(思えば
   オイラの記事は、全部「ひとり言」だったな)

   *

 “時代は少しも変らないと思う。一種の、あほらしい感じである。
  こんなのを
    馬の背中に 狐(きつね)が乗ってるみたいと言うのではなかろうか。”

 ‥と、処女作「思い出」の冒頭で言っているのは「太宰治」


 彼の その言葉を
  不肖(ながら)オイラが(いみじくも?) 言い替えると 
                こうなるだろうか


  「時代は
  (走っている馬上から見る景色のように)
   目まぐるしく変わる

 ‥が、「ヒト」は
   その創世記から 何一つ変わってないし
   これからも、何~んにも 変わることはないだろう

 (何故なら
  -目には見えないけれど-
 
嘘100%で固められた)

 我々日本人の背中には
 (御先祖様の御先祖様たる)
  “天照大御神”の御霊(影)

 アッチの方の背には
 (この世の父)
     “イエス-キリスト”の霊(影)

 伝統やら慣習やらの中で
  ごく自然に
 (だから
   生まれながら、と いっていいのかな)

 みんな 
 
(“おんぶオバケ”よろしく
   ベッタリと)
張り付けられるのだから

 (ひとえに
   この世が “あらゆる嘘”の罷り通る
         世であるべき、と?)