2006年05月19日
4日目『最悪のお出掛け日和〜Doublethrash〜』
「お湯入れて‥あ、リンス切れてたんだ…」
ゆったりとつかれる大きなバスタブ、磨かれて艶やかな大理石調のタイル。
流石はデザイナーズマンションと言ったところだろうか。
全てが白と黒のコントラストを際立たせる造りになっている。
「詰め替え‥詰め替え…あった!」
やっと見つけたリンスの詰め替えパック。湯は既に浴槽の3分の1ほど溜まっていた。
「よいしょ…」
ちなみはキャップを開け、容器にリンスを注ぎ始めた。乳白色の液体がとめどなく流れ落ちていく。
間もなく空の容器はずっしりと重くなり、代わりに精根尽き果てたパックはゴミ箱へ放り投げられた。
(あ…何か書いてある。お兄ちゃん‥使用禁止?)
握った白地のボトル。そこにハッキリと、乱雑な字が油性マジックで書かれていた。
(お兄ちゃん……ってことは‥書いたのは妹さん‥だよね…)
疑念を抱きつつもボトルを元の場所に返す。置いた際にちなみはシャンプーにもリンスと同じような文字列が描かれていることに気づいた。
(この前の時は‥気がつかなかったな…これ…私は使えるんだよ‥ね?)
そのままぼーっと突っ立っていること2、3分。お湯が溜まったのを知らせるブザーが鳴るまでちなみは自分を見失っていた。
「び、びっくりした…ととりあえず着替え持って来て‥入ろ」
ちなみは虚をつかれたのか、すくんだ肩を戻さぬまま浴室から出、おずおずした様子で畳んだ衣類とタオルを持って戻ってきた。
なんだかペンギンの歩くような仕草で愛らしい。
「着替えたばっかりだけど‥いいか…」
両手をクロスさせ、Tシャツを捲り上げる。水色のフリルのついたかわいらしいブラがチラリと顔を覗かせた。
なおもトルコ行進曲を口ずさみながら、ちなみは衣服を抜いでいく。
ストレッチパンツ、ブラ、そしてショーツ。
それらを洗濯かごに全て入れ終えた時、まさしくちなみは生まれたままの姿になっていた。
「よし…はいろ」
カポーン。なんて音などするはずもなく、湯煙がちなみを歓迎する。
「洗面所から‥これも持って来たし…」
右手で握り締めていた物を開く。入浴剤だった。
(…別府温泉? タカシと同じ名前…親戚が経営してるのかな…?)
雛鳥のように首を傾け、開封。湯船が白濁色に染まる。
「おー…」
思わず拍手。湯をすくって本当に濁っていることを確認した。
「いい湯加減…流石は自動…」
きっと気を許したのだろう。タカシの前では未来永劫見せることない笑顔をちなみは浮かべた。
「あちち…」
クーラーで冷えた末端が焼けるような痛みを訴える。
湯は彼女のまとまった黒髪に更なる潤いを与え、白磁の肌のあちこちに滴を作り出していた。
「シャンプー…違った。シャンプー‥シャンプー…あった!」
その言葉を皮切りにシャンプーとにらめっこ開始。約10秒の間が開いたのち、問題集で難しめの問題を初めて見た時のような声をあげた。
「た‥タカシ以外の家族専用? え…なな何それ…」
例えるならスポーツ飲料に炭酸が入っていた時みたいな困惑が頭の中を取り巻く。
(どうしよ‥私も使えないのかな…でも使ってもバレないよね…)
目が泳ぐ。助けを求めてもオーディエンスなんていやしない。あるのは使う、使わないの50/50ぐらい。
(うーん‥ん? あれ…は?)
ぐわっと目を見開くちなみ。目線の先には小さな黒いボトル。シャンプー。
(…タカシのだ!)
直感的にそう感じた。
(白いのは‥私…使えないから、仕方なく黒いのを……って、アイツと一緒のシャンプーだなんて…!)
