世界史の旅 -探訪記と歴史グッズ-

世界史好きの旅行ブログやってます。現地で買ってきた土産物などをアップしてます。

カテゴリ:<探訪記>ジャンル別 > 宮殿・王宮・城(東洋)

●華清宮
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探訪日時:2017年3月
入場料:110元

【どんな場所?】
唐代に造られた離宮。「長恨歌」において楊貴妃が入浴したことで知られる。
また1936年に西安事件が起きた場所でもある。

メモ:
玄宗と楊貴妃のロマンス、そして国共合作の契機となる西安事件の現場。
全く異なる2つの出来事の舞台となった離宮。


個人的満足度:★★★★★

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バスを降りると、玄宗と楊貴妃の巨大な像がドーンとある。
玄宗浮かれすぎだろうよ…。舞い上がってるじゃん…。
こんなテンションじゃ周りも見えなかろう。
まあ楊氏一族を重用した結果、安史の乱が起きたわけだ。

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楊貴妃は元々玄宗の息子の妃であったが、
玄宗が溺愛して息子から奪った、という経緯がある。
玄宗56歳、楊貴妃22歳という歳の差。それでこの浮かれ様…。

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華清池には楊貴妃の像がある。

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ここは唐代に温泉地として離宮が造営されたが、
現在も温泉が湧いている。

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楊貴妃専用の風呂場「海棠の湯」
意外と小さい。

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玄宗専用の風呂場「蓮華の湯」
さすがに皇帝の風呂となると大きいな。
プールだよこれ、絶対玄宗泳いでたでしょ。

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2代目皇帝の太宗(李世民)専用の風呂場「
星辰の湯」
もっと広い!ここ一人で入るとか、泳ぐしかないでしょ。

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1936年に華清宮を訪れた国民党の蒋介石は、
この場所で張学良らに捕われて、共産党との内戦をやめ、
合作して抗日していくよう説得される。いわゆる西安事件が起きた場所でもある。

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蒋介石の寝室。

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会議室。中華民国の旗や孫文の肖像が見える。

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窓ガラスや壁には事件当時の銃痕が残る。
蒋介石を捕える時は銃も使われていたのか…!

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西安事件を伝えるパネル。
この事件をきっかけに国民党と共産党は内戦をやめ、
協力して抗日を行う方針(抗日民族統一戦線)を取ることになる。
「共通の敵は日本」、日本人としては複雑だね。

●トプカプ宮殿
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探訪日時:2016年12月
入場料:40トルコリラ 

【どんな場所?】
オスマン帝国皇帝のメフメト2世が15世紀に造営した宮殿。
スレイマン1世の時代に後宮(ハレム)も移され、
19世紀まで儀礼と公式行事の中心となった。

メモ:
エルサレムの帰りに訪れた「イスタンブール2日間」という弾丸旅程。
天候は両日とも雨・雪、暴風、気温4度…。ここまで最悪な環境は初めてだ。
暴風で傘も差せず、靴は浸水し、外を歩ける状態ではない。何より寒い。
楽しみにしていたトプカプ宮殿が台無しではないか!
温かい季節にもう一度訪れたい。

個人的満足度:★★★

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雨と暴風で寒い。観光客はまばら。

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謁見の間。週4日、スルタンと高官らが集まった場所。
スルタンはやがて出席しなくなり、
王の眼と呼ばれる小窓から覗くだけとなった。
出席が面倒になったのかね。

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ハレム内の皇帝の間。

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武器庫。
屋内は安心するなあ、という感想が第一に出るくらい
この日は外に出たくない。

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聖遺物コーナー。預言者モーセの杖

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預言者ムハンマドの足跡
足跡は偶像崇拝に入らない?ギリギリOK?

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ムハンマドが水を飲んだ(とされる)器!
イスラーム教の聖遺物は初めて見たので感動。

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外に出たくない…。

●アグラ城
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探訪日時:2016年3月
入場料:250ルピー 

【どんな場所?】
ムガル帝国皇帝アクバルがデリーからアグラに遷都した際に建設。1573年完成。
アクバル、ジャハーンギール、シャー・ジャハーンの3代にわたり居城とされた。


メモ:
赤い要塞、アグラ城へ。
現在公開しているのは全体の25%ほどらしい。
ムガル帝国の権力を実感できる。

個人的満足度:★★★★

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アマル・シング門。でかい。

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門をくぐりジャハーンギール殿へ。

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皇帝ジャハーンギールが使用していた浴槽。
まさか浴槽がさらされるとは皇帝も思わなかっただろう。

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シャー・ジャハーンが息子アウラングゼーブによって
幽閉されていたジャスミンの館。内装がきれい。

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シャー・ジャハーンはここからタージ・マハルを眺め、
愛妃を偲んでいたという。

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皇帝謁見の間も残されている。

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