世界史の旅 -探訪記と歴史グッズ-

世界史好きの旅行ブログやってます。現地で買ってきた土産物などをアップしてます。

カテゴリ:<探訪記>ジャンル別 > 博物館

●レジスタンス博物館
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探訪日時:2017年8月
入場料:10ユーロ

【どんな場所?】
1940-45年のドイツ占領下のアムステルダムの抵抗運動を展示した博物館。
大戦中のオランダ領東インド(現在のインドネシア)に関する特別展示も設けられている。

メモ:
オランダはナチス・ドイツに早々に占領され、かつ解放も遅かった地域である。
親ナチス政権下での市民たちの抵抗が展示されている。
展示はナチスに関する博物館では多くみられる入り組んだ構造で、迷いそうになる。


個人的満足度:★★★★

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館内は装飾も凝っていて、当時の街中の雰囲気を再現している。

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ドイツ占領下のオランダでは、親ナチス政党のオランダ国家社会主義運動(NSB)
のみが合法的政党となり、政権を握った。
ポスターの人物、ミュッセルトはNSB指導者として1945年のドイツ敗戦までオランダを統治した人物。

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「新しいオランダ、新しいヨーロッパ」と描かれたNSBのポスター。
オランダ国旗より手前にNSBの党旗がデザインされている。

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ドイツ占領下のオランダでは、連合国のイギリスは敵国と見なされた。
ポスターにある1673年は第3次英蘭戦争の年であり、
270年後の1943年もイギリスは敵国である、という内容。

まあ占領前はオランダは連合国だったわけだから、
当時のオランダ人も本気でイギリスを敵視していたわけではなかろう。

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一方の連合軍も「V」のデザインのプロパガンダグッズを
空からオランダに投下した。
ファシズムに対するVictoryのVですね。
英首相チャーチルもこの頃はしきりにVサインしている。
オランダ市民たちはこれを見て勇気づけられたのだろうか。

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当時のオランダ市民の食糧不足は深刻で、2万人以上が餓死したという。
ガス・電気等も断絶し、冬の寒さに備えるために空き家の材木を燃料にしていた。

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博物館終盤になるといきなり明るく華やかなゾーンに入る。
1945年ドイツが降伏し、オランダが解放された時代の展示。

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ヒトラー像もこの有様である。

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アーネムにて、収容所から解放されたユダヤ人たち。
展示資料によればオランダ全体には約14万人のユダヤ人がいたが、
そのうち10万人以上が亡くなったという。

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Vの字がヒトラー扮するゲルマン人風の兵士に突き刺さった風刺画。
ドイツへの勝利、オランダの解放を表している。
「OZO」は「Oranje Zal Overwinnen」の略字で、
オランダ女王に忠実であり、ドイツへの抵抗を意味する言葉であった。

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日本人として印象深かったのが「オランダ領東インドの日本支配からの抵抗」コーナー。
日本統治下のインドネシアの様子が展示されている。
カナ文字の50音表なども見られる。

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部屋中でループ再生されている「我らは東亜の~良い子ども~」という
プロパガンダソング。すごい耳に残る。

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「コトバ マナブ ニッポンノ
 タダシイ ミチヲ ミニツケテ
 チカフ サカエノ ダイトウア
 キボウニ モエテ フルヒタツ
 ワレラハ トウハノ ヨイコドモ」

これぞプロパガンダ…。
有名な曲なのかと思い調べてみたが、ネットには音源が出てこない。
これを現地の子どもたちに歌わせていたのか…。

●オランダ海洋博物館
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探訪日時:2017年8月
入場料:15ユーロ 

【どんな場所?】
1655年に造られた海軍補給庁の建物を改装して開館した博物館。
オランダ東インド会社の活動を中心とした500年にわたるオランダの海洋史を
展示している。館外には東インド会社の商船アムステルダム号のレプリカが展示され、
乗船することができる。

