2008年02月

2008年02月28日

ポルシェ997ターボ 3

43ba3e69.JPGまたまた、訂正してお詫び申し上げます。
前回、紹介しましたムルシエラーゴ620とF599は間違っておりました。
正しくは、ムルシエラーゴLP640とフェラーリ599でした。
お詫びして訂正させていただきます。
なんせポルシェ以外に名前を正確に覚えられない、いい加減なツルタでありますから、、。

折角ですからお世話なお話を付け加えますと、ある東京のトンネル内でお金持ちの方々がまたまた競争したのですが、やはり300Kmまでの加速では997ターボが一番だったそうです。

しかし、チューニングカーでもない市販車両がいとも簡単に300Kmを出せることは、やはりすごいことです。
自分達は、国産のチューニングカーで矢田部の高速試験場で300Kmを出すのにどれだけ苦労したことか、、、。
それも何回もテストしたりエンジン壊したり、、、。
今では、お金さえあればいとも簡単にでっちまいます。300kmが、、、。

それもメンテナンスフリーで、、、。
絵の中の手前の997ターボカブリオレなんか、オープン状態で条件が揃えば出せますです。ヘルメット被ってたほうが安心ですが、、、。
このようなスーパーカーの中にいつも浸ってるゲンロク誌をはじめ、ジャーナリストの方々は、やはり麻痺してしまうでしょうね!
しかし、人に例えれば(すぐエロッぽい方に考えてしまう、、)スーパーモデルかスーパームービースターの絶世の美女に囲まれてる感じで、ヘロヘロしてまいます。

何処かの歌詞じゃありませんが”ビンビンだぜい!!!”であります。
一応、皆乗り込んでエンジン回して空ぶかし(ブリッピングなんてかっこいい言葉はよう使いません)して、酔いしれてみました。

皆さんお気づきでしょうか???
これらスーパーマシンは、エンジン始動時にF1みたいに少し回転を上げてます。
キュルキュル バウォーン!あれであります。
これがやはり6、V8にくらべるとV12は、しびれるのであります。
つづく。

turuta_s_room at 17:40|この記事のURL

2008年02月26日

ポルシェ997ターボ 2

52be3a1a.JPG絵は、筑波に集まったスーパーカー軍団でやんす。
手前は、マインズ新倉さんのGTR(当日別の取材で来てました、彼とはもう25年以上の仕事仲間であります)、V8のM3、IS−F、ムルシエ620PS(名前がよう分かりませんので、、)、F599と日独伊の三国同盟軍がくしくも集まって井戸端会議してる図であります。

手前の997ターボカブリオレは、カメラカーであります、、、。
撮影に997ターボ、それもカブリオレ、、、。
贅沢なショットであります。

マインズ新倉さんは、今回のGTRには気合が入ってまして3台も購入したそうです。
別の日に、やはり別のDVD取材でGTRと弊社996ターボの時も一緒になりましたが、マインズさん今年は稼ぎ年であります。
弊社のお客さんの中にも数名GTRをお買いになりまして、今少しずつチューニングし始めてるところです。
やはり、競合相手も知らないと、、、。

997ターボとGTRは、よく比較されます。それもそのはず、GTRの目標は、蹴散らせ911ターボなのでありますから、、、。
但し、それはサーキットを重視してると思えますが、負けは負けですからジタバタしません。
GTRの開発の中心である水野氏は、良くまとめられました。それを許可した上司もすごいですが、、。
でも、自分は、今ポルシェで食わしていただいてるのでこれ以上、GTRを褒めれません。
逆にやっつけないと、、、。
ポルシェ社は、相手にしてないと巷ではいわれてますが、現状ですでに香港あたりに日本から並行ですでに40台くらい入ってるそうで、お金持ちはやはり気になるでしょう。
すでにチューニングパーツの問い合わせの殺到してるとか、、。

これで北米あたりに夏以降販売されるとなると、爆発します!!!
ポルシェ社もこれから997GT2が、日本にも少しずつ入荷してきますがディーラー車は、名古屋ではたった1台であります。
それも抽選で決まるんだそうです。すでに自分のお知り合いが当たりました。
希望者全部に売ってちょうだい!
弊社も調子に乗って購入しようとしましたが、抽選にもれました、、、。
いいえ、高くて買えなかっただけです、、。
つづく。
turuta_s_room at 18:04|この記事のURL

