2006年07月

2006年07月30日

スロットカー2

9465c0ad.JPGスロットカー2
このスペイン製スロットカーは、1970年代にはスペイン国内はもとよりヨーロッパツーリング選手権で優勝までしたスペイン人のラファエル、バリオス氏という方が1996年マドリッドで会社を設立されました。
で、第1号は、フロントエンジン搭載のダッチバイパーを見てスロットカーの大好きであった彼は、本物と同じ構造で実現されました。
また、FLYの商品は全て限定生産であるため、世界中のFLYコレクターの50%以上が走らせずにコレクションしているのです。そして、生産もスペイン国内で少量生産することで高品質を維持してるのだそうです。
と、フライストーリーを丸写しで説明しましたが、日本でも発売当初から話題になり自分の周りでも集めてる方は多くいます。

三栄書房からは2005年にスロットカー大全という本も発売されました。今静かなブームです。
弊社もというより自分が好きなものですから、ポルシェシリーズで何か出したいような気になってます。そんなチャンスがありましたら皆さんこぞってお買い求めください。
自分がその幼少のころ近くの小学生相手に中学生になって、連戦連勝だったころやはり調子のいいことは長く続きません。

ある日、金持ちそうな背のすらっとした顔の青白い高校生くらいの方がその自分の縄張りのサーキット小屋に現れ、おもむろに自分のバッグからコントローラーと今でも忘れられませんがダークブルーに塗られ、センターに白いストライプの入ったレベル製のフォードGT40を出されました。

最初は、なんだと思いましたがそれが走り出して、自分のそのころのフォーミラーカーで白く塗ったブラバムフォードでしたが、国産のシャーシにマブチのFT36搭載してまして、それは自慢の車両でしたが、彼は数週したのち自分と並びまして一気に抜き去られたのを今でも強烈な印象が残り忘れられません。

で、その日は、サイフを無くして、自転車はパンクして片思いの彼女が気に入らない同級生と一緒に歩いてるのを見ちゃたみたいな気分になり、どうやって家まで帰ったかわからんような落ち込んだ気分を味わったのです。

それで子供ながら対策と相手のあの車両は何者だと思い、その後はそれがアメリカからの
輸入物でシャーシーは、マグネシウムとかいう超軽量の金属で出来てる高級品であること、価格も何千円もしてとても自分には、手の届かない物と判ったのは自分がその後スロットカーをなんとは無く、止めてからでした。
その当時、自分が中学校に入ってから小学校ではサーキットなどという不良少年の(何をもってそう決めたかは、知る由もありませんが)溜まり場ということで、立ち入り禁止になったのです。

そう自分の勝負相手が一気にいなくなり、代わりに同学年が相手になった為勝てなくなったのもあり、自然に離れていきました。
当時、他のサーキットもあちらこちらで出来上がり、遠征したものですが所詮井の中のカワズがごとく、上には上がいるもので中学1年生の自分には歯が立ちませんでした。

しかし、こんなこともありました、たしかタミヤ製のフェラーリ275LMで真紅の赤に塗ったサイドワインダー式の物でしたが、そんな他のサーキットで走らせていた時コースから外れ、外に飛び出しました。で、コントローラーを置いてそこまで取りに行こうとしたら、中学か高校生風の方がわざわざ持ってきてくれて一言言いました。

“きれいに作ってあるね!”、、、。その時はたしか“はあ、、!”としか返事出来ませんでしたが、内心はとても嬉しかったですね。
他人にそれもチョッと怖そうなお兄さんでしたが突然褒められたのには、すなおに喜んで御礼をいうことも出来ませんでした、、、。
今でも、その衝撃な出会いのフォードGT40とあのお兄さんのお褒めの言葉は、忘れることはありません。

人を素直に褒めると言う事が、どんなに相手を感動させるか本人には判りませんがとても大切なことなのです。
今の自分の職業が、その時の感動を又得たいが為にやってるとは思いませんが、車両のチューニングや修理が終わって、お客さまに納車した時の嬉しそうな笑顔を見るのがやはりこの時の印象が忘れられないんだとこのごろ思うようになりました。
何でも感動する年になったのか、、、。
このごろは、映画をよく見るんですが何でもないところで目が潤んでくるんです。
ひどい時は、潤んで数分間画面がゆがんでうまく見れません。

絵は誰からもらったか、自分で買ったか判りませんが昭和40年代のその当時のスロットカーです。
学研TRCと書いてありますが、モーターは付随してません。
フェラーリ330P2です。自分の母屋の使わなくなった部屋の箪笥の上に置いてあったものです。はこりまるけになってました。
他のプラモデルの殆んどは長男坊にやられましたが、これは残ってました。
遠慮したのは、普通のプラモデルと組み立てる部品が難しそうなので止めたのか定かではありませんが、幸か不幸か箱ごと残ってました、、、。
つづく。



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2006年07月27日

スロットカー

9242ddb5.JPGスロットカー
スロットカー何と響きにいい言葉でしょう、、、。
自分が小学校から中学校の多感な時代に、違う教室の女子を小学校1年(一応マセテマシタ)の時から好きだった以外、プラモデルとスロットカーと自転車に熱中してました。
たしか、5年生ごろからスロットカーは、はやりだしニチモ、学研、タミヤ、ハセガワ等の国産群に対し、アメリカの確かレベル社だったと思いますがマグネシウムシャーシーを採用された物に歯が立たなかったように思います。

もちろんその当時国産スロットカーは、800円(マブチ27クラスモーター付き)位からでしたが、レベルのフォードGT40などは、4,000円以上してました、、、。
とても自分達のお小遣いでは購入できず、今の私たちおじさん(お兄さんも含む)たちの占有でした。

自分が育った広島の小学生時代は、その当時旧広島市の比治山とふもとに育ちましたが、防空壕あとや、お祭りには傷痍軍人さん達があたりまえのようにいました。
800円のスロットカーでも自分の小遣い買うには高価だったのです。
当時は、30円で簡単な組み立て式飛行機のプラモや100円シリーズで1/72の軍用機が買えました。
タクシー初乗りが120円くらいで、ガソリン有鉛が1L、60円くらいでした。

タミヤの物はやはりボディーのディテールは子供の目からみても群を抜いており、シャシーの真ちゅう板材の打ち抜きを使ったりスイングアームを使ったりと完璧でした。
エルバマクラーレン、ロータス30、フェラーリ275LM等購入し、その当時はまだ筆でボディを塗ってました。今まだ持っていればお宝ものでしょうね、、。

他のメイカーの物も購入したり、その当時小学校の近くのプラモデル屋のおじさんがお店から20メートルくらい離れてる駐車場の一部を小屋に改装して坪で15坪くらいの部屋にプラスチック製の組み立て式コースを作り、同時に4台がレースできるものでした。
そこで自分のマシーンはもちろん各所にチューニングしてあるので毎週日曜日に勝ち抜き線のレースがあり付き月に一度の大会では商品に大きなプラモデルやスロットカーが商品として出ますが、もちろんたくさんいただきました。で、小6のころには親父に買ってもらったロードレーサータイプの自転車(これもチューニング進行形)にまたがり、荷台にアタシュケースをくくり付けてさっそうと登場するのです。

