●政策に自信ありの正体
●5千万円と大きなカバン

◆地元都議が聴衆動員
これは2012年12月14日、武蔵小山駅前商店街で行われた東京都知事選での猪瀬直樹候補の街頭演説の模様だ。選挙カーの上には猪瀬氏、勝間和代氏、石原宏高氏が。ほかに森田健作千葉県知事、俳優の宍戸錠氏らが応援演説に立った。
勝間森田健作宍戸錠
 




 
聴衆は年配者が目立つ。地元の都議や区議もこの前にあいさつに立っている。ということは、この聴衆の中には地元の議員らによって動員された人もいるのだろう。選挙カーが来る数十分前から待っていた聴衆が何人もいた。
聴衆
 



 
白色のおそろいのジャンバーを着た運動員は物馴れた物腰。市民派の選挙でよく見かけるのとは異なった人種に思えた。
白いジャンバー こういうことから推察できるのだが、猪瀬氏の選挙は無党派とか市民派の選挙というより、従来型組織選挙の臭いが強い。
猪瀬氏ならこんな選挙をしなくても楽勝だったはず。どうもこのへんから違和感が漂っていた。

猪瀬氏のために動員をかけた地元の議員たちは、これで貸しを作ったつもりになったことだろう。借りはどこかで返さなければならない。そういう貸し借りが政治や行政を歪めてきた。裏では当然ながら金が絡む。組織選挙で見返りなしにこういうことをする人はいない。応援しますから、あとでよろしくね─という暗黙の了解がここにはある。

ここに集まったのはたかだか、百人前後だろう。演説のあと商店街の長いアーケードの中を猪瀬候補は40分以上ねり歩いた。しかし、猪瀬氏に握手を求めてくる人はまれで、猪瀬氏のほうから商店の中にまで入って手を伸ばして、やっとという状態だった。こんな状態で大丈夫なのだろうか?と心配になるほどだった。それがまさか、434万票もの大量得票になるとは思わなかった。猪瀬氏への大量の得票は猪瀬氏のこれまでの活動と知名度から湧き上ったもので、選挙運動で得られたものはごくわずかだろう。

街頭で選挙活動をやっても直に猪瀬氏と触れ合える人はたかが知れている。こんなことをいくらやっても434万票には届かない。猪瀬氏は無駄な努力をしていたように思える。

しかし、こんなことをするのにも金はかかる。選挙カーは必要だし事務所も借りなければならない。
無駄な努力をするために発生した金銭的不安のために、結局使わなかった5千万円を借りて、それが命取りになった。なんとも皮肉なことではないだろうか。

◆政策に自信ありというのだが
猪瀬氏は知事辞任を決意した後で、政策には自信があるが、政務がアマチュアだったと反省してみせた。
しかし、これに疑問がある。
猪瀬氏の言う、政策に自信があるというのは設計図を書くことだと思える。だが、設計図だけで建物が建つだろうか?
実際には、現場監督がいて、施工の際に発生する様々な問題を解決しながら建物はできていく。

猪瀬氏はファクト(事実)やエビデンス(証拠)などという言葉を織り込み、数字をもちいて説明するので、それを聞いた人は、この人ならできるだろうと思い込む。だが、いくらよく書けていても設計図だけでは実際に物はできない。

現場には日程や材料の調達など、現場でなければ発生すらわからない様々な問題がある。それらを現場が解決することだ─と部下を怒鳴り付けているだけでは物事は先に進まない。現場即応の対人接遇能力が必要だが、猪瀬氏にそれはない。褒めてやらねば人は動かず─という山本五十六の名言を猪瀬氏は知らないだろう
組織として物事を構築する経験と考えが猪瀬氏にはなく、個人商店主の発想と手法ではなかったか。


◆尻すぼみの天然ガス火力発電所
猪瀬知事は東京湾岸に100万キロワット級の天然ガス火力発電所の新規建設を華々しくぶち上げたが、この話はその後尻すぼみになっている。
詳しく検討したら無理だと事務方に言われて、そのままになっているとようだ。猪瀬氏が政策通というなら事務方を説得しなければならない。
政策を実行するのに、物理的、予算的、社会背景的に無理なことはあるが、役人の世界の常識で無理とされることもある。猪瀬知事が本当に政策に強いならそこを見極め、具体的にここをこうすればいいんだよ─と役人を説得すればいい。それをやってこそ政策に強いといえるのではないだろうか。
設計図を書くだけでは、パンフレットのようなことを言うだけでは政策に強いとは言えない。

