現代プロレス論 ~近代プロレスの超克~

おっちゃんやで~。かつては日本中湧かしてたけども今ではマニア以外には見向きもされんようになったプロレス。これはなんでやろうか?そしてまた盛り上がるにはどないしたらええのやろか?それを最新の社会科学の理論を交え、明らかにしていくで。よろしゅうたのんまっせ!

■11■IGFの分水嶺 それはGENOME15から始まった! ベルは鳴り響く

おっちゃんやで~。

近代プロレスを超克し現代プロレスへと表現地平を変えるはずのIGFやけど、結局それは起こらずにダラダラと続くことになるねん。猪木自身も多忙であることもは勿論のこと、後継者を育てる為に宮戸やその他スタッフに任せてたのやろうか。当初こそ何がやりたいのか分からんような実験的な試合があったにも拘らず、ついにはリスクを嫌って安定した近代プロレスに走ることになるんや。

その結晶がGENOME11でな、鯛焼きの頭の先から尻尾の先まで近代プロレスの詰まった最低興行になったのやで。確かに興行的に惨敗が続く以上は安定したバックのある近代プロレスに走るのはよう分かるよ。まともな経営者やったらそら当然の判断ですわ。せやけどそれやったらプロレスを復興させて再び世間と対峙する事はでけへんねん。その意味ですべき努力をせんと容易に近代プロレスに手を染めたスタッフは、猪木を信じきれへんかったんちゃうかな。

GENOME11から14までのそこで繰り広げられる闘いの無さに、恐らく猪木の意向が反映されての突然の鈴木vsバンナの異種格闘技戦やったと思うねん。そうなんや、プロレスの本質とは異種格闘技戦なんや。受けてたった二人は凄いと思うし、特に鈴川は気持の弱い相撲取りが多い中で、ようやったとおもうよ。結果的に惨敗したけども、生き様を見せられて実人生に基づく物語を見せることが出来たんや。そう、ハプニングという次元の裂け目から新規物質が投下されたんやで。

サップvs角谷もそうや、サップに期待した猪木がやらせたんちゃうかな。結局サップはなにもせんと、弱い角谷に即降参したわけやけど、ガチでなけな世間の誰が振り返るっちゅうねん。競技性の無い近代プロレスなんてなにやってるかわかれへんよ。その意味でガチでやったことに意味があるねん。兎に角バンナvs鈴川もサップvs角谷も見世物の質としてはたいしたこと無かったけども、その表現地平は現代プロレスへと前進して行ってるねん。

興行全体を見たらGENOME15も近代プロレス路線ですわ。せやけど猪木が入れたであろうこの2試合は、おもろなくても一度は断念したかのように見えた現代プロレスへ、再び歩みを進めた記念碑的な試合やったんやで。特にバンナvs鈴川はIGFの現代プロレスの分水嶺として、非常に大切な闘いと位置づけられるやろうな。次回はGENOME16を総評しますわ。

ほなな。

■10■ついに再始動! IGFが現代プロレスへと動き出す 殺伐さを醸せ!

おっちゃんやで~。

 IGFやけど、来月の8月27日に震災復興イベントと冠した特別興行が行われるそうや。これは興行形式が特別なだけや無しに、IGFにとっても特別興行になるのとちゃうかな。

 思えばGENOME11で近代プロレスだらけになって、近代プロレスを超克するはずのIGF興行とは逆に行く結果に、おっちゃんも流石に落胆したもんや。無理矢理小川が健介にガチ仕掛けることを期待したけども、勿論起こるはずも無く最低の興行やったよ。猪木の理念を理解せんと、目先の小銭に釣られるIGFスタッフの無能さには、ほんまにあきれ果てたもんですわ。 せやけどGENOME15からIGFは変わったよ。それまでの八百長プロレスによる鈴川の売出しから一変、鈴川にガチでバンナぶつけたんや。自我の強い鈴川は何度も立ち上がりその生き様を見せ付けたよ。勿論あの試合には問題もあるねん。力量が違いすぎて事故も起こりかねへんやんか。その意味でおっちゃんは相手は異種格闘技戦に免疫の無いアーツをぶつけるのがバランス的にええと思ったけども、兎に角IGFは再び現代プロレスへと運動を始めたんやで。猪木が直接カード編成したんか、蝶野なのかはしらんけど、兎に角やっと殺伐さがIGFに生まれようとしてるねん。

