2008年07月28日

お知らせ…?

色々あって、時間が無かったり脳汁が枯渇したりしましたが…近々投下したいと思いますです。


いつのまにか400スレ突破してるとか……やっぱりツンデレは素晴らしいなぁw


よし、脳汁を煮詰まらせよう

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2007年10月11日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Double thrash〜』

日当たりは良好どころの騒ぎではない、真夏の昼下がり。行き交う人々もどこか気だるい様子。
信号待ちで立ち止まった時には、嫌でも汗をかかずにはいられない。
偶然通りかかった飛行機の姿を追ってちなみが空を見上げると、ビルの窓ガラスに反射した日光が目に入って酷く眩しかった。
「しかし…暑いなぁ。体が溶けそうだ」
「……溶けちゃえ」
信号が青になるのを待ちつつ、くだらない話で暑さと手を繋いでいる緊張を紛らわす。
気がつけば、さっきまであんなに遠かった黒い像が、いつしか輪郭が見えるほど近くなっていた。
「ねぇ…」
「うん?」
「あの黒い像は……何の像…なの?」
「ああ、あれは荒巻スカルチノフ像だよ」
「…あ、あらまき…すちかるのふ?」
訳の分からない名前に戸惑いを隠せないちなみ。首を傾げたまま目が点になっている。
「『すちかるのふ』じゃなくて、『スカルチノフ』な。隣にはルヴェルド像もある」
「………は?」
タカシの言葉にますます訳が分からなくなる。思考のロープが、いっそう複雑に絡まった。
「まあ、名前とか気にしなくていいから。とりあえず…あの像はそういう名前だってこと。OK?」
「……う、うん」
信号が青に変わった。タカシの言葉にいまいち納得できないまま、彼に引っ張られるように横断歩道を横切る。
映画館へは、信号に引っかからなければ、後3分くらいで着きそうだった。

さて、こちらはマキの方。身長の小ささを生かして、見事に人ごみの中に紛れ込みながらタカシ達の後をつけている。
(うーん……周りから見たらボク…変な人に見えないかなぁ? )
不安げな表情と足取りがおぼつかないのを除けば、ごくありふれたショートボブの女の子。
(にしても、あのバカタカシめ…)
苛立ってグッと奥歯を噛み締める。こめかみの辺りがピクリと引きつり、頭の中に彼へのあらゆる罵詈雑言が浮かぶ。
(このまま行くと……映画館!? ははぁ……そういうこと…ね。そりゃあ断るよね…)
肩をすくめ、首をもたげる。嫌な予感が当たると嫌なのは誰だって同じ。涙で目の前の人達がぼやけて見えた。
「ぐすっ……」
涙で滲んだ左目を少し乱暴にこする。充血して赤くなった瞳にタカシ達が映る。手を繋ぎ、談笑している二人の姿。
(…………あはは。なんだ…もうボクが入り込める領域じゃないじゃん。何してるんだろ……ホント。ボク…何してるんだろう…)
自分に対して嘲笑の笑みを浮かべる。仲良さそうな彼等の姿が遠く離れていくのを、後ろから眺めることしか出来ない自分が憎らしかった。
「ボク……馬鹿みたいじゃんか…」
独り言ちて、ふらふらよろめくように近くの自販機にもたれかかる。頬をつねっても、悪い夢は覚めなかった。

幼稚園にいた頃、マキは母親から買ってもらったぬいぐるみを上級生の男の子に盗られ、木の上に放置された。
男の子の方は、その後散々に叩いて泣かした。罰として取りに行かせようとも思ったが、気がついた時には既に帰宅していた。
諦めて自分で取りに行こうとも思ったが、当時木登りが出来なかった彼女には、ぬいぐるみはおろか、一番近い枝すら触れられなかった。
とうとう困り切って、先生に頼もうとした矢先、知らない男の子が着ていたスモックを汚しながらもぬいぐるみを手渡してきた。
「はい」
「これ…どうしたの?」
「あそこのきにひっかかってたから、とってきたんだ。きみのでしょ?」
「でも…どうして? わたしのってしってるの?」
「いつもたいせつそうにぎゅってしてるからね。それに…さっきからずっとなきそうなかおしてあのきをみてたから」
「……ありがとう」
「えへへ…そうだ。おむかえがまだなら、いっしょにあそぼうよ」
「う、うん」
「あっ…! おなまえきいてないや。なんていうの?」
「はちすかマキっていうの。きみは?」
「ぼくは、べっぷタカシ。タカシでいいよ。よろしくねマキちゃん」
「うん!」

小さい頃はあんなに素直になれたのに。年を重ね、体が大きくなるにつれて段々と正直な気持ちを言えなくなってきた。
『好き』って言えたらどんなに楽か。これまでも言うチャンスは何回かあったが、全て空回りに終わった。
勇気が足りない。失敗する度に切に思った。あと一歩がどうしても、どうしても踏み出せない。
もし言ってしまえば、今までの関係は間違いなく壊れるだろう。人間関係の歪みは、完全には修復出来ない。それが怖かった。
目には見えない闇の根源は、おそらくこれだった。踏み出そうとする足に荊のように絡みつき、何度足掻いても一向に離れない。
ある意味では、現状に満足していたのかもしれない。もしくは、まだ時間はあると楽観視してたのかもしれない。
だが、状況が変わった。別府タカシが知らない娘と歩いていたのを見てしまった。あまつさえ、仲良く手を繋いでいた。
頭を鈍器で殴られたようなショックが彼女を襲った。夢であって欲しいと願った。しかし、現実は非情だった。
「うぅ……ぁ…」
不思議と涙は出なかった。受け止めるには、とてもじゃないが重すぎた。
「……? 誰?」
空虚な眼差しをジーンズのポケットに向け、中から振動を続ける携帯を取り出し、電話に出る。
「……もしもし」
「もしもし? …マキちゃん?」
「……由紀ちゃん? うん…何?」
「………何か様子変だよ? 大丈夫?」
「大丈夫……平気だよ。どうしたの?」
「大丈夫なら良いけど…ただ着いたよって連絡しようと思って。そうそう…別府君と、そのいとこの娘に会ったよ」
「そう………へ?」
「私も初めは驚いたの。だって全然似てないんだもん」
「いと…こ?」
「うん。今隣にいるよ? 映画見に行くなら一緒に行かないかって。どう‥かな? 私は別に構わないけど」
「……っ!!」
「あっ……? あのね、マキちゃん。別府君がね、断ってごめんねって謝ってる」
「あ、ああ…うん。待ってて。すぐ……すぐ行くから!!」
「うん、わかった。またあとでね」
通話を終えた。マキはいそいそと携帯をポケットにしまい込んだ。濁ったような瞳の色が、再び透き通った茶に戻った。
「はあ…なんだ」
急に力が抜けたのか、胸に手を当て安堵のため息をつく。いつの間にか頬を伝っていた涙は温かかった。
「ううーん…よし!」
一回大きく背中を反らし、腕で頬に輝く滴を拭うと、由紀達が待つ方へと駆け出す。
(まったくもう! タカシのバカってば、ボクの乙女心を弄んでさぁ! ……心配だったんだからね…)
やがて黒い2つの像の下に、こちらに向かって手を振る女の子と、見覚えのある二人の姿が目に映った。由紀とタカシ達だ。
「おーい!」
マキも手を大きく振って返事をする。だが、その表情はどこかぎこちない様子だった。


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2007年06月10日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Double thrash〜』

人、人、人。どこを見ても人の姿が目に入る。
何かのアニメで偉い人が『人がゴミのようだ!!』と高笑いしていたシーンをマキは思い出していた。
「あ‥あれ? アイツは…」
ただでさえ駅前周辺は人が集まるのに、夏休みという条件の下、ここ最近は休日ばりにごった返している。
ちゃんと尾行していたつもりが、いつの間にやら彼女は彼等の姿を見失っていた。
「えっ…そんな…」
不安な気持ちを隠せぬまま、目線を右から左、左から右へと何度も何度も移す。余計な不安を、焦りがかき立てていた。
「やだよ……そんなの…」
幾度となく繰り返す胸の締め付けは、瞳を潤ませるには充分だった。
足を踏み出す度に、タカシが一緒に歩いていた女性と仲良くする姿が浮かぶ。
もし歩みを止めれば、自分の影が自分の身体を心ごと闇の中に引きずっていくような気がした。
(……今までも、何回かこんなことあったよね。でも…全部‥ボクの誤解だった。だから今度も…)
折れてしまいそうな心は、妥協と逃避をもたらす。目には決して見えない闇が、彼女の足元から腰の辺りまでを飲み込んでいた。
(……ボクは…)
足が止まり、俯いたまま立ち尽くす。透明な闇があっという間に彼女を飲み込んでいく。
「…………やだ」
ポツリと一言。それは誰の耳にも入らないような、か細い声。しかし、強く、迷いの無い声だった。
(こんな……こんなところで…ボクはあきらめたくないよ!!)
滲んだ視界を右腕でこすり、涙を払う。そして唾を飲み込み、前を見据える。
彼女を包み込んでいたはずの闇は、まるで初めから無かったかのように姿を潜めていた。
(絶対に見つけて…)
今度ははっきりと聞こえるように。息を胸一杯に吸って。
「ぶっ飛ばしてやる!!」
突然の叫びに周りにいた人々が騒然とする中、再び駆け出す彼女。表情に不安はもう無かった。

