日課になった、特別図書館通い。

日を追うごとに、緊張感も解れて来る。

つくしは、勢いよく古書室のドアを開けると、

「こんにちは、道明寺さん」

と微笑んだ。

もう、狸寝入りをする必要もない。

司は、軽く右手を上げると、再び本に視線を落とした。

何を話すわけでもない。

ただ、二人だけの時間が心地いい。

つくしは、いつものように、ガラスケースから赤毛のアンを取り出すと、司の前に座った。

今、司の手に収まっているのは、『アンの青春』。

アンシリーズ、第ニ弾になる。

つくしの居ない間に、どんどん読み進めてしまい、結局追い抜いていた。

司は、視線をあげ、つくしを見た。

限られた時間の中、必死に読み進めようとする健気な姿に、思わず、

『その本、持って帰って良いぞ』

と言ってやりたくなる。

だが、貸し出し禁止を歌うからこそ、彼女はここに来るのだ。

バイトに、仕事に、学業に、忙しい合間の休息すら、こうして古書を読んでいる。

生き急ぐようなライフスタイルが、彼女の体を蝕まないか心配でならない。

「牧野、ちょっといいか?」

司の呼びかけに、つくしが、反応した。

一旦本にのめり込むと、耳元で叫ばれても気付かなかった少女の耳に、何故か、司の声だけが届いた。

その事に、つくし自身驚いたのか、目をパチパチ瞬きしながら、

「なんですか?」

と顔を上げた。

「お前、辛くないのか?」

「何が?」

「いや、その・・・全部が」

司の言わんとする事を察して、つくしが微笑む。

「Next to trying and winning, the best thing is trying and failing. (一生懸命やって勝つことの次に良い事は、一生懸命やって負ける事)ですから」

つくしが、口にしたのは、赤毛のアン第35章、クイーン学園の一節。

試験結果に気をもむ友人を前に、アンが、美しい景色に心奪われながら発した言葉。

この一文に、やるだけの事をやったアンの潔さと清々しさが溢れている。

自分もそんな風になりたい。

後悔をしない人生を歩きたい。

つくしの全身から溢れるエネルギーに、きっと、人は惹きつけられるのだろう。

頑張っても、頑張っても、報われる事は、難しい。

でも、報われないからと言って、何もしないより、ずっと楽しくて、ずっとワクワクする。

「そっか・・・」

司は、屈託無く笑うつくしに、自分の小ささを感じる。

幼い頃から、背負う重責に押しつぶされそうで、何かを自分から楽しんだ事などなかった。

与え続けられるものを、ただ、黙々と終わらせる日々。

高校生にして、院卒レベルまでの学力を身につけた今、馬鹿らしくて高校レベルになど戻せない。

そう思っていたはずなのに、つくしにつられて読み始めた本を、楽しむ自分がいた。

教科書の全てが頭に入ったからと言って、人間として熟成されたわけではない。

やるべき事、学ぶべき事は、世の中に沢山転がっている。

それを拾うかどうかは、自分次第。

「ありがとな」

「何がです?」

「生まれてきてくれて」

つくしが居なければ、自分は、ずっと闇の中を歩き続けたかもしれない。

中学時代は、夜な夜な出歩き、売られた喧嘩を買っていた。

高校生にもなれば、顔も名前も売れて、誰も近寄らなくなっていた。

全てが馬鹿らしくなり、逃げ込んだ屋上で、つくしと再会出来たのは、きっと運命。

真剣な司の眼差しを、真正面から受け止めたつくしは、気恥ずかしさで掻きながら、

「なんか、壮大な話ですね。じゃ、道明寺さんも、生まれてきてくれて、ありがとうございます。」

と返した。

つくしは、司と出会って、自分の中に隠していた感情が吐き出す事が出来た。

人前で、感情を曝け出し、号泣したのは、生まれて初めて。

涙と共に、鉛のように重かった心が、軽くなっていくのを感じた。

親の前ですら見せない顔を、司にだけは見せた。

それは、信頼へと変わり、それ以上の何が芽生えようとしている。

つくしも、馬鹿で無い。

これが、本の中でしか知らなかった感情なのだろうと気づき始めていた。

ただ、それが、どれ程の深さなのか、自分でも分からない。

だって、初めて出会う感情だから。

それに、司とつくしでは、住む世界が違う。

きっと交差する事はない人生。

学生の今だけ許される時間の中で、少しの間だけでも、隣を歩いていたかった。

















「司くんも、お年頃ってことだねぇ」

「だねぇ」

どこの老人ホームでの会話かと思われるが、これは、F4専用ラウンジでのお祭りコンビの呟き。

弁当騒動で、二人は、気付いた。

司に訪れた、ちいさな恋のメロディに。

あきらが手にするのは、司の為に作られた、婚約者候補リスト。

その最終ページのお下げ髪が、幼稚舎時代に出会ったあの『つくしちゃん』だと、やっと気付いた。

「遅すぎだろ」

「あきらこそ」

互いに互いを馬鹿にしあいながら、二人は、嬉しそうに笑った。

階段落下の事故の後、忽然と姿を消した『つくしちゃん』。

彼女を待って、司が、何日も校門前で立ち続けた記憶は、苦くて、切ない。

雨が降っても、待つのを止めず、ずぶ濡れになっていた小さな男の子。

傘をさし掛ける先生に、暴言を吐いては、困らせていた。

荒れて、狂って、喚いた中学時代。

高校になって、やっと落ち着いた時には、抜け殻のようになっていた。

それが、彼女を見つけてから、あの変わりよう。

嬉しくないわけがない。

「ここは、いっちょう、お兄さん達が手伝ってやろう」

「だよなー」

盛り上がる二人に向かって、

「それ、余計ややこしくなるから、止めて」

と類が冷ややかな目を向けた。

「「なんで!!」」

「なんででも!」

類は、普段大人しい代わりに、怒らせると、恐い。

腕っ節も、その気になれば、司と互角で渡り合える。

二人掛かりでも、ダメージ無しとはいかない。

それどころか、急所を狙った的確な一発で、ノックアウトされることだってありうるのだ。

「ちぇー」

不服げな表情で、二人は、ソファーの背もたれに体を預けた。

類は、あきらの手から、リストを取り上げると、つくしの写真を見た。

「俺も、気付かなかった。司は、あっさり見つけたのに」

少し悔しげな物言いに、再びお祭りコンビが体を前のめりにする。

「だろー」

「いや、類の方が、俺らより悪い。スイスで一回会ってんだから!」

ガハハハハハハ

鬼の首を取ったよう笑い声に、ムッとする類。

しかし、本当の事なので、反論出来ない。

「でもさ・・・あの時、素直に司がスイスに行ってたら、もっと早く出会ってたよね?」

「あぁ、間違いなく、見つけ出してたろ?」

「それって・・・本当に偶然?」

「はぁ?」

「誰かがさ、この子と司を巡り合わせたかったのかなって」

類の疑問も、最もだ。

「「「んーーー」」」

頭を付き合わせ、唸った三人の脳裏に、氷の女王とも呼ばれる女帝の顔が浮かんだ。

「あの人?」

「じゃね?」

「あぁ見えての、母心?ギャップ萌えだな」

あきらが、いくらマダム好きとは言え、流石に親友の母に、手は出せない。

「惜しいなぁ」

「「そこかよ」」

三人揃って、笑い出す。

側で見てきたからこそ知る、司の闇。

そこに差し込む光りが、司の心を温めてくれる事を願って止まなかった。


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