IGFにどれだけ余力があるのかおっちゃんはしらんよ。せやけど余力ある内に動けの猪木の言葉どおり、ついに動き出したIGF、おっちゃんは期待してるよ。次回は遅ればせながらGENOME15について総評さしてもらいますわ。

ほなな。

■9■無期限自粛は誤魔化しか、それとも? NOSAWA論外の反省の是非

おっちゃんやで~。

プロレスラーのNOSAWA論外が泥酔して窃盗や飲酒運転で逮捕されたそうや。やってもうたことはもうしゃあないとして、おっちゃんが注目したいのは彼自身が発した「無期限の活動自粛」という言葉なんや。

無期限とは期間を限定した罰と比べたら大きいものやと思うねん。そうやなかったら無期限にする意味が無いやんか。3ヶ月やったら3ヶ月で時期を限定したらそれで済む所を敢えて無期限にするのは、時期を限定してたら社会的に認められんような罪の大きさがあるからやと思うねん。せやけどこれを逆手にとって誤魔化すことがあるのやで。

例えば秋山は無期限出場停止やのに10ヶ月で復帰したし、三崎も9ヶ月ぐらい、モンターニャなんかは2ヵ月半やなかったか?これは無期限であることを逆手にとって隠れ蓑にし、早期出場を正当化するための誤魔化しなんや。つまり無期限にしたら重い罪のように印象付けられるし、また早期復帰でも「無期限なのだから期限は決まっていない」で正当化できるわけや。せやけどこんなことやってたら信頼がなくなってしまうよ。

例えば暴力事件起こしたら徹底的に厳罰を与えることを常に心掛けたとしたらどうやろうか。「この業界はただでさえ暴力的といわれるので徹底的に暴力性を排除して社会に受容されるように心掛けたい」と徹底してたら、当然世間からの印象は変わるよ。業界に対するクリーンなイメージに繋がるわけや。せやけど暴力事件を起こしても事実上無罰やと、当然暴力的な業界と思われるやろうな。社会的なイメージを抱かれるように常に気をつけていかな、社会的な存在として生き残って行かれへんよ。

この様な中でのNOSAWA論外の無期限出場停止はどの様な扱いになるのやろうか。無期限と口にした以上は大きな罪と捉えてるわけやから、出場は数年先にするのが妥当やと思うねん。無期限が半年ではあまりにも言葉として使い方が誤ってるよ。もし誤魔化そうとして無期限を口にし、社会に反省してるイメージを与えその裏では半年後復帰を画策してるとしたら、無反省としかいいようがないやろな。試合不出場でお客さんにも主催者にも、そして業界にもイメージ低下で迷惑をかけたんや、彼自身が発した無期限という言葉が彼自身の真摯な気持ちの現われやと信じたいよ。

地震でえらいことになってるなあ。正確な被害状況はどうなんやろ。皆さん大丈夫でっか?早期復旧を祈ってますわ。

ほなな。

■8■橋本真也が殺される! 遺児を利用した小銭儲け ほくそえむ大谷、むらがる武藤

おっちゃんやで~。

ZERO1の両国の興行は成功を収めたようやな。せやけどその内容はあまりにもえげつないものやったよ。

選手も続々離脱してどインディーの道を直走ってる同団体の、唯一の金看板が「橋本真也が生み出した団体」という歴史的事実や。そこで大谷は橋本の遺児を擁立して、その歴史を利用し両国興行をぶちあげたわけですわ。これはもうZERO1の興行ちゃうよ、橋本真也の興行なんや。お客さんが見に来たのはZERO1どころか息子でもなしに、橋本の息子の裏に見えるあの強くてトンパチで憎めない橋本真也やったんやで。大谷は見事にその歴史的事実を利用して両国で成功を収めたわけや。

