朝食後、司は、有無を言わせず、つくしを自分の部屋に連れ込んだ。

存在を確かめるように、ただ、ギュッと抱きしめる。

つくしも、おずおずと彼の背中に手を回した。

「くっそ、可愛い過ぎだろ」

「道明寺さん、眼科行った方が良いです」

恥ずかしさに身を縮めながら、つくしは、彼の胸の暖かさに癒された。

昨夜は、色んなことがあり過ぎて、悲しかったり、恐ろしかったり、負の感情の渦に飲み込まれた。

その中で、司が、つくしの心の拠り所だった。

彼が居れば、どんな事にも耐えられると感じた。

「俺は、ちょっと、出かけねぇといけなくなった」

「はい」

「俺が帰るまで、ぜってー、外に出るなよ」

「はい」

「あーーーーーーー、やべぇ、鼻血でそう」

「なんですかそれ」

「好き過ぎて・・・怖ぇ・・・」

下手をすれば、失うかもしれなかった。

助け出せた事が、今では、奇跡のように思える。

「牧野」

「はい」

「俺と、付き合ってくれ」

司は、身を離して、つくしを真っ直ぐに見つめた。

彼女の大きな目が、更に見開かれ、自分を見つめ返してくる。

「で、でも・・・」

つくしは、周りを見回した。

フカフカの絨毯。

歴史を感じさせる調度品。

絢爛豪華な屋敷は、どことかしこも、一級品だ。

「あたしなんか・・・」

「なんかじゃねー!お前しか駄目なんだ!周りの事とか抜きにして、お前は、俺が好きじゃねーのか?」

不安げな司の表情に、つくしは、ゆっくりと首を横に振った。

振り始めると、止まらなくなり、必死に、必死に、振り続ける。

その健気さに、司は、ハートを鷲掴みにされ、喜びに身を震わせた。

「なら、決まりだ!」

司は、つくしの後頭部を右手で押さえ、自分の胸に抱き込んだ。

「一生離さねぇ」

耳元で囁かれ、恥ずかしさに、つくしは、ギューッと目を固く閉じた。
















玄関先で、何度も何度も、

「ぜってーだからな!ぜってー、外に出んなよ!」

煩いほどつくしに言い聞かせ、司は、屋敷を出て行った。

月曜日から土曜日まで授業のある英徳学園だが、流石に日曜日の今日は、休み。

つくしは、時間を持て余し、ダイニングで参考書を開けようかと思っていた。

それを察してか、

「良かったら、おいで」

タマが、自分の部屋に誘ってくれた。

「うぁー、素敵な部屋です!」

その古風な作りに感嘆の声を上げた。

昭和をそのまま詰め込んだ、暖かくて、肩の凝らない畳敷き。

円形のコタツも、壁際に置かれた箪笥も年代物。

手縫いで作られたと思われる座布団も、年月の経過を感じさせる風合いを持っている。

つくしは、この邸に来て、初めて落ち着いた気分になれた。

なにせ、昨日泊まった部屋の天井の高さと言ったら、体育館か?と聞きたくなるほどだったのだから。

「まぁ、その辺に座っておくれ」

タマは、自分の定位置に落ち着くと、手を伸ばせば届く範囲に置かれた急須に茶葉を入れた。

そして、お湯を入れ、ゆっくりと茶葉が開くのを待つ間、光沢のある木製の茶托の上に、白磁の茶碗を乗せた。

「綺麗ですね」

つくしの視線が、茶器よりも茶托に向けられる事に、タマは、嬉しい気持ちになる。

得てして、人というのは、派手な方に目が行き易い。

茶渋一つ付かぬ純白の肌を持つ茶器も、無論、名の知れた代物。

しかし、タマが、長年愛用し、大切にしてきた茶托は、美しく磨き上げられ、金額には変えられぬ価値がある。

「嬉しいねぇ。そこに気付いてくれて」

「え?」

「茶托は、それだけじゃ役に立たない。茶器が置かれるのを静かに待つしかないんだよ。だからこそ、粗略に扱っちゃいけない。着物より、見えない肌着に気を使うようなもんだよ」

優しく語るタマ。

メイド頭として君臨する彼女の部屋で、茶を楽しめる肝っ玉の据わった使用人は、ここには居ない。

孫でも居れば、こんな風にお茶を飲む機会もあっただろうが、子すら成せなかった彼女には、遠い夢だと思っていた。

しかし、目の前の少女は、感じ入った表情を浮かべ、

「勉強になります」

と頭を下げた。

その素直さに、益々タマは、つくしが可愛らしく感じられた。

「ところで、どうだい、右手は?」

「あ、はい。少し痛いですけど、綺麗に縫って頂いたので」

つくしは、左手で、右手の甲を撫でた。

ジクジクとした鈍い痛みは、どうしようもない。

それに、我慢する事には、慣れている。

「治るまで、ここに居るんだよ」

「それなんですけど・・・」

つくしは、口籠った。

司とタマが、心底心配してくれていることは、分かっている。

それに、この手では、バイトどころか、自転車にも乗れず、学校に行けるかすら不確かだ。

だが、どんなに面倒くさい女と言われても、人様に迷惑を掛けるような生き方だけは、したくない。

つくしは、意を決して、一気に喋った。

「やっぱり、家に帰ろうかと思ってます。このままでは、屋敷の皆さんにもご迷惑かけますから。それに、勉強は、家でも出来ます。バイトは、事情を話して休みます。節約すれば、治るまでの期間くらいは、どうにかなります」

