9ae27d87.jpg 今年の仮面ライダーは「鬼」です。

 鬼は「おぬ(隠)」が転じたもので、元来は姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味するそうです。昔の「この世」は都、つまりは都会しか指していなかったので、未開地の蔑称でもあったかもしれません。

 桃太郎の伝説が残る岡山では、人々を苦しめ恐れられていた温羅一族も中央政府から見れば鬼と見られ、結果的に桃太郎の「鬼」が出来上がって言ったのかもしれないし、丹波の大江山にいたという「酒呑童子」も源頼光と頼光四天王(金太郎さんもこの一人)に征伐、それが転じて鬼伝説になっていったのかもしれませんね。

 アウトロー=鬼という概念は各地方にも伝わっており、皆さんも色んな伝説や昔話を聞いたことがあると思います。

 たとえば富士のある地域では、現存するある洞窟に悪い鬼が住んでいたといいます。深夜、村の寄り合いの帰りに川に架かる橋で鬼を見つけた村人が鬼を鉄砲で打ち、暴れた鬼の足跡が岩に残って「足形」という地名になり、橋の名前が「鬼橋」となったそうです。

 鉄砲で撃たれた鬼は近くお寺に向かい年老いた和尚に薬を要求、和尚は驚きながらも一計を案じ竹筒に火薬を詰め火打ち石と一緒に鬼に渡し、傷口に当てて火をつけると治ると言って追い払いました。しばらくすると遠くで爆発音が響き、和尚は鬼退治が出来たことを喜んだといいます。しかしこれを知った鬼の一族が怒って寺をめちゃくちゃに壊してしまい、和尚を殺せと探し回りましたが、危険を察知した和尚は既に逃げた後で無事だったという話。その後は寺は再建されることもなく廃寺となり、現在では石垣がのこってるそうです。

 一説に寄れば、目に余る鬼の悪行に怒った村人が、鬼の岩屋を襲撃し皆殺しにしてしまったとも言われ、それ以来、足形村では現在でも豆まきをしないそうです。

 どうやらこの「鬼」の正体は「村社会」に属していない、いわゆる「山の民」だったのではないかと思われます。日本各地の山には彼ら独自の「山の道」があり、その「山の民」が一時的に富士の洞窟を使っていたのではないかと、このことが載っている本の著者も推測しています。

 分かりやすい例で言えば、映画「もののけ姫」でのアシタカ・サンを始め、エボシの村も鬼と分類されるのかもしれませんね。

 昔話にも、「泣いた赤鬼」のように鬼が人と共存する話があったり、修験道の祖といわれる役小角(えんのおずね)も前鬼と後鬼よばれる鬼を使役していたとあります。鬼は都市社会から阻害され疎まれながらも、近いところにいたのかもしれません。そしてそれは必ずしも悪ではなかったのかもしれませんね。

 古今集の仮名序で紀貫之は書いています。

「やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞ成れりける。世中に在る人、事、業、繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの、聞くものに付けて、言ひ出せるなり。花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか、歌を詠まざりける。力をも入れずして、天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武人の心をも慰むるは、歌なり。」
 
参考;
Tunes blog(2003/09/14)
富士山の洞穴探検(遠藤秀男著・緑星社刊)

仮面ライダー響鬼(TV朝日)
仮面ライダー響鬼(東映)