2008年02月25日

ポルシェ997ターボ

0d28dd7b.JPG話は、さかのぼって昨年の暮れ正式には12月21日からアイコードは発足しました。
そして、暮れは会社発足の為の色々な届出やお世話になりました前の会社との引継ぎ、軍資金の調達、その連続の中でどうしても約束をした為にやらなければならいことの一つに、997ターボMT車を購入することでした。

これは、ゲンロク誌野口新編集長との口約束でアイコードになって旗揚げするのに取材をしてあげたいが、今度の真っ赤なGTRを西川淳さんが購入し、それの対抗馬としてマニュアル車があれば比較した取材を、、との一言に”よっしゃ!”っと自分は購入動機しました。

まず、マニュアル車がすぐには発注しても1年以上、、。で、新古車を探しに探してようやく取材予定日の1日前に手にいれたのです。
取材日は、昨年暮れの某日、前日に引き渡されその足で筑波です。
よく間に合ったものです。

取材用のポルシェジャパン広報車は、全てティプトロ車の為、筑波でのタイムトライアルは、はなから当てにならないと皆がそう思ってました。
東京都内で引き取り、常磐道でテスト走行、といっても夕方のラッシュ時で思うように走れません。
当日、ぶっつけ本番のアタックでした。

清水和夫氏、田中哲也氏とはGTRの速さを事前に経験されてますが、997ターボのMT車は、国内本舗初公開状態でしたのでどこまで食いつけるかと期待されてました。
結果は、ゲンロク3月号が物語ってますがGTRの速さは想像以上の韋駄天でしたが、997ターボは、1分4秒切れないんじゃないかと心配してましたが何の堂々と3秒前半、、、。
何の細工も、そして2ヶ月以上ショールームで展示してあったもので、当日エアチェックもしてない全くの巣の状態でした。
同日、別取材で清水氏アタックの997GT3が1分4秒を切れなかったのを考えるとターボ速いじゃん!でした。

まあ、主役はGTRでしたけれど、、、。
取材終了後の清水氏、田中氏、そしてインタビュアー役西川氏の3人座談会に同席しました。本音と建前をいうなら、、、、?????
公開はできませんが、いろいろ面白いお話となりました。
つづく。
turuta_s_room at 17:33|この記事のURL

2008年02月24日

アイコード マカオ

601e96cc.JPGマカオに又、お邪魔しました。
ごひいきのお客様のご紹介で、今後アイコードを含むジャパニーズチューニングパーツの販売と取り付けのできるショップを作りたいとのご希望です。
本来なら極秘事項と思われますがノーテンキツルタに秘密、隠し事はできません。
えっ、そんなもん、隠し事ではねぇ!、、、。まあ、そうなんですが、、、。

それで、打ち合わせと現状の視察ということで大好きなマカオに、、、。
それが本来の目的でもありますです。
2月でもマカオは、沖縄よりもそして台湾よりも赤道に近いので、そりゃもう寒い日本で厚着してる自分は、ジャケットと薄手のシャツ、そして寝巻き代わりのトレーナーとトレパン、もちろんジーンズをはいて暖かいマカオへ、、、。
ところが、前日よりメッチャ寒く、その晩は信じられませんがミゾレであります。
朝から寒く、曇ってますので昼も寒く、そしてもちろん夜も寒い!!!
みなさん、スキー場かと思わせるごっついキルティング、毛皮つきロングコート、そして革ジャン、もぉまるで愛知の豊田市と変わりません。昼間で5度であります。
異常気象で何十年ぶりの大寒波、テレビでは、中国本土南側の何十年ぶりの大雪を大きく報道してました。

マカオ市内もレストランに暖房が無いとこが多く室内も殆ど寒い、、。
お客は、殆どが上着も脱がずに食事してました。
自分は、寒いので革ジャンを本気で買おうかと思いましたがトレーナーなど重ね着して3日間しのぎました。帰国後の名古屋空港の方が暖かく感じました。
もちろんタイペイも空港内寒かったです。

今回の行き方、タイペイ経由のチャイナエアー、タイペイからはマカオエアーで直接マカオの空港に発着する便を利用します。
普通、マカオに行くにはキャセイパシフィックの香港経由、そして香港から水中翼船でマカオに入ります。