中には5から6台くらいのマシーンとタイヤ、工具、その他パーツを入れて、、、。
いや、勉強する時間はありませんでしたが車両のチューニングする時間はいくらあっても足りなかったと思います。なぜなら学校から帰るとすぐ比治山の母がやっていた茶店の手伝いに行きます。家から自転車か歩いて行くのですが3〜4キロありましたし、おまけに小高い(68m)丘みたいですが、登ったり下ったりの道のりだったので足腰は鍛えられました。小学校の徒競走も速かったし、冬にある持久走(校庭のまわりを4年生以上が合同で走る)では、毎年1〜3番くらいでした。しかし、クラブ活動は中学に入ってからもちょっとしかやりませんでした。いい訳すると茶店の手伝いがあったからですが、、。
で、茶店を母に代わり5〜6時ころには店じまいして、また歩いたりして家に帰ります。
それから、晩御飯、、、。

お勉強、スロットカーのチューニングはその後からです、深夜まで、、、。
何時もプラモとかスロットカーを触っているのではありません。自転車もあります。時々はテレビも見ないと、、、。プロレス中継の力道山、豊登、そして水曜夜8時からのコンバットやデズニーアワー、7時からのNHK“私の秘密”高橋圭三さん軽妙なアナウンスぶり、これに大変貴重な方が出演されました、ゼロ戦の生みの親、堀越二郎さんです。
この件、以前のブログと重複しますが何回でも言います。

解答者の政治評論家の藤原さんが軽率な質問をしました。
ヒントとして高橋アナウンサーが確かこの方は何かを設計された方だと紹介しました。
そう、この“私の秘密”を知らない世代の方がたに説明しますとNHKの娯楽番組で人気のあったもので、その当時の各方面の有名人を名前を伏せて出し、4〜5人の著名人解答者が当てていくストーリーです。
で、その藤原さんが堀越さんに向かって“そう、あの特攻機のゼロ戦を作った方だ!!!”と自慢げに解答したら、画面は堀越さんに変わり彼が答えました。毅然とした態度で、、、
“ゼロ戦は特攻機ではありません”と、言葉す少なに、、、・。

その時又、画面は藤原さんに変わり、彼は、慌てふためいて訂正しました。
“そうそう、戦闘機の、、、!” また、画面は変わり堀越さんと司会の高橋さんが写り、堀越さんは、憮然とした態度で黙っておられました。こんなところでことを荒立ててもせんなこと、、、“などと、、。司会の高橋さんは、あのニコニコ顔を余計作り笑いして”そ、そうですよね! 戦闘機ですよ!有名な、、、“

当時自分は、いつ頃だったかはっきり覚えてませんが、白黒テレビだったので小学4年生ころか、、、。それでも堀越さんの毅然たる態度は凄く印象に残り、一字一句覚えてるのです。 物凄い迫力をその画面から感じました。
当時その現場におられた方々のその場の雰囲気は、すごかったろうと思います。
今、この3方のどなたもこの世を去られました。
で、話は変わりますが絵は“FLY”フライと発音しますが、現在のスロットカー愛好家でこのスペイン製の1/32シリーズは、自分もヨーロッパのモーターショーなのでミニカーを出展してる小さな出店で知りましたが、上手く出来てます。
つづく

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2006年07月25日

モデルカー

56f966d9.JPGモデルカー
モデルカーは、クルマ好きの方であれば子供のころも含め一度は購入され色々集めたりされたと思います。
自分は、小6のとき昭和39年ころから第1期ブレークしましたスロットカーも含め(この件あとからくわしくお話したいです、、)プラモデルの時代から当たり前のようにありました。

もちろんその当時は、ミニチュアカーといって1/42スケールくらいの金属製の物も販売されてましたが、子供の手の手と届く価格では無く親に買ってもらうくらいでした。
で、モデルカー(ミニチュアカー)は、あまりたくさん持った記憶はありません。

中学生になり実家の茶店の手伝いやら、その当時なぜか1年間だけやった新聞配達などで貯めたお金は、自転車の改造かプラモデル購入にあててました。
おりしもホンダF1の3Lで初代のRAシリーズをタミヤ模型さんが1/12ビッグスケールシリーズで発売され、購入して徹夜で組み付けた物です。

もちろん尊敬する生沢徹さんの1968年5月の第5回日本グランプリで初お目見えしたホワイトボディに真紅のVラインがシンプルだけども、とても印象にのこる“ポルシェカレラ10”自分ら、その当時の大ファンはこの響きだけでも、又自分で声に出して言っても
興奮してしまいます。
その当時、全盛だったビートルズの“ヤアヤアヤア!”という実録風映画が上映されましたが、兄貴と見に行ったとき最前列(ようはスクリーン手前3メートルくらいのところ)で10人くらいの中、高校生風の全員女の子達がスクリーンに向かってジョンやポール(すみません呼び捨てで、、、)が登場する場面で、そりゃあもう気絶するかのようにキャーキャーと叫びながら手をちぎれんばかりに振っているのを自分は“相手に通じてないのに何で手をふッとるんね!”と、たしか兄貴に尋ねた記憶があります、、、。

あれと一緒だとこのごろ気が付きました。
子供心にタミヤさんの製品は、他の物に比べ正確なディテールだったので好んで購入したものです。
でも、社会人になり豊田に引っ越してきてこちらで独身時代も含め、プラモデルを買って作った記憶はありません。たまに衝動買いでプラモデルのクルマを買ってもそのまま箱のまま、置いて有りました、、、と、過去形なのは、その15箱くらいあったプラモデルのクルマは、長男がまだ10代のころ適当に組み立てて中途半端になってました、、、。

そう、最近のお子さんは、プラモデルを親に内緒で買ってきて、夜な夜な半徹しながら苦労して組み立て、そしてシンナーと戦いながら塗装(あのころは、スプレー缶は無く、プラモ用のプラカラーといって小さなビンに入っており、それをシンナーで薄め手押しのスプレーガンで塗装したものです)してた自分らとは違い、即遊べるパソコンやTVゲームに熱中してます。徹夜して、、、。

まあ、自分が心配しても始まりませんが広島市の尾道市にある小学校の校長先生、あの“100マス計算”でいちやく時の人になられました蔭山英夫先生のような優秀でユニークな方が、この衰退したプラモデル業界の発展と子供の教育を向上をコラボさせた何か良い方法を見つけられるかもしれません。
教育委員会というところは、自分が意見しても何も害にならんと思いますのではっきりいいますが、あのゆとり教育とかいって先生達もお休みが必要だとか言ってアメリカをまねして週休2日制にしてしまいました。
それが最近小、中学校の義務教育期間中の学力が落ちたことで又あわてて、それを採用した方がたを非難しております。

そんなとき蔭山先生は、反復練習と記憶力向上の為、柔らかな、そして発育途上の若きエースを学校全体から養成しておられます。皆と競いながら全員が学力を上げるのですから
すばらしい教育と自分のような低いレベルの人間でも理解し、関心し、興味を示します。

