2006年03月

2006年03月20日

3日目『訪問者〜Yamada〜』

「つっかれたぁ…」
「お疲れ様。また結構な量を買って来たお」
「そりゃ‥何てったって君の奢りですからねぇ。我ながら思い切ったぜ」
囁かな談笑を交えながら、タカシと山田の2人は沢山の缶やペットボトルが積まれたテーブルをちらりと眺めた。
タカシはあの後、飲み物を買いに行った。いや、行かされたと言った方が正しいだろう。
「飲みきれるかお?」
「大丈夫大丈夫、ちなみもいるから」
「ちなみちゃんは飲めるのかお?」
「いや、俺は知らないけど」
「…は?」
凍りつく山田。開いた口が塞がらない。スポッと拳が入りそうだ。
「まあまあ。たがが缶10本をピラミッドみたいに並べただけだろ? 1人あたり3〜4本だぞ」
「だからって…」
山田はそこで口ごもり、首筋を押さえ始めた。
「お堅い方ですなぁ山田さんは。全部飲めば済む話じゃないですか」
「で‥でも…」
「お・と・こってのはここぞって時の決断力がものをいうんですよ!?」
「え、ええっ…」
チャンスは今しかないと言わんがごとく、おしにおしまくる。
「わ‥わ、わかったお。いいお…過ぎたことはもうしょうがないお」
タカシの思惑通り、結局山田は折れた。「…何やってるの。ほら‥お腹すいたから…早く食べよ?」
そんな折、丁度良いタイミングでちなみが台所からやってきた。
彼女は颯爽と2人を通り過ぎ、そのままいち早くソファーに体を預けた。
「流石は山田さん! 懐が広いだけでなく器までお広い!!」
「タカシぃ〜やめてくれお。あんまり誉められた事ないから、このままだと俺…調子に乗っちゃうお?」
ところが、彼女の言葉が聞こえなかったのか、会話はエスカレート。
タカシが煽るせいか、山田の口調が弾みだしてきた。察しの通り、彼は流されやすい人間である。
「どうぞどうぞ! 今日の主役は山田様! あなたでごz…」
言葉を紡ぎ終わる前に、何かがぶつかって横へ大きくのけぞる少年。
ソファーに置いてあったはずのクッションが、力無い音を伴い床に横たわった。
そしてすぐさま、何事かと山田が友人がのけぞる方向と逆の方を見ると、歪んだ表情をしているちなみがいた。
「……人の…話は…ぜぇ‥1度でちゃんと聞け…」
肩で呼吸しているあたりを踏まえると、どうやら全力投球。顔はほのかに赤みを帯びていた。
「す‥すみませんでしただお…」
山田、背中に寒気を感じ大きく反省。
「‥あぁ驚いた。おい、クッションは投げる物じゃな…すみませんでした。ごめんなさい。ゆるしてください」
埃が舞う中、タカシは文句をこぼそうと口を開いた。
だが、彼女がもう1個のクッションを手にしたところで、身の危険を感じ言葉を飲み込んだ。
(ああ‥この2人の関係はこうなのか。だとしたら、タカシは可哀想だお…)
山田は心からそう思った。