同じ時刻。マキから少し離れた場所にて。
「…ックシュン!」
「!! ……汚い」
「誰か俺の噂でもしてるのかな?」
「誰が君なんかの…時間の無駄だよ…」
「わお。手厳しいことで」
肩をすくめるタカシ。皮肉まじりのやりとりも段々と日常茶飯事に近いものになってきた。慣れとは恐ろしい。
「ふん……ところで、あと…どれくらいで着くの?」
ちなみがタカシの方を向く。その顔は暑さで少し疲れているように見えた。
「そうだな…あの像が見えるか?」
向こうを指差すタカシ。よく見ると、道のずっと奥に黒っぽいものがあった。
「…あの黒いやつ?」
首を傾げ、ちなみが答える。
「そうそう、あれあれ。あそこの近く」
「うわ………遠いよ……」
ため息とともに不満を吐く。暑さと大衆の中にいるストレスで、やはり彼女は若干だが疲れていた。
「…おんぶでもしてやろうか?」
「!? ば‥ばかっ…みんなに見られる…」
タカシの唐突な言葉に驚いた様子で、ちなみはもう一度彼の方を向いた。
「だよな…俺も恥ずかしい」
「………なら言うな。…バカシ」
おどけた調子の彼の仕草にちなみは苛立った。一瞬でも期待してしまった自分にさす嫌気。このアホから今すぐ離れたいと、心底思った。
「あっ…こら! 待てって!!」
意識的に足並みを早めていく。後ろから聞こえていたタカシの声が、どんどん小さくなっていく。
「待てってば!!」
「おいってば!」
「戻れって!!」
果たして何回呼び掛けたかは、彼本人でさえも分からない。
ただ、声が周囲の雑音に飲み込まれ、彼女に届いていないことは明白だった。焦りと同時に不安がよぎる。
こんな人混みではぐれでもしたら、再び会うことは至難の業だろう。段々離れていく二人の距離は、彼にそれを安易に想像させた。
「ったく…おい!」
「……!!?」
業を煮やしたタカシは彼女に走り寄ると、彼女の手を半ば強引につかんだ。
振り向いた彼女の顔は、いきなりのことに困惑していた。
「な…なに……?」
「はぐれたら大変だろ?」
「えっ、あ…はははぐれないよ…っ!」
冷静さを欠いた声で、掴まれた手を離そうと抵抗する
。闇雲に腕を振ったくらいでは、所詮女性の力。成人間近の男性の力にはかなうわけがなかった。
「よく考えてみなって。仮にはぐれたとして、お前はこの周辺のことがわかるのか?」
「それは……はぐれないから…大丈夫」
口では強がるものの、不安さは拭えない。どことなくまごついてしまっている。
「なら…離すぞ?」
「!! そ‥それは……」
力を緩めたタカシの手を、逆に握り返す。タカシは握られた手を驚いた様子で一瞥すると、改めてちなみを見つめた。
「この手は…何?」
「べべべ‥別に…」
「別にって…こんだけ力入れて何もないってわけないだろ?」
続けてタカシは言った。
「お前が手を繋いだままが良いって言うなら、構わないけどさ」
ピクッと動く、彼から逸らしていたはずの彼女の眼。
本当は繋いでいたいのに、何故か彼に正直に伝えられない。ちなみはそんな自らの性格を恨んだ。
「どうするよ。その…手を繋いだままにする? それとも‥…離す?」
何気なく彼女に委ねた選択。
彼本人は妹のかなみと出掛ける際にはよく手を繋ぐため、ちなみが感じているほどの羞恥は感じていなかった。
しかし、流石に相手は妹ではない。更には思春期真っ只中の男の子。恥ずかしくないわけはない。
言葉の端々が緊張やら何やらで曖昧になっている。
「う……その…君がしたいって言うなら…しょうが‥ない」
「…つまりは、したいってことだな?」
「口に出して……言うな…」
たどたどしく頷くちなみ。顔は夕焼けが裸足で逃げ出すほど真っ赤っか。額に水を入れたやかんでも載せれば、あっという間に沸騰しそうだ。
「んじゃ…御期待に添えて。行くぞ?」
「あ……うん!」
握った手を一旦離し、握ったまま歩けるように繋ぎなおす。初めてしっかりと握ったちなみの手。
それは自分の妹とはまた違った小ささと柔らかさがあり、すべすべして暖かいなとタカシは思った。


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2007年03月03日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Double thrash〜』

「ああもう!! ムシャクシャする!」
道端に落ちていた小石を思いっ切り蹴飛ばす少女。短めの髪がサラリと揺れる。
見た目は少女でも中身は淑女というのは彼女の弁。ツッコミどころはあるが、成長には個人差がつきものなので、否定はしないでおこう。
「なんだよ…」
憂さを晴らす為の対象が無くなり、気分がすぐれぬまま空を見上げる。空は見渡す限り青々と、ちょうど彼女が履いているジーンズの色に似ていた。
(むぅ……ダメだよ! せっかくこれから由紀ちゃんと映画見に行くのに! こんな気分のままじゃ楽しくないもん!!)
額を手で押さえ、顔を下に向けながらため息をつく。そして、そのまま首を左右に振り、改めて顔を上げた。
「何事も……プラス思考じゃないとね!」
自分に言い聞かせるように呟き、額を押さえていた手をグッと握り締めると同時に大きく頷いた。

「…うん?」
歩き始めてからしばらくして、彼女はポケットから違和感を感じた。
疑問に思いポケットの中を探る。違和感の正体は携帯のバイブレーションがだったようだ。
「メールだ……誰かな?」
携帯を開いて確認する。香坂由紀からだった。
(由紀ちゃんからだ……今出たんだ。了解りょーかい…ってね)
すぐさま返信を送り、携帯を閉じた。
「うー…何か食べてくれば良かったかなぁ…」
気だるそうにお腹を押さえる。彼女は外出する前に、由紀とお昼を一緒に食べることを約束していた。ちょうど着いた頃にはお腹が空くだろうと。
しかし、時刻はちょうどお昼時。あちらこちらから昼食であろう良い香りがしてくる。それが彼女の空腹に拍車をかけてきた。
「ん? またメール…だね」
再び携帯を取り出し、内容を確認する。お昼をどこでとるかという相談だった。
「うーん……これは電話した方が…うん」
少し悩んだ挙げ句、電話をかけてみることに決定。早速携帯を耳に当てた。
「もしもし」
「あっ‥由紀ちゃん? 今どこ?」
「ええっとね…駅の手前だよ」
「わっ…早いなぁ。ところで、お昼どうしようか?」
「そうだね」
「そういえば…最近新しいカフェが駅前に出来たって」
「…私はマキが良いなら、そこで良いよ?」
「じゃあ、そうしよっか。そっちが先に着きそうだから、ヴァネッサ像のところで待ってて。ボクも急いで行くから」
「うん…わかった」
「またねー」
電話を終え、携帯を閉じる。会話の途中で目的地のバス停には既に辿り着いていた。運の良いことに、夏樹行きのバスが手前の信号に引っかかっている。
ちなみに、夏樹とは駅前周辺の街の名前であり、その名の通り昔は夏になると多くの木々が青々とした葉を繁らせる場所であったらしい。
「あっついなぁ…これからまだ暑くなるのかぁ……」
マキは日陰に隠れながらバスの到着をじっと待つことにした。

さて、こちらはタカシ達の乗っているバス。乗客にはお年寄りや小さな子供のいる家族連れが割合多い。
そんな中、タカシとちなみは席の後ろの方で外の景色を見ながら座っていた。
「ねえねえ……」
「…うん?」
「少し…寝ていい…?」
「ああ…でも、起こさないぞ?」
「…いじわる……バカシ…」
「‥なんでそれだけで罵倒されにゃならん」
「……ふんだ」
拗ねた様子で窓の方を向くちなみ。タカシはやれやれといった感じで呟いた。
「少ししか寝れないぞ? それでもいいなら起こしてやるよ」
「……」
「…何か言えよ」
「すぅ…すぅ……」
聞こえる寝息。ゆっくり彼女の顔を覗き込むと、肩肘を窓枠に載せたまま眠っていた。
「のび太並の早さだな…」
タカシは呆れを通り越して笑いが込み上げてきた。ちなみの顔を、見守るように優しく微笑む。
(まだかかるな…俺も寝ようかな? どうせ終点だし…)
そう思った矢先。
「むにゃ…」
「…!?」
突然重くなる右肩。鼻孔をくすぐる女の子の香り。あどけない寝顔。どうやらわざとではなく、彼女は気づかぬまま未だに眠っている。ああ、恐ろしや偶然。
(重っ……ぐっ…)
タカシは歯を食いしばり、何としてでも平静を保とうと尽力した。
だが、ちなみの穏やかな呼吸とは対照的に、急激に激しくなっていく自らの鼓動。薄い布地を通して伝わってくる体温。
そして何よりも、自分の顔のすぐ脇に無防備な女の子の顔があるという事実。こういった経験の無い思春期の少年には衝撃的だった。
(妹なら何回かあるけど……どうすりゃいいんだろう?)
あらゆる対策を練るが、状況が状況だけに役立ちそうなものが生まれない。そして、そうこう悩んでいる間にもタカシの肩にかかる重さは増していく。
「……えへへ…」
タカシの肩に寄りかかりながら、嬉しそうな声をあげるちなみ。どんな夢を見ているんだろうとタカシは思った。
「人の気も知らないで…呑気なもんだよ…」
そう言った彼は最早抵抗する気力も術もなく、ただ幸せな表情を浮かべる彼女の枕と化している。気分が悪いわけではなく、居心地が悪かった。