が、どこの世界でもバカというか反対することが生き甲斐のようなヤカラがおられるもので、この蔭山教育を裏でちくちくと反対、批判されてるのだそうです。
こういう奴が、電車内で痴漢もできず携帯カメラで女の子のスカート下を撮ってるんですよ、きっと、、、。何故くわしいかというと自分の親父もその教育委員会で先生を指導する立場におりまして、よく爆発しておりました、バカが多すぎると、、、。

先生も人の子ですから、実力以外に先生から校長になるには何らかの作戦がいるのです。
オベンチャラとか太鼓モチがおられるのです。サラリーマン社会よりエゲツナイです、、。
蔭山先生のようなすばらしい方は、彼等にするとウザイのです、いらんことして欲しくないのです、、。まあ、自分がどんなに興奮して説明してもなんの足しにもなりません。
ただのボヤキであります。これが発展途上から安定期にはいった先進国の嵯峨というには悲しすぎます。でも是が現実ですね!強い物には、まかれろ!
もちろん先輩の厳しいそして愛情ある指導は、謙虚に受けねばなりませんが、、、。
いい先輩とは、どういう方か、、、。オバカな自分でもはっきり判断つきます、蔭山先生のもとで教育を受けたかったです。ハイ!

話は、大分横道にそれましたが、絵のポルシェ993GT2レーシングは、1998年ルマンに出場されたルークレーシングの車両で、自分も参加してお手伝いした時の物です。
VITESSE(ビテス)というところのモデルカーで、限定清さん、2,500台の内の1台です。多分日本には流通してないでしょう。
これらは、ビテスの専売か、その年にルマン出場した全モデルを発売してます。
つづく

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2006年07月15日

フライホイール

831706c3.JPGフライホイール
前回のエンジンの写真、ぶれました。ヘタですみません。
わざとエンジンわからんように撮りました。  ウソです。

そして、フライホイールの写真です。絵では解りにくいですが、やはり小さく見えます。
F1エンジンって感じ!!!!
兎に角、フェラーリは、本当にこだわりますね!

自分が、この世界の仮にもプロですが、わけのわからんエンジンを見て、ドイツ製かイタリヤ製かと質問されてもイタリヤ製の物は、大体解ります。感覚ですが、、、。

このフライホイールも、本来の仕事はハズミ車といって低回転域での不完全な回転を滑らかにする働きを第一としてますが、これが逆に軽いとやはり低速で走行するときギクシャクして、とても乗りにくいものです。

が、フェラーリは、それを回転を少し上げて解消してます。まあ、ドイツ的又、日本的、いや世界的にみても、どのカーメーカーも採用しない方法です。
もちろん燃費にも悪影響ですし、、、。

まあ、10,12気等のスーパーカーでは、このレーシングサウンドは、アイドリングから発生しやすいですが、やはり、故意に回転を上げてやってると思います。

ちなみにベンツのSクラスの12気筒では、そんなことは無いです。
もちろん、センチュリーも、、、。
しかし、センチュリーがフォーンとかいって走っていたらカッコイなな????
つづく。
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エクゾーエーストマニホールド

51a7ba2e.JPGエキマニ
あまりお見せしたくないのですが、良い比較対照となるマセラッティのV8エンジンに付いてるタコ足を写真にてお見せします。
このような車両も作業してるのですが、頻繁ではありませんのでフェラーリオーナーの皆様お気にになさらないよう、、、。

エンジンは、フェラーリF430と同じ形式にものでF1マチック車です。
でもこれくらいのエキマニ(表現がわざとまちまちですが)だと最近のポルシェと余り変わりませんが、これに後からも1つ写真を添付しますが軽量フライホイールがツインプレートとコンビになってます。ようは、RSのようにヒュンと回るわけです。
又、このフライホイールの直径もポルシェの約300mmに対して、250mmしかありません。ということは、そう!慣性力低いので、素早く吹け上がり、素早く回転が落ちるのです。
まるで、レーシングカーの設計です。でも、F1マチックで、スリッパや女性のハイヒールでも、いとも簡単に坂道発進します。カッコ良く、F!みたいに、、、!
もう、たまらんわけであります。

これらV8エンジンは、スターターで始動後、ポルシェのようにドッドッドではなく、ブゥオーとアイドリング時から、F1みたいなゾクゾクするようなエクゾーストノート(カタカナで書かないと臨場感でませんので)を発します。

そりゃ、ポルシェ買って、仲間のところに自慢しにいったらそこのフェラーリがやって来てフォンフォンと空ぶかしなどされたら、ちょっと気後れします。
一度は、フェラーリ買ったろか!と、思うのは自分だけでは無いと思います。
つづく。

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2006年07月09日

ポルシェとの生活

e3a0c865.JPGポルシェとの生活
自分は、仕事とはいえ毎日といってもいいくらい新旧のポルシェに乗らしていただいてます。殆んど預かった修理する、又はし終わった車両や、チューニングした車両の性能テスト等で工場の近くとか、現在は名古屋万博のおかげさまで豊田市周辺にはそれまで東名高速の豊田インターの1箇所であったのが、6箇所のも増えました。豊田市周辺はぐるっと高速道が囲ってる感じでありますので、昔は夜中3時ころ東名に出て命掛けて走ってましたが、いまは、腕にちょっと自慢と経験のある方なら最高速出る場所があるんですね!!!

で、数日まえも997の最新モデルと964カレラを同日にテストしましたが、もちろん全てにおいて安心してハイスピードで997は、走りつづけます。
964はというと、997の後で乗れば表現悪いですが半分くらいの速度で走っても結構緊張します。時代の違いは16年あまり、タイヤのサイズは25%強増しており、もちろん馬力もこれも25%増してます。

よくポルシェ専門誌で比較テストレポートを有名な自動車評論家の方々がポルシェ歴代のモデルを乗り比べておられますが、紙面上は、メーカーの意向も含めそつない意見を述べられてます。
が、やはり彼等も生身の人間であり、好みもおのずと違うのですからオフレコでは色々面白い話が聞けます。

それでもポルシェはフェラーリと並び自動車のスポーツカーとしては世界を代表する双璧です。貫禄と伝統というものが存在しオーナーになった方々を大なり小なり満足させることにおいては、ただ脱帽するしかありません。
“文句あるならオマエ自分で作ってみろよ!”と、云われたら、、、、、。

最近、新車の997の納車も遅れがちです。気の短いお客さまは、1年とか2年も待ちきれません。それでその納車を待つ間、何か乗りたいのは誰でもそう思います。
お金があれば、、、。
そういう方が、中古車のポルシェを買われるので又々、中古車市場が上がります。
どちらにしましてもポルシェ、フェラーリ、そうランボリギーニもそうですし、マセラッティやアストンマーティンなど、スーパーカーとよばれる世界に不景気の文字は見当たりません。皆さんお元気です。

そういう意味では、自分はその一角のポルシェに囲まれて仕事してますので幸せと思います。自分は、ポルシェはそんなに好きではありませんが、、。多分ひがみもあってか、、。
でも、仕事でフェラーリを主にやろうとは思いません。個人的には、この世界に見せられたのが1960項半のルマン24HにおけるフェラーリP4という芸術的な真紅のスタイルをその当時小学4年生の自分がカー雑誌で見て、イナズマが走ったのです。

