●総統府
P1170807
探訪日時:2019年3月
入場料:40元

【どんな場所?】
1911年の辛亥革命後に、中華民国臨時政府の総統府が置かれた。
現在は資料館が置かれている。

メモ:
中華民国だけでなく、太平天国の展示もアツイ。

歴史的意義 :★★★★★
規模    :★★★★★
アクセス  :★★★★★
個人的満足度:★★★★★

P1170808
こちらも観光客が多い!

P1170810
入口には孫文の「天下公に為す」の文字が。
「礼記」にある言葉で、孫文がさかんに用いた。

P1170818
入口には時代ごとの総統府の絵が描かれている!
長髪にバンダナの彼らは洪秀全率いる太平天国の指導者たち。
1853年に太平天国が南京を天京に改め、ここに天王府を置いた。
太平天国⑪ 1851~64
洪秀全を指導者とする反乱軍が建てた国の国号。1853年以降は南京を都とし、洪秀全を天王とした。「滅満興漢」をとなえ、儒教や伝統秩序を否定し、平等主義に基づいた土地の均分や男女平等などを掲げた。
天京
太平天国の首都。1853年太平天国が南京を占領して改称した。64年に陥落した。


P1170816
清軍によって太平天国の乱は鎮圧され、1870年にこの地に両江総督府が置かれる。
総督となった左宗棠李鴻章曾国藩らが描かれている。
江南省と江西省を統括する両江総督は、南京を有するため非常に重要なポストであった。
曾国藩⑪ 1811~72
清末の政治家。湖南に帰郷中、太平天国打倒の湘軍を組織した。両江総督・直隷総督・内閣大学士を歴任し、また洋務運動の中心となった。
李鴻章⑪ 1823~1901
清末の政治家。曾国藩の命を受けて安徽省で淮軍を組織し、太平天国軍や捻軍を鎮圧した。両江総督・直隷総督・内閣大学士を歴任し、洋務運動を推進して、最高実力者として内政・外交を担当した。

P1170815
1911年の辛亥革命により清朝が打倒され、中華民国が建国される。
中央には臨時大総統となった孫文
袁世凱が北京に政府を移すまでの間、ここに総統府が置かれた。
孫文⑪ 1866~1925
中国革命の指導者。号は逸仙・中山。広東省出身。医学を学んだが、まもなく革命を志し、1894年にハワイで興中会を結成した。華僑などの支援を受け、翌年広州で武装蜂起をおこしたが失敗した。1905年日本で中国同盟会を組織し、革命諸勢力を結集した。辛亥革命で中華民国を建設して臨時大総統に就任したが、袁世凱に追われ、その後、中華革命党・中国国民党を組織するなど、全生涯を中国革命にささげた。今日でも体制の異なる中国・台湾双方から、「中国革命の先駆者」「国父」と呼ばれるなど、深い尊敬を集めている。

いかん、入口でまた時間を費やしてしまった。
さっそく内部へ入ってみよう。

P1170839
太平天国時代の「天王宝座」。洪秀全が座していた。
洪秀全は南京を占拠した後は、ここに天王府を置いて政務をおこなった。
洪秀全⑪ 1813~64
太平天国の指導者。広東省花県の客家出身。科挙に数回失敗したのちキリスト教にふれ、上帝会を組織した。1851年1月金田村で挙兵し、太平天国を建設して天王と称した。さらに53年に南京を天京と改称して都としたが、56年以降は内紛が激化して敗北を重ね、64年首都陥落直前に病死した(自殺説もある)。

P1170842
こちらは総統府礼堂。ここで重要な会議が行われた。

P1170847
奥に進むと総統府の資料館になっている。

P1170848
孫文ら国民政府の指導者たちが並ぶ。

P1170855
日中戦争時の南京占領の展示も見られる。
日中戦争⑪ 1937~45
盧溝橋事件が発端。日本側は「支那事変」と呼んだが、事変と呼んだのは戦時国際法の適用を回避するための措置で、宣戦こそしないが実質的戦争であった。初期は日本軍が優勢で、1937年12月に南京、38年10月に武漢三鎮を占領した。しかしこの頃から日本軍の戦力は限界に達し、持久戦に移った。日本は中国側軍民の抵抗によって占領地の保持に苦しみ、国際的にも孤立した。

P1170862
南京陥落後、国民政府は重慶に逃れ、
総統府には汪兆銘による傀儡政権が置かれた。
汪兆銘⑧ 1883~1944
国民党左派の政治家で蒋介石のライバル。1938年12月に重慶を脱出し、40年3月南京に日本の傀儡政権である(南京)国民政府を樹立した。44年、日本で病死した。

P1170873
こちらの蝋人形は、1948年に総統府礼堂で行われた、
国民党総統の蒋介石夫妻と副総統の李宗仁夫妻の会談を再現したもの。宋美齢の姿も見える。
この後、国民党は共産党との内戦に敗れ、総統府も翌49年に人民解放軍に占拠される。
蒋介石⑪ 1887~1975
中国国民党の指導者。軍人出身。孫文の死後、国民党内で実力を伸ばし、1926年国民革命軍総司令となって軍事権を握り、北伐を開始した。共産党勢力の伸張をきらい、財界・地主・外国勢力に接近し、27年4月12日の上海クーデタによって国共合作を崩壊させた。28年に南京で国民政府主席となり、以後、国民政府の最高指導者として権力をふるった。

P1170905
孫文像の後ろには旧総統府。

P1170904
孫文の公務室も残る。

P1170902
1912年に発足した中華民国政府の要人たち。
中央には臨時大総統の孫文!
この後、清朝の袁世凱に臨時大総統の座を譲ることとなる。


まだまだ続きます。

【地図】