一呼吸で言葉を紡ぎ、つくしは、俯いた。

言い切った。

そんな思いだった。

しかし、返事は返ってこず、

トポトポトポ

お茶が注がれる音が聞こえた。

その後、暫く沈黙が続き、

「本当に、どうにかなるのかい?」

とタマが問うた。

「え?」

つくしは、固まった。

元々、嘘はつけない性格だ。

ギリギリの生活に、ゆとりなどあるはずも無く、つくしのバイト代も、牧野家を支える大事な資金源なのだ。

「あんたが帰れば食費は、かさむ。その手じゃ、家事でも、役に立てない。それこそご家族に迷惑を掛けるだろう?」

タマの正論に、つくしは、唇を噛んだ。

どこに身を置いても、厄介者。

今までの人生で味わったことの無い無力感が、大きくのしかかる。

「まぁ、そう、急いで決めないでおくれ。夕方には、奥様もお帰りになられる。それまでは、ゆっくりすれば良い」

コトン

目の前に置かれたお茶からは、良い香りの白い湯気が立ち昇っていた。















ある場所に、黒塗りの高級車が横付けした。

一目見て分かる、別注品。

どんな大物が乗っているのかと思えば、降り立ったのは、見るからに若い青年だった。

鋭い眼光。

立ち上る怒気。

触れれば切れそうな激しさが見て取れる。

屈強な門番は、一歩踏み出し、彼の進路を塞ごうとした。

しかし、門番よりも屈強な男二人に阻まれる。

「道明寺司様だ。長官から、許可は得ている」

ここ、警視庁で長官と言われれば、一人しかいない。

「しかし」

職務に忠実な門番は、迷った。

本当にこのまま通して良いものなのかと。

そこに、無線連絡が入った。

ここは、厳密な縦社会が存在する場所。

「はい。はい。了解しました」

鶴の一声で、門番は、頭を下げて道を開けた。

鶴が、誰なのか、もう、聞く必要もなかった。


















小笠原は、ガタガタと震えていた。

罪状は、暴行未遂。

通常なら所轄の警察署で取り調べを受けるレベルだろう。

それなのに、今、彼女は、警視庁の独房に、一人投獄されている。

深夜の寒さもさる事ながら、父の力を持ってしても、ここから出してもらえないことの方が怖い。

カツンカツンカツン

冷たい足音が、遠くから聞こえてきた。

それが、どんどんと近づいてくる。

カツン

目の前で、音が止んだ。

体育座りのまま、恐る恐る顔を上げると、巨大な男が自分を見下ろしている。

英徳で、彼に憧れない女子は、いないだろう。

しかし、そんな乙女心は、彼の発する威圧感に霧散する。

「ぃっ」

小笠原は、恐怖のあまり、喉が張り付き、悲鳴すら出せない。

「テメーが、首謀者か」

司の一言に、必死に首を横に振った。

「わ、私は、ただ、蜜石さんに言われて・・・断れなかっただけで・・・」

この期に及んで、言い訳がましい彼女を

ドン

司は、たった一度の足踏みで黙らせた。

わざわざ来たのは、小笠原に恐怖感を与え、二度と逆らおうなどと言う気を起こさせない為。

どんな小さな禍の目も、潰しておく必要がある。

「お前が、他の生徒を集めた事に、かわりねぇだろ」

本当なら、この鉄格子を開けて、ボコボコに殴りたいくらいだ。

しかし、今回の事で、つくしに対する不穏分子を一掃できるのも事実。

「少しでも、罪を軽くしたけりゃ、全部吐け。今回の話には乗らなかっただけで、腹黒い奴は、他にもいんだろ?」

確かに、小笠原は、集まった女子生徒以外にも、何人か声を掛けていた。

日程の都合や、自分がリーダーシップを取りたいと言った、つまらない理由で参加しなかっただけで、内心は、つくしを憎々しく思っている人間達だ。

「な、何でも話します!話しますから、ここから出して!」

「出すかよ、バーカ」

司は、クルリと背を向けた。

「あいつは。牧野つくしは、俺の女だ。指一本、髪の毛一本、傷付けた奴は、容赦しねぇよ」

気持ちが通じ合った今、彼女を守る為に、手段は選ばない。

今回の件は、見せしめとして、最大限の罰を与えると決めている。

「あばよ。もう、お前と、二度と会うことはねぇ」

カツカツカツカツカツ

司は、足早に廊下を進んだ。

その後、小笠原がどうなったかなど、興味すらない。

ただ、その日の内に、彼女の父親の失脚が、テレビで喧しく放送され、ほんの数日世間を騒がせた。

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おはようございます!
やっとの更新、申し訳ありません。
坊ちゃん頑張ってます。
さてはて、これからどうなることやら。
轟さんも、気に入っていただけたようで、凄く嬉しいです。
年末年始、皆様もお忙しいと思います。
私も、インフル予防接種、早く受けに行かなきゃなぁ(ToT)
では、良い一日を♡

追伸
あちゃー、また、ブログ村様で更新状況が反映されてませんね。
皆様に、読んでいただけるかなぁ。
ちょっと、不安。゚(゚´ω`゚)゚。