まあ、初恋は成就できないそうですが、、、。
だから、今でもフェラーリを身近で見ると初恋の彼女に大人のなって偶然街角で会ったような感覚になります。うぶであります。
ポルシェに関しては、冷静で努めてこれをチューニングするにはどうしたら良いかと、、しか、思いませんのでどっちかというと初恋の女性友達という感覚です。
ポルシェファンには、とても失礼ですけど、、。
言い訳ですが、だから冷静に分析できるのだと思うのです。

これが、初恋の彼女でしたらここまでいじりたおしてません。ガラスのケースに入れてじっとみてます。
ちょっと前のお話ですが、お客さまでポルシェ964ですが、それはそれは大事にしておられ、豊田に来るのもはばかられるくらいの方、もちろん洗車はご自身で、またツーリングも途中で雨でも降りそうな日は、遠出はされないそうです。
しかし、その日は朝から快晴で雨などとても降りそうにないので200Kmくらい先まで遠出されたのですが、その出先から雲行きがあやしくなりとても雨を避けて帰りそうにないと判断され、途中の町の屋根付き有料駐車場(回転式のやつ)に入れて、そこから電車で帰られたそうです。
気持がわかります。可愛い我が子なんですね1
つづく。

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2006年07月08日

ヘッダー(タコ足) 4

3a8b9b12.JPGヘッダー(タコ足) 4
ヘッダー、ヘダー、タコ足、エクゾーストマニホールド、ただ単にマニホールドと呼び名は色々ありますが、日本国内での総称はエクゾーストマニホールドと呼ばれることが普通であります。
自分は、アメリカよりではありませんが、彼らはHEADRERS(ヘダー、又はヘッダー)と呼びます。

ドイツのポルシェ部品リストの英語名は、EXHAUST MANIFOLD(エクゾーストマニホールド)と明記してます。
これがドイツ名になりますと FacherKrummer(フェッヒャー クリュメル)といい、意味は扇状の曲線とかいいます、、、。
まあ、自分は、慣れ親しんだエクゾーストマニとか言ってますが、、、。
博識の方々、どれが正しいのでしょうか、、、、。

多分、各外国人に対して説明するとき、色々知っておかないと通じない場合が多いのを自分は異国の地で、それもレース中のあせってる時とかにヘタな英語や日本語で相手に“このエクゾーストが、、、”なんていっても通じないことが多々ありましたので、、、。
非常に気にしてるのです。

じゃなぜ、今回の呼び名をヘッダーにしたのかですって、、、?
それは聞かないで、、、。ただの欧米に対するひがみか、、、、、????

気を取り直して、先にいきましょう。
このエキマニは(また新たな言葉が出ました、そう日本語は世界でドイツ語以上に難しいのです)、形状もさることながら材質についても色々でました。

昭和55年ころまでは、タコ足としてフジツボ技研さんがスチール製の表面をブルー等の色付き耐熱塗料で塗装して発売されました。
自分が、そのころ必死にスチールでターボ用エキマニを単品で作ってまして耐久性が悪かったものですから、材料屋さんからステンレス材SUS301の鋼管を買ってきて、近くの矢作川の砂を取ってきて天火干しをし、木の栓をして砂を詰め片方の木詰めした部分を初期はアルミ板で叩いたり、リベット打ち気でタッタッタと振動を与えカンカンに砂を詰めて特殊な万力のようなパイプ固定器を製作し、パイプの端を掴みながら色々な角度に固定できるして、プロパンガスと酸素ガスをミックスできるバーナーで900度以上に曲げようとする外側を満遍なく熱して、真っ赤になる色合いを見定め片方のパイプ先端あたりを握って曲げていくのです。
これが最初のうちはうまくいきません。当たり前ですが、、、。
なんども失敗を繰り返して要領を掴んでいくのですが、自分にはその道の師匠がいなかったので見様見真似で体得していきました。カッコイイ!!!

で、曲げるのはある程度、錬度が上がれば形になりますがその曲げたパイプを気筒数に合わせて集合させ、切り口を加工して溶接していきます。この辺の切り口の位置も感で行いました。単品物ばかりですから量産のように型紙を作れば簡単でしたが、大変なのです。

また、ステンレス材なので溶接器は、TIG溶接でおこないます。
これは、タングステン、イナートガス溶接といいまして低温溶接類ですが、ようは電気溶接で半自動といいまして、溶接棒を片手に持ち、右利きの人は右手にその溶接トーチを持ち、溶接面をトーチでアークさせ(現在のHIDと同じ)表面の一部が溶け出しますとそこに左手の溶棒を送り込んでいきます。上手くなりますと溶接ビード部分がきれいなうろこ状の帯となっていきます。現在はこれも自動化されましたが、、。

自分たちのころは、このうろこ状のビードをきれいにすることを心がけましたのでそれは真剣に練習しました。ビードの具合でだれが溶接したか、また性格かでました、、、。
まあ、そんな職人の維持みたいなのがありました。
用途に合わせ、スチール製もありまして1990年代前半までF3000やF3,そしてFポンなどはそれでした。

自分達は後付けターボKITの時代にごく最近までステンレス製エクゾーストマニホールドと称して、鋳鉄製鋳物マニなどと差別して販売しました。最近は手曲げのマニは余り見られなくなりました。やはりコストの面で競争できないのでしょう。
25〜6年前の初代ソアラMZ11やXXセリカの5MG、2,8L、6気筒直列エンジンにステンレス製手曲げエキマニ付きターボKITが、60万円くらいしました。
今でいうと倍くらいでしょうか、、。これらKITが、同時期のニッサンL型2,8LのフェアレディZや、スカイラインに搭載されてましてそのKITもステンタコ足エキマニKITでしたのですが、たくさん売れました。これでHKSさんも大儲け、もちろんわれらBLITZもです、、、。

また、材質については色々研究し、アルミ製パイプではさすがにターボ用のエキマニは無理でしたが、マフラーは、製作し販売しました。
また、チタニウム製の物は合金を耐熱の物を選んでテストしましたが、やはりターボ用はむりでした。しかし、NA用エキマニはいけました。高価でしたが、、。
写真は、1980年代の3L。V12気筒のアルファロメオ製のF1エンジンです。
きれいなチタンエキマニです。
アイメック設立時、1991〜2年当時、国内初のチタン製エクゾーストマフラーをそれもまだ国内に発売されてなかったNSX、を友人が買うというのでアメリカですでに発売されてたアキュラNXSを逆輸入し、伊藤レーシングに製作してもらい発売しました。
価格は、たしか60万以上したと思いますが結構うれました。
そして、いきおいで矢田部までいきマインズさんのNSXと最高速勝負したものです。
つづく

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2006年07月07日

ヘッダー(タコ足) 3

b57af8a0.JPGヘッダー(タコ足) 3
ポルシェ911は、3,0L以下の時代まではレーシングしても低回転から加速してもそれなりにクオーンとか鳴きながらエクゾーストノートにしびれたもんです。