ここでおっちゃんが思うのは、大谷らに橋本真也の名を汚す権利があるのかどうかゆうことなんですわ。大谷らは確かにZERO1創生メンバーではあるよ。橋本真也に縁のある団体や。せやけどそやからゆうて、橋本真也を利用することが許されるのやろうか。猪木自身は「プロレスのために俺の名前を利用したらいい」てゆうてるのやけど、当然それと同時にフィードバックが前提なんや。そらそうやで、自らが築き上げてきた名前を何で他人にただ乗りされなあかんねんな。事実、昭和プロレスに猪木の名前使われて、猪木は烈火のごとく怒ったやろ?後ろ向きで昔の名前だけで小銭儲けを標榜してる団体による一方的搾取に誰が賛同するやねんな。この様に猪木の利用と猪木への還元はセットやねん。

橋本真也の名前を利用するのもおんなじこっちゃ。ZERO1には実力が無く無内容でインディーとして停滞してるのに、橋本真也権益を利用するのは昭和プロレス同様一方的搾取や。一体どんな権利があるというのやろうか。息子の人格とは無関係に、ただ単に過去のビッグネームのみを利用して、成功したらまるで自らの団体の実力で成功したみたいに「両国大成功」なんて叫ぶ江頭似の男が代表の団体に明日なんてあるわけながな。そもそも橋本真也とは歴史的に別離してたくせに、その黒歴史はどこへいってもうたんやろ。

素人のデビューが蝶野という実力無関係のまさに歴史を利用しただけの興行で、蝶野は「実力が無かったら遠慮なく潰す」とかゆうてたくせにド素人とええ試合をするねん。最初から潰す気なんてないがな、試合前に橋本の息子を旗頭にこれからのプロレス界を支えたいとかゆうてたやんか。そして今度は武藤か?なんで全日本の頂点がド素人とやるやねんな。昔の盟友の息子との試合という歴史で小銭儲けたくらんでるからやろ。どこまで橋本真也を馬鹿にすんねん。タイガーや長州は昔の自らの名前を削ってるからまだええとして、他人様の名前を一方的に削っていくのは筋違いゆうもんでっせ。このまま行ったら「また長州タイガー藤波?」みたいに「また橋本真也?」になって、橋本真也の名前が飽きられていくやろうな。

こいつらは今猪木と袂分かってるくせに、猪木死んだら追悼興行で銭儲けするのやろうなあ。そもそもなんで全日本やZERO1が世間と隔絶してるかを考えなあかんのに、過去のビッグネームの一時的な利用で大きな箱埋められても、それが続くわけがないよ。話題や無しに、根本を変える努力せなあかんねん。

ほなな。

■7■破壊王を喰いものに! 橋本遺児に群がる大人たち 橋本が泣いている

おっちゃんやで~。

橋本真也の息子、橋本大地のデビューが間近なのやけど、あまりにも周囲の大人が汚すぎるよな。蝶野や武藤は一応は「駄目だったら切り捨てる」みたいなことをいうのやけど、それは建前であって大嘘や。同時に「三銃士を結成してもいい」みたいなことゆうてるし、そもそもなんでデビューが蝶野戦やねんな。この破格の待遇は父が橋本真也であるからであって、大地自身の人格は無関係なんや。これはもう最初から大地の人格は抜きにした、橋本真也の名前を利用する銭儲けなんやで。大地を潰す気なんて毛頭なくて、最初から盛り上げていこうゆう形でシナリオが出来上がってるねん。

野球でなんぼ二世が登場しても、例えば長嶋一茂は凡庸な選手やったやんか。親の名前だけで注目してもらえるのは最初だけや、ほんまに親父並みの選手になろうおもたら、実力は勿論のこと人間的魅力も発揮せなあかんねん。長嶋茂雄の息子やからゆうてスターが保証されるわけやないよ。

ZERO1は落ちるとこまで落ちぶれて、橋本真也の名前を利用して大地を旗頭に銭儲けをたくらんでるねん。確かにおっちゃんも橋本の息子であることに関心はあるよ。せやけどそんなん降って湧いた話題やんか。話題は一過性や、一過性のものに依存してたら過ぎ去ったら残るのは無残な素人一人になってしまうよ。注目されるのは最初だけや、急造の人工的スターの本質が露呈した時、また落っこちることになるのとちゃうかな。

