2019年08月23日

十二神将

591修理中の十二神将の胎内から紙片が出てきたところ。納入されていたのは修理のことが記載された墨書きで、修理した日付、仏師の名、住所などが記載されていた。今回の修理については4年継続で作業中なのだが、4年目の最後の年まで何の墨書も出ないため、何の記録も像に書き入れなかったのかなと考えていた。今回、十二神将の最後、亥神の胎内から出たということで、最後の最後で墨書が出たなぁという印象。造立銘ではなく修理銘ではあるが、それでも文字情報が出るというのは嬉しい。

tukiou1 at 20:41│Comments(3) 天部 | 仏像修理の行程

この記事へのコメント

1. Posted by naoyanootera   2019年08月24日 17:36
書かれている内容が気になりますね♪♪
2. Posted by iizumi   2019年08月24日 18:51
修理銘としては通例のものになります。
嘉永六年(1853年)再興
武州八条領大原村
鳥井十七蔵 庄治郎 
修理銘でもはっきりとした文字が出るとうれしいですね。
3. Posted by naoyanootera   2019年08月25日 09:20
修理銘の表記ありがとうございます。
銘文の発見は嬉しいですね!
仏師銘もあるとなおよかったですけれどね。

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