それから十数分後。
慣れない体勢にようやく慣れたのか、タカシは表向きは平然と携帯をいじっていた。実際、今も心拍数は絶賛平常より高めをキープ中。
「そろそろ着くな…起こすか」
慣れない左手で携帯をしまう。右手はちなみの体で塞がれているために使うことができなかった。
「おい‥起きろ。もう着くぞ。ほら」
肩を揺さぶって彼女を眠りから覚ます。寝つきは良いのに寝起きが悪いらしく、なかなか目を覚ます気配がない。
「うぐぅ……」
慣性にまかせたまま、首から上が左右に揺れる。それはもう獅子舞も土下座するほどの荒れっぷり。
「危なっ……危ないって!」
タカシはあからさまに眉をしかめ、不快感を露わにした。その時。
「うおぁっ!?」
体中にかかる遠心力。バスがちょうど駅前のバスステーションに入るために大きく曲がったのだ。
それに合わせて、つり革や乗客の体も自然と傾いていく。そして、無事曲がりきったと同時にその反動が返ってきた。
「あだっ!!」
鈍い音とともにタカシは目から火がでた。視界は暗くなり、やたら側頭部から伝わる痛みが全身に響き渡る。
隣から同じような声が聞こえるあたり、ちなみも同じ状態なのだと思った。
「ぐわぁぁぁ……」
「あぅぅ……」
両手で頭を押さえる二人。何が起きたかと言えば、互いに互いの頭に頭突きを食らわしただけ。それでもそれを無防備で食らったのだから、ダメージは相当なものだろう。
「いたた…」
「うぅ……」
時間とともに痛みも和らぎ、おぼろげながらも視界が開く。タカシがちなみの方を振り向くと、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「…大丈夫か?」
「……大丈夫なわけ…ない」
「だよな…」
ぶつけた部分がジンジンと痛みを今も発しているあたり、間違いなく彼女も似た痛みを抱えているわけで。
「起こしてって……言ったけど…こんな起こし方…ないよ…」
「なんて言ったら…」
「…素直に……頭突きで起こしましたって…言えば?」
「だから、ワザとじゃないって」
「……どうだか」
タカシの言い訳を涙目のまま、鼻で笑うちなみ。完全に信じていない。それどころか、彼が故意にぶつけてきたと思っている。
「あーあ、女の子にケガさせた…傷物にされた…」
「!? お‥お前、傷物の使い方間違って…」
尚も言葉はエスカレート。
「…あんなに……激しく…ひどいよ。結構、時間たったのに‥まだ……痛いもん」
「馬鹿! 誤解されたらどう……」
そんな誤解を招くような彼女の言葉に、前に座っていた乗客は振り返らずにはいられなかった。目が合い固まる、タカシと乗客。
「えーっと…何か?」
「ほら、あんた達の会話を聞いてたら‥最近の子たちって、そこまで激しいのかしらって思わず」
邪な微笑みを向ける中年女性。その笑みは明らかに誤解のそれ。恐れていた事態に、タカシの心は今にも押しつぶされそうになった。
「……ちなみ。早く降りるぞ」
タカシは真っ赤な顔で立ち上がると、まだ席に座っていたちなみの手を力強く引っ張り上げた。
「!? あわわっ…痛い! 引っ張らないで!」
早くこの場から立ち去りたいと願う切実な思いが、彼女の手を引く力をさらに強めていく。
「バカっ…痛い! 離して!」
ちなみの繰り返しの訴えも、羞恥でいっぱいいっぱいになっている彼の耳には届かなかった。
「まっ…待って!」
乗車券と運賃を払い、そそくさとステップを降りていくタカシ。ちなみも慌てて後を追ったが、履きなれないミュールが更なるハプニングを起こした。
「えっ……」
バランスを崩し、宙を舞うちなみの身体。周囲は水を打ったかのように静まり、周りのものと自分がゆっくりと動いていく。
その一方で意識だけは、いつもの速さで働いている。直感的にこれはマズいことなのだと、ちなみは判断した。
(私…そこで転んで……早く…どうにかしないと…ぶつかる!!)
危険を回避したい気持ちとは裏腹に、身体はどうやってもついてはこない。
(…助けて!!)
ちなみは心の中で、祈りにも似た叫びをあげた。
(…ちなみ?)
とっさに後ろを向くタカシ。虫の知らせではなく、意識的に。遠くから彼女の助けてという声が聞こえたからだった。振り返った先には、すぐそこに迫る彼女の身体。
「危ないっ!!」
「きゃあっ!」
信じられない速度で彼女を受け止め、しっかり両手で抱きしめる。周りの人々は当然驚いていたが、当の本人達も驚いていた。
「……すごい」
「正直…俺もそう思う」
「でも…なんで? 私…」
「だって、助けてって叫んだじゃん。あんだけ大きな声で振り向かないわけないだろ?」
「えっ…?」
「どうした? どこか捻ったか?」
「………ううん」
「そっか。ならいいや。ともかく降ろすぞ。これ以上周りから注目されたら、頭がどうにかなりそうだ」
「へ……?」
タカシの言葉でちなみは左右を見回してみた。周囲の人々の目線を見事に釘付けにしている。
油に火を投げ入れたかのごとく、瞬間的に赤くなる彼女の顔色。あまりの恥ずかしさに思わずタカシを突き飛ばしてしまった。
「痛っ! お前‥それが命の恩人に対する態度かよ?」
「あ……ご、ごめん…」
「ったく、もういいから行くぞ。映画館はこっちだ」
ちなみに背を向け、進み出すタカシ。ちなみは彼の後をつけながら、彼が先程彼女に話したことを思い返していた。
(私…あの時、しゃべった覚えが…無いよ‥ね? と言うより…声が出せなかったはず……うん?)
ふと後ろを振り向く。
誰かに睨まれた気がしたと思ったが、周囲の人々には誰も睨んでいる気配は無く、すぐに前に向き直した。疲れているのかなと、ちなみは思った。
だが、確かに睨んでいる人間はいた。タカシ達二人から少し離れた、バスステーションの近く。
「あれ…誰? まさか……本当に彼女? 嘘…」
わなわなと震える声と身体。小さな背丈の後ろには炎が轟々とたぎっている。
(…タカシ。嘘…だよね……まだ…まだ! そうだよ…まだ、はっきりそうって決まったワケじゃないもんね…とっとりあえず‥後を追わなきゃ!!)
後を追うようにマキは人混みの中を走りだした。


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2006年12月17日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Double thrash〜』

「ほら、急げ」
「待ってよ…」
「ったく…まだか?」
「‥よし。できた」
ドタバタと家中を駆け回り、着替えなどの支度をすること十数分。タカシは一足先に支度を済ませると、玄関先でちなみの到着を待っていた。
「ガスとかもしめたよな」
「うん」
片手で鍵を握り、ゆっくりとドアノブを握った手をひねる。開いたドアの隙間から、眩しいほどの光が漏れた。
「流石‥今日の最高気温……35℃だって…」
後ろで囁くちなみ。気温と眩しさは関係があるのかは不明だが、とにかく暑いのは確か。
「よし、ちなみ‥ちゃんと靴履けたか?」
鍵を閉め、後ろを振り返る。ちょうど日光が後光となって彼女を包んでいた。
「どう…したの?」
ちなみの声に思わずハッとするタカシ。いつの間にか見とれてたなんて、ネタにするのも恥ずかしい。
「い‥いや…何でもない。ほっほら! 行こうぜ!」
「う…うん」
何故だか急に小走りになった彼を不思議に思いつつ、ちなみは歩みを早めがちに後を追った。

エレベーターを使ってエントランスに着いた後、不法侵入者防止センサー付きの自動ドアを抜けて外に出る。
住宅街らしく、屋根や外壁の色や形がそれぞれちなみの視覚にアピールをしかけてきた。
「ちなみ、おいていくぞ」
「あ……待って…」
おいでおいでの仕草をして彼女を呼び寄せる。その姿はカップルというよりかは、むしろ兄妹のよう。
「ねぇ‥」
タカシの方を見るちなみ。ミュールを履いているおかげで、いつものように見上げる必要がなさそうだ。
「どうした? 忘れ物でもしたか?」
ちなみの顔を見ずに答えるタカシ。携帯でメールを打ちながら歩いている。
「ううん…ちょっと気になったから…」
「…何が?」
「なんで……いきなり映画に行こう…なんて…?」
ちなみの疑問に対し、タカシは急に立ち止まった。すぐ近くの公園から聞こえる蝉の音が騒々しい。
「…どうしたの?」
「いや‥何となく。気分だよきっと。それとも…映画じゃなくて、別の場所にでも行くか?」
「別に…いい。他の場所とか私‥知らないし……それに…暇つぶしにはなるもの…」
「そっか。ああ‥もうちょっとでバス停だぞ。早く日陰に入ろうぜ。俺とか…もう汗かいてきた」
「それは……君の新陳代謝が異常な…だけ。タオル…は?」
「まだ使わなくて良いだろ。こんなの腕で拭けば」
そう言って額にこすりつけようと腕を上げるタカシを、ちなみは腕ずくで制した。「な‥何?」
「……ダメ。私のバッグに‥予備のタオルがあるから…使って」
タカシは振り払おうと試みたが、彼女が片腕でガッチリ固めているせいで腕を動かせない。
(こいつ……こんな小さい身体のどこに…こんなパワーが…)
どうやってもほどけないので、しぶしぶその予備のタオルで顔を拭く。正直これ以上力を出せば、今にも彼女が泣きそうな表情だったから。つまりは根負け。
『涙は女の武器』なんて名言もあるが、まさしくその通り。こんな道のド真ん中で女の子を泣かせたなんて噂がたてば、しばらくは近所を出歩けない。
「まったく…はい」
「うん?」
「タオル…返せ」
「あっ‥ああ…」
タオルをちなみに渡す。触れたタオルは片面が少しだけ湿っていた。
「さて、そろそろ行かないとな。ちなみ‥ありがとな」
「礼は‥いい。当然のことをしただけ…それより‥早く行こうよ…」
「だな…ちょっと急ぐか」
タカシは再び背を向けると、またバス停へ向かって歩き始めた。