◆ダムについての勘違い
2005年ごろ長野県では浅川ダム建設論議が賑やかだったが、猪瀬氏はあるときこれについて妙なことを言い出した。
当時、素人ダム評論家が跋扈していて、それらが口にする類のものだった。
河川に手を付けるときは洪水の恐れがあるので、下流からでなければならないのが鉄則なのだが、素人論議ではそこが抜け、問題となっている箇所だけを工事すればいい─というような話が一部にあった。

それではだめですよ─ということを電話でいっても聞かない人なのでメールで詳しく説明したらそれ以後それについては言わなくなった。
猪瀬氏はこの話を知り合いのNHK記者から聞いたらしい。
発想力や突破力はある人だが、全能ではない。

◆5千万円と大きなカバン
猪瀬氏のカバンに、5千万円が本当に入るのか?と、議会で話題になり、札束の模型を無理やり押し込む映像が流されて、入らないのではないかと疑問をもたれたことがあった。

普通はそんなに大きなカバンを持ち歩く人はいないので、猪瀬氏が言っていることに疑いが持たれたのだろう。
しかし、猪瀬氏は普段から大きなカバンに荷物をいっぱい詰め込んで持ち歩いている人なのだ。
2005年9月に道路公団相手に猪瀬氏がバトルしているころに私が撮影した数枚の写真がここにあるが、その中に猪瀬氏の大きなカバンの写真も写っている。印象に残った大きなカバンなので撮影しておいたものだ。
猪瀬氏の日常活動を知っている人なら猪瀬氏がいつも大きなカバンを持ち歩いていることを知っているはずなので、5千万円をカバンに入れたという話もうなづけただろうが、東京都議会関係者、さらには記者たちもあまり知らなかったのだろう。疑惑が妙な形で膨らんでしまった。
猪瀬氏の説明もうまくなかった。人は、自分が日常的にやっていることは特に他人に説明する必要を感じないものだ。猪瀬氏は自分を客観視することがおろそかになっていた。
「僕は昔からずっと、こんな大きなカバンを持ち歩いているのです」と都議会の場で、その場にいる人たちにではなく、テレビを見ている人たちに伝えるべきだった。大事なのはあの場にいる人たちではなく、テレビの向こう側にいる人たちなのがわかっていなかった。

猪瀬氏の周りには猪瀬氏をサポートする人材がいなかったということでもある。猪瀬氏は以前「俺にはブレーンなんていないからね」とぽろっと言ったことがある。
都知事は一人ではできない。いなかったらつくるべきだったが、チーム猪瀬を構築する意思もテクニックも猪瀬氏にはなかった。

新右翼団体代表と徳洲会の徳田虎雄氏のところに大金の無心に行くなど、常識では考えられないミステークだ。こんなことをしてしまう猪瀬氏のセンスはおかしい。とめる者はいなかったのか?と思うが、いなかったんだろうな。そういうものをそばに置けなかった猪瀬氏の大いなるミスだろう。
こういうことは誰かに言われてどうこうすることでなく、本人のセンスの問題。猪瀬氏は選挙の実際を知らなくて、こんなことをやってしまったのだろう。選挙とカネの問題を皮膚感覚で感じ取っていればこういうことはしなかったはず。俺様ぐらいになれば、誰かが資金援助するのは当たり前ぐらいに思っていたのだろう。 
 
政策さえちゃんとやっていれば大丈夫という自信があったのだろうが、猪瀬氏のいう政策には疑問があるし、本人が自慢するほどのものではない。世間も猪瀬氏に高評価を与えすぎた。
それを別にしても一人で知事はできないことがわかっていなかった。知事に必要なのは政策だけではない。小店主の発想と手法から抜けられなかった。
猪瀬氏は堕ちるべくして堕ちた。