2021年07月17日

地蔵菩薩像

882地蔵菩薩像の頭部から見つかった造立銘。それによると
「宝永元年」(1704年)の作。およそ320年前に造像されたことが判明。仏師は「高岡村仏師右京」高岡村は今の真岡市の一部。この「右京」さんが68歳の時に作ったとのこと。

安置されていたお寺は宝蔵院。宝蔵院というお寺はおそらく廃寺となり、記録も出ないため詳細は分からない。現在は共同墓地の一角にお堂が建てられて安置されているのだが、この共同墓地の敷地が過去には宝蔵院の敷地であったのかもしれない。

また、造立銘の他に修理銘が2つでた。明和二年(1765年)に「相州鎌倉八幡前 大仏師玄□隼人作」。この時の修理は台座の新造であるとの旨が記されている。本体に比べて台座が一回り小さいのを見ると、鎌倉まで仏像を送って修理したというより、仏像の簡易的な法量を知らせて、台座だけ新造してもらったように思える。当時の主流の作に比べてこの地蔵菩薩像はかなり深い奥行があるため、高さの指定だけでは充分でなく、いざ安置してみたらお尻が出てしまったのだろう。

最後に明治二十八年(1895年)の修理銘。この時は関係者の名前が記されるものの、すでに宝蔵院の名はなく、この時点で廃寺になったいた可能性が高い。記録に残る修理はこの修理が最後となる。このように今回は、いろいろと文字が出てよかった。作られた時代や安置されていたお寺の名もわかり、やはり文字情報は大切だと思う。



tukiou1 at 07:28│Comments(0) 仏像修理の行程 | NPO補助修理

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