私がものを書く動機は、ひとが言わないことを書くことだ。他人様が言いそうなことなら何もわざわざ私が言うことはない。人様にまかせておけばいい。


長崎市長選で、元市統計課長の田上富久氏(50)が、銃弾に倒れた伊藤一長市長の娘婿で新聞記者の横尾誠氏(40)を破って当選した。

田上氏は世襲を批判して当選したが、これだと銃撃した城尾哲弥容疑者(59)の狙いどおりではないか。
テロリストに褒美を与えてはならない─というのはテロ防止の鉄則だ。長崎市長選の結果を見ているとテロは成功だったことになる。

田上氏には世襲を批判するのでなく、市の課長として自分こそ伊藤市政の継承者だと言ってもらいたかったが、そうは言えない事情があったのか。

弔い合戦の敵役という損な役回りなのに、田上氏はよくぞ短期間で立候補の決意をしたものだ。今回は当選したが、落選する可能性のほうが高かった。いや、無効票をカウントすれば実質当選ではないのかもしれない。

世襲はたしかにいけないが、今回の長崎市長選はただの世襲ではない。テロの凶弾に倒れた挙句のものだ。よく批判される世襲とはわけが違う。テロに負けないという意思を示す意味があった。

そこに思いを致せば田上氏はそもそも立候補すべきでなかった。田上氏は市の上級職員であり、新しい市長を補佐しながら自分の考えを市政に反映させることは可能だった。

選挙最中に候補者が殺害される─などということはあってはならないことで、民主主義や選挙の根幹にかかわるものだ。私の胡乱(うろん)な記憶では、少なくともここ十年はないことだ。なのにそれを指摘した記事やコメントはほとんどない。

今回の銃撃の裏にはまだ明らかになっていないことがあるようだ。
今日発売の「週刊ポスト」07/5/4・11号 にはさっそくこんな記事が載っている。
「伊藤一長・長崎市長は利権戦争に怯えていた」
http://www.weeklypost.com/070511jp/index.html
暴力団幹部の城尾容疑者の犯行動機を簡単に信じるわけにはいかない。