NPO補助修理

2022年10月09日

阿弥陀如来

940阿弥陀如来像。新造部分の制作を終えたところ。

全体に品よくまとまった像という印象。大きいものではないが、彫る部分が多いと時間がかかる。
この後、新補部分は漆塗りの作業となる。

tukiou1 at 06:12|PermalinkComments(0)

2022年08月12日

阿弥陀如来

933阿弥陀如来の台座。大きいものではないが、新しく作るところが多いので苦労する。

今年は暑さで庭木が枯れる。
ドウダンツツジもバラも暑さでダメになってしまった。水やりは欠かさずにやっていたが、暑すぎたらしい。3度目の猛暑が続いた時についに枯れこんでしまった。
やはり、この暑さは異様。


tukiou1 at 19:26|PermalinkComments(0)

2022年07月09日

阿弥陀如来

927塗り直しされた漆を除去しているところ。

2回程度塗り直されているため、随分と漆層が厚くなって彫刻がぼんやりとしてしまっているようだ。
修理前は胡粉で塗りこめられていて、玉眼像であることもわからなかったが、分厚い層を除去したところ、玉眼で左目の玉眼が割れていることも判明。彫刻も構造も繊細で技巧的な感じ。江戸時代中頃の専門仏師の作であろうが、墨書などは残念ながら確認できなかった。

tukiou1 at 18:22|PermalinkComments(0)

2022年05月21日

阿弥陀如来像

921今年度、集落管理で修理補助をする阿弥陀如来立像。小さい像だが江戸時代中頃の専門仏師の作と思われる。少なくとも2度程度の漆の塗り直し修理が行われている。そのため、像本来の繊細な彫刻は埋もれてしまってぼんやりとした造形に。また、光背はなくなり、台座についても本来の姿からは違ったものとなっている。
台座などは、ほぼ新造に近いものになるので、ゆっくりと作業をしていきたい。

tukiou1 at 06:44|PermalinkComments(0)

2022年03月11日

毘沙門天像

9122016年度のNPO補助事業で修復作業をした毘沙門天立像ですが、この度、芳賀町の指定文化財になりました。管理委員会の会長さんから連絡をいただきました。

修理の過程で中世に遡る古い作例であると判明したため、もう一度、調査したほうが良いと助言したこともあり、修理中に町の文化財担当の方も作業を見に来たりしておりました。その後、大学(どこだったか聞いたのですが、忘れてしまいました)と共同の調査で鎌倉末頃の作で、この地方では最古級であるとのこと。2022年に指定との流れでした。

修理前はひどい状態でしたので、廃棄の可能性もあったと思います。過去におこなわれた文化財調査でも幕末の作との鑑定であり、正直、私も修理前の状態を見ても江戸時代の作としか見えませんでした。そうした制作年代に関わらず、集落で代々管理してきた像を修理して次に繋げるという活動があって今回の結果があったと思います。震災で崩れたお堂の再建はなかなか難しく、今は近隣の寺院に間借りのような形で安置してありますが、どれだけ先になるかわかりませんが、いずれお堂も再建して欲しいと思います。


広報はが 令和4年3月号

tukiou1 at 19:34|PermalinkComments(0)

2021年12月11日

地蔵菩薩像

899地蔵菩薩像。修理作業が完了し、無事にお堂に納めることができた。お堂は5~6年前に地元の宮大工さんの手により建て替えられており、奇麗なお堂となっている。

 こんな風に墓地を利用している人が共同組合のような形で管理している墓地が田舎には結構ある。
とはいえ、お堂まで整備して奇麗にしているところは少ないように感じる。こうしたところは不便なこともあり、人が抜けることはあっても、新しく入ってくることはなかなかに少ない。お堂の整備も含めて、できる時にやっておくというのはかなり重要なことだと思う。

今回の仏像の修理もできれば100年以上はもってほしいが、100年後は共同墓地の管理形態も今とはかなり変わっているだろう。仏像の方は変わらず次の世代に引き継いでいってほしいと思う。

tukiou1 at 07:36|PermalinkComments(0)

2021年11月21日

地蔵菩薩像

897地蔵菩薩像。大体作業を終えたところ。毎回、古い部分と彩色や漆が剥落した部分で、どのように仕上げたほうが良いのか苦労する。今回は、漆層の剥落がはげしいこともあり、剥落した部分については漆を塗り直した。
おそらく、集落管理のこの像は次の修理が訪れる機会があるのか、将来のことは分からないものの、なかなか難しいように感じられたため、自分としては強めの修理を施した。


tukiou1 at 06:31|PermalinkComments(0)

2021年08月07日

地蔵菩薩像

885地蔵菩薩像の解体風景。一木造り。内刳りなし。在地の仏師さんの作だけあって個性的な造形。江戸時代ぐらいの像だと奥行が小さいイメージだが、この像は最大幅と最大奥行がほぼ一緒。奥行が深いせいか堂々とした雰囲気に見える。

tukiou1 at 16:14|PermalinkComments(0)

2021年07月17日

地蔵菩薩像

882地蔵菩薩像の頭部から見つかった造立銘。それによると
「宝永元年」(1704年)の作。およそ320年前に造像されたことが判明。仏師は「高岡村仏師右京」高岡村は今の真岡市の一部。この「右京」さんが68歳の時に作ったとのこと。

安置されていたお寺は宝蔵院。宝蔵院というお寺はおそらく廃寺となり、記録も出ないため詳細は分からない。現在は共同墓地の一角にお堂が建てられて安置されているのだが、この共同墓地の敷地が過去には宝蔵院の敷地であったのかもしれない。

また、造立銘の他に修理銘が2つでた。明和二年(1765年)に「相州鎌倉八幡前 大仏師玄□隼人作」。この時の修理は台座の新造であるとの旨が記されている。本体に比べて台座が一回り小さいのを見ると、鎌倉まで仏像を送って修理したというより、仏像の簡易的な法量を知らせて、台座だけ新造してもらったように思える。当時の主流の作に比べてこの地蔵菩薩像はかなり深い奥行があるため、高さの指定だけでは充分でなく、いざ安置してみたらお尻が出てしまったのだろう。

最後に明治二十八年(1895年)の修理銘。この時は関係者の名前が記されるものの、すでに宝蔵院の名はなく、この時点で廃寺になったいた可能性が高い。記録に残る修理はこの修理が最後となる。このように今回は、いろいろと文字が出てよかった。作られた時代や安置されていたお寺の名もわかり、やはり文字情報は大切だと思う。



tukiou1 at 07:28|PermalinkComments(0)

2021年05月30日

地蔵菩薩像

875
2021年度は栃木県、真岡市にある共同墓地の御堂に安置される地蔵菩薩坐像の修復をおこなっています。御堂は本来、名前があったと考えられますが、そうした名はすでに伝わっておらず、今では単に「御堂」と呼ばれているようです。この御堂については数年前に老朽化のため新しく建て直されています。

地蔵菩薩像は座高で約30cm程ですが、岩座もいれば70僂鯆兇┐泙后A芦鵑量師如来像同様にかなり個性的な雰囲気の像です。頭部に造立銘が記されており、それによると宝永元年(1704年)に造立されたことがわかります。また、造立銘のほか、修理銘も記されています。それによれば、蓮台は明和二年(1765年)。岩座は明治二十八年(1895年)にそれぞれ新たに作り足されたもののようです。それぞれの時代で大切にされてきた像であったことがうかがわれます。今回で明治におこなわれた修理から126年ぶりの修理となります。


tukiou1 at 19:08|PermalinkComments(0)