●旧革命博物館
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探訪日時:2015年12月
入場料:40000ドン(国立歴史博物館と共通券)

【どんな場所?】
ベトナムの近現代史を扱う。
2013年に国立歴史博物館に統合された。


メモ:
思ったよりもやや地味であったが、フランス植民地時代から
日本の支配、ベトナム戦争までの過程がよくわかる。

歴史的意義 :★★★★
規模    :★★★★
アクセス  :★★★★
個人的満足度:★★★★

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阮朝とフランスとの1875年の調印式の様子。
19世紀後半からフランスの進出をうけることとなる。
阮朝 1802~1945
ベトナム最後の王朝。清を宗主国とし、安定していたが、1858年以降フランスに侵略され、83~84年にフランスの保護国とされた。1945年バオダイ帝の退位で滅亡した。

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1883年8月、フランスが阮朝ベトナムに侵攻した時の絵。
この後、阮朝の後ろ盾である清と清仏戦争に突入し、
これに勝利したフランスは仏領インドシナを形成した。
清仏戦争 1884~85
ベトナムの保護国化をねらったフランスと、ベトナムの僧主権を主張した清との戦い。フランス側から開戦し、フランス海軍が沿岸を攻撃するなど優勢が続くなか、イギリスの調停で天津条約が締結された。

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1940年9月、ランソン省に進駐する日本軍。

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1941年8月、サイゴンを行進する日本軍。
日本軍の英語解説文は「Japanese fascist troop」と書かれており、
日本は「ファシズム勢力」という扱いで展示されている。
ファシズムに社会主義が打ち勝つ、という切り口は中国の博物館とも似ている。
フランス領インドシナ進駐
1940年9月、フランスの降伏を機として、日本軍は北部フランス領インドシナ(ベトナム)に進駐した。41年7月、日米会談中に日仏間議定書を交換して南部に進駐、露骨に南進の意図を示して、アメリカを硬化させた。

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第二次大戦後、ホー=チ=ミンは独立を宣言。ベトナム民主共和国が成立した。
しかしフランスは独立を認めず、インドシナ戦争が勃発した。
ベトナム民主共和国
1945年9月、ハノイで独立宣言が出され成立した。その後フランスとの間で戦争がおこり(インドシナ戦争)、54年のジュネーヴ協定によって北緯17度線の軍事境界線以北を支配した。65年以降はアメリカとの戦争が激化したが、73年アメリカ軍を撤退に追い込み、75年にサイゴン(現ホーチミン市)を陥落させて南北を統一し、翌年ベトナム社会主義共和国と改称した。
インドシナ戦争 1946~54
日本の降伏直後ベトナム民主共和国が成立したが、フランスが植民地支配の回復をねらったためにおこった戦争。解放勢力は農地解放を行って民衆の支持をうけながら戦ってフランスを破り、ジュネーヴ会議で休戦協定が成立した。

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ディエンビエンフーの戦いで使用された、
フランス軍のトンネルのカバーの一部。
この戦いでフランスは敗北し、ベトナムから撤退することとなる。
ディエンビエンフー
ベトナム北西部の盆地の町。フランス軍の根拠地であったが1954年5月に陥落し、インドシナ戦争休戦の契機となった。

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ベトナム戦争のプロパガンダポスター。
この社会主義特有のテンションたるや。

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1964年に日本ベトナム友好協会から贈られた赤旗が展示されている。
「共同の敵アメリカ帝国主義と闘う日本・ベトナム両人民の戦闘的連帯万歳!」だそうな。
パワーワードに溢れる…。

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1969年に書かれたホー=チ=ミンの遺言。
赤文字での修正が見られる。
アメリカ軍への勝利を確信し、国民が団結することなどが書かれている。
ホー=チ=ミン 1890~1969
ベトナム民主共和国初代大統領(在任1945~69)。1930年にベトナム共産党、41年にベトナム独立同盟を結成し、45年ベトナム独立宣言を出した。その後もインドシナ戦争・ベトナム戦争を指導しつづけ、ベトナムの社会主義建設を推進した。

【地図】