2005年06月

2005年06月27日

サテライトスタジオ in 北仲WHITE

北仲ホワイト外観研究室の引っ越し作業が本格的に始まった。

場所はみなとみらい線馬車道駅の目の前にある帝蚕倉庫「北仲WHITE」。新たに100平米の研究室サテライトスタジオを開設する。主にM2が研究活動を行うサテライトスタジオになる予定だが、学部生の講評会や様々なイベントが行われるスペースとして1年数ヶ月活用される予定だ。僕もこっそりここでのとあるイベントを企画している。


ポスト「北仲WHITE」には現在様々なオフィスがオープンしている。設計事務所・劇団・デザイン事務所・横浜トリエンナーレ関係者、などなど。このような場所をサラリと押さえた我らが教授の嗅覚には脱帽です。頼りになります。数十のアトリエがここに居を構えているためポストもどんどんカラフルになりつつある。


マキ「北仲WHITE」の目の前には槇文彦氏の横浜アイランドタワーがそびえ立つ。槇氏の建築もそうだし、この馬車道周辺は歴史的建造物も多く、ちょっとコンビニに行ったりファミレスに行くだけでも建築散歩に早変わりする。設計事務所が詰まった大津ビルの前を歩く時は多少ビクビクするのは気のせいだろう。


307-01で、その100平米の改装が始まった。
デザイン:学生。
労働力:学生。
資金:横浜にある不動産会社(←複雑な話なのでここでは省略)。
代表担当者:yatti。
家具担当者:のぐちょん。
表札担当者:tutti。

本日の作業は床の絨毯とPタイル剥がし、壁面の剥がれつつあるペンキ削り、養生作業。冷房なんて入らないから重労働の我らは滝のように汗が出る。メガネの機能が30%くらい失われる。下を向いて作業してるとメガネは池になる。もうTシャツビチョビチョ。水分補給が全く追いついていない。せっかくだからWAAMのゼリーを飲んで筋トレのつもりでがんばることにする。作戦成功。タイルを剥がすたびに筋肉がついてると錯覚。汗をかくって素敵。後輩2名(ミキトゥン、soyuz)も本当に忙しいはずなのに、快く手伝いに来てくれて一緒に汗を流してくれた。M2代表としてこの場でお礼を言います。ありがとう。


松本氏訪問途中写真家の友人である松本氏と偶然出会う。Bank ARTへ行く道すがら、遠目で僕の姿を確認したらしい。わざわざ電話かけてきて「tutti、今馬車道駅前にいるでしょ?」って。もう、恥ずかしがり屋さんなんだから。いつかここで彼の個展を開けたらいいなぁ。


307-02暗くなり始めた頃には大分作業が進んだが、あと数日で完成させなければならないことを考えると冷や汗も一緒に流れ出す。6/30に「北仲WHITE」全体のオープニングパーティーがあるためなんとかその日には間に合わせたい。まだまだ家具も作らなかればならない。24時間態勢かな、引っ越し。。。


fumix画伯帰り間際、どうせあとでペンキで塗りつぶすんだからとfumix画伯の落書き大会が催される。白地で大きく達筆で書かれた「希望」の文字は、同じ白ペンキで塗りつぶされ壁の一部に昇華された。まるで「希望」とは、同色に隠された平凡な日常に溶け込んでいるだけなんだよ、と強い主張を感じさせる一瞬のインスタレーションだった。さすがデッサン1枚で大学院入試に挑戦状を叩き付けた男だ。


さぁ、明日も引っ越すか。

2005年06月26日

9坪ハウス新築住宅内覧会

9坪オープンハウス『Tall』
設計:阿部仁史アトリエ
構造:木造2階建て
建築面積:9坪
延床面積:16.83坪(+ロフト2.46坪)

個人住宅とのことなので、内観写真と敷地の詳しい場所の情報は控えます。


現在取り組んでいる『9坪ハウスコンペ』の参考にと、休日の午後を利用して阿部氏の9坪ハウス内覧会にお邪魔する。慶応の院試の帰りだった友人N氏と合流し、海風の心地よい街をのったりのったり歩く。街並は低層の住宅で作られており、やたら広く見えた空が印象的。阿部氏の『Tall』は9坪ハウスの5原則のうち、以下の2点を守っている。
(1)平面は正方形(3間x3間)のプランとする。 (3間=約5.5m)
(2)3坪の吹き抜けを設ける。

