パチスロで最高のパフォーマンスを!

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20年


だいぶ前に予約していたのだが、いつの間にか発売日になり、急に届いた。20年越しで遂に完結する。まるで旧劇場版の音楽が聞こえてくるかのようだった。

蔵王堂へ

さていよいよ金峯山寺の本堂である蔵王堂に到着した。木造の古建築としては東大寺の大仏殿に次ぐ大きさである。ここに来るのが目的であった。日本最大の秘仏である金剛蔵王大権現が特別にご開帳されている。
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蔵王堂の内部に入ると巨大で凄まじい形相の蔵王権現が三体並んでいる。青く彩色され右手には法具を持ち上に振り上げている。右足を持ち上げている姿に躍動感がある。三体の蔵王権現はそれぞれ過去、現世、来世を象徴していると言われる。私の知らない世界がここにはあった。ここでは節分には「福は内、鬼は内」と全国から追い出された鬼を迎える儀式や蛙飛び行事という法力により大きな蛙になってしまった人を人間に戻す奇祭が行われる。生活の一部としてのこういう世界遺産との関わり方があるのだ。

蔵王堂のそばにある南朝妙法殿。
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南北朝時代に後醍醐天皇の吉野行宮となった場所である。

銅鳥居

宿で朝食を頂き、早々に出発する。宿から数分の所にあった金峯山寺の銅鳥居(かねのとりい)である。東大寺の大仏の余銅で造ったという伝承があるが、室町時代の再建である。銅製の鳥居としては現存最古のものらしい。
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金峯山寺は修験道の総本山であり、修験道とはかねてからあった山岳信仰に大陸から伝わった仏教が融合して出来た日本独自の宗教である。今回ご開帳されるという金峯山寺本堂の蔵王堂の秘仏本尊である蔵王権現も日本の神々は仏教の諸尊が姿を変えて現れたという神仏習合思想によるものである。そのため金峯山寺には寺なのに鳥居があるのだろう。

かつて役行者という伝説的な人物が桜の木に蔵王権現を彫り込んだとされており、それ以来、桜は枝の一本までも大切にされ、信者による寄進もあり千本桜と呼ばれるほどの桜の名所となっている。こうした自然とともに進化してきた信仰の形態と千本桜という人間社会と自然の関係性による文化的景観の価値が認められ、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として吉野は世界遺産登録されている。

水着でフルスピード

姫路から神戸へ向かう。途中大渋滞に見舞われ、行けたら行こうと予定していた異人館街は次回以降に繰り下げとし、神戸のハーバーランドという所へ行く。駐車場に車を停めショッピングモールの中の飲食店街で明石焼きを食べる。もっと熱々なのを想像していたのだが、意外と大丈夫とどんどん口に放り込んでいると、ちょっとだけ口の中を火傷する。

そして急いでメリケンパークへ向かう。何故かソワソワした人たちが多いメリケン波止場を早足で通り過ぎ、神戸メリケンパークオリエンタルホテルへ。泊まるためではなく、重大な用事があったのである。本当はここに泊まるつもりだったのだが、前日の予約が取れなかったのだ。それで今晩は奈良県の吉野町に宿泊と意味不明な東西に行ったり来たりとなったのである。しかもその大事な用事というのは11月1日の15時〜という時間指定まであったのである。

1Fロビーには結婚式の人やら宿泊客やらが一杯いて迷う。立派なカメラを首から下げたひと目で分かる同業者の人が、ホテルの従業員にエレベーターへ案内されているのを発見しついて行く。エレベーターで14階へ。14階のステーキハウスの中をちょっとだけ場違いな感じを感じながらホテルの従業員に案内され通り過ぎる。心の中で「いやーここに泊まるはずではあったんだけどなー」と思いながら屋外のテラスへ出て感動の対面である。

11月1日、灯台記念日の15時ちょっと過ぎに念願だった神戸メリケンパークオリエンタルホテル灯台に到着する。灯台記念日に合わせての特別一般公開である。
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日本で唯一のホテルに立つ公式灯台で私の好きなデザインの灯台だった。点灯時は緑と赤に光るようで、次回は是非ともステーキハウスで飲みながら点灯時の様子を見たいものだと思ったのである。神戸を出発しきっちり3時間で吉野町へ到着する。既に真っ暗で車で走るのには難儀したが、霧がかかり雰囲気は抜群である。ふるさと納税が縁で始まった今回の旅行の本来の目的地である。

