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●パンチャシラ=サクティ記念館
(インドネシア ジャカルタ)
【歴史】
1965年 九・三〇事件が起き、7人の陸軍将校がPKIに殺害される
1967年 スハルト大統領によって記念碑・博物館が創設される

探訪日時:2019年12月
入場料 :4000ルピア 
地図  :

歴史的意義 :★★★
規模    :★★★★★
アクセス  :★★
個人的満足度:★★★★

1965年9月30日、インドネシア共産党(PKI)によるクーデタ未遂事件が起き、
7人の将校たちが殺害された(九・三〇事件)。
この事件を機にインドネシアは「反共」へと舵をきり、「容共」の立場であったスカルノは失脚。
代わってクーデタを収拾した軍人のスハルトが権力を掌握し、
以後インドネシアでは大規模な「赤狩り」が展開されることとなった。

スハルトは九・三〇事件で犠牲となった7人の将校を英雄とし、
遺体の投げ込まれた井戸の周辺に記念碑・博物館の複合施設を建造。
共産主義はインドネシアの国是「パンチャシラ」を脅かすものとされ、
施設内は反共プロパガンダの姿勢が一貫されている。
九・三〇事件(軍部クーデタ)⑨ 1965年9月30日
軍部左派の蜂起を右派が巻き返し、その後いっきょに左派勢力を壊滅させた事件。非社会主義国中で最大規模の、党員200万を数えたインドネシア共産党は壊滅し、1966年3月軍部・右派が政権を握り、スカルノは失脚した。
スハルト⑩ 1921~2008
インドネシアの軍人。1965年の九・三〇事件を収拾して実権を握り、68年大統領に就任した。反共親米路線をとり、西側資本を導入し、積極的な経済発展をはかった。しかし貧富の差の拡大、スハルト一族による利権の独占などで批判を浴び、98年大統領を辞任した。

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東ジャカルタ郊外に位置する。
タクシーで到着。

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PKI(共産党)裏切りの博物館」。
1945~73年までのPKIに関する事件を34のジオラマで展示している。

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PKIによる暴動や九・三〇事件、その後の残党の逮捕のシーンなどがジオラマで再現されている。
というかインドネシアの博物館はジオラマ多くないか?国の方針なのかな。

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1965年の九・三〇事件のジオラマ。
スプラプト少将をPKIが誘拐するシーン。
彼を含め7人の将校が誘拐され殺害された。

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この部屋には犠牲となった将校たちの遺品や、
当時の写真が展示されている。

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こちらは屋外の等身大のジオラマ。
将校たちがPKIから拷問を受けているシーンである。
ここの施設は「PKI(共産党)がいかに残虐であったか」を
誰にでもわかりやすく描いている。

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この井戸の穴に殺害された将校たちが投げ込まれたという。

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井戸の近くには、7人の将校たちの記念碑が建てられている。
この記念碑・博物館はインドネシアの国是「パンチャシラ」を守るため、
共産主義の脅威を国民に啓発する目的で建設されている。
建国五原則(パンチャシラ)①
1945年6月、スカルノによって発表されたインドネシア国家の五つの原則。⑴最高神(唯一神)への信仰、⑵民族主義、⑶人道主義、⑷民主主義、⑸社会正義の五つで、共和国憲法の基とされ、今日でも国家の基本原則とされている。

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グッズ売り場より「No History No Future」の文字が入ったキャップ。
そんな大きく出るなら、その後の「赤狩り」についても追及すべきだろうよ…。

インドネシア共産党(PKI)が残忍・非道な組織であったとして、
映画「アクト・オブ・キリング」「ルック・オブ・サイレンス」に描かれたような
大規模な赤狩りは果たして正当化されるものであろうか。と考えてしまう。



多くの民族・宗教・文化を抱え、多様性を認めている
現在のインドネシアであっても、共産党は非合法化されている。
数年前も「ハンマーと鎌」のTシャツを着ていた少女が警察に連行される、といった事案も起きている。
Tシャツのデザインで13歳少女を警察連行!? インドネシア、反共の深い闇(2018年9月15日 ニューズウィークより)

インドネシアの「反共」の闇の深さが垣間見れる場所である。