蝶野も武藤も大地と友好的に話したり、褒めたり、アドバイスしてるけども、それを橋本真也は喜んでると思てるのやろうか。甘やかさんと厳しくやってくれてゆうてるのとちゃうかな。例えプロレスとはいえ下手な奴は消えていくことになるねん、目先の利益に群がって橋本真也の名前を喰いものにしても、待ってるのはますます無力になっていってる無残なプロレスの現実ですわ。もっとじっくりやっていかなあかんよ。

ほなな。

■6■最後の幻想ヒョードル崩壊、巨人最強時代へ 物語を侵食する巨人最強時代

おっちゃんやで~。

最強と長い間呼ばれてたヒョードルがストライクフォースで連敗、ついに引退を仄めかしたようやな。このことは単なるヒョードル個人の敗北や無しに、今の時代を象徴してると思うねん。

PRIDEの時代はまだ熟してなかった巨人最強時代やけど、今ではボクシングでもk-1でもMMAでもヘビー級トップは皆巨人になって来てるやんか。昔は180cmでも通用してたはずが、今では190cmなけな通用せんようになってきてるねん。MMAでゆうたらヒョードル183cmにたいしてレスナー192、ミア190、シウバ195、アリスター195、ジョシュ191、K-1でもシュルト、アリスター、バダ、皆190以上ですわ。UFCのヴェラスケスのように例外はあるとはいえ、これは時代の趨勢ちゃうかな。

ヒョードルvsシウバでも、同体格やったらヒョードルが勝ってたと思うねん。せやけどシウバはあの巨体や、階級2つぐらい違ってるように見えたよ。巨人が技術持ったら最早チビッ子で倒すのは困難なんですわ。その意味で今は巨人最強時代へと進んだのとちゃうかな。

せやけど巨人時代突入とはある意味目に見えない階級性を樹立したことを意味してて、階級性の樹立は参戦可能性を限定するから遺恨物語を狭めることになってしまうねん。かつてアンドレが対戦相手が少ないがゆえに困ってたように、それは極端な例とはいえこのまま巨人化が進んで2m以上でなけな最強になれんとしたら、かなり限定されてそれは物語の少ないつまらないものになるのとちゃうかな。

今までは説得力として無差別級を確保しつつも巨人族を政治的に排外することを説いてたおっちゃんやけど、巨人が少なからず進出してくると、これは格闘技としてはかなり厳しいことになると思うよ。この意味でヒョードルの敗北は、これからの少なくとも物語を大切にする日本の格闘技興行において、暗い影を落とすのとちゃうかな。

ほなな。

■5■「元若麒麟」を払拭せよ! 鈴川の可能性 スキャンダルからハプニングへ

おっちゃんやで~。

元若麒麟としてしか紹介されへん鈴川やけど、それは当然のことやと思うねん。なんでかゆうたらな、IGFなんて誰も知らんしプロレス自体うさんくさいし、あるのは世間を騒がせる一連の相撲スキャンダルのファクターであるということだけやからなんや。せやけど鈴川は非常に可能性秘めてると思うよ。

あいつはふてぶてしくリング上に自意識を投げ出してくるから、実人生を醸しだして来るねん。格好つけるやとかベビーヒールやなしに、鈴川本人の自意識を投げ出してくるからリアリティーが出んねん。また相撲出身者であることを前面に押し出してくるやんか。四股踏んでみせたり、練習を稽古といってみたり、対戦相手を倒して顔面に四股を踏んでやる発言やとか、あれはうまいよな。薬物使用で解雇された己の人生が浮かび上がってくるやろ。そういう意味では彼はセンスあるねん。