そうこうあって、どうにか始まった山田を交えての夕食。心なしかいつもより雰囲気が柔和である。
「…バカシ。そこの‥それ取って」
「バカシ言うな‥ってこれか?」
「違う…本当にバカなんだから。私が欲しいのは…それ」
「はぁ!?」
ちなみの指はテーブルの一角を指しているが、タカシにも山田にも何を指しているのかが分からない。
「どれだよ‥これ?」
困惑した挙げ句、醤油を手に取った。
「ふぅ…もういい。自分で取るから…」
「なら‥初めから自分でやれよ…なぁ山田?」
「きゅ、急に俺にふるなおっ!」
山田とタカシがじゃれるのを後目に席から離れ、失望感たっぷりにサラダを皿に盛るちなみ。
そして、席について一言。
「…バカシ。ホント‥救いようの無い…バカシ」
「なっ‥勝手にバカシ呼ばわりしてるクセに修飾語まで付けるなよ!」
嫌味は人に聞こえやすいという。勿論、タカシも例外ではなく即座にツッコミを返した。
本当にそのツッコミで良いのかは疑問だが。
「‥仕方ないじゃない。だって…タカシがバカなのがいけないんだし。…ですよね山田さん?」
「だ‥だから、2人とも俺にふるなお…」
居づらい雰囲気の中、山田は気を紛らわそうと飲みかけのチューハイを缶が床と垂直になるまで一気に飲み続けた。
「おお‥やるなぁ。んじゃ俺も続くか!」
言うが早いかタカシも勢い良くチューハイを飲み干し、缶を握りつぶした。
「ぷはっ……この調子なら1人あたりのノルマは余裕みたいだな…」
「でも‥ちなみちゃんが飲めるかどうか…」
「あ、そうか…」
ふと目の前の問題に冷静になって、ちなみにどことなく不安げな目線を注ぐ2人。
その目線に彼女はカチンときたのか、何の躊躇も無く缶を手にした。
「失礼な…私だって飲める。たがが…そう‥ジュースじゃない」
「ま、まあね‥ちょっと高級なジュースだお。メロン味の」
「だっ‥だな。ちょっと辛口なだけだよな…」
「そっ、そ‥そうだおっ」
彼女が誤解していることに2人はすぐに気がついた。
だが、タカシは彼の性癖上、敢えて全てを述べず、
山田はタカシがボカシを入れて話したので、自分も多くは語らないことにした。「2人とも…私は子供じゃないんだからバカにしな‥あれ? このっ……開かない…ん〜〜〜〜〜」
開かないことでますます機嫌が悪くなり、指に力を入れて無理やり蓋を開こうとするが、まったくもって開かない。
ああ、なんてかわいそうな非力少女ちなみ。
「…うぅ…あけて…」
散々の無駄な抵抗の後、ちなみは途方にくれた様子でタカシの方に缶を向けた。
「ったく‥こんなことも出来ないくせに…」
タカシはちなみを見つめ、わずかな笑みをこぼし、受け取った缶の蓋を苦もなく開けた。
「ほらよ」
タカシから彼女に再び缶が差し出された。フワッと甘いメロンの香りが漂っている。
「‥あ、ありがと。わぁ…いいにおいがする…」
蜜に誘われた蝶のように缶の口へ鼻を近づけ、くんくんとメロンの香りを吸い込む。
(やっぱり、かわいらしい娘だお…)
(たまに子供っぽい仕草を見せるよな‥コイツ)
同年代だが、どこか少女の無邪気な行動に男2人は暖かい気持ちになった。
しかし、微笑む彼等の目に気づき、無性に恥ずかしくなったちなみの方は彼等を睨みつけ、
「…じろじろ見るな。見物料…取るよ…」
と見かけだけの威嚇をし、朱に染まった顔を慌てて隠してしまった。
「へへっ怒るな怒るな‥んじゃ山田、ちなみ…缶を前に出して」
「わかったお」
「……はい。したから早く‥」
タカシの提案に従い3人とも腕を突き出す。テーブルの上に3本分の腕の影が映った。
「それでは、改めまして‥乾杯!!」
「乾杯だお!」
「へ? あ‥か、かんぱい?」
リアクションは人様々。
喜び酒を煽る者、その煽る者を笑いながら缶を傾ける者。そして、オドオドと缶を持ったまま挙動不審な者。
「ほら! ちなみちゃんも飲むお!」
「え‥えっ…」
「ここまできたら、腹くくれよ‥な?」
タカシは山田と協力して逃げ道を塞ぐ。