真夏の殺人光線があちらこちらに容赦なく降り注いでいる。ちなみは道の途中で日陰で休んでいる猫や、小屋の中でグロッキーになっている犬の姿を見た。
なおも少し下り坂の道を進んでいく2人。犬の吠える声や子供の遊ぶ声、または窓を開けているのかテレビの音がひっきりなしに耳に入ってくる。
(暑い……私も汗かいてきた…。拭かなきゃ…)
時間が経つにつれ、ちなみの身体にもじんわり汗が浮かんできた。
バッグを開け、手探りでタオルを手にし、顔を拭く。化粧なんてしていないから全然タオルの色も変わらない。しかし、顔の色は前より赤らんでいたり。
(しまった……これさっきの…)
そう。使ったタオルは先ほどタカシが使った予備のもの。使った後慌ててしまったためにバッグの一番上にあったのだ。
(ぁぅ…また……胸に…)
ちなみの心の奥から湧き上がってきた『何か』が彼女自身を苦しめる。だが、今回の痛みは針で軽く刺された程度。代わりにその痛みが薄らぐのには時間がかかった。

バス停にはそれからすぐについた。運良く2人以外誰もいなかったので、一度に2〜3人が掛けられる青いベンチにゆったりと腰掛ける。
「10分かかったか…早めに出てて正解だったな」
グイと背伸びをしながらタカシが言った。
「ほんと…変なところでタイムロスした…」
答えるちなみ。ひとりでにため息が漏れた。
「ははっ‥悪かったな。ところでもう一回タオル貸してくれないか? また汗が出てきやがった」
「もう…仕方ない…はい」
「おお‥サンキュ…って、あれ? さっきと柄が違わないか?」
「……気のせいじゃ…ないの」
「えっ…だってさぁ…明らかに色も模様も違うだろ、コレ」
さっき公園の近くで使ったタオルはオレンジ色だったのに、今渡されたタオルは白と青のマーブル模様。これが間違え探しならとても分かりやすい。
「ど、どっちを使おうが…別に…変わらないでしょ?」
「いや‥俺がそれ使ったんだから、そっちまで使ったらお前の分が無いだろ」
「そ‥れは…」
「今だっ! へへっ…」
一瞬の隙をついて、タカシがちなみのバッグからもう一枚のタオルをかすめ取った。彼女の目に映った彼は少年みたいな笑みを得意気に浮かべていた。
「あっ‥ばかっ……返せ…!!」
ちなみは両腕で抱きつくようにタカシに襲いかかったが、サラリとかわされた上、勢い余って額をベンチにぶつけてしまった。
「うぐぅ……」
両手でぶつけた場所をさするちなみ。少しの間じっとしていたかと思うと、憎しみを込めた眼差しでタカシを睨みつけた。
「なんだよ‥それは俺のせいじゃないぞ」
「……うるさい…君がよけなきゃ…こんな被害はなかった…」
「そりゃ‥あんな殺意のこもった表情で襲いかかられたら仕方ないじゃん」
「殺意なんか…ない……」
「つーか、何でこのタオルに執着してんだ? 俺が使っちゃいけない事情でもあるのか?」
タカシの言葉にちなみは目を見開いた。
(ははあ…これは何かあるな…)
タカシは直感的にそう感じた。
「ともかく俺はこれを使うからな」
様子見のための一言を吐く。
「だ、ダメ…!!」
声が僅かに震えている。核心に迫るべく、タカシは次の手に出た。
「だって‥2枚とも使ったら、お前が使う分が無くなるだろ」
「わわ…私はいいの」
声を出す度に彼女の頬が赤く染まっていく。
タカシから見ると、その様子は彼女が上目遣いをしているような感じだったので、Sな彼にとっては更なる加虐心を掻き立てられた。
「いいわけないだろ。このタオルは俺のだって決まったんじゃないのかよ」
「決まったけど…ダメなの!」
「なんだそりゃ!?」
「いいから…返せ!!」
またもや力ずくで取り返そうとするも、タカシに軽やかにかわされてしまった。
「あ゛ー!! こんな無限ループ繰り返してたら余計に汗かいてきた! ちなみには悪いが使うからな!!」
「あっ………あああ…」
願い虚しくオレンジ色のタオルがタカシの顔を優しく包む。自分が使ったからとはっきり言えなかったせいだと、ちなみは後悔した。
「…なんだよ。そんな悲しい目で見るなよ」
タオルの隙間から見えた彼女の悲しげな視線。悲しげというよりも、むしろ死んだ魚のように、心ここにあらずといった感じの方が正しいかもしれない。
「おーい‥本当にどうしたんだよ? そんなにこのタオルが好きだったのか?」
「……違う」
彼女の声は聞き取れないほど小さくなっていた。タカシは彼女の落ち込みようの激しさに戸惑ってしまった。
(…どうしたものかなぁ。何でこんなに落ち込んでんだろう。うーん…………あっ。いや…まさかな……でも、だとすれば。一応‥聞いてみるか)
後頭部を掻き、唾を飲んでから、ゆっくりと口を開く。
「俺の推測だが‥もし、そのタオルをお前が使ってしまったから…俺に使わせないようにしたんなら…」
ちなみがタカシの顔を見上げた。
「大したことじゃあない…ってのは嘘だけど、その…か…間接キスよりは恥ずかしくないだろ?」
「…でも」
「おっ、俺は気にしてないからさ…お前も気にせずに…な?」
最後の方になると、タカシはちなみの顔を見て話せなかった。
「あ……向こうから‥大きな車が来たよ…」
ちなみが指差した方向を見ると、白と緑でペイントされたバスの姿が見えた。目的地行きのバスだった。
「やっと来たか…んじゃ、行くか?」
「その前に‥タオル」
「俺が使うからいいよ。お前はまだ使ってないやつを使いな。それとも……今俺が使って濡れてるこっちの方を使いたいのか?」
「むぅ………君が‥そんなに使いたいなら…しょうがない…」
くすりと微笑むちなみ。
「それでは、ありがたく使わさせていただきますよ」
タカシもタオルを振って、笑みを返した。
「席は前がいいか?」
「どこでもいいけど……景色がよく見えたらいいな…」
「なら、後ろかな。扉が開いたら、俺についてこいよ」
「うん…わかった」
ほどなくバスが2人の前に止まった。ドアが開き、エアコンからの冷風が2人の火照った身体を撫でた。


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2006年10月01日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Double thrash〜』