かつて曙が格闘技に転向する際に「相撲は関係がない」て最初はゆうてたんや。それは相撲界を慮っての発言やったと思うねん。せやけど曙は頭がええからしばらくすると「何故長い相撲の歴史の中で横綱が64人しかいないか教えてやる」とかゆうて相撲を前面に押し出すようになるねん。そらそうやで、実人生さらけ出しての物語やないかい。元横綱や無かったら彼がいかに魅力的でも説得力に欠いてしまうよ。

小川以外は透明人間みたいなIGFやったけども、ついに存在値を持った選手が現われたんや。強さはまだ未知数でここがネックやけど、小川無き今相手の道場へ乱入したりやとか、メディアで舌戦してやり合うみたいなことを、亀田よろしく平気でやってくれるのとちゃうかな。スキャンダルから生まれた鈴川やけど、次はハプニングを起こして元若麒麟を払拭し、鈴川として名前を知らしめて欲しいものやで。その為にも試合前の煽りは勿論のこと、兎に角練習あるのみですわ。

ほなな。

■4■「やめちまえ!」発揮されたIGFの優位性、可能性のある唯一のリング

おっちゃんやで~。

アントニオ猪木のIGFの興行、GENOME14が行われたようやな。現代格闘技興行の理念を誰よりも理解し、そしてそれを実現さして世間と対峙しようとする猪木の試みが正にIGFな訳やけど、今までは残念ながらそれは失敗に終わってたよ。

勿論猪木自身もゆうてたとおり、人は失敗することで成功するものであってその意味では失敗はある意味喜ぶべきものなんや。最もあかんのは失敗による挫折を知らんものでな、そんな奴は成長が無いから赤ちゃんのままみたいなもんやで。せやけどIGFがほんまに成長してるかゆうたら疑問やったんや。

選手は物語を紡ごうとせえへんし、猪木自身もそれを後押しせんと結局はイベントとして成り立たす為のタレントになってるだけでな、その結果選手は猪木に依存して益々なにもせえへんねん。猪木を目玉にした猪木ぶら下がりの興行でどないして闘いが起こるとゆうのやろうか。大切なのは選手個人の夢であり、抜け駆けしようとすることであり、そこで表現と強さの闘いが生まれるのやないか。そやろがい。

おっちゃんは3年前のIGF旗揚げの際に、IGFの優位性は自由な場と気付きの供給がされることて喝破してたんや。自由な場とは既存のプロレス/MMA団体・イベントとは異なって様々な表現やルールが許容されるという意味で、気付きの供給とは個人猪木によるナックルや問いかけのことを意味してるねん。ここまでの優位性を持ったイベントがかつて存在してたやろうか。その意味でおっちゃんは全団体/イベントの中で今は下でも可能性は上やとゆうてたんやで。

せやけど実際は猪木は忙しいとかゆうて当日タレントするだけやわ、取り仕切ってるサイモンは既存プロレスへのアンチテーゼとして出現したIGFやのに目先の利益を追求して既存プロレス化に走ってまうわ、エース小川は衰えてて体動かへんわで、何がやりたいかはっきりせん格闘プロレスに頽落してるのが現状やったんですわ。せやけどここへきて少し変わって来たんや。

今回は不甲斐無い試合をした選手に猪木が「やめちまえ!」て激昂した訳やんか。ハンソンやプレデターはシナリオに無い強烈な駄目出しに考える所あったやろうし、他の選手の刺激にもなったのとちゃうかな。かつて組長に命じて後藤をぼこぼこにさしたり、武藤・LYOTO・中邑に直接鉄拳制裁を加えたように、あの猪木が帰ってきたんや。選手は試行錯誤せなあかんし、また失敗とはそのような試行錯誤の中の自己鍛錬として行われてこそ明日の夢に繋がるのとちゃうかな。今までの理念無き失敗興行から理念有る失敗興行へとシフトして、いつしか個性的な人間同士の実人生の交錯という物語の創出の場になってもらいたいものですわ。

小川が、亀田が、朝青龍が、バダ・ハリが、秋山が、パリス・ヒルトンが、沢尻エリカが交錯して世間と対峙するんや!