メモ:
スペインとの独立戦争や英蘭戦争での海戦、オランダ東インド会社の活動の
展示を見ていると、オランダの歴史は海と密接に関わっていることが実感できる。
アムステルダム号の倉庫は臨場感がありワクワクする笑。


個人的満足度:★★★★

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館内エントランス付近。東西南北に棟が分かれている。

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館内は当時の人々を再現した映像が多く使われている。
アムステルダムの博物館はどこも展示の工夫がされていて素晴らしい。

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東インド会社が取引した陶磁器の数々。
東インド会社のアジアでの交易が、オランダの発展を支えた。

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17世紀ごろであろうか、当時の地球儀を見ると日本の形がまだ不正確。
北海道がないね。

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これは宣教師フェルビーストによる「坤輿全図」ではないか!
世界史習った人ならピンと来るかも。
フェルビーストは清代に中国へ渡ったイエズス会宣教師であり、
大砲の鋳造や世界地図などのヨーロッパの技術や学問を中国に伝えた。

英語の解説では「坤輿全図」は「map of whole world」と訳されていた。
まあ確かに世界地図だよね。

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地図に関する展示も多い。
2世紀に活躍したローマ時代の学者プトレマイオスによる地図は、
15世紀のヨーロッパにおいても作成された。
まだアメリカ大陸は「発見」されていないので、描かれていない。

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1607年にジブラルタルで行われたスペインとの海戦の様子。
1609年にスペインとの休戦条約が締結され、
その後1648年のウェストファリア条約で正式にオランダの独立が承認された。

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外の運河には東インド会社のアムステルダム号レプリカ!
本物は1748年に造られ、アジアへ航海したという。

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船内は天井が低い!!かがまないと移動できない。

●アムステルダム博物館
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探訪日時:2017年8月
入場料:12.5ユーロ

【どんな場所?】
13世紀から現在までのアムステルダムの歴史に関する展示がされている。
建物は17世紀に孤児院として用いられていた。

メモ:
オーディオガイドは日本語があり、CGの映像とリンクしていてわかりやすい。
そして何より壁のパネルがポップで面白い!

個人的満足度:★★★★★

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館内の様子。映像の前に行くとオーディオガイドが自動的に切り替わる。

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オラニエ公ウィレム
独立後のオランダ(ネーデルラント連邦共和国)の総督。

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ウィレムは1584年にデルフトで暗殺された。
「非常口」のテンションで描かれているが、
この博物館のパネル展示は終始こんな感じである。

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1578年、アムステルダムはプロテスタントの都市となり、
ゴイセンと呼ばれるカルヴァン派教徒が主流となった。
教会には聖書を持った新教徒が描かれ、カトリックの聖職者が右側に追いやられている。

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カトリック教徒は屋根裏でひっそりと信仰を続けていた。
「隠れキリシタン」はアムステルダムにもいたのだ。

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オランダ東インド会社の陶器の皿。「VOC」が映える。

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オランダの繁栄の要因は17世紀の中継貿易にあった。
東インド会社が「運び屋」の役割を担って、アジアとの貿易を行った。

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ピョートル発見!下にはデカルトがいる。
ピョートルは西欧視察の際にアムステルダムに訪れてますね。
デカルトも1628年にオランダに移住している。

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ルイ・ボナパルト。ナポレオン1世の弟で
1806-10年の間、ホラント国王として統治した。

P1090165
1811年、フランス皇帝ナポレオンを迎え入れるアムステルダム。
市庁舎にはフランス国旗が見られる。

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こちらの絵も同じく1811年のナポレオンのアムステルダム入城を描いている。

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1815年のワーテルローの戦いの展示。
イギリス、プロイセンに交じってオランダも描かれている。
ナポレオンの百日天下も終わり、ウィーン体制の時代へと切り替わる。

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現代の展示もパンチが効いている。
コーヒーショップの再現コーナーもある。

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