案の定、昼食にはふんわりしたオムライス。
黄色をした半熟のオムレツが破れて、紅いチキンライスを覆った時にはタカシもちなみも二人して感嘆の声をあげた。
「うまいなぁ…そんじょそこらの洋食屋に引けを取らないぞ?」
「そんなの…当たり前でしょ? ……私が…作ったんだから…」
「…俺の苦労もねぎらわれたなぁ」
クスクスとタカシが笑う。
「でも……アイスは溶けてた」
「ぐっ…」
タカシが調子なのる前に、すかさずちなみが釘を刺した。オムライスを口に入れ、もぐもぐと口を動かしながらタカシを見つめる。
「…なんだよ。言いたいことがあるなら言ってくれよ」
ちなみの喉が動く。それは飲み込んだ証拠。彼女はスプーンを置くと、タカシを改めて見つめ直した。
「…だから、なんだよ? いい加減不気味だぞ?」
「……50点」
「はぁ?」
彼女の言葉に首をかしげるタカシ。どういう意味なのか何回も問いかけたが、彼女は同じように「50点」と答えただけだった。
「なぁ…教えてくれよ。気になってしょうがない」
ちなみが手にしていたスプーンを置き、口を拭いた。そして、拭き終わると口を開き、タカシの懇願に答えた。
「だから……おつかいの…評価」
「えっと‥それは100点満点で?」
タカシの問いかけにちなみはコクリと頷く。
「どこらへんで減点対象だよ?」
なんとなく想像がつくが、一応聞いてみる。
「まずは‥アイス…150点減点」
「既にマイナス50点ですか…」
「でも、買ってきた努力で…プラス5点」
「……あと95点は?」
「…オムライスが……おいしいから。材料は買ってきてもらったけど…正直、私の‥おかげ」
「‥むっ」
流石のタカシも納得がいかない。炎天下の中、必死で自転車をこいだのにもかかわらず5点。確かにミスはあったが、認められない。
(……! そうだ!)
不意にタカシの脳裏によからぬアイデアが浮かんだ。そのせいで自然と笑みがこぼれそうになった。
策略がバレないように、心の波を静めるために水を飲み、一息つく。それからオムライスをつつきながらタカシは言った。
「そうだな。オムライスがおいしいのは確かにちなみのおかげだもんな。いいお嫁さんになれるよ」
「なっ‥おおお嫁さんとか言うな…」
「あれ? 怒ってる?」
何気なさを装ってオムライスを頬張る。トマトの酸味とバターのコクが舌を喜ばせた。
「あ‥あたりまえ…!」
「そう? 俺にはすごく笑顔に見えるけど」
最後の一口を口に入れる。少し名残惜しいとタカシは感じた。
「えっ…!?」
「はい、ウソでしたー」
顔を押さえるちなみをしてやったり顔で見つめるタカシ。必死に笑いをこらえている。
一方のちなみは俯くとわなわなと拳を震わせていた。
(やべっ…また怒らせたかな? フォローを‥何かフォローを…)
唇を噛み、視線を左から右、右から左へと移しながら言葉を探す。
謝れば全てが済むだろうが、如何せんタカシも自らの苦労を一蹴された分負けたくない。
(そうだ!! でも…ちょっと恥ずかしいな…ああ‥)
起死回生の台詞が浮かぶも、自らのプライドが羞恥心を煽る。タカシは頬に手を当て、少しだけ難しい表情をした後、真っ直ぐちなみを見つめて口を開いた。
「あの…さ」
タカシの言葉にちなみが反応する。しかし顔は俯いたままで、はっきりとした表情を見ることができない。
タカシはそのリアクションに一瞬言葉を続けることを躊躇したが、後に退けばより厄介な事になると感じ、改めて口を開いた。
「なんて言うんだろうな……こう‥お前の反応を見てるとついついお前で遊びたくなるっていう……」
言葉の節々に間が開く。その度に時間と空間と無言の圧力が、2人の心に何とも言えない思いを募らせた。
「……人を…」
「…え?」
凄みのある、女の子らしからぬ低い声。再び彼の前に現れた少女の瞳には怒りと悲しさが渦巻いていた。
「人を……オモチャみたいに…するな……」
「それは……悪かったよ」
痛烈な一言がタカシの胸に刺さる。理由がどうであれ、彼女の言った事は正論。そのせいか、言葉が頭の中を反芻する度に彼の良心の傷口は広がっていった。
「……ええと」
「……何?」
自分をじっと見つめる男の目を負けずと睨み返すちなみ。だが、目前に着席している男は押し黙ったまま変わらない。
(茶化すだけのつもりだったんだがなぁ…ひとまず時間稼ぎは上手くいってるみたいだけど…)
そう。実は黙っているのではなく、黙らざるを得ないだけ。
(まさかあんな正論で返されるとはな…どうしたものか……)
「…何なの? でも…の後の言葉は…ないの?」
回避策を思案している間にも、刺すような視線がタカシに当てられる。鋭さはアイスピック並。まさしく泣く子も黙るような目。
「人として…最低。恥を知れ…バカ」
ちなみは無言のタカシに容赦なく罵声を浴びせる。よく聞く言葉なのに、タカシにはいつもより毒が強いような感じに思えた。
(ええい!! こうなったら…どうにでもなれ!!)
打開策も見つからず、とにかく思ったことを素直に口に出す作戦に決定。大丈夫か?
「えっと…」
「ふん……どうせまた…ろくなこと言わないんでしょ…」
「さっきのは言い方が悪かった………俺は…そういうリアクションをお前がとるから…言いたくなるんだ」
「…あきれた」
ちなみは両手を横に投げ出し、首を一度ひねりながらため息を吐くと、コップに入っていた麦茶を飲み干した。
早速座礁したかのように思われた作戦。だが、ここからが彼の真骨頂だった。
「呆れられて結構」
タカシはふてくされた感じで言った。
「俺とお前ってさ‥よくわからない出会い方したじゃん…」
「…それは」
「正直に言うとだな…出会いはどうであれ、お前は俺が今まで17年間生きてきて、トップクラスに入るほどのかわいさの持ち主だ」
ちなみの耳がピクリと動いた。
「‥だ、だから?」
声が引っかかる。動揺。
「よし‥例えばだ。お前の好きな動物は何だ?」
「ネコ…それで?」
「じゃあ、お前の目の前に今まで生きてきた中でトップクラスのかわいさを持つネコがいるとして…そいつを撫でたいとは思わないか?」
「そ…それは‥まぁ」
「つまりだ。それが、俺のお前に対する気持ちと同じってことだよ」
「…うん? どういうこと?」
首をかしげるちなみ。頭頂部にはクルクル回るクエスチョンマークの姿。だが、尚もタカシは言葉を続ける。
「お前はネコの反応でほのぼのするからネコを撫でる。なんでほのぼのする?」
「…ネコが……かわいいから?」
「だろ? 俺も‥お前がかわいい反応するから、お前がさらにかわいく見えるんだよ」
そう言って、タカシはちなみに微笑みかけた。彼女の顔は光の速さで朱に染まった。ボッと何かが燃える音が聞こえたのは、あながち空耳ではないかもしれない。
「冗談…きついよ…」
ちなみは慌てて視線をタカシからテーブルのコップに向けた。氷の眼差しは顔の熱で溶けてしまったのか、コップの中にあった氷と同じく名残すらない。
(おっしゃあ! 作戦大成功だよ俺!)
どうにか窮地を逃れることができ、祝い酒代わりに麦茶を飲む。しみじみと夏の味がした。

ようやく落ち着きを取り戻した後、タカシはまだもじもじしているちなみをよそにテレビをつけてみた。
『公開初日120万人動員!!』
映画のCMらしく、主役である2人の女性が1人の男性を振り回している。
(あー…これ、マキが誘ってきた奴か‥)
CMが終わり、タカシがリモコンを持ったままの視線でぼーっとすること約10秒。タカシは紅葉色の顔をした少女の方を向いて言った。
「なぁ」
「ふぇ…っ! ななななに?」
突然の声かけに対して、怯えたフェレットみたいなそぶりをみせるちなみ。本当にかわいい。
タカシはそんな彼女の様子を微笑ましく眺め、頷き、こう提案した。
「映画…見に行かないか?」


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2006年09月06日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Double thrash〜』

「これと‥これを……よし、買うものはこれでいいや。レジに行こう」
広々としたスーパーマーケット内を黄色いカゴに商品をこんもりのせて、タカシが歩く。
もう少しでお昼時というのもあり、子ども連れの主婦の姿が店内のあちらこちらに見られる。
(あちゃー…結構並んでるなぁ……これは時間かかるな…)
いくつものレジに並ぶ何人もの人、人、人。上から見渡せば棒グラフに見えるかもしれない。
「さぶっ…」
両手で両肘を抱き寄せ軽く身震いする。ガンガンに効かせているクーラーが汗にまみれた体から熱を奪っていた。
(うぅ…しまったな‥タオル持ってくれば良かった…)
徐々に進んでいくレジ前の人々。だいたい並んでから3分経過。しかし、タカシには何十分も待たされているような気がしてならなかった。
不意にお菓子の売っているコーナーに目をやった。小さな子どもたちが、キラキラした笑顔で駄菓子を手にとっている。
その中にいた女の子の様子に、この前買い物ではしゃいでいたちなみの姿が一瞬重なって見えた。
(アイツ…今頃何してるかな? 何も厄介事起こしてなけりゃいいんだが…まあ、ないよな…心配性だな俺…)
ふん、っとタカシは自分に対する微笑を口からもらした。
再びが外に出ると、暑さは入店前よりも厳しさを増していた。日光はより強く地表を照らし、それぞれの持つ色を更に際立たせている。
駐輪場の近くに止めてあった黒い車は、主人が冷房のきいた店内で悠々と買い物を楽しんでいるのとは反対に、十二分に温まっている感じだった。
(ボンネットに卵落としたら目玉焼きができるだろうな…)
そんな想像をしつつ、袋を紐で縛り付け、ハンドルを握り、サドルに跨る。
「!!!! あっちいいいいいいい!!」
びくん、と自転車から飛び降り、辺りを走り回る。幸い周囲に人がいなかったので、醜態を一部始終見てた者はいなかった。一人を除いて。
「おいすー。なにやってんだおタカシ!」
「ゲエーッ! 山田!!」
ゲラゲラ笑いながら駆け寄る山田。そして来るや否やタカシの肩に腕を回すと、もう片方の手でグーサインを出してみせた。
「GJ! テラバカス!! どうですか? サドルに処女を奪われた感想は?」
「奪われてねーよ!! ったく…どこまで見てやがった?」
「レジ前で幼女を視姦してたとこからだお」
「そこからかよ…後、俺はお前みたいにストライクゾーンはそんなに広くないぞ」
「ちっ…」
「ちっ、ってなんだよ! まあ、いいや…ところでお前何しに来たんだよ?」
山田の腕を力ずくではがすタカシ。明らかに不機嫌さが増している。
「姉貴に外行くならついでに野菜ジュース買ってきてって言われたから来たお」
「ふーん‥んでお前自体は何をしに外に出たんだよ?」
「何をって…そりゃあ街中を歩く美しきお姉様やかわいい幼女、艶めかしい人妻を観さ」
「ごめん。聞いた俺が馬鹿でした…ってか、そんなんだけどお前家族には好かれてるんだな…いや、むしろあきらめられてんのか?」
「一応、我が家では一つもそんな素振りをしてないから大丈夫だお。あきらめられてるなんてことは……多分ないお」
語尾が濁り、根拠を無くした発言が宙を舞う。山田は目を泳がせながら思い当たる節を呟き始めた。
「あの本はカバー変えてるからわからないお……それならあの秘蔵DVDは…違うお。あれもレーベルにバイオハザードって書いてるからわからないし…」
「ったく‥思い当たる節ありすぎじゃねえか、お前」
「うーん…ともかく俺は姉貴に言われた通り野菜ジュースを買ってくるお。そういえば…タカシは何を買ったお?」
「は? …………しまった!!」
ギョッとした目で、右手にぶら下げた袋を見つめる。中身はもちろん、ちなみが買って来いと言ったハーゲンダッツ3個とその他もろもろ。
「あががががががが………やや山田さん? 俺用事思い出したから、またな? じゃあな!!」
「え? あ…わかったお。まただお」
慌ててハンドルを握る。熱かろうが今のタカシには関係ない。袋の中身がハンドルへ乱暴に何回もぶつかった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
タカシはスタンドを元の位置に戻すのも忘れたまま自転車を漕ぎ出すと、山田の隣を疾風のごとく通り過ぎ、あっという間に大通りへと姿を消してしまった。
「まさに『風と共に去りぬ』だお……あ、俺今良いこと言ったかも…」
にやける山田。しかし、そうしていたのも束の間。彼は後ろから来た車のクラクションに驚き、逃げ込むように店内へと入って行くのだった。