『Tall』の名前の如く、
(3)外形は14.8尺(軒高)の切妻屋根(14.8尺=約4.5m)
はするりとかわし、
(4)丸柱を使う。
は使っていない(はず、確か)。
(5)メインファサードには開口部を設ける。
は原則的には守っていないが、分割された多開口がその役割を実践している。

ちょっと細長く奇妙なバランスを持つボリュームと、市松模様の開口のファサードはなかなかかわいらしい。やはりこのスケールの住宅では悩ましい収納スペースや開放性のある空間等は上手に生み出せていたのではないかと思う。
勉強になります。
単純に気になったのは多少不便であろうと思わせる垂直動線(階段・はしご)や、開口の位置。生活丸見え感は平気ですかね?でも梁の上面に隠された照明や、天井のディテール、お風呂の丸い天井やかわいらしいタイルは割と好きかも。
勉強になりました。続きを読む

2005年06月23日

彼の背中

自宅飲み0622北京の設計事務所で活躍している先輩と自宅飲み。

昨年北京のオープンデスクに呼んでくれた先輩と朝まで飲む。オープンデスクの際はほんとに迷惑ばかりかけた。なんかイライラして八つ当たりもした。それでも冷静に受け止めゆっくり話しかけてくるような人。

先輩が日本に帰ってくる機会はなかなかないので無理言って我が家まで来てもらう。やはり僕らより先を疾走する先輩から出る言葉は全てにリアリティと説得力、それにともなうバックグラウンドが伴っている。さっさと潰れて眠りについてしまい申し訳が無いっす。。。

先輩は今週また北京に戻るが、とりあえずはその健康と今後の活躍を心から願う。人の活躍を願う程自分に余裕がある訳ではないが、学部低学年から面倒を見てもらっていただけに彼の背中はあまりに偉大だ。

タフで、温和で、柔軟性があり、常に先を見ている。次回の帰国時ももちろん無理矢理飲む予定。それまでにはこっちも経験値上げとかなきゃな。

2005年06月22日

『ショーン・オブ・ザ・デッド』

ショーン・オブ・ザ・デッド面白いっぽいつまらなさに満ちている。

その曖昧な低価格性は「思ったより面白いね」という言葉しか出て来ない。これがホラーコメディー映画と言うものか。低予算であればこの程度で良いのだろうか。
ホラーっぽいコメディ、コメディっぽいホラー。結局は面白いっぽくもつまらない仕上がりに満ち満ちているではないか。

序盤のまぎれもないホラー的日常の演出は、ホラー映画の演出に対する皮肉と取ればなかなか面白い。どんなに些細な出来事も、バッと変わる画面や妙なカメラワーク、背景での出来事と被写体の距離感のリズム、これらの演出だけでじっとりと手に汗を握るのだから。まるで”ホラーなんて演出なんだよ”とでも言いたげな主張以上の皮肉にはにやりとさせられる。

が、それだけである。どこかに”ロマンス、家族愛、友情のツボをきちんと押さえている”なんて書かれていたが、あくまでもツボを押さえるということだけに終わっている。ツボを押さえているから面白いB級映画だ、なんて評価は鼻からB級をバカにしている。第一、低予算だからといって女優があまりにも、、、。あ、これは個人的な意見ですから、あしからず。

イギリスではヒットしたようだが、タイトルが「OO of the DEAD」なんてジョージ・A・ロメロのパクリ(引用どころかただのパクリ)じゃなかったら本当にヒットしたのだろうか?この映画を観てロマンスやら感動やらなにやら言っている人の感性には少し疑問を感じてしまう。いや、ある意味羨ましく思う。
「感受性が途方も無く豊かなんですね」
ちょっと今回辛口でした。

『ショーン・オブ・ザ・デッド』
製作年度 2004年
製作国・地域 イギリス
上映時間 100分
監督 エドガー・ライト

2005年06月19日

渋谷飲み0618

050618tp飲み朝から夕方までバイト後、久々に会う先輩や友人との飲み。積もる話には結末が無い。数時間語り終電に焦り解散。最後の一杯、注文しないで良かった。。。あやうく横浜に帰れなくなるところだった。
なかなか異ジャンルの数名でのトークは刺激的で良い。こんな機会は大切に、さらに増やしていく必要がある。次回は後輩の漫画家、紫○○希先生にもご参加願わねば。

