如来

2021年10月23日

阿弥陀如来

893解体中の阿弥陀如来。坐像で80冂。カヤ材の一木割り矧ぎ造り。古い像だが、とにかく補修箇所が多い。当初の部分は体幹部前面材のみで他はおそらく江戸時代の補作となっている。彫眼であったものも、玉眼に変更されており、おそらく火災で損傷したのを機に全面的に改修したようである。また漆をはがすせば、前面に虫食いが生じており、本来の彫刻表面がほとんど残っていない。どういう風に仕上げるか迷う。

tukiou1 at 06:42|PermalinkComments(0)

2021年10月02日

阿弥陀如来像

890修復作業が決まった像を厨子から移動しているところ。ほぼ半壊状態だったので、部材ごとに取り出している。像底には炭化した痕跡が。おそらく火災にあったことがあるようである。そう思ってみると、像底以外にも右脇やら左袖の辺りも炭のようになった痕跡が確認できる。火災にあった時期ははっきりしないが、その後、かなり丁寧に修理されて現在まで残ってきたようである。

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2021年09月11日

薬師如来像

888修理が終わった薬師如来像を無事に納めることができた。修理前は右手先で持物を執り、左手先が阿弥陀の印を結ぶ変わった手先になっていたが、後補であった。お寺の言い伝えによれば薬師如来であり、手先も薬壺を持った通例の形に戻してほしいとのこと。後で聞くとお寺の山号が「薬王山」とつくことから薬師如来が祀ってあった可能性は高い。今回修理した像は小さい像であったが、おそらくもっと大きな像が安置してあったのかもしれない。

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2021年06月03日

阿弥陀如来像

876阿弥陀如来像。解体風景。足ホゾと岩座ががっちりと木工用ボンドで接合されていることもあり、外すのに苦労した。足ホゾは台座からではなく足裏から何とか抜けたが、全体に接合がゆるんでいたこともあり、本体も解体することに。ここのところ木工用ボンドに苦労する像が立て続けで大変。

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2021年02月14日

薬師如来像

8622020年度のNPOの活動として修復した像。薬師如来像。修復作業が完成したところ。本体は約32cm、総高で66cm程。

胎内の右肩内刳り内部に墨書があり、寛永十三年(1636年)造立の銘が記される。仏師は「かまくら住たかやす」。仕上げは「かうさき村岩瀬九兵衛」。願主は「用長」。

願主の「用長」については詳細不明。僧侶の可能性もあるが、在家の信徒であったかもしれない。この墨書は願主「用長」が主体となっているようであり、「用長」が67歳の時に堂宇と薬師如来像を造立したとの内容である。

「かまくら住たかやす」については「かまくら」は鎌倉だと思われる。鎌倉に住む仏師「たかやす」が制作したと読めるが、鎌倉を本拠地としていた仏師としては、作風がかなり独特であり、主流から外れたものとなっている。また「たかやす」、「高安」は茨城、千葉に多い苗字であり、鎌倉で修業をした仏師という意味で書いた可能性もある。想像ばかりでよくわからない。「かうさき村岩瀬九兵衛」については、「かうさき村」は現在の千葉県神埼町のことか。以上のことから、この像は茨城県内か千葉県内の在地の仏師の手によるものと考えて良いかと思われる。

作風としては、丁寧に彫ってあるものの、かなり異質な造形感覚である。こうした像にはあまり光が当たらないが、年代がはっきりわかる近隣の在地の仏師の作として興味深い像かと思われる。


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2021年01月17日

薬師如来像

858薬師如来像。先日、無事に納めることができた。この像は、修復前は不動堂と呼ばれる小さなお堂に本体のみ安置されていた。不動堂にあったときには、天井までの高さが足らないこともあり、台座は押し入れに別保存となっていたが、修復後は本堂に安置。本堂に安置することにより、台座、光背まで元のように安置することができた。また、安置した場所の天井に、なぜか古い天蓋が取り付けられており、元からここに安置されていたような佇まいとなっている。

聞けば、江戸時代の境内を記した古地図によれば、薬師堂の記載があり元はこの薬師堂に安置されていたようである。お堂の老朽化により、仮に不動堂に安置されたもののそのままになってしまったのだろう。これからは本堂に安置されるので、保存環境も良くなると思う。今後とも末永く残っていってほしいと思う。

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2020年12月18日

薬師如来像

854 薬師如来坐像。なんとか年内に作業を終えることができた。修理前は首が外れ、胎内に落ち込んでいたこともあり正確な像高もよくわからなかったが、座高で約110cm程の法量。立てば仁王さんぐらいの大きさ。それにもかかわらず、限界まで内刳りが施してあり、死ぬ気で持てば一人でも持ち上がる重さしかない。
そのためか、構造的には脆弱であり、かなり補強を施した。また内刳りが彫刻表面にまで貫通している個所も何ヶ所もあり苦労したのだが、最初からこうした内刳りであったわけでなく、後の修理で新たに内刳りを施したと思われる痕跡もあることから、初めはもっとしっかりとした構造であったのかもしれない。

 造立銘はなかったものの2つの修理銘が記されており、古いものでは「天明」の文字と当時の住職の名が見える。光背と台座はその時期のもので杉材製。建築廃材からの転用材であり、あちこちにホゾ穴や切込みがある。

 天明といえば天明の飢饉が思い浮かぶが、聞けば、関東のこの近辺でも影響はあったらしい。厳しい生活だったかと思うが、むしろそうした時期に修理をあえて行ったのかもしれない。造立は作風から江戸時代中頃かと思われる。来年に納める予定であり、ともあれ年内に作業をおえることができて安心して年を越えられそう。

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2020年12月05日

阿弥陀三尊像

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阿弥陀三尊像。ここ数年、仕事が立て込んでいたこともあり、だいぶ待ってもらっていたが、修復作業が終わり無事にお寺に納めることができた。

作業前は崩れる部材を銅線でぐるぐる巻きにして安置してある上に、煤で真っ黒だったが、幸いなことに漆箔がそこそこ残っており、華やかな雰囲気が残る感じで仕上げることができて良かった。中尊は初め、制作年代がよくわからない像であり、古いようでもあり、新しいようにも見える像であったが、修復が完了した状態で見ると、江戸の中頃の作であるようだ。彫刻の上手い人が彫ると古く見えることがあるが、この像もそうした像であった。

脇侍は中尊が作られた後、しばらく間をおいて作られたものらしい。在地の仏師の作と思われ、シンプルな作。ただ、台座を見るとデザイン的なところで中尊の台座を意識しているように感じる。お寺によれば、無住であった時代もあり記録も残っておらず、来歴はよくわからないとのこと。ともあれ、年内に完成しホッとした。


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2020年11月23日

薬師如来像

851そろそろ仕上げに入るところ。仁王さんが座っているぐらいの大きさがあるので、彫刻するにも漆を塗るにも苦労した。まだ完成前だが、それでも修理前の状態と比べると見違えた。置いとくだけで威圧感があるが、納めた後はしばらく寂しくなりそう。



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2020年11月15日

阿弥陀如来

850阿弥陀如来像。大体、新補部分が終わったところ。修理前、破損と煤汚れがひどい時には古いのか新しいのか、いまいちよくわからない像であったが、煤を落として破損している部分を整理したところ、だいぶ雰囲気が落ち着いてきた。多分、江戸時代の中頃の像。彫刻が巧みな像は古く見えてしまうことがよくあるのだが、この像もどうした像の一体だった。

tukiou1 at 17:48|PermalinkComments(0)