。


まるで違っててビックリですね。


自分だけデスか?


なるほど。


さて、今回で七十二候の話は終わりデス(既に三回ぐらい言ってる)。


次からは適当さに拍車をかけてダラダラしますので、もしかしたら次の更新は百世紀ぐらい後かもしれマセン。


まるで目的のないただの日記を明日にでも始めるかもしれマセン。


でもなんか、自分が死んでもこのブログっていう足跡が残っていくのは不思議なものデスよね。


という事で最終回っぽいんデスけどブログは続きマス。


残念デシタね。



2012年04月17日

虹始めて見る

にじ はじめて あらわる 。


はい、そのまんまデスね。


清明の末候であられる 虹始めて見る デス。


ようやく次から穀雨となり、この穀雨の初候で当ブログの誰得な七十二候日記シリーズも一巡デス。


次は本朝の七十二候でもいこうかと思いマシタが、漢字が出ないという苦い思いをあんまりしたくないので没デス。


ともあれ、七十二候を一周するという意味不明な自分ルールにがんじがらめにされてしまった一年、日記を書くのがとても面白くなかったので、終わったら好きに過ごそうと思いマス。


何かを一年間継続するのって意外と苦痛である。


という事を学びマシタ。



2012年04月11日

田鼠化して鶉と為る

でんそ けして うずら と なる 。


田鼠=クマネズミ、もしくはモグラの別名だそうな。


クマネズミが春の陽気を感じて鶉(うずら)になる時節デス。


そんなワケないだろ感が半端ないデスが、七十二候は度々こんな感じデスし諦めて下サイ。


ちなみに鶉デスけど、本当は次が違いマス。


鳥という漢字の上に如が乗っかったのが正しいカタチ。


ちなみにウズラはウズラでもフナシウズラ(ミフウズラ)の事だそうなので、普通のウズラともちょっと違うのデスね。


変なトコで細かい。


うん。


そろそろ朝が辛くなくなって参りマシタ。


桜満開で綺麗デス。



2012年04月08日

桐始めて華く

きり はじめて はなさく 。


二十四節気は清明となって一発目の七十二候デス。


桐の花が咲き始める時節デスね。


さすがに暖かい日が増えてきマシタ。


もう一ヶ月もすれば日中は半袖でいける時期デスけど、それにしてはまだ寒いようなよくわかんないような感じデスね。


さて、薄着の季節に備えて中年太りを何とかしなければ……

2012年04月03日

始めて電す

はじめて いなびかり す 。


はい。


電す……デンす、じゃないでんす。


いなびかり。
稲光。


さて、前回の 雷乃ち声を発す というのは、つまるところ雷鳴デシタが、今回は雷鳴+雷光というわけデス。


そんな時節なのデス。


そしてこんな時期だからこそなのか知りマセンが、今日なぞは暴風雨だったようデス。


二十四節気も今回で春分が終わり、次回からは清明となりマス。


そして清明が過ぎれば穀雨。
当ブログの七十二候も一巡デス。


つまり、ようやくこのめんどくさ……いや、奥ゆかしいシリーズ(?)も終了というワケです。


一年て、わりと長いものデスよね。


ふむ