如来

2024年02月23日

阿弥陀三尊像

2006阿弥陀三尊像。

先日、横芝光町のお寺に無事に納めることができた。

総高で140冂の像。
解体作業の結果、中尊はカヤ材の一木割り矧ぎ造り。
脇侍は内刳りなしの一木造り。一体はカヤ材でもう一体もおそらくカヤ材。
全体に鷹揚な作りで、特に脇侍については一方の顔が小さかったり、厚みが薄かったりと同じ大きさにそろえようという意識が少ない。
制作時期が違うのかと思えば、僅かに残っている耳の作りなど、同一人物の制作と思わる個所が多々あり、おそらく三尊像として作られたのは間違いなさそうである。

以前の調査では平安末から鎌倉ではないかと聞いていたが、構造と雰囲気からおそらく平安末で良さそうである。
頭部が後世の補作に変わっており、修理前はそれがわからなかったため、頭部の雰囲気も考慮して平安末から鎌倉時代か?となったのだろう。
修復でいろいろ新たな知見が得られることがあるのは嬉しい。

ともあれ、年度内に納めることができてホッとした。



tukiou1 at 20:16|PermalinkComments(0)

2024年02月10日

薬師如来

2005薬師如来の体幹部背面材の接合を外しているところ。

過去の修理で無数の鉄釘が打ち込まれており、外せるか少し試してみたのだが、どうも無理そうと思い、なかば外すのをあきらめて放置していたが…。
結局、外すことを決心。

どうするか決めかねていた理由としては、まず2寸程度の鉄釘がこれでもかと打ち込まれており、外す時に間違いなく材が割れたり、クサビが材を傷めるだろうなと思ったこと。
材にダメージを与えても外すことにした理由としては、そもそも、ずれて接合されているのがすごく気になるという点といずれ錆びて材を腐らすだろうという判断。

長いこと迷ったが、材が鉄釘でごそごそに腐るくらいなら、割れても無理にでも外したほうが長い目で見ればまだましという判断に至り決心。
絶対、釘を外すと決心して作業にかかると意外に奇麗に外すことができて驚いた。

前回、迷いながら作業していた時は、びくともしなかったのだが…。






tukiou1 at 18:02|PermalinkComments(0)

2024年02月03日

薬師如来

2004薬師如来像の台座。
剥落止めをして、ばらばらになった部材を接合したところ。

江戸時代後半頃の仏像の台座の一部。
各材が芯持ち材の上、厚みが大きく違っていたり、切断角度もまちまちだったりと、かなり雑な作り。
それだけだと、あまりうまくない人が作ったんだなと思うだけだが、蓮弁とかは奇麗に彫られており、各段のまとまりも違和感なく上がっていたりと、なんとなく造りに違和感がある。
もしかしたら蓮台と蓮弁以下はすべて新造なのかもしれないが、いまいちよくわからない。




tukiou1 at 18:21|PermalinkComments(0)

2024年01月27日

光背

2003阿弥陀如来の光背。

かなり華奢な透かし彫りの光背。
あちこちが欠失しており、そういった個所を新たに作っているところ。

透かし彫りの欠失個所を補うのはかなり面倒で、彫る際に少しでも余計な力を入れると、接着した個所が外れたり別のところが割れたりする。
力を分散するためハンドグラインダーも使うが、外れるときは外れるので、外れたら再接着と手間がかかる。

tukiou1 at 07:57|PermalinkComments(0)

2024年01月20日

薬師如来像

1002薬師如来像の頭部。

胎内に納められた江戸時代の棟板には、「弘法大師が作った像であるが、あまりにも壊れたため、頭髪の一部を再利用して改めて作った云々…」のことが記されており、古い像の一部が再利用されている可能性は高いだろうことは想像できたが、実際に解体してみて詳細が分かってきた。

実際に解体してみると、頭部はかなり複雑に継いであり、頭頂から上唇までの頭部前面部はかなり古いものであることが判明した。
おそらく彫眼であったものを玉眼に改変したり、目の縁周りも削ったりと、かなり手が加えられているが、顔だけでも残っていて幸運だったかと思う。


tukiou1 at 19:51|PermalinkComments(0)

2023年11月26日

薬師如来像

994薬師如来像を解体したところ。

複雑な改変を繰り返した像だけに納入品や墨書を期待したのだが、特に何も見当たらず。
一ヶ所、おそらく仏師名と思われる名が書かれていたが、部材的にはおそらく江戸時代のもので、それ以前に遡るようなものは見当たらなかった。
ともあれ解体することによって、多少、様子がわかってきた。

tukiou1 at 19:13|PermalinkComments(0)

2023年11月12日

薬師如来

993
薬師如来の台座の一部。

千葉県山武市のお寺。
あちこちのお寺を兼任しているようで、その兼任されているお寺のご本尊。
厨子も含めて、かなり破損がすすみ全壊状態。
おそらく江戸時代の像だが、台座の蓮弁などはしっかりしたもので、或いは各時代の部材が混在しているのかもしれない。

ここのところ破損の程度がひどい像が立て続けで、結構大変。




tukiou1 at 08:33|PermalinkComments(0)

2023年10月29日

薬師如来像

992
薬師如来像の移動の様子。

集落管理のお堂。
公民館脇に小さく建てられている。
元は近隣の大寺院の末寺だった寺のようだが、修理銘札を見るとその寺院の名が記されているのは江戸時代までで、明治、大正、昭和の明治以降の修理銘札には寺院名も住職の名も記されていないことから、明治には廃寺になっていたようである。
おそらく、廃寺後に寺院の敷地は共有地のような扱いになり、集落で管理するようになったのだろう。

中の薬師如来像はかなり大きなもので、光背がお堂の天井にぶつかって入りきらないため、本来の位置より低い位置になんとか取り付けられているほど。
光背を本来の位置に戻したいが、天井板まではどうにもできないので、ちゃんとした位置に戻せそうにないのが残念。





tukiou1 at 06:28|PermalinkComments(0)

2023年10月22日

薬師如来

991薬師如来像。

中に納められていた修理銘によると、破損した仏像の頭部の一部を再利用し、江戸時代に体を新造したとのことが書かれている。
頭部はかなり継ぎはぎなので、おそらくその通りなのだろうが、体についても立像であったものを座像にしたり、坐像であったものを立像に戻したりと、ただの書き間違いなのか、実際にそうであったのか、かなり複雑な修理の経歴を持つ像のようである。

tukiou1 at 06:44|PermalinkComments(2)

2023年09月30日

納入品

989修理中の像の胎内に納められていた納入品。

こうした納入品はまれに出ることがあるのだが、今回のものは変わっている。

像を解体すると木製の小箱が出てきたのだが、納められていたものは、この像を修理したときに出た破片や切りくずなどであった。
顔の一部や手先の一部などが入ってることはあるのだが、修理の際に出た破片や切りくずは初めて。
箱の周囲には文字が書かれており、お寺の名前、仏師の名(木原左近)、延享二年(1745年)、木屑を仏像の腹に納めることなどが記されていた。

屑でも仏像から出たもので、無下にはできなかったのだろう。
当時の信仰の一端を見たよう。



tukiou1 at 20:25|PermalinkComments(0)