2005年06月17日

『M2飲み』 ボニ−バタフライ in 中目黒

200506166/16(木)『M2飲み ボニ−バタフライ in 中目黒』
久々にお話しする他の研究室の同級生のみなさん。素晴らしく就職状況がよく、羨望の眼差し。院に進学しなかった友人達も訪れ楽しい2時間を過ごす。


20050617で、本日。みんななにやら建築雑誌を読みふけっていると思ったら、、、「9坪ハウス」コンペ2005か!
巨漢noguchonが黙々と模型を作る様子は微笑ましくも不気味。。。
あ、いい意味で。
帝蚕倉庫に引っ越したら一発目は『9坪展』だな。
あ、いい意味で。

2005年06月16日

『暗黒街の弾痕』(別題:ただ一度の愛 You only live once)

暗黒街の弾痕神父が霧の中に現れた時、まだ世界の公平さは保たれていた。公平さ、それはバランスとも言い換えられるかもしれない。正義ということ、悪ということ。

映画前半は世界がバランスで満ちているかのようなモチーフやシーンが多く描かれる。例えば弁護士や検事。彼らが説くのは当然作られた形式としての正義、あるいは悪だ。ある容疑者に対しての尋問の際の言い回しや反論の的確さ、いかに正しいことをより正しく、正しく無さそうなことをより正しくなく、様々な要因やエピソードを交錯させ、時間をかけ正義や悪を作り出してゆく職業。つまり彼らは相対的な公平さの象徴と言える。それに対しベースボールの審判をしていた刑務所の神父が説くのは絶対的な公平さだ。彼の公平さは単純な善悪ではなく、人間が抱えている悩みの根源をも考慮したものなのだ。例えばジョー(シルヴィア・シドニー)がエディ(ヘンリー・フォンダ)の脱走の助けとして拳銃を持ち込むシーン。神父とともに面会に向かうジョーだが、途中金属探知器で危うく拳銃持ち込みがバレそうになる。その場を救ったのは神父であった。彼は自分のナイフが金属探知器に反応したと言いジョーを連れ戻し拳銃を取り上げる。泣き崩れるジョーに神父はエディと会うことを勧めるが、力なく断るジョー。これが彼の公平さだ。

この公平さ、あるいはバランスといったものは新聞紙の紙面や2匹のカエル、自動車の運転等にも現れる。新聞の紙面はエディの評決をいち早く号外として出すために3通りものパターンをあらかじめ用意されている。このシーンはそのうちの一つ、無罪を報道する紙面のクローズアップから始まるのだ。我々観客はエディが無実と証明されたと安堵するのだが、次の瞬間別の2パターンの紙面がフレームインすることで、あらかじめ用意された記事であることに気付く。ここで用意されたのは公平さではなくどのネタもおいしくいただける記者のバランスである。編集長のもとに判決を告げる電話が入り、無言で有罪の記事を指差すシーンは彼らにとっては別の記事を指差すことと大きな違いは無いだろう。また、安心から絶望への象徴として、法廷シーンを劇的に描くのではない判決の結果を告げる技法として面白い。静かながらに物語は暗転を始める。それらバランスが危うく崩れつつあることを決定的に崩すのは脱獄を計るエディの目の前に広がる霧のシーンだろう。彼の今なら取り戻せるであろうバランスというものを崩す決定的なキーパーソンは、他ならぬ絶対的な公平さを持つ神父なのだ。霧の中はまるで刑務所の中というよりは厳かな審判の場のようでもある。胸を打ち抜かれた神父の最後の公平さは誰を救う力も持たなかった。このシーン後は失われたバランスに戸惑い、それでも再生を求める二人の男女が描かれる。弁護士事務所の助手を務め、愛と正義の狭間で苦しんだジョーは結局愛を選択するメロドラマ仕立てなのだが、注目すべきは二人の逃避行での車中のシーンだ。最初はジョー自らが車を運転し、おとなしくなったのはエディであった。二人の立場が逆転したかのような錯覚すら覚えるのだが、しばらくすると運転手はエディに変わる。ジョーが妊娠したからだ。最初、強く逞しい女性像を描いた逃亡劇は彼女の妊娠によりそのバランスの比重は失われる。新たに生まれてくる子供がいる以上、正常な(?)逃避行の持続が危険になる。結果家族に子供を預ける訳だがこれがきっかけで警察からのさらなる追跡を受けることになる。はたしてカエルの暗喩が示した二人の運命は実現してしまう。暗く破滅的な結末は数々のアンバランスによって導かれた。