吉野町の宿で吉宝鍋という鍋を頂く。我々が年齢よりも若めに見えるのか2本目のビールから「お兄ちゃん大丈夫?」といった具合で、その後やっとのことで「八咫烏(やたがらす)」という冷酒を出して貰うことに成功する。すぐそばに修験道の根本道場である金峯山寺があり、そんな場所で飲み過ぎるのはどうかということだったのだろうかとも思う。しかし「明日は観光していくんですよね」みたいな会話もあったので、我々がそんなにも敬虔な気持ちで来ている訳ではないことも分かってはいそうだったのだが。とにかく2日目はそんなに飲み過ぎずに眠りについたのだった。

姫路城、白鷺城と言われる訳

朝一で大河ドラマ館へ。隔年くらいで大河ドラマ館へ行っているのだが、特にこれといったものが展示されている訳ではない。大河ドラマの最後の数分のゆかりの地紀行みたいのを毎週見ているとだんだんと行きたくなってきて、秋くらいにその辺に出かけてしまう。すると大概大河ドラマ館があるのでせっかくだからと入ってしまうのだ。これも習性のひとつなのかも知れない。だいたい女性登場人物の着物があってこれは見事だといつも見るのだが、撮影はほぼ出来ないので写真などはあまり残っていない。出口付近にキャストのサイン色紙が飾ってあって、意外とそれが一番の見所だったりもする。

今回は姫路城と大河ドラマ館のセット券というのがあって、WAON払いが出来た。WAON払いだと前売り券料金になるらしい。合わせて一人630円だった。姫路城は来年2015年の3月27日から入城料が1000円と日本で一番高い入”城”料になるらしい。値上げ前にと焦って行ったわけではなく、実は平成の大修理という大天守の修復作業が行われていて、それがほぼ終了したところだったので是非にと見に行ったのだ。現在もまだ大天守周辺の足場などの撤去作業などが続いていて、来年の3月27日までは大天守へ登ることも出来ない。

姫路城は1993年に法隆寺などとともに日本で最初に登録された世界遺産である。世界遺産の修復には真正性が求められ、伝統的な工法と素材を用いなければならない。今回の平成の大修理では大天守の白漆喰の塗り替えや瓦の葺き替えが行われた。伝統的な技術を尊重するため築城当時と同じ工法で行われたのだが、漆喰はカビが原因で黒ずむため今回の大修理では防カビ剤が塗布されたという。しかし防カビ剤もそう長く持つ訳でなく、数年後には黒ずんでしまうそうだ。今と同じような築城当時の白さを見られるのは次の50年後の大修理後となるのである。

前日に車の中からチラッと見てしまったのだが、とにかく白いのである。これが本来の姿で1609年に池田輝政が大改修を終えた時もこの白さだったのである。
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2006年に行った時の写真と比べると明らかに違う。
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姫路ナイト

4時間弱で姫路へ到達する。ホテルへチェックインするもあいにくの雨(大雨)に見舞われフロントで傘を買って夜の街へ。傘は二本で1000円!自車での旅行だったので準備しておくべきだった。最近はぐるなびなどで食事処(無論飲める所)を調べる習性が身に付いたので、とても良い店にたどり着ける。
姫路の夜は「遊膳」という店へ。二人で何故か「タクシー!」と叫びながらもホテルまで走って帰れるくらいの酔っ払い加減(生ビール×5,6杯?、日本酒2合?)で11010円。最近はもしかしてオレって刺身嫌いなのかなと思い始めていたのだが、ここの刺身は抜群に旨かった。好き嫌いでなくおそらく舌が肥えているのだと思いたい。大好きな鳥のたたきも美味しかったし、播州名物のひねぽんというのも良かった。
ひねぽんとは、ひね鳥という卵を産まなくなった鳥を焼いてポン酢を絡めた料理のことである。卵の栄養が肉に周るため良い味がするのだそうだ。この日は当然のように翌日に備えて倒れるように即座に就寝したのだった。

法起寺

法起寺へ向かう。法隆寺から車ですぐである。同じく聖徳宗の法輪寺のすぐ近くに堂々と車を停めることの出来る駐車場があり、ここから歩いて10分ほどだった。法起寺も法隆寺と同様に聖徳太子ゆかりの寺院であり、「法隆寺地域の仏教建造物群」として法隆寺に属する建造物以外で唯一法起寺の三重塔が世界遺産に登録されている。

法起寺の三重塔は、三重塔としては日本最古で最大規模である。法隆寺の五重塔と比べ、完成は法起寺三重塔の方が古いが、着工年が法隆寺五重塔の方が古いため、世界最古の木造塔は法隆寺の五重塔だとされている。駐車場が見つからなくて周辺をうろうろと走り回っていたのだが、車道から見える三重塔は歴史の重みを感じさせる空気をもの静かに放っていた。