ほなな。

■3■UFCのKID敗戦は当然の結果、受動性でしかなかった人の子の憂愁

おっちゃんやで~。

UFCに活躍の場を求めて出場した山本KIDやけど、その結果完敗したそうやな。五味もそうやけど、ほんまに周囲に碌なブレーンがいてへんのとちゃうかな。才能を持ちつつも発揮できんとこのまま埋もれるしかないのやろうか。おっちゃんは彼らに戦略的誤りを見出すねん。

KIDや五味がUFCを選択したのは、当然日本市場での活躍の場が消滅したからや。日本で稼げんようになったからアメリカを選択する、この素朴さが戦略的誤りなんですわ。UFCで頼れるのは強さやけど、KIDは日本で負けが続いてたし、五味かて低迷してたやんか。そんなロートルがどないして競技性最高峰で金網などのルールの敷居もあるUFCで成功できるやねんな。成功を求めて十中八九失敗する賭けに繰り出すやなんて正気の沙汰や無いよ。パチプロ志望者かっちゅうねん。

KIDは日本はエンタメ、アメリカはスポーツとかゆうて日本を馬鹿にしてたようやけど、そら市場が違うのやから当たり前のことやで。そのエンタメでは自分らしさ発揮のみで中途半端、スポーツでも中途半端な強さで敗北してるねん、馬鹿にされるべきは本人やないか。でもどちらかゆうたらKID五味により可能性があるのは日本市場なんやで。そこそこの強さを持ってて、人間的魅力のある二人やったらやりようによってはエンタメで、日本市場で天下を取る可能性があったんや。KID五味の致命的な失敗とは、彼らがエンタメで天下をとるという事の本質を理解出来なんだことなのとちゃうかな。

日本市場で天下を取るとは、個性的な人間が世間の琴線に触れるような物語を創出することなんや。日本人とアメリカ人はその文化が異なっててな、そうであるがゆえに格闘技に求めるニーズが異なるねん。アメリカ人は一神教的宗教を背景にした高い民度ゆえに、例えば虚構の物語にコミットメントしてみたり、或いはハレを獲得しようと直接性の暴力を求めたりするし、或いは多民族国家ゆえに民族代表者に共感を得て見たりするねん。

日本人は一神教的宗教の背景がないゆえに民度が低く共同体に自尊心を預けるから、そこで求められるものは剥きだしの物語しかないやないか。亀田家みてみい、つまらんボクシングの中で世間に届くような猛威を振るったやろ?彼らが良かったのは個性的であり、尚且つさらに物語を能動的に紡いでいったとこなんやで。KIDと五味はなるほど、素晴らしい個性を携えてるけども受動性や、待ってるだけやから物語が生まれたとしてもそれは偶然であって、物語発生頻度が亀田家や小川直也と比べたら少のうなってしまうんですわ。口開けて待ってるツバメのヒナかっちゅうねん。

この様に日本エンタメ格闘技市場を馬鹿にしてたKIDやけど、やるべきことやってから馬鹿にせんかい。その本質を理解せんと日本市場よりも可能性の劣る別市場へわざわざ成功を求めていってやで、そして素朴に頓挫してるKIDや五味は戦略的に誤ってるねん。なんであえてイバラの道を歩むやねんな。亀田家の高視聴率に何も感じんかったのやろうか。向こうで失敗したらまたこっちで小銭稼ぎか?松井稼頭央かっちゅうねん。

ほなな。

■2■SRC17中止は本当にライターの記事が原因なのか、消滅への必然的背景

おっちゃんやで~。

SRC17が中止になったそうや。SRC自身はその原因を、あるライターの事実に反する記事にスポンサーが不信感を覚えて撤退したからとしてるのやけど、ほんまにそうなのやろうか。

その記事がどれだけ中止の件に関わってるかはスポンサーの心中やからおっちゃんの窺い知れる所とちゃうのやけど、取り巻く状況を考えるとそれは精々副次的なことでとてもそれが主な原因とはおっちゃんは思われへんねん。

主催者とスポンサーの関係は、主催者がスポンサーの宣伝をしスポンサーが主催者に資金を提供することで成り立ってるわけやんか。せやけどその主催者であるSRC側も認めてる通り、資金に見合った宣伝効果は疑わしく現実にはスポンサーの懇意で成り立ってるのが実情や。スポンサーの懇意はええとしても、現状を知りつつもこない歪な関係を受容してる主催者は社会的成功をする資質に欠けてるのとちゃうかな。