これがなかなかメンドクサイであります。
で、自分は、殆ど皆さん利用されないタイペイ経由です。
まだ、今回で2回目ですがタイペイからのトランジットは、今回も自分1人でした。
まあ、タイペイの空港内をあっちっこっちに20分以上歩かないといけませんので、、。
もちろん、途中には検閲もあります。が、いたってのんびりしてまして自分は、このコース気に入ってます。
もちろん、名古屋からです。料金は多少高いかもしれませんが、びびたるもんでマカオの入国も時間が良いのか、スムースにできます。
タイペでは、美味しい台湾ラーメンも構内で食べれますし、、。

そんなこんなで、マカオの友人たちとも3ヶ月ぶりの再会、、、。
美味しいそしてお安い食事と親しい友人たちとの会話は、はずみます。
いつも自分は、賭け事が得意ではないのでしませんが、マカオは落ち着きませね!
今回は、縁あって中国のジュハイ(ズーハイとも)に行きました。
マカオからは、陸続きで出国、入国をしてタクシイーにのりジュハイのサーキットに見学にいきました。

その中国に入国したそのビルには、地下街があり一大マーッケットになってます。
ありとあらゆる種類の物が揃ってます。
で、マカオの方々も買い物は、こちらまでくるんですって、、。
若いお嬢様など、まずコピー物でしょうがヴィトンの最新バッグを持っておられます。
まあ、お国柄でしょうから、、、。
兎に角安い、、、。

そうそうメインのお仕事であるそのショップ作りのために、マカオのショップ事情を見学しました。
ま、むかしからTRD,トムス、ニスモはこちらでも有名です。
絵のオートショップ”ファイブ”さんは、地元のマカオレースにも出場してるとのことでした。
ショップ奥の工場の広さは80坪くらいありまして、FU3S,インテグラ、そしてカイエン、アウディと、まるで弊社のような何でもO,Kであります。
まあ、彼らにとってはどちらも外車なんですが、、。
つづく。




turuta_s_room at 16:05|この記事のURL

2008年02月23日

ユキオトコ 4

説明不測を補います。
ポルシェ走行会に来られたレーシングドライバーの余郷敦さんのことです。

彼は、現在GT300にランボで参戦されてますが、なんと本職はボッシュの正社員です。
タイサンポルシェ時代では、996GT3RSRでルマン24H に参戦し、日本初のクラス優勝されてますし、我らが小松GT3ティームでは、2001年ニュルブルクリンク24Hレースにも参加されました。
沈着冷静な方で、もし自分がティームを作ってどちらかに参戦するならどんなことをしても参加していただきたい人です。

で、話は、約1W経過した9日、愛知県は大雪でした。
その日は、どうしても車両を1台、トラックに載せて名古屋北の清洲方面に行かなければなりませんでした。
お昼一番、豊田市は小雪でしたが、東名阪に入った時点で路面はすでにシャーベット、現地について2時間経過して、いざ帰ろうとした時点ではもうすでに積雪5センチ状態、、、、。もうあたりは吹雪状態!

それからトラックでの雪上運転を豊田市に帰りつくまで約8時間、名古屋北あたりの裏道、名古屋市内の道路、そして最後は名古屋万博のあった辺りの道路をじっくり拝見させていただきました。

方々で追突、ちょっとした坂を登れない為、信号脇にほかってある車両、、。
もうあの日は、名古屋市にとって悪夢の日だったと思います。
翌日に新聞にも事故の件数が1000以上あったそうです。

最後の7時頃には、自分もだいぶハイになってまして渋滞している片側2車線の道路から一部の皆さんとともに下道をUターンして500mばかり逆走させていただきました。

圧雪した路面がいかにノーマルタイヤにとって恐怖かをいくつもの信号のある坂道で経験させていただきました。
そうこうしてると携帯に電話がかかり昨年暮れに洋物のスタッドレスを装着していただいたお客さまから!”おみゃ坂道の登らへんがや!”っと苦情の電話、、、。
スタッドレスでも色々ありますんですね!
兎に角、2W続けて雪に泣かされたツルタでありました。
今回、あまりの大雪に写真を撮るのも忘れてました。
つづく。


turuta_s_room at 18:05|この記事のURL

2008年02月22日

ユキオトコ 3

6bf0bd64.JPG翌2月2日は、朝6時頃起床で近くのホテルから(箱根峠)小雪模様の中フジSWに向けて出発です。
今日開催できるかなっと、皆さん関係者は、不安に思いながら、、、。
まあ、なんとか晴れのち曇りで一日中それは寒い1日でしたが、何とか4時の終了時まで、数台のクラッシュもあり大変な1日でしたが終了しました。