拝観料を払って境内へ入る。「景色や建物の写真は良いけど、仏さんの写真は撮らないで」と言われる。パンフレットなどには写真が載っているので、おそらく訪れる人がパシャパシャと写真を撮るのが不敬に値するからなのだろう。法起寺で創建時のままで現存する建物は三重塔だけなのだが、創建時は南大門から見て東に三重塔、西に金堂と東西に並んでいたことが分かっている。これは法隆寺の逆の配置になり法起寺式伽藍配置と呼ばれている。(下の写真はまた北側から撮った写真なので反対)
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法隆寺に来てここ法起寺に来ない人というのは山ほどいるのだろうと考える。世界遺産について多少の勉強をしていて良かったと思ったのだった。逆に法起寺だけに来て法隆寺には行かないという猛者はいるのだろうか。そう言えば前回の熊野行きでは那智の滝まで行って那智大社には行かなかったことを思い出した。そんなことを同行者の家人と話しながら姫路へ向かう。ここから吉野へ行き、その後で西へ向かうというのが理屈の通ったルートなのだが、そうは出来なかったのである。「理屈じゃねえんだよ。旅は!」と疲れた家人を励ますために途中のサービスエリアで栗のソフトクリームを食べたのだった。

夢殿

法隆寺の西院伽藍をあとにして、大宝蔵院へ。こちらは1998年完成の新しい建物である。法隆寺に関係した貴重な宝物を公開している。玉虫の羽がついているという玉虫厨子やスタイルの良い百済観音像などがある。ここは写真の撮影はできなかった。続いて東院伽藍へ。東院の中心となるのは八角円堂の夢殿である。
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夢殿の本尊は聖徳太子の等身像とされる救世観音立像で、明治初期まで白い布に覆われた完全な秘仏だったのだが、明治政府の命でその布が取り払われ調査が行われた。現在でも秘仏とされ、春と秋の約一ヶ月間(4/11〜5/18、10/22〜11/22)のみ開扉されるということだったが、偶然その機会に遭遇したのだった。東院は夢殿を囲む廻廊が西院に比べ狭く、その分静かな空間だった。静かに厳かに聖徳太子が供養されていた。

法隆寺にて-サンダーV-

法隆寺の西院伽藍に並んだ五重塔と金堂を見ているとある感覚に気付く。何だかおもちゃみたいに見えてくるのだ。もちろん人類の創造的資質を示す傑作であり顕著な普遍的価値を有する類まれな建造物であることに疑いの余地はないのだが、ちょっとだけ変わった感覚があったのだった。デザインとバランスが楽しい極限の美、とてつもなく貴重なものなのに、子供の時にずっと欲しかったおもちゃを与えられて喜んでいるようなそんな感じがする。何処かでいつか感じた感覚なのだが思い出せない。こんなに楽しくて良いのだろうか?その時はそのままにして放っておいたのだが、自宅へ帰ってきてそれを思い出したのだった。

サンダーVである。サンダーVで箱を積みながら、またリーチ目だという時に感じた感覚である。だんだんとリール上の出目がおもちゃみたいに見えてくるのだ。左リールにV・ベル・リプ、予告音有り時にハサミ打ちで右リールにV・ベル・BARなどが全くそれだった。二リールとも消灯していると二確のリーチ目に昇格するのだっただろうか。このサンダーVの出目が美しく楽しかったのだ。

こちとら金を賭けて真剣に打っているので遊びという感覚はないし、一回のリーチ目で何千円という価値があるのだが、それでも付きまとうふわふわした感覚、盤面の出目がおもちゃみたいに見えてくるのだ。ホールでサンダーVを打つことができない今となると、欲しかったものが手に入る瞬間、見たかったものを見ることができた瞬間、ただの子供のおもちゃなのにそれを心底喜べる瞬間、それらが同じ貴重な瞬間だったのだと思った。真剣にやっているのに楽しく貴重な時間、そして優れたデザイン性、それらの融合がアンバランスな感じがするのだ。

デュエルドラゴンやワードオブライツの美しい線対称のリーチ目は、絵柄のデザインや出目の完成度が高すぎてこんな感じがしなかった。サンダーVだからなのだ。サンダーVの左リールのV・ベル・リプは天を指す五重塔、右リールの下段停止V(予告音有りで二確)やV・ベル・BARはずっしりとした金堂、そんな妄想を始めてしまったのだった。

五重塔

さて五重塔のことである。法隆寺の五重塔は世界最古の木造の塔である。その塔の最頂部に鎌が4本あり、それを見つけるのを楽しみにしていたのだ。
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この鎌は雷避けとも言われるが、何のためにあるのかは定かではない。鎌の見える向きで作況を占ったという言い伝えもあるそうだ。
この五重塔の屋根は上に行くほど小さくなり、最上層の屋根の大きさは最下層の屋根の大きさの約半分しかない。このデザインがさらなる高さを演出し、天を突くかのようとも言われる。
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