スポンサーに一方的に出してもうてやで、単にスポンサーに甘えてるだけやん。全面的に依存してたらそらスポンサーの一存で消えてなくなってしまうよ。前に大会中にスポンサーが特別賞を突然与えたいとか言い出して、主催者側はそれを直ぐに受け入れたのやけどこれはやったらあかんことやねん。なんでかゆうたらな、主催者には主催者の、スポンサーにはスポンサーの立場があるからなんや。

スポンサーは資金を出すことで終わってるわけやから、確かにスポンサーのイメージを損なうようなことされたら困るからお願いすることはあっても、基本的には口を出したらあかんねん。あくまで主催するのは主催者なんや。特別賞を上げたいとかゆうのはイベントの一部なのやから、主催者として「スポンサーの意向は分かりました、次回から設置するか吟味しますが今回は既にそのような催しをすることは予定していませんので取りあえず出来ません」これが主催者の立場とゆうものやろがい。

スポンサーに言われたからゆうて二つ返事でそれを受けてしまうところが、スポンサーに全面依存して主催者としての立場を歪めてるSRCの問題点なんや。提供される資金に見合わん宣伝が出来ひんのやったら、主催者然と出来る身の丈にあったスポンサーと手を組んだらええねん。特別賞が通るのやったら、どっちが主催してるか分かれへんよ。

このようにおっちゃんは、あるライターの記事は撤退の発端ではあったとしてもその背景には歪な関係があったからであり、この様な関係である以上はいずれは破綻は必然的やったのとちゃうかな、て思もてるよ。

ほなな。

■1■相撲八百長は既にファンにとっては了解事項、だから本当に問題は無いのか

おっちゃんやで~。

八百長問題に揺れる大相撲やけど、それに対して一部のファンは「八百長なんて分かっていたことで今更問題視する必要はない、だから相撲は存続すべき」との意見が散見されるのやけど、おっちゃんはこれは違うと思うねん。

日本は昔から共同体社会が根付いてて、そうであるがゆえに本音と建前が存在してるねん。これは欧米などでは観られない日本人らしい特徴ですわ。ここでゆう本音とは「相撲は八百長が行われている」であり、建前は「相撲は健全な競技である」であり、これはつまり個人的立場と社会的立場の違いですわ。

個人的にはおかしいとおもいつつも、社会的にはそれを存続させる為に個人の思いを隠すことを要求されて建前が正しいことであるかのように振舞うねん。戦争に行くのは個人的には嫌でも、社会的にそれは許されることとちゃうから建前では喜んでるように出陣するのと同じ構造ですわ。

今回の相撲は確かに今まで八百長であることが囁かれてたよ。せやけどそれは個人の思いの立場の話しですわ。社会的に存続する為には競技性がなけな何やってるかわからんようになってしまうよ。競技性が全く感じられんようになって世間から廃棄されたプロレスみたいなもんでな、相撲がそこそこ人気獲得出来てるのは競技性の名分が生きてるからなんですわ。

今回の問題の噴出で建前が損壊されると、本音のみになって相撲は競技性の名分を失うことになるねん。確かに競技性の疑惑は存在してたけどもそれはあくまで個人のレベルやったんや。共同体社会の影響が色濃く残る日本やからこそ本音と建前の曖昧な柔構造で存続できた相撲やけど、むき出しの本音で名分が崩れた今、プロレス同様の擬似競技に誰が本気でみられるとゆうのやろうか。

今は情報化社会やから、嘘なんて忽ち見破られてしまうよ。柔構造に甘えてた協会にツケが回ったんやな。今回上げられた力士を解雇してトカゲの尻尾切りしても安定するのは短期的であって、構造が温存されてたら長期的にはまた噴出してしまうよ。角番力士や確実な昇進の為の保険として重宝されてた八百長やけど、これからは無しでいかなあかんやろうな。

ほなな。
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