報じられないことの中にこそ重要な問題がある
だが、気づいてない人が多い
われわれはテレビやネット、新聞、雑誌などの様々なメディアを通じて様々な情報に触れているが、
だが、気づいてない人が多い
われわれはテレビやネット、新聞、雑誌などの様々なメディアを通じて様々な情報に触れているが、
注意しなければならないのは、我々が触れている情報はメディアが報じたものだけであって、
報じられていないものは報じられていないのだから知りようがないのである。
報じられていないものは報じられていないのだから知りようがないのである。
そのことをまず押さえておく必要があるのだが、大半の人は報じられていることがすべてで、報じられてないことはなかったものと認識してしまっている。
しかし実際には報じられていないことの中に、重大なことがある場合がある。
報じられるべきなのに、報じられないこともある。
これはニュース情報の受け手である、読者、視聴者にはわからない。
テレビや新聞は、どの情報を報じるべきで、どの情報は報じないかを決める取捨選択権を握っている。
これは非常に重要な取捨選択権だが、通常はメディアが公平に常識的に判断して行われていると信じられている。
だが、私の観察によるとそうではなく、
"報じない情報操作"が行われているケースが多々ある。
私はコレを2010年09月ごろからツイッターで指摘している。
https://twilog.togetter.com/tuigeki/search?word=%E5%A0%B1%E3%81%98%E3%81%AA%E3%81%84%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%93%8D%E4%BD%9C&ao=a&order=allasc
#(ハッシュタグ)が登場してからはこれを付けている場合もある。
報じられない情報の中にも重要なものがある。
というより、メディアや情報源などの事情、都合により報じられない情報の中にこそ重要な問題が潜んでいる場合が多い。
なので、情報の受け手である読者、視聴者はまずそのことを認識しておくべきである。
現状はその認識すらない人が多いので、私からの指摘です。
こういうことは情報を発信する側のマスコミにとって都合がよくないのでマスコミは触れもしないでいる。
マスコミが触れていないと、普段マスコミに批判的な人でもマスコミが言ってないことには気づきようがないので批判もない。
何が報じられるべき価値のあることで、何がその価値がないものか分けるのは非常に難しい。
偽記事や誤情報は、流されるとあとにも残り検証もできるのでわかりやすいが、
流されない、報道されない情報は、あとに残らないので検証もできないしわかりにくい。報じられなかったことが正しかったのかどうか検証することも非常に難しい。
テレビの放送時間や新聞や雑誌の紙面には限りがあるので、記事にする場合の取捨選択は必要です。
だが、その取捨選択が適正に行われているか大いに疑わしい。
取り急ぎ、そのことを指摘するためにこの記事を書きました。
あとで書き加えたり修正する場合があるかもしれません。