「ぜぇ‥死ぬ……一昨日より…はぁ………断然死ねる…」
ギアよ外れよと言わんばかりにペダルを漕いだ結果、新記録といってもいいほどの短時間で坂を駆け上ったタカシ。今はペダルの代わりに自分の体が悲鳴をあげていた。
駐輪場に自転車を置き、衰弱した旅人みたいにヨロヨロとエントランスへ向かう。すっかり疲弊した顔はエレベーターに同乗した老婆に心配されるほどだった。
「ただぁいまぁ…」
やっとのことで玄関に辿り着く。靴をほっぽりだしてちなみのいるであろうリビングへと向かう。テレビの音が近づく度に大きくなってきた。
「…………うん?」
ソファに寝転がったまま動きたくないのか、振り返って顔を半分だけ覗かせるちなみ。少し着衣に乱れがあるが、いつもの通り眠たげな眼差し。
「遅い……何してたの?」
だが、タカシは彼女の普段通りの声とは裏腹に、瞳の奥には殺意の炎が静かに燃えているのがわかった。4日も同棲していれば些細なことで機嫌がわかるらしい。
「いや‥山田に…その…帰りの途中で会ったから話してたら…遅れ‥ました」
途端にため息を吐いて、のそっと起き上がるちなみ。わずかにムスッとした表情をしてタカシを見やる。
「…役立たず」
「んなっ!?」
「どこの世界に‥アイスを買って……話し込む…バカがいるの?」
「いや‥だから…」
「…わかった。君……もしかしなくても……頭脳がマヌケでしょ…?」
「お前…」
「だって…そうでしょ…? おつかいなんて…小さな子だって出来るんだよ…?」
「……ごもっともです」
「もう…はい。アイス…渡して……溶けちゃう前に…食べるから……」
「どうぞ…」
両手でアイスをちなみに差し出すタカシ。完全にダメの烙印を押されてしまった。いくら彼が悪いとはいえ、いい加減かわいそう。
「うわ…ほとんど溶けてる。バカシ…これじゃあ食べられないよ…」
カップの中身をタカシに見せる。タカシの顔色がさらに青くなる。
ちなみにあわせる顔がないのか、タカシは逃げるように残りのアイスと品物を冷蔵庫に入れに台所へと向かった。
「はぁ……」
荷物を入れ終わるのに時間はそれほどかからなかった。
冷蔵庫を開けたついでに良く冷えた麦茶を取り出して、自分へのご褒美として注ぐ。
「んっ………ふぅ…もう一杯」
よほど水分が足りなかったのか、何回も注ぐうちに麦茶を入れた容器は空になった。
タカシはコップを流しに置くと、新しく麦茶を作ることにした。沸騰したヤカンに麦茶パックを入れる。透明な湯が瞬く間に鮮やかな茶色に染まった。
煮出すのにはまだ時間がかかるので、多少行きづらいがリビングへ戻る。
(また嫌みを言われるんだろうか…覚悟しないとなぁ…)
視線を落としたままソファに腰掛ける。クーラーからの冷気が当たって気持ちがいい。
「ふぃ……」
全体重をソファに委ね、自然とこぼれる安堵のため息。首を左右に捻るとコキコキ、と独特の音が鳴った。
どうしても気になって、ちなみの機嫌を伺おうと彼女の方をおずおずと見る。
「…あれ? !!」
思わず声が出、口を急いで塞ぐ。睨むちなみ。固まる二人。
「……何?」
読んでいた雑誌を膝にのせ、ちなみはタカシの顔を見つめた。
「アイス…溶けてたんじゃなかったの?」
そう言ってタカシが指を差した先には、空になったアイスの容器。
「別に……食べられないってワケじゃあ…なかったから…」
「ああ…そっか…」
ちなみは再び雑誌を手にとり、さっきまで読んだページを探すためにパラパラとめくる。タカシもテレビのリモコンを握り、適当に番組の散策をしだした。
「それに…」
ピタッとタカシの動きが止まる。そして、ゆっくりとちなみの方を振り向く。
「……それに?」
「…………せっかく…せっかく君が買ってきたから…」
「ちなみ…」
「…それだけ。他意は……無いから…」
「‥わかった!」
真っ赤になった顔を雑誌で隠した彼女に、弾んだ声でタカシが応える。
(うぅ……なんで…ただお礼を言うだけで恥ずかしくなるのかなぁ…)
立ち上がってどこかへ向かうタカシが通り過ぎるのを、ちなみは顔を雑誌で覆ったままじっと待つのだった。


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2006年07月23日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Double thrash〜』

「ったく…ワガママなお姫様だよ。本当に」
前髪を面倒くさそうにかきむしり、アルミラックから換えのTシャツを引っ張り出す。
たった数分クーラーを消すだけでこんなにも部屋が蒸し暑くなるのかと思うと、タカシは余計にむしゃくしゃした気分になった。
「んしょっ……おっし」
上着に白と黒のストライプのはいった半袖を着込み、財布及び携帯を手に取る。
(…ん? メール……なんだ。またアイツか。えっと‥おお、香坂さんと行くのか…)
楽しんでらっしゃい、と返信を送り、再び机の上に携帯を今度はそっと置いた。
「ねえ‥ついでにお昼ご飯…買って来て…」
突然の声にビクッと肩が震える。慌てて後ろを振り向くと、常時眠たげな眼差しの少女がドアにもたれかかっていた。
「はあ? 何か足りないのか?」
「うん…ケチャップとか…もろもろ」
「ケチャップ…あ、ひょっとして…おととい俺がオムライス食べたいって言ってたから?」
「べ…別に君のために作るわけじゃない……単に‥私もあの番組見てたら食べたくなっただけ…」
「そっか…いいよ。ついでに買ってくる。俺歯磨きしてくるから、他に要るものあったらメモに書いといて」
「わかった…早くね」
「はいはい…」
そう言って片手を軽く挙げ、タカシは部屋を出た。
すれ違う際、ちなみは文句を微かな声で垂れていたが、彼が洗面所に入るのを見るとやれやれといった感じでリビングへと向かっていった。
「鶏肉…あと……玉ねぎはあったから…うん。このくらいかな?」
「ちなみ‥終わった?」
「うん…」
手にしたボールペンの芯を引っ込め、メモを千切る。ビリリという音とともにメモは綺麗に破れた。
「はい…」
「サンキュー……OK! 後、歯磨き粉が少なかったから買っておくかな‥」
タカシはちなみから渡された紙を適当に二つ折りにすると、そそくさジーンズのとポケットに突っ込んだ。
「じゃあ行ってくる。留守番頼んだ」
「‥まかせて…子どもじゃないんだから…」
無い胸を張るちなみ。表情は自信満々。
「どうだか…シャワーのお湯と水の出し方を間違えるほどだからなぁ…」
そんな彼女を嘲笑するかのように口元を緩め、見つめる。
「う‥うるさい! メモは渡したんだから…さっさと行け!」
ちなみは恥ずかしさと怒りから衝動的に、近くに置いてあったクッションを掴んで振り回した。
「うわ!? 分かったわかった! ったく‥じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい…」
半ば追い出されたかのように玄関から出るタカシ。靴を急いで履いたために転びそうになった。
「はあ‥あ、携帯……まあいいか」
唇をきゅっと結び、無言のままエレベーターに乗る。幸いにもこのエレベーターに不備は無いらしい。
難なく一階のエントランスに着き、そのまま自転車置き場へと向かう。
マンション内の涼しさと外気の気温差がタカシにはやけに堪えた。
(うわぁ‥あっちいなぁ…なるべく急ごう……)
いつの間にか額から浮き出た汗を左腕で拭いながら、自らの自転車のロックを外す。
銀色の塗装が太陽光を跳ね返していてギラギラと眩しかった。
「よっと…」
この前とは違い、軽やかにペダルが回る。蝉がミンミン鳴く中、タカシは風を体全体で受けながら坂を下っていくのだった。

