世界遺産マイスターとして最高のパフォーマンスを!

世界遺産マイスターとして何らかの活動を行っています。かつては『パチスロで最高のパフォーマンスを!』目指していました。勝利に徹しつつも熱く打ったパチスロの記録と小説、2006年の日本一周の記録、継続しつつも成果の全く出ない株式投資の記憶、そして目指すべき世界一周への思い、読んだ本や見た映画、飲んだ酒などの雑多な記憶。半島や岬の先端と灯台の記憶も忘れ難い。

トカップワイン

今年のふるさと納税は北海道の池田町と山形県の庄内町へ。庄内町のお礼品が米、これは現実的に家計のため。池田町の方はワインの町と呼ばれ、ワイン城まであるだけにワイン4本セット。
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池田町は十勝平野の東に位置し、ドリカムの吉田美和の出身地なのだとか。ワイン4本は3日で無くなってしまったのだが、多少なりとも酒代の減少に効果があったはず。

トカップ ロゼ(720ml)
価格:1067円(税込、送料別)


福井神社

仕事で福井へ行ったついでに福井神社という所へ行く。
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福井神社は1943年の創建なのだが、直後の1945年に空襲で焼失してしまう。その後、福井大学工学部の設計で斬新なデザインで再建された。主祭神は幕末の四賢侯の一人である松平春嶽である。
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鳥居の地面に平行な二本の水平材を上から順番に笠木、貫と呼ぶ。福井神社の二の鳥居は貫が無い独特な構造である。
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拝殿もまるで美術館か何かのような造りである。
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拝殿の奥の一部と本殿と拝殿をつなぐ幣殿の一部がそれぞれガラス張りになっていて、本殿とその周囲の神々しい部分が垣間見えるスタイルになっている。

2016.04.23

いよいよグアム最後の日となった。最終日まで部屋に置きっぱなしになっていたブーケやレイ。
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生花なのでちょっとずつ枯れてきていたのとお別れ。
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午前中の内に、DFSギャラリアでお土産をまとめ買いして、荷物に詰め込んでしまう。ホテルをチェックアウトし、アイスなどを食べに行って空港までの送迎の車が来るまでの時間をのんびりと過ごす。そしていよいよ帰国となった。

出国時の保安検査の時に財布をポケットから出すのを忘れて(忘れたというか混雑具合が半端無かったので出したくなかった)、しかも首からぶら下げるタイプのパスポート入れをTシャツの中に隠していて、それが原因でとても厳しく調べられることになった。グアムで結婚式を挙げたばかりというまさに平和ボケの象徴とも言える私だったが、そんなことはお構いなしで体中をまさぐられるように調べられる。別段怪しいものは持っていなかったので、無事に保安検査場を通過出来た。

空港内に喫煙所が見つからず困ったのだが、どうやらラウンジというBarのような所でだけ喫煙が可能なようだ。既に出国してしまっているので、公共の場でも喫煙が可能ということなのだろうか。無論そのラウンジ以外は禁煙で、自由にタバコを吸うことは許されてはいないのだが。

帰国し、ドルを円に戻す。レートは1ドル102.26円、出発した時よりもだいぶ円安になっていたのに、そんなことはお構いなしのレートである。世界は手数料で回っているのだ。中部国際空港の駐車場は、出庫時には事前精算した駐車券を車内に持っているだけで、自動でゲートが開くというハイテクだった。見た目は普通の駐車券なのだが、どんな仕組みになっているのだろうか。強烈な眠気と戦いながら、運転して無事に帰宅。つつがなく挙式が終了し、家人の準備に費やした努力と協力して頂いた方々に感謝。

2016.04.22

ラッテストーン公園には旧日本軍の防空壕跡もあった。1941年の真珠湾攻撃の5時間後に旧日本軍はグアムへの攻撃を開始し、1944年にアメリカ合衆国により奪還されるまで、グアム島は「大宮島」として占領された。太平洋を股にかけた我々日本人の祖先たちの行動力と勇気には驚くばかりである。その頃に作られた防空壕の跡である。
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漢字で防空壕と彫られている。その文字の間に放射能を示すハザードシンボルに似ているマークがあるのは、かつて冷戦時代に核兵器が保管されていたからだという。