目を閉じ、顔を背け、伸ばした腕を引っ込める。
(でも‥使っちゃダメって書いてあるし…シャンプーしたいし…)
葛藤。また葛藤。とめどなく葛藤。
結論として、ちなみは一応シャンプーを使った。
髪の毛は真冬の北陸地方さながらの真っ白な雪のような泡に包まれている。
(タカシと同じシャンプー‥タカシと同じシャンプー‥タカシと同じ…タカシと……)
だが、彼女の脳内では既に土筆やふきのとうが芽吹き、春が到来したことを告げていた。
どことなく赤い顔と上の空な眼差しでシャワーを見やる。
(タカシと同じシャンプー…タカシと同じ‥タカシと‥えへへ………っは!!)
ビクッと肩が震える。泡が床に付着して排水溝へとゆっくり流れていった。
(わわわわわわわ私ったら一体何をっ…!!? 気がついたら‥頭がぽわぁんって…アイツの……タカシのことばっか…)
体のどこか芯の部分に不思議と力が入る。
恥ずかしさやもどかしさが混ざった気持ちに、ちなみは無意識のうちに自分の肩を抱きしめていた。
(なんで‥なんでさっきから…アイツのことばかり……だめ。わからないよ…胸が苦しい…)
両手をグーにして、自らの頭を叩き始める。突然の自傷行為。
「忘れろ‥忘れろ…こんなに苦しいなら……全部‥忘れた方が…」
叩く度に零れる泡がいつしか流れ出した涙と溶け合い、チョークで引いたような線を次々と生み出していく。
「うぅ…っ‥でも…」
彼女はそう呟いたきり、黙り込んだ。
―分かっていた。こんなことをしても痛みしか残らないことを。
―分かっていた。こんなことをすればするほど胸の痛みは強くなるということを。
―知っていた。この胸の痛みはタカシを思えば起こることを。
―知らなかった。この気持ちをなんと言うのかを。
タイルを流れる白線は知らぬ間に幾度も交錯し、排水溝という名の終点に辿り着いていた。
終点の向こうは光か闇か。それは誰にもわからない。
だからこそ、その様子は運命の悪戯か、先の見えない彼女とタカシが歩んでいる道のように見えた。
ゆったりとつかれる大きなバスタブ、磨かれて艶やかな大理石調のタイル。
流石はデザイナーズマンションと言ったところだろうか。
全てが白と黒のコントラストを際立たせる造りになっている。
「詰め替え‥詰め替え…あった!」
やっと見つけたリンスの詰め替えパック。湯は既に浴槽の3分の1ほど溜まっていた。
「よいしょ…」
ちなみはキャップを開け、容器にリンスを注ぎ始めた。乳白色の液体がとめどなく流れ落ちていく。
間もなく空の容器はずっしりと重くなり、代わりに精根尽き果てたパックはゴミ箱へ放り投げられた。
(あ…何か書いてある。お兄ちゃん‥使用禁止?)
握った白地のボトル。そこにハッキリと、乱雑な字が油性マジックで書かれていた。
(お兄ちゃん……ってことは‥書いたのは妹さん‥だよね…)
疑念を抱きつつもボトルを元の場所に返す。置いた際にちなみはシャンプーにもリンスと同じような文字列が描かれていることに気づいた。
(この前の時は‥気がつかなかったな…これ…私は使えるんだよ‥ね?)
そのままぼーっと突っ立っていること2、3分。お湯が溜まったのを知らせるブザーが鳴るまでちなみは自分を見失っていた。
「び、びっくりした…ととりあえず着替え持って来て‥入ろ」
ちなみは虚をつかれたのか、すくんだ肩を戻さぬまま浴室から出、おずおずした様子で畳んだ衣類とタオルを持って戻ってきた。
なんだかペンギンの歩くような仕草で愛らしい。
「着替えたばっかりだけど‥いいか…」
両手をクロスさせ、Tシャツを捲り上げる。水色のフリルのついたかわいらしいブラがチラリと顔を覗かせた。
なおもトルコ行進曲を口ずさみながら、ちなみは衣服を抜いでいく。
ストレッチパンツ、ブラ、そしてショーツ。
それらを洗濯かごに全て入れ終えた時、まさしくちなみは生まれたままの姿になっていた。
「よし…はいろ」
カポーン。なんて音などするはずもなく、湯煙がちなみを歓迎する。
「洗面所から‥これも持って来たし…」
右手で握り締めていた物を開く。入浴剤だった。
(…別府温泉? タカシと同じ名前…親戚が経営してるのかな…?)