自分も2,0Lのキャブ車とか2,7RSなどの音は逆にそのころの328にもひけをとらないサウンドだったと思います。
ディノなどはV6横置きでしたが、これの音はそんなにいいとは思いませんでした。
ご質問にもありましたが、3,6Lの964以降はマフラーを内燃機タイプのマフラーの中が直間のパンチングパイプでその周りをグラスウールやステンレスウールなどで巻いただけの物ですと低回転ではもろに単発の排気音がでて、ハーレーみたいに遠くの方からでもドンドコドンドコといいながら近づいてくるのが判るのです。

これを何とかするには、消音して単音を低くするしかありません。又は、低速域では常時3速以下で走行してエンジン回転数を2,500RPM以上に保つ努力をするしかありません。極端なこというと、、、。昔の方は、どこから聞かれたか定かではありませんが2,7RS時代の車両などは、常時3,000RPMを維持するために市内走行では3速以上シフトアップをしないんだ等と聞いたことがありますが、これはその当時のエンジンではやはりそのような乗り方はある意味では正しいと思います。

実際、356の車両で全バラしてきれいに組み付け、その後1日くらいアイドリング状態で慣らしの為、グルングルンと回してたら突然止まりました。ピストン焼きつきでした。
回転低い状態で長時間回した為、油圧が低くてオイルを十分隅々まで供給出来なかった為と思われます。こんなこともありますので油圧については神経質になる必要はありませんが、気をつけるにこしたことはありません。

これは前にも説明しましたが、964以降のTip車でタウンユースのそれも奥様やご年配の方々が渋滞の中をエアコン効きっぱなしでしか走行してませんと、カーボンがピストンリングに体積し、リングが張力を失いオイル上がりを併発しながら内圧(ブローバイガス)も上がり、オイルシールから外にオイルが洩れるトラブルが大都市周辺の車両に集中して発生しました。

話がそれましたが、結論をいいますとフェラーリ以外、低速からクオーンと云わそうというのは無理があると思います。
じゃあ、フェラーリはどうして、、、。それは348以降、このV8エンジンのアイドル回転数です。ポルシェ軍団は、アイドル回転数は大体700RPM付近です。弊社のハイカムシャフト仕様でようやく1,000RPMくらい、、、。
フェラーリのオーナーの方、お解かりでしょうが1200RPMくらい回ってますよね、、。
アイドルからポルシェのドコドコと違い、ブウォーンと回ってるのです。
また、ピストンがショートストロークになっており、回転の立ち上がりはやはり早いのです。もちろんポルシェもショートストロークですがどちらかというと低回転、高トルク仕様で最高回転数は6,800RPM、6,000RPMをピークにそれ以上回してもパワーは伸びません。

それと違いフェラーリF348以降のV8エンジンは6気筒に比べ、1気筒あたりの排気量はポルシェに比較し少なく、決定的にあの官能的サウンドを出す要素は、最高回転数が8,000RPMでフライホイールも軽く、純正で完璧なヘッダー(タコ足)を装着してます。

最高回転数が、8,000RPMということはポルシェに比較しハイカムシャフトだということですし、アイドル回転数がすでに1,000を越えるとなると必然的に爆発間隔が狭い為、単音が発生しにくいのです。

単車に例えると2気筒デスモドロミック(ベベルギヤでクランク軸からカムシャフトを駆動させる独特の物、昔、マイクヘイルウッドモデルを持ってましたので、、自慢)のドクァティ750と4気筒のホンダF750(当時これも所有してました、、)の違いはドコドコとクォーンの違い、ようは気等数の違いですが、ポルシェとフェラーリは2気等しか違わないではないかとのご指摘に対し、もう1つのポルシェの決定的ドコドコ音はやはり、水平対抗の気筒位置ではないかと思います。

それらの仲間でスバルのインプレッサなどは、スポーツマフラーに交換して排圧をおとした抵抗少ない排音になると顕著に低回転では、ドコドコが表れます。
これが直列6気筒の例えばトヨタ2JZ−GE(NAエンジンで)などは、いくらマフラーを直管に近いスポーツマフラーに交換しても低回転からブォーンと滑らかな音を発生します。

まあ、ポルシェ964以降のエクゾーストノート改造は、3,500RPM以下は諦めるしかありません。ただし、ヒートエクスチェンジャーを無視し、タコ足風のヘッダーを装着して、フライホイールを軽量のRS用に交換し、いつも3速以下で3,000RPMを維持していれば、それなりのフェラーリに近い(感じるのは10人10色ですので、、)エクゾーストサウンドと思える音が感じられるはずです!!!!!!!

996GT3では、タコ足、スポーツマフラーを装着しまして尚且つ軽量フライホイール(ツインマスが普通なので)を組みますと、それはナイスなサウンドがえられます。
これが996ターボなどのタコ足装着サウンドとなりますとそんなに変わらないのです。
つづく

turuta_s_room at 13:33|この記事のURL

2006年07月06日

ご了承ください。

ご了承ください。

自分のいい加減な”鶴田の部屋”を真剣に読んでいただいて、又ご質問をいただきました。
でも、自分はこれでもいい加減な男なのでチェックをしてません、、、、。


で、それら貴重なご質問をないがしろにしない為にも、ご質問等はホームページアドレス
imen@imec.co.jp
上記のところまで、面倒でしょうがメールをお送りください。


自分が忙しさにかまけて見逃してるものを性格の几帳面(自分より、、、)な社員が見つけまして、自分に送ってくるか、又は自分よりまとも返答を持ってる社員が自らお答え出きると思います。
では、宜しくお願いします。

アイメック  ツルタ アキオミ

質問 ; 993の低速のドコドコを弊社のタコ足で解消できないか、、、?

で、今回のご質問のヘタな返答ですが、993でRSの軽量フライホイールを装着してないシングルカムの車両については、ドコドコ音、特に低中速からの加速中のスポツマフラーなどに交換した物等は、余計に誇張される傾向です。
カップカーもちょっと、、、。RSRなどのレーシングカーでやっとましかな、、、と。
これは、カレラなど15Kg近いフライホイールににもよります。
RS用のそれもシングルフライホール装着車(やく8Kg)は、幾分回転の上がりが早いため少しましですが、、、。

ですから、これは4バルブになった996以降でも3,000RPM以下の回転域はやはり
ドコドコです。その辺から上の回転域、、、まあ、やはり4,000RPM以上でないと
ポルシェの場合、ハーレーサウンドから逃れられません。
ご理解ください。
turuta_s_room at 17:55|この記事のURL

2006年07月04日

ヘッダー(タコ足) 2

4972ba1e.JPGヘッダー(タコ足) 2
NAもターボも場合、気筒数にもよりますが各排気管の長さとその集合位置そして管径を変えることで、ベンチ上で最大トルク、パワーの発生する回転域が自由自在とは大袈裟ですが変わります。ヘッダーマジックとも呼んでます。