続いてすぐ近くにあるハガニア大聖堂へ。グアムで最初に建てられたカトリックの教会である。荘厳な教会の内部と重厚な建物、華美なステンドグラスの必要性について家人に問われたので、神は心に宿るのだ、その心を穏やかにクリーンな状態に整えるための教会という空間なのだよと適当に説明しておく。
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ハガニア大聖堂の向かいにあるスペイン広場には、スペイン統治時代の建築物が修復されていて、じっくりと見たかったのだが、雨が降ってきたのでタモンへ撤収し、ホテルで一服して昼食を食べに出かける。HISから貰ったクーポン券があったのでEggs'n Thingsという店へ出かける。こんなクーポン券を貰わなかったら、まず行かなかったのだろうが、ハワイなどでも人気の店のようだ。
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ほとんどの客が、家人曰く”一生分以上の”ホイップクリームがのったパンケーキを注文していて、完全に残す用と化していたのだが、我々は普通のメニューを注文した。噂には聞いていたのだが、本物に対面するのは初めてのエッグベネディクトとアイスコーヒーで18.43ドル。
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家人が要らないと言ったのに、「No!」と言われ出てきたノーマルのパンケーキ。メニューに必ずセット化されているようだ。
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あとはクーポン券で注文できたベーコン&マッシュルーム&チーズオムレツとポテト。
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周囲の残す用のホイップクリームを見ているだけで満腹中枢が刺激される。午後からはちょっとしたお土産を買いに行き、ガソリンを満タンにしてレンタカーを返却する。ようやく運転という呪縛から逃れることが出来て、とりあえずほっとする。昼食がだいぶ重かったので、夕食前にコーヒーを飲みに行くなどして時間を潰す。

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そして遅めの夕食は焼肉へ、ホテル近くの多賓(DABIN)という店へ。家人曰く”ステーキの様だ”という肉を食す。2人で132ドル。

2016.04.22

5日目はレンタカーでグアムの首都であるハガニアへ出かける。まずはサンタ・アグエダ砦(アプガン砦)という1800年頃に築かれたスペイン軍の砦の跡へ。ハガニアを一望する高台にあった。ここで観光客相手に売られていたのがヤシの実ジュースである。念のため飲んでみる。1粒というか1個で5ドル。
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ヤシの実とココナッツは同じもので、スポーツドリンクのようなココナッツウォーターである。飲み終わった後は、中身の実の部分をわさびしょうゆで食べることが出来るようだったが、これは止めておいた。

続いてラッテストーン公園へ行く。ラッテストーンとはチャモロ文化を象徴する石の遺構のことである。ハリギと呼ばれる柱身にタサと呼ばれるコーヒーカップ形状の石を乗せたもので、そのラッテストーンが平行に2列並べられている。
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紀元前3000年から2000年頃に東南アジア系チャモロ人がカヌーに乗ってグアム島などのマリアナ諸島へ移住したとされている。その後、チャモロ人によって1100年から1700年頃にかけてラッテストーンが築かれた。グアム島以外にもサイパン島などでも発見されているということだ。カヌーに乗って大海原を渡ってきたということだが、そのカヌーは一昨日のシュノーケルツアーに行った時に乗せて貰ったカヤックのようなものなのだろうか。
イナラハンにあったチーフガダオの像もカヌーに乗っていた。
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このガダオ酋長の像のカヌーの後ろ半分が欠けているのは古い伝説にちなんでいる。ガダオ酋長が別の酋長と強さ比べをしたときに、2人で1つのカヌーに乗り込み、別々の方向へ漕ぎ出して勝負をしたという。その結果、カヌーは2つに割れ、像のような姿になったというのだ。

2016.04.21

ホテルへ戻る途中でKマートという大型ショッピングセンターへ立ち寄る。そろそろ土産物について検討しなくてはいけないので、ちょっと探してみようということになったのである。しかし、結局は水とスターバックスの激甘飲料など買って終了。
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このショッピングセンターは24時間営業しているようである。バスも出ているのだが、バスに乗って買い物というのも不便だし、レンタカーの自由度は高いなと実感したのだった。

夕食は焼酎バーの笑という店へ。庶民派の49.33ドル。ビールにたこ焼き、マグロの刺身、豆腐ステーキ、冷やしトマト、牛たたきなど。意外にも和食を食べてしまうのは、ホテルの朝食をわりとしっかり食べていたり、昼食ががっつりしていたりするからなのだろうか。
ビュッフェ形式のホテルの朝食、生野菜が意外に美味しい。
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2016.04.21

レンタカーでグアム島の南を周る。アガットのタリファクスペイン橋。CIMG7016

スペイン統治時代の1800年代に、石灰岩で造られた橋である。CIMG7012

1565年に初代フィリピン総督となったスペイン人のレガスピがグアム島の領有を宣言し、1898年の米西戦争のアメリカ合衆国の勝利により米国に割譲されるまで、グアム島はスペイン領だった。その頃の名残である。

