司は、お昼になっても帰ってこなかった。

明らかにガッカリしているつくしに、タマは、こっそりと微笑む。

『坊ちゃんも、しっかり愛されてるじゃないかい』

両親も、姉も、司を愛していないわけでは無かった。

ただ、共に過ごす時間が、極端に短かった。

愛情も、信頼も、目を見て、言葉を交わすことで育まれる。

その点において、道明寺家に生まれた司は、決定的に不利だった。

世界を飛び回る両親。

既に結婚している、年の離れた姉。

同じ境遇の幼馴染が側にいてくれた事が、せめてもの救い。

それが、つくしと出会ってから、瞬く間に、変化していった。

感情が穏やかに、そして豊かになり、他人を慈しむ術を知った。

二人で並んで昼食を作る間も、つくしは、しきりと司の話をする。

初めて救ってもらった屋上での出会い。

二度目に救ってもらった図書館前の出来事。

道明寺と長命寺という和菓子の話。

自分の知らない司が、色を持ち、華やかに、そして楽しげに学校生活を送っていた。

「あたしゃ、あんたに、感謝しないといけないねぇ」

湯を煮立たせないように、出汁を取るつくしの横顔を見ながら、タマは、ポツリと呟いた。

タマでは埋めてやる事が出来なかった寂しさを、つくしが、余りあるほど補ってくれていた。














ガタゴト、ガタゴト

ウィーン、ウィーン

タマと二人きりの昼食を終え、部屋に戻ろうとしたつくしは、途中で足を止めた。

つくしの斜め前の部屋は、ドアが開けられ、何かの工事をしているようだ。

そーっと中を覗くと、

「危ないから、退いて、退いて」

ガテン系おっちゃんに、シッシッと追い払われた。

「ったく、坊ちゃんの我儘も、大概にしろってんだ。今日は、休みだぞ、休み!」

ブツクサ文句を言いつつも、男の手が止まることは無い。

他にも、数人の大工さんが、室内の豪華な装飾を、バリバリと剥がし、撤去していた。

「勿体ないなぁ」

つくしは、運び出される室内照明を見て、ふぅとため息をついた。

部屋に居ると、昨日タマに預けた制服が、きちんとクリーニングされて、ベッドの上に置かれていた。

その隣に、もっと仕立ての良い制服が置かれている。

タマの残したメモには、達筆で、

『椿お嬢様が使っていたものだから、気兼ねせず、使いなさい』

と書かれていた。

「あぁ、お姉さんの・・・」

司をスパルタで育てた姉の話は、タマから聞いていた。

使われなくなってからの年月を考えると、驚くほど綺麗な状態だ。

つくしは、新品かと見まごうお古を手に取り、姿見の前に立つと、自分の体に当ててみた。

ピッタリ

スカートの長さも、袖の長さも、あつらえたかのように、つくしの体に馴染む。

スカートの裾を捲ると、どうやら、裾直しをしてくれているようだ。

他にも、隠れたところに手が入れられているのだろう。

その繊細な手仕事を、たった一晩でしてしまうタマに、つくしは、尊敬の念を抱く。

「おばあちゃんが居たら、こんな感じなのかな・・・」

両親の祖父母は、すでに他界していた。

一度も会ったことのない祖母に、タマのイメージを重ねると、あまりにハマってしまい、自分でも可笑しくなってしまった。

トントン

ドアをノックされ、つくしが振り返ると、そこには司が立っていた。

「お帰りなさい!」

つくしは、ベッドに制服を置くと、司に駆け寄った。

司は、何も言わずに、つくしの腕を取ると、自分の腕に閉じ込めた。

「いいな。『お帰りなさい』っての」

幼少の頃から、帰宅時にかけられるのは、

『お帰りなさいませ』

と言う、どこかよそよそしい言葉だった。

寂しいと思う事も無かった。

だが、つくしに、『お帰りなさい』と言われ、あの当時の自分が、少し可哀想になった。

「あ、あの、道明寺さん」

「なんだよ」

「『ただいま』は?」

「は?」

「『ただいま』」

耳まで赤くし、茹でタコの様になりながらも、つくしは、返事を催促した。





お帰りなさい

ただいま





これで、1セット。

「わりぃ。ただいま」

「ん」

キュッとつくしの左手が、司の背中を掴んだ。

たった半日なのに、離れている時間が、凄く長く感じられた。

「あのさ」

「はい」

「お前に、見せてぇもんがあんだよ」

「なんですか?」

「ま、良いから、付いて来い」

司は、つくしの左手を取ると、恋人繋ぎをして、廊下に出た。

さっきの大工達が、ビックリした表情で、二人を見る。

彼らの記憶にある道明寺司は、手の付けられない荒くれ者。

屋敷の修復も、大抵、司が暴れて壊した壁や廊下の修復だった。

それが、砂糖菓子並みに甘い顔で、少女の手を引いている。

廊下に置かれた資材を前に、




危ないからな

こっち通れ

手、離すなよ




と甲斐甲斐しく世話を焼く姿は、レア以外の何物でもない。

少女の方は、チラチラと、恥ずかしげに自分達を見ていた。





道明寺さん、皆んな見てる

手、離して下さい

あ、引っ張ったら、余計危ないし






馴染んだ話し方に、二人の関係が透けて見え、司達を見送った後、大工達は、一様に、




えぇーーーーーーーーーーーーー!




と驚いた。

しかし、直ぐに仲間内で目配せし合い、クスクス笑いながら、嬉しげな表情を浮かべた。





なんでー、なんでー、めでてーこった





小さい頃から知る司。

その成長は、どこか歪で、いつか壊れてしまうのではないかと心配していた。

それが、あのデレデレ顔。

安堵と共に、喜びも湧いてくる。

「さぁ、もう一仕事だ。テメーら、気合い入れろよ」

「「「「へい!」」」」

トンテンカントン、トンテンカントン

その後暫く、楽しげなトンカチの音が聞こえていた。

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