マンタイ氏、余郷氏、そして津〃見友彦氏(この方は、トヨタ7でレースをされてた方で自分の尊敬し、敬愛している生沢徹氏とは同時代のエースでありました。横道にまたまたそれますが、自分がサード時代初代サバンナRX7、SA22Cにターボを試作しまだ、ブリッツが存在しないとき、何かの雑誌の取材で彼が始めて試乗していただいきました。昭和53年秋です。そのときまず最初に自分が運転しまして、その当時バリバリの現役の彼を助手席に座っていただき、一般道のS字コーナーの最後をブレーキミスでコースアウトしてしまったオマケつきです。
たまにお会いしますが、あの時の事を思い出してかニコニコしておられました。
とても恥ずかしい思い出であります。)の3名が3台のマンタイ試乗車に交代で丸1日中同乗走行しておられました。

特にマンタイ氏は、殆ど乗りっぱなしだったと思います。
最初は、そんなはずでなく10人分くらい乗せたらO、Kっだったのですが、、、。
よく文句の言わず、もくもくとピットアウトしていかれました。
マンタイ氏に同乗できなかった方々には、運がなかったとあきらめてください、、。

逆に同乗できた方は、彼のやさしく、スムースな運転に拍子抜けしたと思います。
ニュルブルクリンクでの伝説にはことかきませんが、この件前にもお話しましたが、またします。
ニュル24H予選まえの練習走行で、ブレーキローターとパットのあたりをつけるための走行を本当は4人目のF3ドライバー(一番下っ端なので)がうけもっていたのですが、よんどころない事情で暇な監督であるマンタイ氏本人にメカが頼みまして、本人その当たりつけの走行でその4人目のベストラップを超えてしまったそうです。

まあ、こんなすごい方を近くで会えたり、写真を撮ってもらったりするだけでもよかったんじゃないでしょうか、、。そう思ってください、外れた方々、、。

その晩、ご苦労さん会をマンタイ氏を含め、参加者をつのって山中湖畔のホテルで催されました。
よく朝は大雪との天気予報、一部の方はその晩各方面に帰っていかれましたが、自分は帰れません、そうお付き合いです。
たくさんお酒を飲みまして温泉に入ってバタンキュウであります。

翌朝、窓の外は一面の銀世界、20センチくらいつもりました。
ポルシェで宿泊したものは、愛車を置いて帰りました。
自分の997ターボも、ゆきだるま状態でした。
そう、今年はユキオトコです。
絵は、そのホテルに途中ですが、ノーマルタイヤで4WDの愛車、何とか走りまっせ!マンタイ氏の一行は、スタッドレスミニバンでして平気な顔してまんたい、ファーーイーストの本拠地大阪に向かって行かれました。
つづく。


turuta_s_room at 19:26|この記事のURL

2008年02月19日

ユキオトコ 2

315a592c.JPGフジSW関係者達の涙ぐましい努力とその日がドピーッカンになったことで、1日中走行は無理と思えたコースが、昼から走行可能となりました。

マンタ氏を囲んで午前中は数社のインタビューが執り行われました。
この件、ゲンロク誌を初め、2月売り出しの紙面を飾ると思います。
どうぞお買い上げください。

で、お昼からその取材陣たちをマンタワークスカーでマンタイ氏自ら運転し、同乗走行です。
マンタイ氏は、日本も初めて、もちろんフジSWも初めてなので最初の1時間くらいは、少しシャーベット状の状態のコースを慎重に走ってましたが、そこは初代DTM優勝者の腕とニュル2連勝の経験を活かし、まるでホームコースの様に走り始めました。