続いて、ウマタックという所へ。ここは湾になっていて、そのウマタック湾をはさんで教会と砦の跡がある。1769年に再建されたサン・ディオニシオ教会、創建は1680年だという。DSC_0176
サン・ディオニシオ教会の目の前に立つ十字架、奥に見えるのがスペイン統治時代の1802年から1818年にかけて建造されたソレダット砦、海賊からガリオン船(交易船)を守るため建造された。CIMG7022
ウマタック村は1521年にポルトガル人のマゼランが西洋人として初めてグアムに上陸した場所だと言われている。グアムのチャモロ人は西洋人に食料や飲み物を与えたが、その代わりにマゼランたちの帆船からボートを奪い取った。それに怒ったマゼランは家々を焼き払い、村人たちを虐殺したという。このマゼランの暴挙は計り知れない文化の差違から来るものである。お互いを知るということが何よりも争いごとを無くすのである。しかし世界一周中のマゼランにとっては限りなく貴重な船であった訳であり、その価値を想像するのはなかなか難しい。1926年に建てられたマゼラン上陸記念碑。
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ソレダット砦からウタマック湾を見渡す景色。奥に先ほどの教会が見える。
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吹きつける強風が歴史の重みを物語っているよう。
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砦の跡には3門の大砲のレプリカが置かれている。CIMG7051

砦自体の保存状態はあまり良くない。世界遺産には登録されにくいタイプの歴史の痕跡である。CIMG7076

2016.04.21

結局、何とかなるということでレンタカーのレンタル期間をもう1日延長して貰うことにしたのだった。当初のプラン通り2日間通しで138ドル、ガソリンは満タン返しということだった。日本国外で給油するというのも初めてだったのだが、今時はネットで何でも調べられるので、ネットで調べたままやってみたら特に問題はなかった。セルフで給油してみたのだが、最初にレジでレーンの番号とともにFill Up.(満タン)と告げ、給油を開始する。レギュラーは”Unleaded”と言うらしい。給油ノズルを外したら、ノズルのセットされていた所のレバーを押し上げるのがポイントだろうか。今回はあふれるギリギリまで給油しておいた。2日間での走行距離は109マイル、1マイルが自動車の場合は1.609km(陸マイル)なので174kmほど走ったことになる。この1マイルが飛行機や船だと1.852km(海マイル)になるということだ。

そして、いよいよ島内ドライブへ出かける。レンタカー屋の人には島の北は危険なので、島の下南へ行くように言われた。もともとの計画もそうだったので島の南方向へ出かける。我々が滞在しているホテルが密集している地域はタモンという地域でその南西にグアムの首都ハガニアがある。今日はハガニアを通り過ぎてさらに島の南部へ向かう。

20万km目指せ

帰宅したところ車の走行距離がゾロ目になっていた。
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そして遂に『世界の車窓から』が10000回目を迎えていた。
10000回目の放送にも関わらず、いつも通りで放送回数などには全く触れられていなかった。

月刊世界の車窓からDVDブック(no.43)
価格:1512円(税込、送料無料)


2016.04.21

恋人岬を離れ、昼食でPIKA's cafeという店へ。これも家人が探してきた店で、1人で来ていたら適当な店に行っていただろうなと思ったりもする。レンタカーのおかげで行動範囲がだいぶ広がってきた。2人で34ドル、ちょっとずつチップを払うのにも慣れてきている。5ドルを置いてくる。

その後は免税店へ買い物に出かける。買い物に行くにもやはり車があると便利だった。家人と一緒でなければ旅行先でブランドショップに行ったりはしないので、なかなかの新しい発見である。しかし最近ではアンコールワットのすぐ側にまでDFSギャラリアができていたりして、それはやり過ぎではないかと思うのである。とは言え、きっちり自分用の財布を買い換えてしまったのだった。

本来はレンタカーをまるまる2日間借りるはずだったのだが、上手くコミュニケーションがとれず1日のレンタルになってしまった。今日1日でビビッてしまって、明日は車を動かしたくも無いなんてことにもなりかねないから、ちょうど良いかということでとりあえずは1日の契約となった。実際に車を走らせてみると、交通量の多い街中の方が走りやすかった。前の車について走るだけなのだ。一旦、郊外というか全く交通量の無い所に来てしまうと、気付けば左側を走っていたりして、対向車がいたらとゾッとしたものである。

借りたレンタカーはTOYOTAのヤリス、ヴィッツの日本国外名である。CIMG7029

やり過ぎないように安全運転で。CIMG7111

この鳥居マークが何なのか最後まで解らなかった。CIMG7109
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