「くっ……もう、そんなふうに言わなくても飲むのに…君達‥うっとうしいよ…」
「やっと折れた…ちなみちゃんは強情な子だお」
「だろ? コイツを毎日相手にしてるけど、いつもこんな感じなんだぜ」
「へぇ〜」
「昨日も…」
慣れたのか減らず口に動じるどころか、彼女の愚痴をつまみに話が盛り上がる男達。
(…あれ? どうして私を………ちょっとカチンとくるなぁ…)
ちなみは話のタネにされたことに苛立ちが募り、ふと視界に入ったチューハイの缶を手に取り口元へと近づけた。
(‥どんなのだろう。確か‥辛いって言ってたよね……飲み物が辛いってどういうこと?)
悩むのを余所に、開け口から放たれるメロンの香りが鼻腔をくすぐる。
(………ちょっとだけ、試してみよう…ちょっとだけね。本当にちょっとだけ…)
缶のふちを下唇に当て、グッと口に含む。広がる甘味、そして、
「……くはぁっ!?」
むせるほどの辛み。喉を焼き払うように熱が覆っていく。
「おっ…ちなみも飲んだか。どうだ? イケるか?」
「こほっ! こほっ……」
咳き込み過ぎてタカシの相手どころじゃない。苦い顔で缶を置き直す。
「タカシ、きっと今の様子じゃ難しそうだお。無理しちゃダメだお?」
すかさずフォローを山田が入れたが、なんにせよ目に入った彼女の咳き込み様が痛々しい。
「だ‥大丈夫…です。初めてだから……少しビックリして…」
「……うん。図に乗ってたな。悪かったコイツ駄目だ。山田‥コイツの分は俺が責任もって処理すっから」
彼女の反応に罪悪感を感じたタカシは、重い顔つきでちなみの方へ頭を下げた。
ところがその瞬間。
「…誰がいつ‥もう飲めないなんて言ったの?」
「!? だってお前‥」
「たがが咳き込んだくらいで騒がない……風邪をひいてたら…よくあるでしょ?」
「でも‥お前よく…」
「ムキになってなんかない…!」
そう大声をあげると、ちなみは両手をテーブルにつき、ぐっと身を乗り出した。
瞬間的に黙りかえる室内、と同時に笑いが漏れた。
「くっくっく…了解。な? 山田、本当だろ?」
口を押さえ、にやける2人を前に少女はただただ茫然とするだけ。
だが、お構いなしに山田は言葉を続ける。
「ちなみちゃんって、結構いじっぱりな子なんだね。さっきのタカシの話は本当だったんだお」
「あっ、お前ウソだと思ったのかよ!? ひでぇ!」
「え‥ちょっと…もしかして私……踊らされたの?」
「悪いとは思ったけど、何て言うかな‥そう! かわいいとついついイジメたくなるんだよ」
「‥そう言えば、小学校の頃のタカシって好きな子に意地悪してたお。ひょっとして‥あの癖がまだ抜けてないのかお?」
「!? えっ…」
「!! ばっ‥バカ野郎! そんなの昔のことだろ!? ちなみも気にすんなよ!!」
前触れもない親友の一撃にタカシもちなみも寝耳に水状態。
タカシは何とか黙らせようと小悪魔のような笑みをした親友に殴りかかる。
「…………ばか。もう君達なんか知らないんだから…」
一方の彼女もくるりと背を向け、ソファーの上で三角座り。後ろの戦いなんて興味無し。
突然のことに驚きを隠せず、湿った吐息が肌に触れる度、心臓が活発になっていく。
(うぅ…体が熱い…それに‥まただ。何かが‥モヤモヤしてる……)
ちなみは苦しさを紛らわす為に瞼を閉じた。だが、そのモヤモヤは一層強まって彼女の心を覆う。
(これも…きっとタカシのせいだ。責任‥とらさなきゃ。生半可なことじゃ…絶対‥許さないんだから…)
タカシを思うにつれて、膝を抱える力が徐々に強くなっていった。
(あぁもう…何なんだろ。切ないような‥悲しいような…もどかしい、けど………)
考え過ぎたのか、それとも早くも酒の酔いが回ったのか、彼女の意識はそこで途絶えてしまった。

3日目『訪問者〜Yamada〜』完


tundere_tinami at 01:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)