世界史の旅 -探訪記と歴史グッズ-

世界史好きの旅行ブログやってます。現地で買ってきた土産物などをアップしてます。

カテゴリ:<探訪記>国別 > ドイツ

●ヴァルトブルク城
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探訪日時:2017年8月
入場料:12ユーロ

【どんな場所?】
現存する部分は1170年にテューリンゲン伯の城として建設された。
13世紀には詩人やミンネジンガーらが詩歌を競い合う「歌合戦」の舞台として
知られるようになる。
1521年、神聖ローマ帝国を追われたマルティン・ルターは、
ザクセン選帝侯フリードリヒの保護のもとでこの城に匿われ、
新約聖書のドイツ語訳を行った。

メモ:
ここを訪れたのは2017年の夏。そう、宗教改革500周年にあたる年である。
ルターの特別展も催されており、見応えがある展示であった。

個人的満足度:★★★★★

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アイゼナハ駅からのバスは30分に1本で時間が合わず。
結局森を歩くことにしたが、これがまた心地よい!

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「ルターとドイツ人」という企画展を行っている。
宗教改革に関する展示が豊富!

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「7つの頭を持つルター」
学問や音楽など多彩な才能を持つルターを、
カトリックの学者たちは「怪物」として描く。

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デューラーがデザインした、ドイツ農民戦争の記念碑。
宗教改革を社会的改革に変えようと立ち上がった農民たちは、
諸侯らの前に敗れてしまう。
上に座る農民像もどこか憂いがある。

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宗教改革100周年の1617年の版画。
左からザクセン選帝侯フリードリヒ、ルター、メランヒトン、ザクセン選帝侯ヨハン・ゲオルグ。
ルター、メランヒトン、フリードリヒは宗教改革の当事者であるが、
右端のヨハン・ゲオルグのみ、この絵の描かれた当時の人物なので、
100年前にタイムスリップしている感じに描かれている。

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スウェーデン王グスタフ・アドルフの剣と喉当て。
彼は三十年戦争の際にプロテスタント側で参戦し、
リュッツェンの戦いにおいて戦死してしまう。

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ルター生誕400周年の1883年の版画。
ビスマルクとの2ショット。

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「マルティン・ルター ヒトラーの聖職者」というタイトルの書物。
ルターのユダヤ人排斥論はナチスに引用され、ホロコーストの正当化に利用された。

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この部屋は…

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ここか!
この部屋でルターは新約聖書のドイツ語訳を行った。
ヴォルムス帝国議会で皇帝カール5世との対峙の後、
帝国を追われる身となったルターであったが、
ザクセン選帝侯フリードリヒがルターをこの城に匿い、
1521年5月から10か月間かけて、翻訳作業を成し遂げた。

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みやげコーナーはルター推し。あえなく散財。

●ミヒャエル教会
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探訪日時:2014年12月
入場料:無料

【どんな場所?】
対抗宗教改革の一環としてイエズス会が16世紀に建設した、
大天使ミヒャエル(ミカエル)を讃える教会。
地下はルートヴィヒ2世をはじめとするヴィッテルスバッハ家の墓所となっている。

メモ:
イエズス会の教会ということで、ザビエルとロヨラに遭遇。
ドイツ南部はカトリックも根強い印象だ。
この教会の大天使ミカエルはかっこいい彫像が多い。

個人的満足度:★★★★

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教会内部。

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地下のルートヴィヒ2世の墓。
今回ノイシュバンシュタイン城は行けなかったので、いつか必ずや。

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フランシスコ・ザビエル。彼の絵や彫像などはヨーロッパでも多く見かける。
イエズス会の功績はカトリックにとっても大きいのだろう。

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イエズス会創始者のイグナティウス・ロヨラ。 
ローマにある彼の家に行ったなあ。 

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ミカエルが悪魔を退治している。躍動感がある。 

●総統官邸
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探訪日時:2014年12月
入場料:無料

【どんな場所?】
ナチスのヒトラーの官邸としてケーニヒ広場に建設された。
ケーニヒ広場はナチスの都市改造計画により、1930年代から総統官邸や党本部などが建設された。
1938年のミュンヘン会談もこの官邸で行われ、ヒトラーはムッソリーニ、チェンバレン、ダラディエらとチェコのズデーテン地方をめぐる会談を行った。
現在では音楽演劇大学の校舎となっている。

メモ:
現在のドイツ人にとって、ナチスはタブー視されているであろうが、
意外と当時の建物をそのまま使用しているケースが多い。


個人的満足度:★★★★

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入り口。現在は音楽演劇大学の校舎。
ミュンヘン会談の会場ともなったが、
官邸で会談する時点で完全にヒトラーのペースであっただろう。
チェンバレンは有名な「宥和政策」により、衝突の危機を回避し、
ヨーロッパに平和をもたらしたのだ、と満足気に会場を後にした。

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入り口に設置されていた鷲の紋章は、大戦後に連合軍によって撤去された。
現在は穴だけが残る。

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ケーニヒ広場周辺のナチス時代の建造物の表示板。
今年の5月に資料センター「NSドキュメンタリーセンター」が新たに開館されたという。

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隣にはナチス党本部が 官邸と対をなしている。

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