極端ですが現在のF1などは、その究極で管径はど太く2万回転近く回す為、8気筒で片側4発の場合、一
一箇所に集合させます。また、各管の長さは等長にすることは当たり前ですがベンチで回してる時は出きるだけ各管をストレートにして集合させ最大トルクの出る回転数を見極め各管の長さを50mm程度長くしたり短くしたりして出きるだけトルクバンド(回転幅)が広い物と、トルクバンドが狭くても最大パワーが上がる物を見極め、コースに合わせヘッダーを変えてきます。

例えば、モンツァやシルバーストーン等の高速コースでは一般的に管長も短く、ドラッグスターのようにすぐに吐き出す場合、これがむずかしいのですがモナコやニュル(F1コース側)、スズカのようなテクニカルコースではエンジニアの腕の見せ所です。

また、この集合は4気等などの偶数の場合、4−2−1といって一箇所の集合から変えて1番と3番、2番、4番と各集合させてその後全部を集合させるタイプもあります。
これらは、大体管径も細く、長さも長めに設定しますがラリー、ジムカーナ、そしてストリートカー等が取り入れてます。そうです、低速トルクを補ってるのです。

極端な例が、ブルトーザー、フォークリフト、耕運機等の極力低回転からトルクを発生させたい場合は、排気干渉をうまく使ってエンジン性能を粘りあるものにすろのです。

ここで脈動なるものが発生します、いやさせるのです。
これらは自分の気筒から排出する排気ガスを他の気筒から出てくる排気ガスを利用して低回転域では、粘りあるトルクを出させたり、中高回転域では吸い出させてたりしていち早くガスを大気に放出する手助けをしています。

まあ、これら排気干渉は、一言では語り尽くせないノウハウがあるということです。
また、ちょと戻りますがレースカーの場合、ベンチでよりよい長さの集合管を導き出し、その長さを維持したヘッダーを狭いエンジンとボディーの空間に収めなければまりません。
それで、考え出されたのがあのタコ足ふうのクネクネ曲がりあった形なのです。
本来なら真っ直ぐ出したいのに、、、。そしてこの実車形状で又、ベンチテストをすると管が曲がった分だけ排気抵抗になりますので、そこでまた、カムプロフィールやバルブタイミング、燃調を変えて最終調整します。

で、ストリートカーはどうなるかというとヘッダーの後には、未燃性ガスを燃焼させる網目状の長い筒の触媒があり、そのあとパイプを通ってサブマフラーでメインマフラー、そしてやっと大気に放出であります。

ポルシェ911系の場合は、ヘッダーから触媒をとおり、すぐメインマフラーとなります。
どちらにしましてもどんなに優秀なヘッダーを作っても、触媒とメインマフラーをあの狭い空間に設置しなければならない為、おのずとアクロバティックな経路になります。
大体、4サイクル、ガソリンエンジンで排ガスを放出するマフラー、全体に排気圧力といってガスを放出するにあたり、すなおには出さしててくれないのです。

それで、この排気システムは、消音もしながらなおかつ、オーナーに1,000万円以上出したご恩に対し、気持良く爽快なエクゾーストサウンドも盛り込んだ、そしてパワーも搾り出しながら大気に放出する大事なお仕事をエンジンが回り続ける間じゅうしているのです。
話が前後しますが、ヘッダーから触媒、メインマフラーの間にはその間の排気抵抗というものが発生しまして、それを言い換えて排気圧力と呼んでますがこの圧力数値をマフラーメーカーは、エンジン、ヘッダー、触媒、メインマフラーと実車状態でベンチテストで煮詰め上げます。

一般に、計る箇所にもよりますが、0,5kg、cmくらいを上限としてこれ以上抵抗が無いようにデザインします。
また、この排気圧力が少なすぎると低速からのトルクを出す、又は粘りある特性が出にくいのです。 まあ、スポーツカーとか、チューナップしようとする場合は、多少の低速のトルクダウン(ノーマルに比較して)は、中、高回転域のパワー、トルクアップの犠牲になることは承知の上ということになります。
ですから、タコ足や、マフラーをスポーツパーツに交換するとカタログや宣伝文句のパワーアップとかいうやつの裏には、このようなデメリットもあることを理解してください。

これら低速のトルクダウンや高回転の更なるパワーアップの両方を得ようとして生まれたのが、最近のフェラーリ(F355あたりから)が採用したアクチュエイターで作動するバイパスバルブを排気管の途中に装着し、ある回転域に達するとそのバルブが開き、排気ガスはメインマフラーを通過せず、触媒通過後、そのまま大気に放出される為あのような途中から、急加速しようものなら後ろの方でゴジラ雄たけびをあげたような物凄い轟音をあげて加速していくのです。
近くを歩いてる方がいて、その横を通過していく時急に加速され、その轟音をぶっぱなされたら多分腰を抜かすか、心臓の悪い方とか自分みたいに傷心者はショックでどうかなってまいます。
つづく。

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2006年07月03日

ヘッダー(タコ足)

a89a5fac.JPGヘッダー(タコ足) 
ヘッダーは、エクゾーストマニホールドとか簡単にタコ足とかいいます。
この件前回も説明しましたが、同じことを何回もいう年頃になりましたのでご容赦ください。
この排気管は、歴史は古いです。当たり前ですよね、オットーサイクルのガソリンだろうが、デイーゼルだろうが圧縮された混合気が爆発、膨張し排気バルブから大気に排出される時、この高温のガスを離れた場所に導く管が必要となり、排気管が誕生しました。

現在では、排気音を消音する為のマフラーと大気汚染を防ぐ為の触媒装置を通過することが義務付けられておりますことは、皆さん先刻承知でります、、、。
そして、この排気管は、そのエンジンの性能を引き出す上でかなりのウエートをしめるパーツであるのです。

NAの場合、使用用途に応じて安価な鋳鉄の鋳物で製作されますが、乗用車の場合、近年ではそれもステンレス製の溶接構造管になりつつあります。
これは単価を下げながら、排気性能も上げつつ計量化も必須であるからです。

ヘッダー、タコ足と言った方が自分たちはなじみ深いのですがこの呼称は、フジツボ技研の初代藤壺氏が命名され意匠登録もされました。藤壺氏は、ご自身で2サイクルエンジンなども開発された優秀な技術屋さんです。
で、そのころの排気管又は、プレスベンダーいう1つのアールに対し、パイプを外側から1箇所プレスして曲げる為、直管部分と段差ができ性能もさることながら、美観も損ねてました。
藤壺氏は、そのプレスベンダーからローリングベンダーといってパイプの中に真がねといってパイプのへこみを無くすため、外側も駒を回すようにパイプを曲げていくのですが、その真がねが丁度同じように内側にも突っ込みへこみの無い、そして管径もそのままのアールのついた曲げパイプが製造できたのです。

レーシングカーの場合は、コストを無視しますので当時はあらかじめきれいに曲げた部分を溶接で繋ぎ合わせました。
また、パイプの中に小粒の砂などを詰め圧縮した状態で曲がる部分の外側をプロパンバーナー等で、加熱し少しづつ曲げていく通称“焼き曲げ”で製作しました。
自分もよく焼き曲げしたものです。ちょっと自慢話、、、。