タカシが外で熱気と戦っている頃、ちなみは台所にあったバナナを頬張りつつテレビを眺めていた。
「もむ…んぐ……なかなか‥おもしろい…もぐ‥」
液晶には夏の恒例行事、甲子園の様子がダイナミックに映し出されている。
時は丁度9回裏。2アウトながらも押し出しにより、ここで一発が出れば漫画さながらの逆転サヨナラ劇が訪れる。
「私には‥特に関係ないけど……がんばれー…」
食べ終わったバナナの皮をゴミ箱に捨て、かたちだけを装った声援を送る。
正直な話、どちらが勝とうと関係ないのだ。こういう場合は応援していてより盛り上がる方を応援する。
そっちの方が期待を込める分、まさかの勝利の時に得る喜びが大きいし、別に知らない場所なので負けても悔しくない。
そのうち場内アナウンスが甲子園中にこだました。
『4番‥ピッチャー、西村ヒロユキ君』
途端に一塁側スタンドから盛大な歓声がわいた。
「あうっ……うるさい…」
ちなみはキーンと鳴る耳を即座に塞ぎ、眉をしかめた後、リモコンで音量をそれなりに抑えた。
バッターボックスに立った西村選手はバットを大きく構え、その先端をバックスクリーンの上で翻る日の丸に向けた。
『これは…予告ホームランですかねセルシオさん?』
『そうかもしれないですねぇ‥堀池さん』
西村選手の奇行に解説者達も大賑わい。
そして、いよいよ相手ピッチャーがふりかぶり、第一球を投げようとしたその時。
『テッ‥テケテッテテ‥テケテッテテ♪』
某映画のリローデッドのテーマが途切れ途切れちなみの耳に入ってきた。
「えっ…何? タカシの部屋からだ…」
せっかくの良いところを邪魔され、苛立ち紛れにテーブルを叩きつけて立ち上がる。
『テッ‥テケテッテテ♪』
彼女の楽しみを奪った電子音はやはりタカシの部屋から、それも彼の携帯からだった。
「ああもう…あのバカ‥忘れ物してるじゃない……」
音の主を掴み、画面を展開する。どうやらメールではなく電話らしい。
「名前は……蜂須賀…? 珍しい名字…」
まじまじと着メロの鳴り止まない携帯を見つめるちなみ。携帯の方もいっこうに留守電サービスに切り替わらない。
(それにしてもうるさい…出ちゃおう‥かな? うん…こんなところに……携帯置いてたアイツが悪いんだから…)
通話ボタンを押し、耳に当てる。そして一言。
「もしもし?」
「あっ‥もしもし? タカシ?」
高い第一声。ちなみは電話の相手が女性であることをすぐさま悟った。
「あー………えっと、タカシは今外出中何ですが…」
「えっ…」
相手絶句。動揺している様子が容易に想像できる。
「あーっ‥もしかしてかなみちゃん? ボクだよボクボク」
ちなみの耳に入る声が再び甲高いものに戻る。
「ボクって誰…まさか……ボクボク詐欺?」
「なっ…なんだよそれ!! ボクだよボク! わかんないの?」
「…はい」
「あちゃー‥もう…ボクは蜂須賀マキ!! かなみちゃんが小学校の頃たくさん遊んだじゃんかぁ!」
「…そうなんですか?」
「そうだよっ! もう…」
「だって…私…かなみじゃないから…」
「……へ?」
「!!」
しまった、とちなみは痛感した。あろうことか黙っていれば終始『かなみ』で通じたものを自ら壊してしまったのだから。
「君…誰?」
「え……わわ私は…ちなみ…」
疑いの気持ちを込めたマキの低い声が、ちなみを追いつめる。その不可視的圧力に流石の彼女もたじたじ。
「ちなみ? 君はタカシのかの‥ごほっ! 君はタカシのいったい何なのさ?」
「あの……その…ただの‥そう! ただのいとこですっ!」
突き刺すような鋭い一言に、ちなみの声が上擦る。ちょうどカラオケで無理やり声が低い奴が唄う平井堅の歌のような感じ。
「あ…そう……なんだ…安心した」
「今‥何か言いました?」
「!! いっ、いいや! 別に! 何も! 全く! 全然!」
甲高い声が更に高く、伝説の鳥獣みたいな声に進化。そろそろ人間のヒアリング可能領域から抜け出しそうだ。
いや、むしろイルカと会話が出来るかもしれない。
「ふぅん…ところで……あなたとタカシの関係こそ何なんですか?」
「え、ええっ?」
一瞬の気の緩みをちなみが逃すはずがない。
「もしかして…恋人同士?」
これこそが天の与えた好機とばかりに、責め立てる。流石S。
前世はきっと『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない』なんて言っていたに違いない。
「ぼっぼぼボクはべ別に‥アイツなんて興味ないよ!! だいたいタイプじゃないもん!!」
「…ふーん」
ちなみが電話口でニヤリと笑う。あの小悪魔みたいな笑顔だ。
「…だってさタカシ。何か…言いたいことある?」
「!!!! う‥うわあああああああああん!!」
ブチッと勢い良く回線の途絶える音。ちなみは携帯をゆっくり耳から手前に移動させ、それを見つめたまま暫く立ち尽くした。
「あ‥用件聞くの忘れた…いいや…」
思い出したかのように呟くと携帯をたたみ、元の場所におく。
これが後で大きな火種の元になるなんて神以外誰も知る由もなかっただろう。

リビングに戻ると、西村選手達の高校が泣きながら土を拾っている光景が流れていた。
(結局…だめだったのね……)
ちなみは小さくため息を吐くと、麦茶を飲むために台所へとそのまま歩みを進めるのだった。


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2006年06月20日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Double thrash〜』

…どうしちまったんだろうな。
タカシの第一声。どこかの呪術師の呟く呪詛のように小さな声。
そして虚ろな目をしたまま、男はぽふんと音をたててベッドの上に崩れ落ちた。
見慣れた天井がいつもより暗いと思えるのは明かりを付けていないせいか。
シーツは湿気をたっぷり吸い込んでいて、男を捕らえたまま離さないかのように体のかたちにくっきりと絡み付いている。
(昨日あたりから…あいつのペースに乗せられっぱなしだ……どうしたものか…)
天井の模様が人間の顔に見える幻覚を見てしまうくらいに一点を凝視。まばたきも回数が明らかに減った。
(なんだよ…ん? 水の音? ちなみの奴か……って、おい!)
放心状態からの脱却のきっかけは彼女の皿を洗う音。
隅に置いてあった時計を覗くと、時刻は部屋に入った時から1時間弱ほど進んでいた。
(もうそんなに経ったか…いかんな。睡眠は人間にとって必要不可欠なファクターだ。よし‥ひとまず…寝る!!)
体を横にし、今日ばかりは良いやとクーラーを部屋中に効かせて目を閉じる。
(涼しい…ベトナムあたりからスイスの高原辺りまで場所が変わったかのようだ…)
額に流れていた汗は次第に引き、代わりにスヤスヤという寝息がタカシの口から漏れ出した。