オーストリア生まれのフリッツ・ラングはヒトラー政権の樹立とともに1934年にアメリカへ亡命したが、当時のアメリカは世界恐慌後であり禁酒法がちょうど終わった頃だった。第二次大戦前の混沌とした時代にこの映画は作られ、その矛盾に満ちた、それでも現実的と言えるような公正さの崩壊は、彼の亡命経験も一つの因子と言える。世界は全く水平ではないし、パワーバランスの崩壊が歴史上幾度となく悲劇を生み続けているのだから。公正さの欠如は世界の共通言語であり共通認識だ。弁護士の正義と検事の正義、あるいは神父の正義が計りにかけられないように、比較のしようも無い価値が同時に存在する。エディが公正さを求め世界と葛藤すると同時に、正しい行いをしようとする意思とそれに報いるべき結末には大きな距離があり、私たちはそのギャップに無力すぎるのかもしれない。

『暗黒街の弾痕』 (別題:ただ一度の愛 You only live once)
製作年度 1937年
製作国・地域 アメリカ
上映時間 86分
監督 フリッツ・ラング

2005年06月14日

NHK『プロジェクトX』 名古屋城再建 金のシャチホコに託す

名古屋城毎回毎回この番組にはほんとによく泣かせられる。

NHK『プロジェクトX』
第174回 6月14日放送
「名古屋城再建 金のシャチホコに託す」



これ以上無いくらいマンネリな作りの45分。退屈なスタジオ風景。
もういいんじゃないの?この番組。なんて思いつつ欠かさず見る。そして号泣。悔しいなぁ。。
今回なんて行ったこともない名古屋城のお話。少し冷ややかな視点でアメリカに燃やされた城の再建の物語を見つめる。アメリカは歴史的文化材やら一般人に焼夷弾を落とすことに躊躇しない。それどころか早期戦争終結のため、つまりはさっさと勝つためには「戦意を喪失させる」のが手っ取り早いと考えている。名古屋城と言うシンボルを燃やすにはそれだけで十分すぎる理由だ。ハーグ陸戦協定・第二款・第一章・第23条で禁じられている「戦争の遂行に必要ではない外敵財産の破壊、押収」なんて通用しないから。

と、ついつい話が逸れたが、今回の泣き所。
名古屋城再建を実行した間組の佐藤氏。彼は加藤清正が築いた石垣の管理を行っていたのだが、部分的に修復も行った。後日談で、その佐藤氏の娘が小学校の遠足で訪れた名古屋城にての逸話。
石垣を指差した担任教師が「これは加藤清正が作りました。」と言った言葉に対し、「違います。あれはお父さんが作ったんです。」と自慢げに言ったこと。もうこの一言にやられてしまった。プロジェクトXは最後の後日談でいつもグッとくる逸話を用意してくるからやめられない。

『新建築住宅設計競技2005』提出

新建築社6/13(月)12時締め切りの『新建築住宅設計競技2005』。11時40分くらいに無事提出完了。郵送だと当日消印有効じゃなかったので、文京区にある新建築社まで提出しにいってきた。昔、毎年初詣に訪れていた湯島天神の目の前に新建築社はある。緑多く道も細い静かな雰囲気の場所。ここで毎月新建築が作られてるのか〜と感慨深し。

締め切りぎりぎりの時間とあってわさわさ若者達が提出にやって来ていた。そんな中ちゃりんこでスイーっとさわやかにA1図面を持って来たハンサムボーイが。東大大学院の友人T氏。さわやか・ハンサム・オサレ・頭脳明晰。。。この人最強だ。

ほどなくうちの研究室さわやか代表hom氏も現れ無事提出。いや〜おつかれっした!続きを読む

2005年06月13日

定点観測0613_05:00

050613_05:00w

■ 20050613_05:00
■ 建築学棟7階西側窓
■ コンペにて徹夜後。tuttiまぶたが閉じ気味。