これらヘッダーは、鋳物マニや大量生産の機械曲げに対して、何が違うのでしょう。
一言では説明しきれませんが、エンジン性能、特にトルクバンドとも言いますが
このトルクバンドは大体カムシャフトで決まりますが、メーカーの設定した馬力をあとはいかにコスト下げて製作するかになるのですが、やはりこのメーカーのデザインにはコスト面で限界があり、ポルシェでさえ限界があるのです。
では、フェラーリはどうかというとこのメーカーは、エキゾーストノート命ですので、それはメーカーでは、これが限界です、、のレベルのタコ足を製作してます。
ちなみにF355の純正タコ足はよく壊れるのですが(原因は解っておりますが)、片バンク50万円ちかいお値段です。念のために、、、。

ポルシェも993までは、結構金掛けて製作されてますが、964から993にかけて取り回しも改善され現在の水冷のモデルもこれにならっておりますが、、、。
で、993までは空冷の為、ヒートエクスチェンジャーなる複雑怪奇なる、ようはヘッダーのうえにカバーの様なものを付け、その中を空冷ファンからの圧送された空気をその中に通し、電動ファンで捕促し冬の寒い中室内に快適な温風を送っているのです。
ですから、純正は複雑な為、アフターパーツでのタコ足は価格が高い割りに性能は余り変わらないので弊社では、お薦めしてません。

レース車等は、964,993共に溶接構造のきれいなタコ足でしてヒートエクスチェンジャーは付いてません。
で、弊社では、996/986の水冷車両からタコ足なるものを製作販売してます。
写真の物は、996カレラ用ですがノーマルと比較して欲しいのですが、ノーマルはタコ足というよりもイカ足(比喩が悪くてすみません)とかいって少し見下しております。

大体、996系は、トヨタ改善を取り入れ大幅なコストダウンを実現したモデルなのでデザインを担当した方に気持になれば憤懣やるかたないでしょうが、量産車であればあのデザインで十分と上司より判断されたのでしょう、、、。

まあ、6,500RPMくらいのエンジンであれば、、と思いますが、自分としてはやっとこちらにもチャンスが廻ってきたと思い、これをいかに安価で提供できるかにかかっておりますが、最近は良い仕事を安価に出きることが可能になりました。
性能は、やや高回転型になりますが気になるほどではなく、その分3,500RPM以上のパワー、トルクが向上しました。ECUの併用でモアパワーとなりますが、タコ足だけでもパワーアップします。ご安心ください。

そして、これはもう1つメリットがありまして4,000RPM以上の中域よりフェラーリサウンドを発生させました。
排気温もアイドリングから1から2dcb大きくなりました。
弊社マフラーと併用されますと心地よいサウンドが得られました。
つづく。

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2006年07月02日

韓国事情 2

67e84037.JPG韓国事情 2
東大門を4時半にバスで出発、5時ごろにはロッテホテルの駐車場に着く予定でした。
が、夕方のラッシュアワーで前に進みません。もうそこにホテルが見えてるのに、、、。
途中で降ろしていただき歩いた方が早そうでしたが、夕食の待ち合わせは、6時半と余裕をもってたので、焦ることもないしウトウトしながらおとなしくシートに座ってました。
結局、それから20分くらいかかりました。“お疲れ様でした、皆さん、、、”てな具合で解散であります。

でもって、自分達のホテルまで歩いて帰って部屋に着き、シャワーでも浴びるかと思ってたら、6時15分ころ、部屋に電話あり、友人がロビーで待ってるとのこと、、、。
急いで身支度してロビーに行きました。
彼は、きくところ自分と同じ広島生まれの広島育ちで、同郷のよしみでした。
今は、ソウルに会社を興して家族と暮らしてるそうですが、生まれ故郷の広島にはご両親が今も住んでおられるので、行ったり来たりしてるそうです。

そして、タクシーでハンガンを渡り南の方に大渋滞の中をそのもう一人の方と夕食をご一緒する為、向かっていきました。
そして、その晩その方が自宅の地下にご自分の工場にしてラジコンヘリや、飛行機を趣味にしておられることや、忙しくてポルシェにあまり乗れない等、ワイワイやりながら楽しいひと時を過ごしました。この方も学生まで日本で過ごしていたので全くの日本人ですが、韓国に帰った時は、言葉も喋れず苦労されたみたいです。
で、自分が今回チャングム観光したといいましたら、この方、こちらでは韓国放送は殆んど見ないんだそうで、もっぱらBS放送だそうです。こういう方もおられるんですね、、、、。

翌朝は、予約してもらった近くのエステとやっぱり韓国に来たんだから石焼ピビンバゥと本場冷麺を食わねばとエステの終わった後、ミョンドン地区内のレストラン(といっても要は10坪くらいの食堂て感じ、、、)で食べました。
食べながら気が付きましたが、麺をはさみで切ってもらわなかったので飲み込むのに長いの、、、、、。でも美味かったです。ビールも飲んで1,500円は、まあまあでしょうか、、。

帰りのホテルまでの道のりは、もう全て真っ赤なサッカー一色です。明日の早朝が試合の為、いやがうえでも盛り上がってます。そして商魂たくましいテキヤの方がたがセッセと路上に屋台を開いてるのです。こんなところで青いシャツ着て歩いてたらやっぱり殴られちゃうかなとおバカな想像しながら、、、、、。

ミョンドン地区で歩いていて感じたのは、表参道よりも原宿を歩いてる感じで、ティーンエイジャーが中心のそれも女の子が圧倒的でした。ファッションは、原宿や渋谷ほど自分達にとって奇抜に見えるとんでる方はあまり多くないです。まあ、自分の娘がここのファッションでかっぽしててもあわてなくてすむレベルですね。ミニスカートも目のやり場が嬉しいマイクロミニも少なかった、、、。残念!
男性は、どんなファッションしてたか全く覚えてません。念のため、、、、。

アーケド内の両側のお店は、圧倒的に若者御用達アパレル、コスメテック、スポーツシューズ、携帯電話ショップが軒を並べ、店頭に若い女性店員がマイク片手にハングル語をまくしたて何か商品の説明をしてる姿も目立ちました。
まあ。これがほんとうに早口でなんかエイベックスグループの若手の新人女性の初のCD売り出しキャンペーンみたいに歌ってる感じです。

それからホテルに帰る途中やっぱり遭遇しました。交通事故に、、、。
道路のラブ4みたいな車両が止まり、歩道との間に200ccくらいのスクーターが横倒しになり、ライダーがなんかひだり足を押さえてうずくまってました。
このスクーターを含む単車群は、東京などの大都市で活躍されてるバイク便というやつです。
先日の夕方もタクシーで移動中、脇をするりと抜けていくバイカーの多いこと、、。
車両は大体実用タイプの黒塗りでアップハンドル、125ccくらいの4サイクルエンジン車です。後ろの荷台の形状が独特でパイプを組んだおおがかりな物です。彼等は、自分たちが歩道を歩いていて横断歩道付近まで来て、信号待ちしてるとバイクにまたがり道路からノロノロと歩道に乗り上げ、歩行者に混じって横断歩道を渡ったりするものですから、
荷台に何か突起物などある大きな物を積んでる場合、危なっかしいのですが皆さん気にせづ避けながらあるいてます。コレも文化でしょうか、、、。