ノイズ。高架橋下での列車の通過音。飛行機の離陸音。美代子おばさん。騒音は色々あるけれど。
「………うっるせええええええええええええ!!!」
部屋中に響き渡る携帯の着信音。今のタカシにとってはこれこそが最強の騒音だった。
「誰だよこんな時間にっ……て今9時か…おかしいのは俺の方だな…っくしゅ!」
軽く身震い。鼻水をすすって画面を開く。
「ああ…あいつか。んで‥えーと…暇か、だと。ま、暇だけど…何だろ?」
送信。瞬く間に返信。
『映画行かない?』
「ほう‥何の?」
電波発信、即座に受信。
『えっとね‥開戦日和!チケット2枚あって、行けそうな人に声かけてる最中なんだ!』
「なるほどね。確かに一回は目にしておきたいな…でも、ちなみ一人にさせるわけにはいかないし……断るか」
名残惜しさで鈍くなる指でボタンをプッシュして、黒やぎさんから白やぎさんへ。
「あんまり寝てないけど…体力は随分回復した感じだな…俺、GJ」
そう言ってる間に、白やぎさんから黒やぎさんへお手紙が。
『へっ‥どうせ暇なくせに。変な意地張っちゃってさ。良いよ!友達がOKしてくれたから!!後で後悔しても遅いんだからな!!』
「断っただけでここまでボロクソに叩かれるとはな…とほほ…」
携帯を折り、机の上に投げる。ストラップがジャラジャラと音をたて筆箱にぶつかった。
「……喉かわいた。水分を取らなければ。そういや‥ちなみの奴、やけに静かだな…」
視線をドアへと向ける。テレビで高校野球の放送をしているのか、遠くからでも声援がタカシの耳に入ってきた。
(そういや‥うちの県代表はどこまでいったんd)
「きゃああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
ドアの向こうから聞こえた絶叫。聞き覚えのある声。
「ちなみっ!!」
そう叫ぶ前には既にドアを開け、リビングへ駆け込んでいた。
「いない‥ちなみ!? どこだ!? おい!! ちなみ!! ちなみ!?」
最後の方は引きつった金切り声。定まらない焦点をせわしなく巡らせる。
「……誘拐!?」
レーザービームのような速さで玄関へ。鍵が閉まってあるのを見て、僅かに安堵感を得た。
「良かった…誘拐ではないんだな‥ならどこだ? …はっ!!」
タカシは断定した。外の世界をあまり知らない以上、彼女自身が自ら外へ行く事は考えにくい。
ならば、調べてない場所―つまりは洗面所―にいる!
「待ってろよ!! 今行くからな!!」
タカシは心配や不安に駆られた必死の形相で洗面所のドアをこじ開けた。
「ちなみ!!」
「ひゃうっ!?」
「良かった…突然いなくなったと思って安心したぞ?」
大きくため息を吐き、呼吸を整える。顔に生気が戻ってきた。
「………とりあえず、向こう向け…どすけべバカシ…!!」
「へ…?」
だが、敵意丸出しで睨み付けてくるちなみにタカシの心もすぐに穏やかではなくなる。
彼女の首から下を見やる。男の顔が瞬く間に朱に染まった。
「!! わわ悪い!! すぐ出ていくからっ!!」
仰天に仰天をかけたくらいに驚き、出ていく際に動揺のあまり足の小指をドアに打ちつけた。
「くあがっ!? ……のぉ…っ…ぐふぅ…」
それもそのはず。洗面所にいた彼女はタオル一枚。ジャンプしたくらいであっという間に魔界村みたいに衣が剥がれる。
(い‥痛いけど……ラッキー…痛たたた…)
目には幸せを、足には鈍い痛みを感じるタカシ。だが7:3で幸せが勝っているのは言うまでもないこと。
ぴょんぴょん跳びながら洗面所から脱出し、後ろ手でドアを閉めた。
(ふぅ…鼻血って本当に出そうになるんだなぁ…漫画の世界だけかと思った)
瞳を閉じて、ちなみを描く。エプロン姿からタオル一枚に発展。だがそれがいい。
「YES!!」
さっきまでのシリアスな展開はどこへいったのだろう。
「うるさいよ…おちおち‥着替えも出来やしない…変態‥」
「ごめん! で、でも俺は見てないぞ!! 本当だ!」
「うぅ…タカシに視姦された…」
「なっ‥人聞きの悪いことを…」
「…獣みたいに血走った目で…人の着替えの最中に入って来た人は……どこの誰?」
「ええと…だから! そうだよ。なんでお前大声出したんだよ?」
「あ……そそれは…シャワー浴びようとしたら…間違えて………水を…」
「はぁ? 最後なんて?」
「もう‥うるさい!! 覗いた罰…ハーゲンダッツ……3つ」
「はあ!? アイスなら冷凍室に入ってるだろ? なんでいちいち買いに行かなきゃ…」
言った刹那。すぅっと息を吸い込む音。
「嫌なら‥いいよ。警察沙汰にするから…かわいそうに……この年で前科持ちなんて‥お先真っ暗…?」
「行きます。行かさせていただきます」
「…よろしい」
(実際にやりかねないからな…こいつなら…)

ガチャッとドアの開く音。ほっこり赤らんだ肌のちなみがタオルを首にかけて洗面所から出てきた。
「…ほら、走って。そんなところで突っ立ってないで…」
「今!?」
「そう…れっつごー。がんばれ…」
「……わかった。行ってくる…はぁ…」
タカシは苦い表情を浮かべると、ちなみに背を向け歩き出した。
(……うーん。びっくりしたけど‥心配してくれたんだよね? ‥あの時の顔…カッコ良かったなぁ……ってバカ!)
思い返してまたもや赤ら顔になったちなみは、戒めと称して自分の頭をまたポコポコ叩くのだった。


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2006年05月19日

4日目『最悪のお出掛け日和〜Doublethrash〜』

「お湯入れて‥あ、リンス切れてたんだ…」
ゆったりとつかれる大きなバスタブ、磨かれて艶やかな大理石調のタイル。
流石はデザイナーズマンションと言ったところだろうか。
全てが白と黒のコントラストを際立たせる造りになっている。
「詰め替え‥詰め替え…あった!」
やっと見つけたリンスの詰め替えパック。湯は既に浴槽の3分の1ほど溜まっていた。
「よいしょ…」
ちなみはキャップを開け、容器にリンスを注ぎ始めた。乳白色の液体がとめどなく流れ落ちていく。
間もなく空の容器はずっしりと重くなり、代わりに精根尽き果てたパックはゴミ箱へ放り投げられた。
(あ…何か書いてある。お兄ちゃん‥使用禁止?)
握った白地のボトル。そこにハッキリと、乱雑な字が油性マジックで書かれていた。
(お兄ちゃん……ってことは‥書いたのは妹さん‥だよね…)
疑念を抱きつつもボトルを元の場所に返す。置いた際にちなみはシャンプーにもリンスと同じような文字列が描かれていることに気づいた。
(この前の時は‥気がつかなかったな…これ…私は使えるんだよ‥ね?)
そのままぼーっと突っ立っていること2、3分。お湯が溜まったのを知らせるブザーが鳴るまでちなみは自分を見失っていた。
「び、びっくりした…ととりあえず着替え持って来て‥入ろ」
ちなみは虚をつかれたのか、すくんだ肩を戻さぬまま浴室から出、おずおずした様子で畳んだ衣類とタオルを持って戻ってきた。
なんだかペンギンの歩くような仕草で愛らしい。
「着替えたばっかりだけど‥いいか…」
両手をクロスさせ、Tシャツを捲り上げる。水色のフリルのついたかわいらしいブラがチラリと顔を覗かせた。
なおもトルコ行進曲を口ずさみながら、ちなみは衣服を抜いでいく。
ストレッチパンツ、ブラ、そしてショーツ。
それらを洗濯かごに全て入れ終えた時、まさしくちなみは生まれたままの姿になっていた。
「よし…はいろ」
カポーン。なんて音などするはずもなく、湯煙がちなみを歓迎する。
「洗面所から‥これも持って来たし…」
右手で握り締めていた物を開く。入浴剤だった。
(…別府温泉? タカシと同じ名前…親戚が経営してるのかな…?)
雛鳥のように首を傾け、開封。湯船が白濁色に染まる。
「おー…」
思わず拍手。湯をすくって本当に濁っていることを確認した。
「いい湯加減…流石は自動…」
きっと気を許したのだろう。タカシの前では未来永劫見せることない笑顔をちなみは浮かべた。

「あちち…」
クーラーで冷えた末端が焼けるような痛みを訴える。
湯は彼女のまとまった黒髪に更なる潤いを与え、白磁の肌のあちこちに滴を作り出していた。
「シャンプー…違った。シャンプー‥シャンプー…あった!」
その言葉を皮切りにシャンプーとにらめっこ開始。約10秒の間が開いたのち、問題集で難しめの問題を初めて見た時のような声をあげた。
「た‥タカシ以外の家族専用? え…なな何それ…」
例えるならスポーツ飲料に炭酸が入っていた時みたいな困惑が頭の中を取り巻く。
(どうしよ‥私も使えないのかな…でも使ってもバレないよね…)
目が泳ぐ。助けを求めてもオーディエンスなんていやしない。あるのは使う、使わないの50/50ぐらい。
(うーん‥ん? あれ…は?)
ぐわっと目を見開くちなみ。目線の先には小さな黒いボトル。シャンプー。
(…タカシのだ!)
直感的にそう感じた。
(白いのは‥私…使えないから、仕方なく黒いのを……って、アイツと一緒のシャンプーだなんて…!)
目を閉じ、顔を背け、伸ばした腕を引っ込める。
(でも‥使っちゃダメって書いてあるし…シャンプーしたいし…)
葛藤。また葛藤。とめどなく葛藤。
結論として、ちなみは一応シャンプーを使った。
髪の毛は真冬の北陸地方さながらの真っ白な雪のような泡に包まれている。
(タカシと同じシャンプー‥タカシと同じシャンプー‥タカシと同じ…タカシと……)
だが、彼女の脳内では既に土筆やふきのとうが芽吹き、春が到来したことを告げていた。
どことなく赤い顔と上の空な眼差しでシャワーを見やる。
(タカシと同じシャンプー…タカシと同じ‥タカシと‥えへへ………っは!!)
ビクッと肩が震える。泡が床に付着して排水溝へとゆっくり流れていった。
(わわわわわわわ私ったら一体何をっ…!!? 気がついたら‥頭がぽわぁんって…アイツの……タカシのことばっか…)
体のどこか芯の部分に不思議と力が入る。
恥ずかしさやもどかしさが混ざった気持ちに、ちなみは無意識のうちに自分の肩を抱きしめていた。
(なんで‥なんでさっきから…アイツのことばかり……だめ。わからないよ…胸が苦しい…)
両手をグーにして、自らの頭を叩き始める。突然の自傷行為。
「忘れろ‥忘れろ…こんなに苦しいなら……全部‥忘れた方が…」
叩く度に零れる泡がいつしか流れ出した涙と溶け合い、チョークで引いたような線を次々と生み出していく。
「うぅ…っ‥でも…」
彼女はそう呟いたきり、黙り込んだ。

―分かっていた。こんなことをしても痛みしか残らないことを。

―分かっていた。こんなことをすればするほど胸の痛みは強くなるということを。

―知っていた。この胸の痛みはタカシを思えば起こることを。

―知らなかった。この気持ちをなんと言うのかを。

タイルを流れる白線は知らぬ間に幾度も交錯し、排水溝という名の終点に辿り着いていた。
終点の向こうは光か闇か。それは誰にもわからない。
だからこそ、その様子は運命の悪戯か、先の見えない彼女とタカシが歩んでいる道のように見えた。


tundere_tinami at 02:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)