雛鳥のように首を傾け、開封。湯船が白濁色に染まる。
「おー…」
思わず拍手。湯をすくって本当に濁っていることを確認した。
「いい湯加減…流石は自動…」
きっと気を許したのだろう。タカシの前では未来永劫見せることない笑顔をちなみは浮かべた。
「あちち…」
クーラーで冷えた末端が焼けるような痛みを訴える。
湯は彼女のまとまった黒髪に更なる潤いを与え、白磁の肌のあちこちに滴を作り出していた。
「シャンプー…違った。シャンプー‥シャンプー…あった!」
その言葉を皮切りにシャンプーとにらめっこ開始。約10秒の間が開いたのち、問題集で難しめの問題を初めて見た時のような声をあげた。
「た‥タカシ以外の家族専用? え…なな何それ…」
例えるならスポーツ飲料に炭酸が入っていた時みたいな困惑が頭の中を取り巻く。
(どうしよ‥私も使えないのかな…でも使ってもバレないよね…)
目が泳ぐ。助けを求めてもオーディエンスなんていやしない。あるのは使う、使わないの50/50ぐらい。
(うーん‥ん? あれ…は?)
ぐわっと目を見開くちなみ。目線の先には小さな黒いボトル。シャンプー。
(…タカシのだ!)
直感的にそう感じた。
(白いのは‥私…使えないから、仕方なく黒いのを……って、アイツと一緒のシャンプーだなんて…!)
目を閉じ、顔を背け、伸ばした腕を引っ込める。
(でも‥使っちゃダメって書いてあるし…シャンプーしたいし…)
葛藤。また葛藤。とめどなく葛藤。
結論として、ちなみは一応シャンプーを使った。
髪の毛は真冬の北陸地方さながらの真っ白な雪のような泡に包まれている。
(タカシと同じシャンプー‥タカシと同じシャンプー‥タカシと同じ…タカシと……)
だが、彼女の脳内では既に土筆やふきのとうが芽吹き、春が到来したことを告げていた。
どことなく赤い顔と上の空な眼差しでシャワーを見やる。
(タカシと同じシャンプー…タカシと同じ‥タカシと‥えへへ………っは!!)
ビクッと肩が震える。泡が床に付着して排水溝へとゆっくり流れていった。
(わわわわわわわ私ったら一体何をっ…!!? 気がついたら‥頭がぽわぁんって…アイツの……タカシのことばっか…)
体のどこか芯の部分に不思議と力が入る。
恥ずかしさやもどかしさが混ざった気持ちに、ちなみは無意識のうちに自分の肩を抱きしめていた。
(なんで‥なんでさっきから…アイツのことばかり……だめ。わからないよ…胸が苦しい…)
両手をグーにして、自らの頭を叩き始める。突然の自傷行為。
「忘れろ‥忘れろ…こんなに苦しいなら……全部‥忘れた方が…」
叩く度に零れる泡がいつしか流れ出した涙と溶け合い、チョークで引いたような線を次々と生み出していく。
「うぅ…っ‥でも…」
彼女はそう呟いたきり、黙り込んだ。
―分かっていた。こんなことをしても痛みしか残らないことを。
―分かっていた。こんなことをすればするほど胸の痛みは強くなるということを。
―知っていた。この胸の痛みはタカシを思えば起こることを。
―知らなかった。この気持ちをなんと言うのかを。
タイルを流れる白線は知らぬ間に幾度も交錯し、排水溝という名の終点に辿り着いていた。
終点の向こうは光か闇か。それは誰にもわからない。
だからこそ、その様子は運命の悪戯か、先の見えない彼女とタカシが歩んでいる道のように見えた。
tundere_tinami at 02:24│Comments(0)│TrackBack(0)│