そして、3時20分にホテルにお迎えが来ました。来た時と同じような10人くらい乗れるマイクロバスです。添乗員さんは、違う人でした。この方は、細身でインド系の顔立ちでしたが、空港までの帰り道言葉すくなでしたが慣れた感じでこなしておられました。

空港について登場手続きまで、ミスガンジーはテキパキとこなされ“では、皆さんお気をつけて、、、”という言葉を残し、最後まで見送っていただきました。
あとは、空港内の搭乗ゲート32まで広い港内を途中の免税店などでオミヤゲなどを物色しながら歩いて行きました。 軽く400メーターは歩いたと思われます。

帰りの飛行機内の客室乗務員さんは、またまた美しい方々で私一人別れを惜しんで中部国際空港に降り立ちました。今夜のお泊りはどちら、、、。良かったらお送りします、どうせ帰り道ですし、、、、、。
つづく。




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2006年07月01日

チャングム 3

8cba27b9.JPGチャングム 3
ソウルに帰るバスの中でガイドの松たか子さんは、今回のツアー客、要は自分達をしきりに褒め出しました。時間厳守の帰りの集合時間は完璧でしたとか、昨日までのしとしと雨が今日も続くはずだったのに、午前中の曇り空から晴れ間も見えてきて、皆さんの行いがイイだとか、、。行きとはえらい違いだなと感心してたら下心がありました。

これからの予定は、デラックスコースは、宮廷ミニ昼食ですがオリジナルは、そのレストランの近くにあるシェラトンホテル(何でも小泉首相もお泊りになる、トップクラスのホテル)で解散になり、そこの免税店にどうぞと、、。
そして、今夜、明日の夜の色々あるショーのご注文を、各ショーの内容を説明した後でどうでしょうか、チケットを受けた割りますが、、、と、営業されたのです。

結果、どなたもご注文はありませんでした。ご婦人方にとって夜のショーなどお呼び出ないのです、、、、、。このへんは、しっかりしておられます。

見るからにでかいシェラトンホテルに到着、途中、又バスの中でチャングムの後半をDVDで見ましたが、なんか身近に感じたのは自分だけではなかったと思います。
相変わらず美しいチャングムが、チェサングン(すらすら他の配役名が出るようになりました、これも反復練習のおかげです、好きな物はすぐに覚えれる器用な自分です)にいじめられるシーンも含め、皆さん無駄口をたたかず見入ってる為、車内はエンジンとタイヤノイズしか聞こえません。しまいには誰か後ろの方で(自分たちは、デラックスコースの為、15人くらいですが前のほうに座らせられるのです、そう、差別です)、“すみませんテレビの声が良く聞こえません、おおきくして!!!!

もう皆さんチャングムのサポーターがスポーツバーでテレビに見入ってる状態、、、。
そう、あの朝、日本はブラジルに惨敗、、、。
で、韓国はというと帰国時の金曜の次の土曜の早朝(ややっこしい)どこか(他の国の対戦相手は興味無いので覚えてない)の国と対戦でしたが、到着した水曜日には、町中いたるところサッカー選手(アン、ジョンファン、、それくらい知ってる)の垂れ幕、それも巨大で縦横20mくらいのやつとか、ハングル語の垂れ幕、また、ごく最近埋め立てられていた市内を流れる川のふたを剥し、観光名所になったのですがその川の両側に欄干がアルミかなにか金属物でずっと作られてるのですが、それに真っ赤なタスキみたいなものになにかマジックのような物で願い事のようなことが書いてあるのです。

もうそれがバスで通過するのですが2km以上真っ赤な帯となって続いているのです。
帰国時の金曜日には、私たちの泊まってるホテルのすぐ近くの市役所の広場、凱旋門みたいになってるのですが、そこに巨大なスクリーンができ例の皆で見る奴(名前忘れました)の会場が出来上がり、周辺では屋台がところ背せましに歩道に作られてました。
もうこれは、日本も同じでしょうが、こちらの方もお祭りは皆で楽しもうという訳です。

で、シェラトンホテルに到着してすぐそばのレストラン、どちらかというと格式ある料亭て感じの、、、、。
2階に上がり20畳くらいの広間に案内され、お膳が並べられてみんな対座して座ります。
でもって、ガイドさんが一緒にこられこれからのコースを説明するのです。

ぜんさいの水キムチからなんか解りませんが色々出てきましたが、結果はとても美味しかったです。ここの主人又はオーナー料理長が創作料理が得意とかで、又日本人に合わせたのか煮物、あえ物、フナのちげ、、、。自分はビールを頼みましたが、他の誰も飲み物を頼みません。ここでも節約か、、、、。

兎に角、女性ばかりでなんか調子悪いです。冗談も余り通じないし、自分の対面の方々は僕らと同世代はすこし年下の姉妹でしたが、自分はアルコールもはいりすこし気が大きくなり、出された各種の料理についてなんかお話したのですが、少しは返事が返ってくるのですが、、、、。まあ、女性のお相手はむずかしというか、相手さんが何か自分が気にいらなかったのか、、、。気にしないでおきましょう。

食事が終わり、そこであと1時間ばかりお買物の時間です。免税店で、、、。
自分らは、韓国まで来てフランスやイタリーの商品を買いにきたのではないので店内を回りながら時間をつぶしました。
ロッテホテルや、行きの空港内でもう見飽きたこともあり食傷ぎみでした。

3時から又、バスに乗り最後の目的地、東大門市場です。
このは、その1キロくらいの通りが漢方薬のお店が連なってるのです。
バスを降りてすぐに鼻をあの漢方薬の独特のにおいがおおいます。
それはもう壮観です。この場所に1日いたら全身漢方薬浴でバリバリ健康になりそうです。
各種木の枝を細かく切った物から、ヨモギなどの草を乾燥した物、朝鮮人参、鹿の角、サルノコシカケ、、、、、、。
しかし、何がなにに効くのか解りませんので朝鮮人参だけ買っていきました。
そうそう、道路の反対側(バス通りで道路幅は片側2車線)は、市場で主に生鮮食料、肉屋、魚屋、八百屋、乾物屋、などが所狭しと並んでます、通路の道路側にも屋台がありおばさんがにんにくの皮をむいてたり、ちょっとした屋台で煮物と飲み物のまるで日本テキヤさん状態、それが毎日続いてるのです。
ここで自分は、例の塩味の油の載ってる海のりをお土産に買いました。
一袋10枚入っていて、100円、、、。これを空港内のお土産やで買うと倍はします、、、。
とても気持よかったです。家内はこんなところで買った海苔は多分美味しくないと反対してましたが、日本に帰って食べましたら“もっと買っとけばよかったね!!!!”
ただ、日本とちょっと感覚が違うののは、魚屋さんに関してです。あまり衛生には気にしてないようです。まあ、こんなもんでしょう、、、。気にしない、気にしない、おなかに入れば皆一緒、、、。
つづく

turuta_s_room at 10:24|この記事のURLComments(1)TrackBack(0)
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