如来

2022年11月12日

阿弥陀如来

945阿弥陀如来像。
修理が無事に完了し宇都宮まで。
お寺に先日納めることができた。

この像は、化学塗料が全体に塗られており、それらの除去は大変に苦労した。
結局、溶剤では落とせずに彫刻刀で少しずつ削り取っていくことになったのだが、下から制作当初の漆層が状態良く出てきたのは幸いだった。

そうはいってもネズミの齧り痕、虫食いや削れ、欠失などもあり随分と補うところも多かったが、全体に雰囲気よくまとまった。
今年やった中で、おそらく一番苦労した像だったと思う。


946

tukiou1 at 07:28|PermalinkComments(0)

2022年10月16日

光背

941阿弥陀如来の光背。

ようやく金箔を貼り終えた。
そのままだと、金の光沢が強いので、少し発色を押さえたところ。

tukiou1 at 06:38|PermalinkComments(0)

2022年10月09日

阿弥陀如来

940阿弥陀如来像。新造部分の制作を終えたところ。

全体に品よくまとまった像という印象。大きいものではないが、彫る部分が多いと時間がかかる。
この後、新補部分は漆塗りの作業となる。

tukiou1 at 06:12|PermalinkComments(0)

2022年09月24日

光背

938阿弥陀如来像の光背。塗った漆を研いでいるところ

塗っては研ぎ、塗っては砥ぎの繰り返し。かなり大きなものなので、一回一回の工程が半日がかかり。暑い時期はちぢみが出やすいので、乾燥速度の遅い漆を混ぜたり、湿度を調整したりと気をつかう。

tukiou1 at 07:18|PermalinkComments(0)

2022年09月09日

薬師三尊像

937千葉県匝瑳市のお寺。お彼岸を前に無事に薬師三尊像を納めることができた。

中尊の薬師如来は木地に薄く着色した彫眼の木地像。脇侍は玉眼の漆箔像ということで、そもそも一具ではなかった可能性が高い像。脇侍はおそらく18世紀頃の作。文政五年(1822年)の修理銘があり、石田丹治が修理したとのこと。石田丹治は石田丹治俊純と同一人物と思われ、他の作としては「伝辻内刑部坐像」※旭市指定文化財、文久二年(1862年)が確認できた。

ともあれ、無事に納めることができてホッとした。






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2022年08月29日

阿弥陀如来

935阿弥陀如来像の光背。暑さも一段落してきたところで、漆塗り、金箔と作業を進めていく予定。

tukiou1 at 18:15|PermalinkComments(0)

2022年08月12日

阿弥陀如来

933阿弥陀如来の台座。大きいものではないが、新しく作るところが多いので苦労する。

今年は暑さで庭木が枯れる。
ドウダンツツジもバラも暑さでダメになってしまった。水やりは欠かさずにやっていたが、暑すぎたらしい。3度目の猛暑が続いた時についに枯れこんでしまった。
やはり、この暑さは異様。


tukiou1 at 19:26|PermalinkComments(0)

2022年07月30日

阿弥陀如来

930修理が完了した阿弥陀如来像。少し前に無事に納めることができた。

おそらく台座から倒れるなどしてぶつけたのだろう。顔と胸におおきなへこみがあったり、台座、光背の周縁部が外れたりと、構造的にも限界にきており修理の時期であった。作業としては、剥落してしまった漆箔を補うのに手間取ったが、違和感なくまとめることができてホッとした。

厨子裏には享保二十年(1735年)の墨書があり、それによると仏像を寄進されたこと、享保十五年に火災があったこと、仏像は壊れなかったが、厨子が壊れたため、享保二十年(1735年)に厨子を新造したことなどが書かれており、当時の状況がしのばれる。





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2022年05月29日

光背

922阿弥陀如来の光背。光背、周縁部の表面にはこの像を造像した理由が印刻されている。

接合が外れた部材は接着し、なくなった部分は新造。漆箔は剥落止めをおこなった。これでひとまず、安定した状態になったのだが、古い時期に脱落した接合部付近は当然ながら漆箔が下地からなくなり、木地が見えている。それそれでいいのだが、少し目立つので剥がれたところだけ漆箔を施すことにする予定。

tukiou1 at 06:06|PermalinkComments(0)

2022年05月21日

阿弥陀如来像

921今年度、集落管理で修理補助をする阿弥陀如来立像。小さい像だが江戸時代中頃の専門仏師の作と思われる。少なくとも2度程度の漆の塗り直し修理が行われている。そのため、像本来の繊細な彫刻は埋もれてしまってぼんやりとした造形に。また、光背はなくなり、台座についても本来の姿からは違ったものとなっている。
台座などは、ほぼ新造に近いものになるので、ゆっくりと作業をしていきたい。

tukiou1 at 06:44|PermalinkComments(0)