難しいのは、第1コーナーと最終の複合コーナーと言ってました。
兎に角、寒いの何の、、。気温は氷点下2度です。
マンタイファーイーストの面々は、マンタイ氏の走行後のセッティングに3台のマシンを忙しく作業してました。
マンタイ氏は、やはりタイヤの磨耗状態と空気圧をまめにチェックしてましてタイヤを全て外させて、表面の磨耗具合を読むことが一番重要だと言ってました。
翌日の走行会後の質問会では、一人の質問で空気圧についてかなりの時間を割いて説明されてました。
ドイツ語の通訳を今回務められたボランティアの方は、あまりサーキット車両の経験が少なく、かなり苦労されてました。
まあ、自分には、言われてることが大体伝わるのですが、間違って皆さんに伝わらないことを願ってます。
シロウトは、空気圧をあまり低く調整しないほうが、、、、!!!!
それより、まめな練習でしょう!

やはりこのような偉大な方に四六時中ついてまわってると、色々タメになることを教わります。
絵は、スーパーカー大魔王こと山崎氏が、通訳の方とマンタイ氏にインタビュウしてるところです。
この方。オイラより2つもお若いんです、、、。
風格が違いますね! もちろんオイラと、、、。
つづく。
turuta_s_room at 14:45|この記事のURL

2008年02月17日

ユキオトコ

b293eb06.JPG平成8年2月2日、ポルシェクラブ六本木さんとマンタイモータースさんの合同でフジスピードウェイにおいて丸一日がかりの走行会ありました。
総勢約140台ものポルシェが集まりました。
自分は、東京墨田区のアイコード東京がポルシェクラブ六本木支部と同じ屋根の下にありますので、微力ながらお手伝いであります。

前日の1日、マンタイ氏の初来日に伴い、数社の編集部からの取材と同乗走行もありましたので、早朝豊田市を購入間もない997ターボをひっさげて出発しました。
朝の9時にフジ集合でしたので、、、。

裾野付近まで快調に東名を法定速度で通過しましたが、御殿場IC手前付近よりにわかに状況が変わりました。
IC付近はもう真っ白け、、、!!!!!
国道246を慎重に進み、旧フジSWへの曲がり道を左折したころには、除雪の雪は、道路上にも圧雪状態、富士霊園前のストレートから右折して旧入り口までズルズル滑りながら、4WDの強みか、何とかガススタンドにたどり着きまして給油であります。

で、朝8時半ごろお店(GS)も開店し始めた状態でドライブウエイに水をまいて雪を溶かしたり、シャベルで除雪しておられました。
それでGSの方に入り口付近はどうですかと聞いたところ、”そぐそこの急な下りは危ない!まあ。止めたほうがいいんじゃない?”などと、やさしい助言です。

このノバの先の急なくだりのS字コーナーあたりは、滑って一瞬にぐっちょりを何度も見てますので、、、。
どうしたもんかと思案してましたが、ポルシェクラブの旧会長、小松氏に携帯で連絡したところ、丁度通過するから拾っていってあげるっといいタイミングでした。

さすがに小松氏の車両はスタッドレス装着、おまけに本人大の雪好きです。
問題のくだりのズルズル滑りながらなんなく通過でした。

ピット裏には、すでに反対方向から登ってきたゲンロク誌の方々が到着されてまして、スーパーカー大魔王の山崎氏などには、チキンですね!などとお褒めのお言葉をいただきましたが、2,000万近い車両をコツンとやっても、悲しむのは自分だけで、板金屋さんを筆頭に皆さん大喜び、、!!!
なんせピット裏も真っ白、コースも午前中、午後とフジ側は走行中止と発表です。
同日テストに来てました、GT500,300軍団も早々に店じまいし始めました。

ピット前のコースなどは凍り付いてまして、歩くのもままならず、どうなることかと関係者は皆、(コース関係者、ポルシェクラブ側、マンタイ氏を含むマンタイファーイースト関係者)大弱りです。

程なくマンタイ氏も広報のドイツ人と日本側の大鹿社長、馬場氏と連れ立って現着であります。
昨年9月以来の再開も短い挨拶で終わり、スキー場にでも来てしまったかなっと冗談もあまり笑えませんでした。
スノートレーニングなら、今頃はニュルでもできるよね!などと、、、。
自分は、今年はユキオトコか、、、!
つづく。




turuta_s_room at 14:27|この記事のURL
Profile
Archives